第6話 ショウ ミー ザ・ネクスト

 今日も、王都のどこかで「ヤンキー・ドゥードゥル」の口笛が聞こえる。


 子どもたちがマネしているのもあるが、正規の完全武装をしたE大隊の歩兵31人(小隊+小隊長)が、伝令役の騎馬数頭を引き連れて、軽快に口笛を吹きながら行進していく様は、既に王都の名物と化していた。


 複数の小隊が、毎日、道順をランダムに変えながら王都を丸一日練り歩くのだ。王都の民からすれば「頼もしい人達に守られている」と実感するし、子どもたちにとっては、何よりも楽しい娯楽だ。その証拠に、半日近く付け回してくる子どもが後を絶たない。中には、子ども向けに売り出したコスチュームを着ている姿も目立ち始めている。


 隊員達は、振り向きはしないが、道ばたから手を振る子どもたちに手を振り返すことは許されていた。いや、むしろ、奨励されていたのだ。


 それは「追っかけ」に対して、中隊長から伝えられたショウの言葉が徹底されていることに端を発していた。


「子どもたちが楽しく追いかけてくれるってことは、我らの正義をパッと見た目で証明してくれるありがたいことなんだからね。絶対に追い払わず、むしろ親切にしてあげて」


 弟やチビがいる隊員にとっては、もとより嬉しい指示だった。だから、隊舎を朝に出てから夕方まで、いつも誰かの視線を感じて手を振り続けるのは当然のようになった。


 人間は注目されると手を抜けなくなるものだ。自然と、どれだけ行軍していても「疲れた顔」を微塵も見せなくなったし、これは、隊員達自身も「守るべき者」が目に見えるということによって誇りを持たせられたという証明でもあった。


 完全装備と言えば40キロを超える。その姿で丸一日歩き続けるわけだから、訓練としては過酷なものだ。けれども隊員達は、自分たちの小隊の順番を心待ちにするほど人気のある業務だった。


 午前の休憩時と、王宮前広場に入ったときは、待ち構えていた仲間や市民達が詰めかけているのがいつものこと。


 大合唱されるのは、もちろん「When Show Comes Marching Home」(ショウが帰る時)であった。


 今では、歌詞が王都のあっちこちに貼られているし、ちょっとした広場には歌詞の印刷された「ビラビラ」が積まれていた。最近では、王都から帰省する者、商用で王都を訪れた者が土産に持ち帰るのが流行っているらしい。


 1人が一枚だけ持っていくなら誰が何回持って行っても無料だが、何枚も持ち帰りたい者には「土産用」の販売まで始まっている。今のところ、黙って大量に持っていくセコいやつは出そうにない(お貴族様の指示を破ったら、どんな目に遭うかわらからないと身に染みているため)


 夕方、この合唱が終わると訓練終了だ。装備を隊舎に戻し水を浴びれば、てんでに家路に着くことになる。


 兵士達にとっては、ここからが「至福の時間」でもある。


 大勢の若い娘達が、手に手に花と手紙を持って「推し」の隊員を待ち構えている。(行進中にプレゼントを渡すことは「子どもが花を渡す場合以外は禁止だ」と王都には何度もビラビラが行き渡っている)


 あっちこちで、何人もの女の子に囲まれて鼻の下を伸ばす者もいれば、物陰で顔を真っ赤にさせた娘からこっそり受け取っている者もいる。もちろん、飲み屋のお姉ちゃん達や、その道のプロ達もいるが、素人娘の邪魔をしない辺りは空気を読んでいる。


 むしろ、どんな場合でも必ずあぶれる者がいるわけで、そういう男を猛禽類の視力で見つけ出して、あっと言う間に店へと連れて行ってしまう。


 この辺りは実に大らかなものだった。あっと言う間に「1人だけの男」という姿が広場に見えなくなるのだから、王都の街角では、これを目当てに、男女で入れるカフェのような店が急増中なほど。

 

 ちなみに、若くして家族持ちの兵士の場合は、ちょっとだけ違う。


「パパ~ おかぇりぃ~」

「お帰りなさい、旦那様」

「お疲れ様でした、ご主人様」


 子どもや妻、そしてメイドなど、家の者に迎えられる。わざわざ「家族」が来て出迎えてくれるのだ。


 これには、家族向けに、接収した旧ロウヒー家の離れと騎士団寮を使ったことが大きい。


 なんと言っても侯爵家だけあって、王宮からも近いから、ただでさえ来やすい。


 そこを徹底改造して、家族が安心して住めるようにしたのと同時に「パパの出迎え用」の馬車までゴールズ持ちで仕立てているのだ。


「護るべき人達がいる漢は、土壇場まで諦めなくなるから」


 と言うのが「親分ショウ」の意見である。


 無駄遣いだとか、贅沢だという意見が出てもおかしくないが、これには「公費」を当てているというトリックが待っている。


 ゴールズの経費は、王領からの収益が当てられる。それはショウの専決で利用できると既に決められていること。したがって、こうやって金を使えば使うほど「王家」の財政は痩せ細ることになるのだ。


 既に、維持できなくなった離宮はどんどん手放しているし、使用人の解雇も若い人からガンガン進んでいる。折からの好景気で湧くオレンジ領が、解雇された人達の吸収先となっている。


 安定した雇用先が用意されれば働く人も嬉しいし、受け入れる側も「王宮」での経験を積んだ人材を吸収できる。


 二重にも、三重にも美味しい話となっていたのである。


「それに、どうせロウヒー侯爵家が置いていった馬車を有効利用できるし、これで損する人なんて一人もいなくない?」


 とショウが主張した。


 国王代理に対して文句を言える者など、もとより存在しないが、こうなってしまえば「文句を言いたい人」もいなくなったのは、当然だったであろう。


 ともあれ、民は春になる前に起きた「数々の不安」を全て忘れたかのように、今の「生」を楽しんでいたのだ。古来「鼓腹撃壌こふくげきじょう」は、治世の目指すところであるのは、こちらの世界も同じ事なのだ。


 だから、こうやって、カップルがイチャイチャする姿を目にするのは、とっても喜ぶべきことだろう。


 しかし、この会議室において、その「イチャイチャを産んだ人」達の顔は憂鬱に沈んでいる。


 情報網を建て直し、集められるだけ集めてみたら、あらゆる情勢が悪すぎたのだ。


「では、当面の問題を確認します」


 ブラスは、眉間に「鉛筆が挟めそうな深さの縦ジワ」を寄せながら、メモを確認していく。


「6月に入って、気温が上昇する気配はありません。予想通り、ヒドリが起きると思われます。食糧は今のところなんとかなっていますが、今年の秋にどうなるかは、まだ計算が終わっていません。西部の小領主地帯や、シュモーラーの飛び地、そして、他の要因も考えるとトライドン家辺りはかなりひどいことになるかと思われます」


 そこにバッカスが「トライドンの他の要因っていうのは例の新しくなったサウザンド連合王国のことなんだろ? えっと、シーランダー王国だっけ。あの国の動きだ」と、地図を指さしている。


 その国が北上するとしたら、最前線はトライドン家になるからだ。


「はい。同時に、過去の例から見て、今年の冬には東北のシュモーラー家飛び地にガバイヤが来ることは、ほぼ間違いないでしょう。また、エルメス様からの連絡によれば、今年は騎馬民族の襲撃が弱い、とのこと」

「え? 父上から?」


 ブラスの言葉に、バッカスはさすがに反応した。


 一同は「この感じだとバッカスは知らなかったのか」と理解した。だとしたらエルメスは家族への連絡よりも「国」へ報告することを優先すべきだと考えたことになる。


「さっき聞いた、その話。本来は聞きたくないところだねぇ。だれか、楽団でも連れてこないとだな」


 アーサーは「聞きたくないような不吉な話を、音楽で払ってしまおう」という、貴族社会のお約束ギャグのようなことを口にしたが、誰もそこに反応するどころではなかったため、少々、ムッとしたらしい。


 すなわち「国に大きな襲撃がありうる」という話だと察知できないようではここにいる資格がない。全員が緊張…… いや、絶望の中にいたのである。


 「北」が関連する襲撃だとしたら、騎馬民族自体が巨大な集団となって襲ってくるか、または、とうとうローヒー家が何かをやって来るということ。最悪の場合は、その両方が同時に起きることだってありうるということだ。


 ブラスは、一同を見渡して、さらにダメを押す。


「食糧の供給については、閣下が早期に予測してくださったことにより、増産体制には入っていますし、寒さ対策に何重もの手配をしてあります。よって、最低限は賄えるはずですが、正直なところ戦争になると……」


 一同も「うーむ」と唸るしか無い極限の困難だ。


 ブラスも言葉の最後を飲み込んで、わずかに手が震えてしまっている。アーサーが、さりげなくその先を引き取って「軍は穀潰しだからねぇ」と首をフラフラさせてみせた。


「穀潰しというのは、お言葉が過ぎますぞ」


 バッカスが抗議するが「事実だろ?」とにべもない。


 実際問題として、軍隊とは維持するだけでも金と食糧をものすごい勢いで消費する存在なのだ。まして、軍としての動員を掛ければ、その負担は倍では済まないのが常識だった。


 ここに集まっている誰一人として「補給の無い軍隊」などという最悪な存在を許す考えは無い。

 

 しかし、それだけに、3方面、あるいは4方面作戦となりかねない事態に頭を抱えざるを得なかった。


「食糧が無いのに、大軍を動員し無ければならない」

  

 不可能な計画だ。だが、これを乗り切らなくてはならないとしたら、現実問題として「どこを見捨てるか」という話になるのは目に見えている。


 現実主義者の塊のような出席者達ではあるが、さすがに、それを最初に口にするのはばかられた。


 そうなると、また、縦皺の刻みを深くした男がため息を一つ、伴いながら発言するしか無い。


「全てを救うのは無r「やってみようよ!」え?」


 それまで押し黙っていたショウが、珍しく、人の発言を遮ったのだ。


 いや、それ以上に、その発言が「いくらなんでも」である。どう考えても無理だ。


「ひょっとして、また、少数による奇襲をお考えですかな?」


 老公が全身から「それは絶対にやめていただこう」というオーラを発しながらの発言だ。今度もアマンダ王国のように行くとは限らないのだ。

 

 全員が、老公の「やめろ!」」オーラに同意しつつショウを見る。


「いや、さ、えっと、こっちからやっつけに行くと、距離が遠くなるでしょ?」


 確かに王国の南北の端、東の外れである。


「だからぁ、こっちが望む順番で来てもらえば良いんじゃないかな?」


 ショウの言葉にツッコミを入れるのはブラスの役目である。

 

「それを頼んでも、相手が聞いてくれるかは別の問題ですぞ」

「うん。そうだね。だから、少々、計略が必要かな。ま、そのためにも、さっき見せた食糧のさらなる増産方法だけは試してみてね」


 相変わらず、何を考えているのか分からない、と一同が恐れて押し黙ったのを気にしつつ、ショウが指さしているのは「ガラス」でできた四角い箱であった。


「確かに、それなら可能だとは思いますが」


 と老公が、唸るように声を上げた。


「ふふふ。手に触れた、あらゆるモノを黄金に変える奇跡を授かった人は、最後は餓死しちゃうからね? ギリギリで必要なのは、カネよりも食糧ってことにしときましょうか」


 人々は、さっきとは別の理由で、またしても「うーむ」とうなるしかなかったのだ。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

本話のタイトルは「Show me the next one.(次を見せよ)」の日本語読みですが、もちろん、ここには「ショウ君が次に向かうもの」という意味が含まれています。


 この世界では、庶民向けの学校も無いし(小規模な塾みたいなところはあります)、働くための知識を教えてくれる教育機関も無いため、実務経験を積んだ人材というのは、こちらの世界よりも何倍も貴重なのです。だって、たとえば王宮メイドの仕事も、経験者から実務をしながら教わらないと、覚えられない貴重な知識の上にあります。なんだかんだで王室に仕えていた人は、ノウハウの塊なんです。

 余談ですが、某国は「日本で定年退職した技術者をまるごと雇用して技術を教わる」という手口で、今では日本以上の技術力を持つまでになりました。「学校で学べないこと」に関しては、現代ですら「経験者は貴重な人材」なんです。


手に触れたモノが、全て金に変わってしまう奇跡は、ギリシア神話のフリギアの王でしたね。

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