第5話 北へ


 アルバトロス国王となってから、いろいろと忙しかった。金を借りまくって、各地に贈り物をして、また金を借りて、また贈って……


 借金だらけとなっても贈り物をし続けた。それどころか、金を借りたいと言う王国があれば、喜んで金を貸し出した。原資は自身の借金である。


 そこまでしたおかげで、いつのまにかサウザンド連合王国のイニシアチブを握ることができた。いくつかの暗殺と、いくつかの陰謀で最初の3つの国を乗っ取ってしまうと、後は雪崩のような現象が起きて、またたくまに、大多数の国がクルシュナの傘下へと収まってしまった。


 その勢いで、サウザンド連合王国の前統領であったレオナール・メタル=レアを追い出して久しい。

 

「やっと、ここまで来たな。王になって、王を辞めて、王太子とは、我ながらイリュージョン・マジックのような話だ」


 マトゥラー王国を「解散」させたため、国王を辞した形となった。そののち、新たに生まれた国の王となったのだ。


 ともかく、これで、自分のやり方を嫌った商人がいても逃げ出す先がなくなったなと、ニヤリ。


「ここからはやり放題だぜ」


 月を見ながら、独りごちる。今日は側女達も近づけずに、一人グラスを傾けるのみだ。


「首都・トーキョーも何とか形になってきたし、後宮も、ようやく満員となったし。後は注意深く管理するだけだが、そっちはフェフォに任せておけば良いか」


 一番古くから仕えてくれるメイド頭も、今では出世して内宮官理長官として、多くの部下を使う身だ。


 ところで、クルシュナの作った後宮とは独特である。


 各国の王族から、必ず一人を後宮に入れた。国王の愛娘8歳から、上は国王の母親50歳までと年齢も様々だ。愛妻家とみれば、王妃を差し出すように命じたことすらある。もちろん「手を付ける」つもりなど全くない。特に元「王」妃に手を出すと、恨みを買う可能性が高い。不要な恨みは買わぬが得策だ。


「そもそも、人のカミさんに手を出さなくても、余裕でよりどりみどりじゃん」


 後宮とは別に、妙齢の「お手つき」は多数いる。ただし後宮という名目で建てた宮殿には、一人も住んでいなかった。むしろ、後宮とは「人質が住まう」ことが主目的の場所だ。


 数えたことも無いほど大勢の側妃達は思い思いの国で自由に暮らしているし、中には街に住んでいる者までいた。クルシュナは、各地にいる女に会うという口実で、不意に各国に立ち寄るのを得意としていた。


「私がそれをしているのだから」


 そう言って「元の国王達」には、定期的に、後宮に出した女たちに会いに来ることを義務づけた。年に一度、10日間滞在しないと死刑とも決めた。


「こうしておけば、少なくともヘンな陰謀は起こしにくくなるだろ。その間に、アメリカみたいにユナイテッド・ステイツにしちゃうのが理想だけどな」 


 軍事や金の話は中央集権で、細かいことは各「州」でやれば良いと思っていた。


「とりあえず、理想の基礎は固まったわけだ」


 クルシュナの感慨は大きい。


 ふと気付いて、ベルを鳴らした。素早くメイドがやって来た。


「ハヌマンを呼べ。森のことだと伝えるんだぞ」


 命じられると、ハイと頭を下げ、サッと消えて3分ほどでハヌマンを連れてきた。実に早業である。ひょっとしたらハヌマンの方で呼ばれるのを覚悟していたのかも知れない。


 来るなり、ハヌマンをテーブルの前の席に座らせた。


黒き森シュバルツバルトの開拓はどこまで進んだ?」

「おそれながら」


 控えめに答え始めたハヌマン。元アルバトロス王国の近衛騎士であっただけに礼儀正しい。


「100メートル進んだかどうかです」


 申し訳なさそうに答えた。


 テーブルにクルクルクルッと地図を伸ばして説明してくる。なるほど、ほとんど進んでない。


「10万を投入して、2年だぞ? それでも、まだ、この程度か」


 見つめているのは黒き森シュバルツバルトである。


 ここは、サウザンド連合王国、改め「シーランダー王国」の北東に位置する巨大な未開発地帯であった。


 面積だけならシーランダー王国の1.5倍ほどももある巨大な原生林の土地。


 密集した下生えと、何千年もの間、深い根を張ってきた巨木があって、人間の開発を拒んできたのが歴史である。


 開拓を試みようにも、巨木を抜くのも巨岩除去も全て人力だけの作業である。百人で一ヶ月もかけてようやく一本の木を引っこ抜けるなどということもザラなのである。


 そのため、クルシュナが旧サウザンド連合王国の実権を半ば握ってから、徹底して「黒き森の開発」に人間を投入してきたが、それであっても遅々として進まなかった。


 今では10万人近い兵士を投入し、黒き森の開発のために働いているし、合間には開いた土地に畑作業をさせている。


 だが、いくら畑を作っても、食糧収支では圧倒的なマイナスのままであるのが実情だった。


「まあ、良い。兵士達の訓練にもなるからな」

「はっ」


 訓練と言いながら、剣も槍も持たせてないのである。ハヌマンは、なんと答えて良いのか言葉に迷う。


『きっと、陛下には深謀遠慮を巡らされていらっしゃるに違いない。なにしろ、分裂した国々を初めてまとめたお方だからな』 


 しかし、ハヌマンの買いかぶりすぎであった。クルシュナに長期的な展望など無いのだ。


 実は、この10万人でサスティナブル王国の南側をかすめ取れないかを軍人達に研究させている。その間、兵士を遊ばせておくのがもったいないから、開発させているだけだった。少しでも食い扶持を稼がせないとというセコい発想だけなのだ。


 しかしながら、クルシュナが独自でセコく発想したことだが、マキアベリは「君主論」の中で、兵隊には平時、畑仕事をやらせておけ(屯田兵の勧め)と言っているくらいだ。


 見当違いとばかり言えないのが微妙なのである。


「陛下、実は情報が入りました」


 どうやら、これを伝えたくて、そばに控えていたのだろう。それなら自分から言いに来れば良いのに、呼ばれるまで待っているのが、ハヌマンらしいと言えば、らしいのだ。


 もちろん、クルシュナは気軽に「どんな情報?」と言葉を出した。



「サスティナブル王国で内戦が起きたようです」

「え? あの大国で? チャンスってわけか?」

「現在情勢を探っておりますが、少なくとも、いくつかの貴族家が討伐軍を差し向けられ、国王の代わりに王太子が実権を握っていると言うことまではわかっています」

「わかった。じゃ、『北』にルートを持ってる商人達を集めて情報を聞き出すんだ。今は、四月に入ったばかりだろ? 場合によっては、夏になる前に、かすめ取りに行くぞ」

「御意。ただちに、情報を集め計画を作成いたします」


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

情報伝達のタイムロスがあるため、まだ「ゲール王太子」が討伐軍を指揮しているあたりの話が入って来たわけです。

この後、情報の早い商人達から、卒業式と凱旋式あたりの情報が伝わってきます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  

 

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