第5章 統一編

第1話 クルシュナ王誕生

 サスティナブル王国が後の最大の敵として対峙することになる「黒太子クルシュナ」が歴史に登場したのは、凱旋式が行われた時から10年を遡ることになる。


 サウザンド連合王国の中でも小国として知られているマトゥラー王国では、王宮から大聖堂までの大通りをそこそこ豪奢な馬車が隊列に守られてゆっくりと走っていた。


 大聖堂では、この国の第三王子クルシュナのささやかな成人の儀が行われることになっている。


 王は、遅くに生まれた第三王子を殊の外可愛がったという。そして、また、二人の兄は、互いに仲が悪いクセに、この末弟だけは可愛がる点で一致していた。


 それは30を目前とした甲乙付けがたく優秀な兄達とのあまりの格差があったからだと言われている。


 元から「国家」と名乗るのはおこがましいほどの弱小国家である。しかも、年の離れた兄が二人いる以上、兄と王位を争うなどありえない。末弟は臣籍降下させて商人とするか、他国で官僚を目指させるかという将来しかないはずであったのだ。


 その意味で、王が第三王子をいかに可愛がろうと、王位継承問題には全く影響がない。その認識があったからこそクルシュナは誰からも可愛がられたのである。


 また、クルシュナ自身も王位継承について、一つも興味を示さないことも知られていた。自国、他国を問わず社交に全く興味を示さず、日がな王室騎士達と混じって剣や馬の訓練に励み、官僚達に交じって書類の群れと取り組むことを好んだのだ。「末は豪商か、それとも他国で高級官僚となってくれるのか」と誰しもが目を掛けたのである。


 そんな「愛され王子」の成人の儀である。


 成人式が行われる聖堂に王はクルシュナと共に馬車で向かった。後に「あれは落雷であったのだろう」と言われる大きな音が炸裂した次の瞬間、人々は、唖然とする光景を目にしたのである。


 王を乗せた馬車が横転してしまっていた。


 駆け寄った警備の騎士達は、頭から血を流す王と第三王子を発見することになった。


 ここで大問題が発生したことになる。


 当時「幼いクルシュナの成人を待って、王太子を指名する」と表明していた王の意向が明かされていなかったのだ。


 そこに、執務室の机から「第一王子ヤーダヴァを王に指名する」と書かれた書面が見つかった。それなら、それでも良かった。けれども、その書面が確認される前に、宰相が「かねてからお預かりした書状には第二王子カンサを王太子とすると書かれている」とを公表したからたまらない。


 ヤーダヴァもカンサも優秀で、意欲のある働き盛りの年齢である。


 お互いに譲れるはずもなく王位を争うことになってしまった。一触即発。何とか戦を避けようと、最後の話し合いをと王の間で開いてはみたもののお互い一歩も譲らなかった。


 ここまでくると、どちらかが「これ以上は話し合う余地無し」と宣言した瞬間から内戦が始まるという状態である。


 王の間に詰めた貴族達がため息を吐き堕ろしたくなった時、第三王子が突然、王の間に現れたのだ。


 あっけにとられる一同を見渡してひどく不思議なことを言いだした。


「王は、ゆうべ、私の夢枕にお立ちであらせられた。争うくらいならクジにせよと仰せだ」


 成人の儀をすませもしない15歳の男は、まるで経験を積み重ねてきた老政治家の威厳のような重々しさを見せつけながら、言い争う兄の間に立ったのだ。


「ここに、50枚ほどのカードがある。ここに、ほら、このような札を入れましょう。兄様方は一枚ずつカードをお引きなさい。先にこの札を引いた方が神に示された王であると言うことにしてはいかがでしょうか? それとも、神の目に選ばれるのはお嫌ですかな?」


 クルシュナは、一同に道化師の描かれたカードをゆっくりと示した後で、巧みにシャッフルすると、扇のように広げて兄達に示した。


「なまじ、どちらが先などと言うと後先も争いたくなるでしょう。この中から、お好きなカードを選ばれよ。同時に引いて一同にお示しになりますよう。先ほどの道化師を引いた人間こそが神に選ばれた次代の王となることをここに定めたことにいたします。さあ、どうぞ」


 流れるような動きの中で、パッと差し出されてしまうと、引くに引けない雰囲気が王の間に満ちてしまう。


 家臣達からすれば、どちらかが王となれば、多少の損得はある。だが「弱小国家の内戦」がどれほど悲惨なものであるかを知っている以上、避けたいというの本音である。


 内戦ともなれば、幼馴染みを殺し、従兄弟を殺し、婚約者の父を殺し、果ては姉妹で殺し合うことになりかねないのだ。


 無言の圧力が、兄王子達にカードを引かせたのだ。


 最初に引いたカードは、ふたりとも「数字とヘンなマークのカード」だった。2度目は、ヤーダヴァが絵付きのカードを引いてぬか喜び。3度目はカンサがAと書いたカードを引いて、一瞬、喜悦の表情を見せてしまった。


 四度目を引く時になってヤーダヴァが苦情を言った。


「先ほど、確かに道化師のカードを入れたようにも見えたが、実は入れていなかったのでは無いかね?」


 そこで、クルシュナは一つ大仰なため息をついてから「では、神によって選ばれるとはどういうことか、お示しいたしましょう」と無造作に一枚を抜いて高々と掲げて見せた。


「そ、それは!」

「何だ、やはり、あったのか」


 二人の兄は、ホッとしたような、自分が引けなかったことが忌々しいとでも言いたげな表情を確かに見せたのである。


「疑って悪かったな。では、もう一度」


 ヤーダヴァがそう言った瞬間、クルシュナは叫んだ。

「先ほどの約定、みなさまお聞き届けいただいておりますな? 道化師のカードは、この私が引き当てました! 兄たちも認め、みなさまも先ほど認めた王選の儀がなったのでございます。ご異議ございませぬな?」

「なっ、なにをいったい」

「クルシュナ! 血迷ったか!」


 もう一度冷ややかな目で見つめた後、それぞれの兄の後ろに控える王室騎士に対して、声を張った。


に対する疑いを持った痴れ者を切り捨てい!」


 命じた瞬間、一切のためらいも見せず王室騎士は二人の兄を背中から袈裟掛けに切り落としたのである。


「我が名はクルシュナ! マトゥラー国の唯一にして絶対なる王、クルシュナ・ヤショーダーである! 異議ある者は申し出よ!」


 申し出るも何も、すでに兄たちは絶命していることが明らかである。王位継承権を持つ有力な存在は、ここに立つただ一人であること歴然としていた。


 そして何よりも「内戦をせずにすむ」という心が、ここで異議を申し立てさせる気力を失わせたのだ。


「神に選ばれた、か……」


 誰かがぽそりと呟いた声が、思った以上に響いた。


 王の間に立ち尽くす貴族達の中に「新王は、兄王子達が何度引いても引き当てられぬ道化師を、たった一度で引き当てて見せた。これこそ、神によって選ばれたという意味があるのかもしれぬ」という思いが何割か混じったのも事実であった。


 その空気を素早くつかみ取ったクルシュナは迷うことなく至尊の椅子まで歩み寄った後で、厳かに言った。


「先ほど、お主達はその目で見たであろう? 我は神によって選ばれたのだ。以後、王としての我に異議ある者は、神に申し出るが良い。なぜならば、我は神によって選ばれて王となるのであるから」


 まだ、成人の儀すらすませてない新王は、そう言い捨てると、どかりと玉座に座ったのである。


 これが後に「黒太子」として、あるいは「魔術師」として名を馳せ、サウザンド連合王国を一手に掌握する皇帝へ成り上がることになるクルシュナ・ヤショーダーの第一歩であった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

統一編で、新生サスティナブル王国最大の敵となるクルシュナです。サンスクリット語で「黒い」「暗い」「皆を引きつける」を意味する言葉でもあります。

黒太子のお話が少し続きます。


ちなみに、日本でも「クジで選ばれた将軍足利あしかが義教よしのりという室町幕府の六代将軍がいます。

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