第2話 クルシュナの出発

 マトゥラー王国の戴冠の儀は来週と決まったが、王としての裁可は溜まりに溜まっているだけに、前倒ししての公務が続く。


 どちらかというと激務だ。


『くそ~ 何年も根回ししてきたあげく、手に入れた王座はこの程度だもんなぁ』


 クルシュナは手遊びのように右手のペンをスルスルと手のひらに落とし込み、持ち上げた左手から出して見せる。


 全てがせり上がってきたペン尻を指先で捕まえた瞬間、パッと振ったと同時にペンは花と変わった。


 マジックだ。


『はぁ~ 確かに、テーブルマジックならなんでもいけるけど、それがなんだっていうんだよ。つくづく、役に立たねぇよなぁ』


 ステータスボードオープン、と心の中で唱えると、目の前にパネルが出てきた。


 【クルシュナ・ヤショーダー=マトゥラー】

マトゥラー国 国王として戴冠予定(NEW!)

アルバトロス国王の義となる予定 (NEW!)

レベル  9

HP 125 

MP 512

スキル マジック(レベル2) 

【称号】イカサマ博打の天才 

    兄殺し(NEW!)・いかさま師(NEW!)

    おみくじ上手(NEW!) ドナドナ(NEW!)


★☆☆☆☆ マジックのタネをMPと引き換えに取り寄せられる

★★☆☆☆ あらゆるテーブルマジックをタネなしで再現できる←今、ここ

★★★☆☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★★★★☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★★★★★ ※※※※※※※※※※※※※※※



「クソ、またわけの分からねぇ称号が出てるし」


 ガッカリだ。やはり新しいスキルは生えてこないし、レベルアップもないらしい。 


 ネット小説で読んだ異世界転生だと言うのに、とクルシュナは肩を落とす。


 前世の記憶は定かでは無い。名前すら思い出せない。だが、売れないマジシャンだった記憶だけはハッキリしている。マジックについては人一倍勉強した。夏休みは、毎年ベガスに行って「修行」をしてきた甲斐もありテクニックはそれなりに自信もあったのだ。けれども、日本ではそもそも需要がなさ過ぎた。


 夜の酒場を回って、酔客相手におひねりをもらってマジックを見せる、そんな営業も地道にこなしたが、ステージの依頼など来るわけがなかった。マジックを動画で出してみたが、そもそも動画には「編集ありき」が当然だ。そして、なまじテクニックがありすぎたせいだろう。


 何をどうマジックで見せても「編集が上手いですね」で、いっこうに再生数が伸びなかった。


 行き詰まったあげく、一か八かで賭けに出た。


 借金をして「脱出もの」の動画を撮影して売り出そうとした。これで再生数を稼げれば、広告収入はともかく、どこかのステージでお呼びがかかるかもしれない。


 巨大な木箱を用意して、爆薬(撮影用の許可を得るのが大変)を仕掛け、刻々と水を満していく木箱から脱出してみせるというもの。


 水が満ちて3分経つと木箱が大爆発する。もちろん警察への届けよりも、遙かに火薬量を増やしておいた。さもないと見映えがしない。


 後で逮捕されようが何だろうが、とにかく、これでダメだったら、もう後は野垂れ死ぬしかないところまで追い込まれている。


 やるしか無いのだ。

 

 そして、その時のやり方が普通と違うのは、リアルで配信している画面にはアクションカメラで常に演者を映し出している点だ。必死になって、水が満ちてくる木箱の中で手錠を外し、脱出する姿を写し出そうというもの。


 もちろん、途中で画面をわざとわかりにくくして、その間に、シカケのある扉を開いて脱出するわけだ。


 ところが、ああいうものは、一人の力ではなく、しょせんスタッフの綿密な協力が必要だ。


 専門的な人を雇えるわけもなく、本来、アルバイトのスタッフが外しておくべきシカケを外し忘れられていたため、あえなく溺死することとなった。


 リアルタイムで溺死していくシーンがネットに流され、皮肉なことに人生最大の再生回数を記録したわけだが、転生してきたということは、やはり助からなかったのだろう。


 気付いたら、この世界で12歳の少年だった。


 最初は「王子に転生してた!」ってことでテンションが上がったが、隣の大国に半ば属国とされ、王子なのに隣の国の男爵よりも末席に着かねばならないという屈辱も味わった。


 せめて王位をと考えたのが今回の一連の作戦だった。


 近衛騎士と仲良くなり、数少ない官僚を味方に付け「これは!」というタイミングで馬車に爆薬を仕掛けた。


 正直に言えば馬車がひっくり返るところまでは想定していたが、助けが入るまでの間に王の心臓を止めておくつもりだった。


 ところが、上手いこと王が首を折ってくれたらしく、トドメを刺す必要が無かったのが運の付き始めだと、その時は思った。


 うまく官僚達をあおって、仲の悪い兄たちを互いに競わせるのも上手くいった。兄たちの王位継承争いは、思っていた数倍もヒートアップした。


 もちろん、王位継承についての王の書き付けは、事前にだまくらかして王本人に書かせた戯れのようなものである。


 本人に意図しないことを書かせる程度の「マジック」など、苦労などいらなかった。


 後は、王の間で兄たちが争う場を演出してしまえば、もはや失敗などありえなかった。


 トランプから思った通りにカードを引かせるなんてことは、マジシャンにとってはお茶の子さいさいというやつだ。スキルを使うまでもないこと。


 まあ、そもそもの「トランプ」を出すのはスキルで取り寄せる必要はあったのだが。


 ともあれ、来週に戴冠を控えているのに、弱小貧乏国家には金がない。


「金を借りようにも、大商人からの借金が、すでに国家予算の十数年分だもんなぁ」

 

 もちろん、返せる当てなどない。こんなことなら王位を望むよりも、いっそ商人になっておいた方が良かったかもしれない。


 結局のところ、金が湧き出てくるはずもなく、唯一の計画が「身売り」なのだ。


 そう、身売り……


 マトゥラー国王として戴冠すると、すぐに結婚式が予定されている。


 めでたい?


 相手は海沿いの富裕国「アルバトロス王国」の国王のなのである。


「王子と結婚する予定が王と結婚できるだなんて、私は果報者ね」


 そういう手紙を送ってきたのはフィアンセであるマーダー・ミステリアス=アルバトロス 御年58歳 身長160センチ 体重160キロの×イチ女性である。


 どちらかの兄と結婚する予定が推し進められていたということを、初めて知ったのは兄の遺体を始末した日のことだった。


 どうやら、が結婚することになっていたらしい。仲が悪いのは知っていたが、王位継承争いが急にヒートアップした理由を初めて知ったのだ。


「早まったかぁ」


 あと1年待てば、兄の一人は片付いていたことになったのに。つくづく運がない。これを知っていたら、絶対に今動くことはなかったはずだ。しかし、父王も兄も「可愛い末っ子にだけは聞かせないようにしよう」という配慮の結果がこれだった。


 兄たちが互いに押しつけ合うのは当然だったが、可愛い末っ子に押しつけようとしない分だけ、優しかったことになる。


「そりゃ、血で血を洗う王位継承争いもするよなぁ」


 王の私室に飾られていた「婚約用の姿絵」を見て、つくづく思う。


「こういう絵って、普通は美化するもんだろ? それとも画家が抽象画とか、ホラーものを専門にでもしているってのかよ」


 その絵は、かなりひいき目に見ても、前世の動物園で見たカバにそっくりな「何か」としか見えない。そして、それが凄まじく似合わないドレスを着ている。美化して、これだとしたら実物がいったいどうなるのか。想像するのですら怖い。


「逃げられないんだよなぁ」

 

 既に持参金を受け取って借金の返済に消えている。今さら「結婚は無しね」というわけにはいかないのだと宰相に言い聞かされたのが3日前。


「しょせん、血塗られた道か」


 指先にチョコンと載せて、指から指へとコロコロ転がしているのはゼラチンでできたカプセル。前世で言えば風邪薬のカプセルを二回り小さくしたものだ。


 ツルンと喉さえ通れば、苦い薬でも上手に飲める。そんなものもマジックの小道具の一つになっている。


 何もない空間から「血」を流してみせるには、中身を凍らせておけばいい。テーブルのライトが当たれば、中身が解け、中の水分によって勝手にカプセルが破けて「血」が流れ出すという仕組みだ。

  

 そんな小道具を指先でいつまでもいつまでも転がしていたのである。


 戴冠式を無事終えた新王は花嫁の待つアルバトロス王国へと旅立たねばならなかった。


 アルバトロス王の離宮で予定される結婚式へと出発の馬車。


 貧乏国家だけに王と民の「距離」は近いのだ。新王が結婚式に旅立つと知った民は争うようにして摘んできた花びらを王の馬車に向けて振りまいて祝福していた。


 喜びに溢れた顔だ。


『クソッ、オレに、あんなバケモノを押しつけて、お前達はそんなに嬉しいのかよ! 持参金目当てに王に身売りさせるだ? こんな国のヤツらなんて、一人残らず、地獄に落としてやる!』


 憎悪を込めた目で、民を見つめるクルシュナは知らなかった。


 市民達は心から新王の結婚を祝福していたが、花嫁のことを何ひとつ知らされていなかったということを。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

クルシュナ君のキャラは、ショウ君とかなり違います。ただし、スキル・マジックは実はすごく威力を発揮することになります。特に個人的なことに使うと、最凶といえるかもしれません。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 


 



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