第58話 何をなせるのか?

 ショウのスピーチが続く。


「みなさんの中には知っている人もいると思いますが、西の強敵であったアマンダ王国を、昨年、降伏させてきました」


 ブラボー


 最初に叫んだのはドーンである。取り巻き達が、一斉に「英雄!」「偉大な!」などという賛美が次々と叫ばれ、それが次第に拍手となっていく。そこに、後ろの保護者席からの拍手が合わさって「万雷の拍手」として講堂を揺らしたかと思うほどであった。


 卒業生の中にも、実家が「婚約者内戦」時に領地を奪われた者もいるし、親戚、知り合いまでもを含めれば、半数以上の人間が関係するのである。


 拍手の合間に、あちこちで涙を拭く生徒や親の姿が目立つ。


 その拍手がさすがにピークを過ぎたあたりで「第二の建国だ!」と叫んだのは、なんとベグである。ドーンが叫ぶシナリオだったのにと壇上でヒヤリとしたが、次々と「新たなる」「第二の」と言う声が上がっている。そこに混ざった「偉大なる王グレート・キング」という声は、決して大きな声ではなかったが、多くの人間にハッキリと聞こえていたのである。


 ショウは、身振りで拍手を抑えた。


「現在は国軍最高司令官でもあるエルメス公爵が、この先の禍根を消すために、日々、ご尽力いただいているところです。おかげで、かの国に悩まされることは、なくなったと考えて良いでしょう」


 万雷の拍手。


 ところが、と言った瞬間、全員の視線がショウの口元に集中するのが分かった。


「西の彼方で、粉骨砕身、身を捨てて働いた人間によってアマンダ王国を降伏させていた頃に」


 みんなが知っていることだけに、あえて「誰が」を入れないのがポイントだ。


「みなさんもお気付きの通り、王都では…… いえ、王宮では、当時は、まだ王子であったゲールが大逆の罪を犯しました」


 その後に王太子を名乗っているので「まだ」と付けたように感じた者も多いはずだが「大逆罪により、廃嫡済み」という事実が重いのである。当然、大貴族とその家族はそれを知っている。


「なんと、を監禁し、卑劣にも我が国の礎とも言うべき宰相と法相に罪を被せようとしたのです」


 だんだんと「観客席が温まった」状態になったせいだろう。たちまち「最悪!」「卑怯!」「悪の権化!」と言うコールが同時多発的に涌き起こる。


 ここは、流れに乗るべきところだ。声に力がこもった。


「ゲールは、あろうことか西の果てでアマンダ王国を降伏させた人間に罪を被せようとした! のみならず、王都から大規模な討伐軍を差し向けたのです。出陣のシーンを見た人も多いと思う。あるいは、ご家族が不幸にも巻き込まれた方もいるかも知れない。あれは全てゲールの卑劣な陰謀の結果なのである」


 ドッと、観客が「卑劣だ」「ヤツのせいだ」と多数のコールが起きるのも当然。


 堂々と、被害の全てをなすりつけにかかるショウである。使う言葉も、徐々に「だ、である」式の演説調に変えている。


「兵士達に罪はない。それを私は知っていた。だから、できる限り兵士が死なぬように気を配ったのは事実である。結果的に最悪の司令官であったゲールのため、国のために力を尽くした兵士達は、わずか4分の1以下の『敵』に全滅の憂き目に遭ってしまった。一人ひとりの兵は決して弱かったのではない。決して逃げたのでもない。ただ、頂点に立って指揮をする人間の愚かさと、なによりも悪事であることが敗北の原因となったのだと断言できる!」


 主語を言葉にすること無く、話法で主語を自分に持ってきつつ、ゲールの悪事と無能を強調する。


『そうだよ~ 無能な人を国王にしちゃうとヤバいかんねってことだよ』


 それを分かってくれと祈りながらのスピーチを続ける。 


 とはいえ、四倍の敵を倒したというのは、普通なら自慢話の範疇だ。しかしながら、つい先日行われた「王都のそばでの戦争」の真実を、当事者が語ってくれているだけに、興味の湧かない人間などいないのだ。だから単なる自慢話と受け止める人間など一人もいなかった。


 しかも、列席者の中には、家族が従軍して死亡・ケガをしたという人間も確実にいるはずである。「負けたのは、兵士のせいではなくて、ただ、司令官が悪いからですよ~」という論調を国王代理が堂々と表明することは、彼らにとって何ともすがりたくなる話のハズだ。


 あっちこちで、涙を拭い出す生徒、親が急増したのが、その証拠だ。


 ショウは、いっそう声を張った。


「もう一度、諸君らに問おう! 討伐のために駆り出された国軍や近衛が負けたのは弱いからであるのか?」


 一拍置いて、ドンと手を演壇へと振り下ろす。


「断じて、否である。彼らは強かった。途轍もなく強かった。私が保証しよう」


 全員が息をするのも忘れてショウの言葉を聞き入っていた。 


「では、なぜ負けたのか?」


 シーンとなった会場。


「すべてゲールである!」


 おぉ、と小さなざわめき。


「司令官の無能こそが、全ての原因なのである! だからこそ、その間隙を縫って王宮で監禁された国王陛下、両公爵を、近衛の有志達と救い出すことができたと言うことが、何よりの証拠となるのである。辛うじて命をお救いできたのは、本当にギリギリのタイミングだ。誠に僥倖であったのだと思ってほしいのである」


 またしても拍手と、コールの嵐だ。しばし身を委ねるショウである。とはいえ「何よりの証拠」だと言いつつ、それが論理的なつながりなど無いことを、一番よく知っているのもショウである。


 しかし、言葉には勢いが必要なのだ。


 事実として、先ほどまで以上にショウを誉め称えるコールが盛り上がっている。


 そこにまた「偉大なる王グレート・キング」と言う声が聞こえた頃、おもむろに手のひらを広げて「観衆」に差しのばした。


「諸君には夢がある、希望がある、未来がある。卒業した後、きっと、その手で捕まえられるはずだ」


 差しのばした手のひらをギュッと握ってから、ゆっくりと床と垂直にした手のひらを広げてみせる。


「けれども王国が力を失ってしまえば輝かしきモノは全て、その手のひらからこぼれ落ちるのだというのはお分かりだと思う。よろしいかな? 諸君がいかに優秀であっても、いかに頑張っても、もしも能力の無い人間に率いられれば、どうなるのか!」


 そこであえて言葉を切ると、ガッツポーズのような位置で再び拳を握った。


「国王陛下から『国王代理』として託された、ゴールズ首領として諸君に約束しよう。持続可能なシナリオを描く王国に永遠なる栄光があることを! 輝ける未来を諸君らとともに作り上げていくことを!」


 うぉおおおお! と全員がスタンディングオベーションである。


 その盛り上がりを抑えもせずに声を張り上げる。


「そのためには男性も、そして女性も、何をしてもらうかを考えるのではない。自らが何をなせるのかを、前例にとらわれずに常に考えて実行していくことを強く求めるものである。自らの最大をなせ! 私は、それに最大限に応えられる国を用意しようではないか!」

  

 そこで、右手を胸に当て、背筋を伸ばした不動の姿勢を取る。居並ぶ貴族達、そして学園生は瞬時に立ち上がり、同じ姿勢を、ドレスの婦人方はカーテシー姿となる。


「偉大なるサスティナブル王国の永遠不滅の御光来にあれられる現ジョージ・ロワイヤル国王陛下に忠誠をお誓い申し上げる!」

「「「「「「忠誠を申し上げる!」」」」」


 全員が、唱えるのを見定めて、ショウは「万歳!」と唱えると、波動のように広がった「万歳」の声が、何度も何度も行動を揺らしたのであった。


 恭しく貴族式の礼を見せて引っ込んだショウ。


 最後の部分の形式は、まさに「国王陛下の代理」としての締め方としてはパターンであるが、実は「たった一文字」を滑り込ませていた。


 鋭い者は気付き、その意味をしっかりと受け止めたのだろう。ある者は顔を輝かせ、ある者は不安を胸にしまったのだ。


 ショウが忠誠を誓ったのは「現」国王だったのである。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 読者のみなさまは「卒業式のエライ人のお話」は、たぶん、誰も覚えていませんよね? 私も高校の卒業式で、誰がどんな話をしたか忘れてしまいましたが、謎の高揚感のある卒業式の後の時間は、ふわりと覚えています。


「将来に向けての夢」


 それが手のひらからこぼれ落ちるのかどうかは、誰にも分かりませんよね。

 ともあれ「エライ人のお話」で、まるまる一話使っちゃってすみません。

 明日は、凱旋式となる予定です。

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