第4話 初めてのマジックショー

 アルバトロス王国の「王配」として最初にやったのは犯人捜しだった。


「余を含めて、の暗殺を謀ったのだ。となると、それによって利益を得るものが怪しい」


 近衛騎士団長は、頷かざるを得ない。


「とはいえ、あの場にいない王位継承権を持つ人間は、1人しかおりません」

「ほぉ? その者以外は、全員、あの場にいたと言うことか?」

「はい。王弟の側妃のお立場であられるサンサーンス妃です。現在、お腹の中にお子がいらっしゃいます。昨夜は、つわりがひどいと言うことでご自宅で安静にされていたかと」

「お腹の中の子どもは?」

 

 オレの言いたいことがわかったのだろう、ギョッとした顔になってから、ポツリと言った、


「皇子であろうと……」

「ふむ。となると、その皇子がお生まれになれば即座に王の立場が約束されていたということか」

「しかし! 側妃のお立場で、会場の全員に毒を盛るだなんてことが可能なのでしょうか? それに夫であるカミーユ殿下もあの場で亡くなられていらっしゃいますぞ」

「それは聞いてみないとわからない。あるいは、プロを雇ったのかもしれないし、夫をどういう目で見ていたのかも分からないしね。あ、そういえば、は資産家のようだが、もしも余も死んでいたら、それは誰のものになっていたのかね?」

「それは、サンサーンス妃に「はい。ソコまでにしておこう。とりあえず、丁重にお連れして、事情を聞いてみよう。いや、まず余が直接行った方が良いな。お腹の大きな方に来ていただくなんて人として、忍びないからね」御意」


 ってことで、悲しみに暮れるサンサーンス妃の家に行った。ちょっとしたお屋敷で、ひょっとしなくてもウチの王宮よりも立派なのが、マジで辛い。


 貧乏はダメだねぇ。


 わざとウチの国の人間は1人も連れて行かず、少数の護衛と、騎士団長、3人の裁判官を連れて、訪問した。手土産を持っていくのはさすがに違うだろうが、決して、妊婦さんを脅かすような形ではない。


「初めまして。マトゥラー国王でもあり、この度、マーダー殿と結婚したクルシュナと申します」

「サンサーンスと申します」


 平和的に話をスタートした。刑事でもないので、直接事件のことなど聞く必要など無い。


 夫と、その正妻、義子達を無くしたサンサーンス妃は、喪に服すためだろう。飾りを一切付けない白いワンピース姿だ。


 応接室に招かれて茶を淹れてくれたのは古参っぽいメイドだ。

 

 束の間、可哀想に、と思ったが、ある程度の犠牲はやむを得ないと思い直して、スキル発動!


 香気溢れるティーカップを持とうとしたときに、ふと手を止めて見せた。それを見て騎士団長が気を利かせたのだろう。


 メイドに向かって言葉を入れた。


「一応、昨日、あんなことがあったばかりですからね。君、毒味を」

「かしこまりました」


 老メイドは「自分が毒なんて入れるわけ無いのに!」と多少憤慨した顔ではあるが、貴人に出す飲み物を毒味するのは、確かに役目でもある。作法通りにポットに残ったお茶を、まず茶さじで飲んでみせ、次に、一番エライ人、すなわちオレのカップを手に取ってズズズと飲んでみせる。


 音を立てて飲むのはマナー違反だが、毒味の場合は「確かに飲んでいます」と証明するために、あえて音を立てて飲んでみせるのは古いやり方を守ったから。さすがベテランだけはある。


 そして、さも当然という顔をして、ツンと自慢げな顔でカップを戻そうとしたときだった。


「ぐぇえええ!」

「ど、毒!」

 

 メイドは見事に血を吐き出した。昨日とそっくりな症状だ。全員が「昨日と同じ」と思うほどだった。


 そのまま倒れ込むメイド。立ち上がろうとして連れてきた護衛に制止されるサンサーンス妃。


「ふむ。お前達、一緒に来てもらおう」


 裁判官を指名すると、青ざめた顔で従った。


「厨房は?」

「こちらです」

 

 護衛の1人は、間取りを知っていたらしい。裁判官の2人と一緒に早歩きで向かう。こういう時に走らないのは貴人の嗜みってヤツだ。


 もちろん、厨房に入った瞬間、まだ火にかかっているヤカンに毒を入れ、砂糖壺の底に薬包紙に包んだ毒を隠し入れるのはスキルの力だ。


 はい。完了っと。


「ここにいる者は、一切動くな。もしも、先ほどここから出ていった者がいるなら、すぐそれを言え」


 そう宣言した後、裁判官の1人に命じて兵隊を呼ばせた。「鍋釜の中、香料や具材の壺の中まで徹底的に調べよ!」のひと言を残して、オレは応接室に戻った。


 ま、後で発見されるはず。発見されなければ何度でも「やり直し」を命じれば良いだけだ。王様に逆らうヤツなんていないんだよ。


 応接室のソファーには真っ青になったサンサーンス妃が立ち上がれなくなっていた。さすがの騎士団長もオロオロしていたので、優しい言葉で尋ねた。


「この場合、サンサーンス妃はどうなるのでしょうか?」

「そ、それは、その……」

「お腹の中の子どもには罪はありません。それを理解して措置されることを強く望みます。いいですね?」

「はっ! 心して対応いたします。ご厚情のお裁きをありがたく!」


 平たく言って、現時点の「王配オレ」を暗殺しようとしたことになるサンサーンス妃は罪を免れない。だから、即刻の死刑ではなく、せめて子どもが生まれてからにして欲しいというのが「ご厚情」の中身だ。


 ま、本来、何の罪もないのに犯罪者にされてしまった人だ。せめてもの気持ちだってこと。


 ま、オレ悪くないんで。


 悪いのは、全部ウチの国の貧乏だし、この国のバケモノだからね。恨むんなら、アレにしておいてね。


 かくしてアルバトロス王国の唯一の王位継承権を「王配」の形で受け継いだオレは、さっそくこの国の商人達を集めたんだ。


「とりあえず、金を貸せ。なぁに、歴史上、王家に金を貸して潰れた商店などの存在しないのだ。ありったけの金を持ってこい。忘れるなよ、オレは、この国最大となるマーダー商会の会頭でもあるんだ。しみったれたことをしたら全力で叩きつぶすからな」


 唖然とした商人達の前で「なお、余はマトゥラー国王でもある。ソチ達は知っているかどうかは知らぬが、かの国の王は弱小国だけに、少々不思議な術が使えるのだぞ」とニヤリとしてみせる。


 もちろん、商人達はポカンとした顔だ。


「たとえば…… ソチ達は、この壺に金貨を一枚ずつ入れよ」


 メイドに持ってこさせたのは、どこにでもある「水」を入れる壺だ。本来は、この底に二重に切った仕切りを付けておくのだが、スキル・マジックは「タネ」がなくともテーブルマジックは再現できるわけだ。


 居並ぶ大商人達は、しぶしぶ壺に金貨を入れては回していく。金貨の落ちる音。「イイネ!」を100回くらいは押したい気分だな。


「さて、諸君が今コインを入れたわけだが、実は、この壺、国家財政という不思議な壺でな」


 ニヤッと笑って見せたが、商人達はポカン。今ひとつ冗談が通じないらしい。 


 おっほん。


「この壺は、一振りして、ポンと縁を叩くと、あら不思議、逆さになってもコインは落ちてこないのだ」


 ひっくり返して見せても、もちろん、言った通り、コインは落ちてこない。入れたコインが落ちてこないってなマジックならアマチュアの人でもできる初歩的な技だ。


「私の金貨が!」

「そんな、金貨が、ど、どこに消えた?」


 一瞬、不満そうな表情をした商人達に、シレッと「何だ不満なのかね?」と不機嫌そうな表情を作ってみせる。


「せっかく、マトゥラー国に伝わる王だけができる不思議なモノを見せてやったというのに、ソチらは不満か? そうか、王自ら見せる不思議な技など、不快だと、そう申すのであるな!」


「いえ、めっそうもない。感服いたしました」

「素晴らしいモノを見せていただきました。もちろん、不快などころか、今日のことは、一生の語り草にさせていただきます」

「私もでございます! 早速帰って、妻にも、家族にも、いえ、番頭達にも自慢したいと」


 次々と、褒め言葉が出てくる。よし、よし、そうじゃないとな。


「ふむふむ。そうであろう、そうであろう。よし、そんなに自慢したいのであれば、ぜひともソチらの家族にも見せてやらねばなるまいな。よしよし。では、明日から順番に家族ぐるみで招待しておくので楽しみにしておくと良い」


「ありがたき!」

「ありがとうございます」

「ぜひとも」


 商人達は這いつくばるような姿のまま、マジックを褒めちぎるしかなかったんだ。


 えっと、金貨が20枚くらいか。お、中金貨まであるじゃん。ってことは、一回のマジックで2億くらいになったってことか。お~ オレの人生で一番儲かったマジックだな。


 よし、これからもいろいろと見せてやるとするか。あんなに喜んでくれたんだし。


 その日、王権を確立させたこと以上に、マジックの成功に味をしめたんだ。


 そうそう。商人から集めた「借金」は、そのまま他の国に贈り物にしてしまった。下手に貯めても仕方ない。いささか強引な手を使った以上、ケチをつけられても困るからな。


 なぁに、安いもんだよ。どうせ、オレの金じゃないし。

 

 それに、これからも借金をしまくれば、最後は脅しが使えるもんね。


 セリフだって決めてある。


「なに? 金を返せ? 金を返すと国が潰れるのでな。今は返せぬ。どうしても返せというなら、この国を潰してしまうぞ? さするとソチの貸した金は永遠に戻ってこないわけだ? どうするかね? 貸した金が戻ってこなくなるのと、もっと金を貸して、いつか戻ってくるかもしれないと思っているのと、どっちが幸せだ?」


 そんな風に言えば良い。


 なぁに、連中がどれだけ慌てようと、怒ろうと、いざとなったら法律そのものを変えられるからな。連中が、今日、ここにきた時点で、勝負はオレの勝ちに決まってるんだよ。


 もちろん、我が国から逃げようとした商人は即座に死刑にしてしまえば良いだけだ。100年も続けられるやり方ではないが、逆に10年くらいなら、無理やり続けることはできるはず。


「10年後に、ぜーんぶ、オレの国にしちまえば、連中は逃げる先も無くなるって寸法さ。オレって、あったまいー」


 その日、オレの連合王国統一計画がスタートした。しかし、軍事がわからないのは、少々不安だ。絶対戦争になるもんなぁ……

 

 よし、人を雇おう、金ならある!




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 クルシュナ君は、妊婦さんを殺めることも実は何とも想っていませんが、それをしたら周りがどう思うかを計算できる程度には頭がありました。だから、王位継承権だけは奪ってしまってから「妊婦さんには優しいよ」というセリフを吐くのは重要でした。

 江戸時代、あっちこちの商人が殿様(藩)に金を貸しすぎて潰れた例はたくさんあったみたいです。ヨーロッパでも中世以降、多くなってます。クルシュナ王はショウ君と違って、歴史に詳しくありませんので、全部、口から出任せです 笑


 壺の金貨を入れるマジックは、前世の記憶が本能として刷り込まれているため「驚かせ、楽しませ、それで金を儲けてみたい」って行動につながったようです。本当は「クルシュナ王は不思議な技が使える」のを、今、周りに知られると毒殺の事件の疑いが回ってこないとも限らないのですが、行動の全てを合理的にするタイプではないようです。


 なお、借金の額が膨大になりすぎて、借りた側の方が立場を強くしてしまったケースが歴史上見受けられます。カエサルも若い頃の借金は膨大だったと言われています。(ガリア征服前は特にスゴかったらしいです)

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