第57話 卒業式

 ほぼ全ての貴族、主立った官僚や有力商人が卒業生であるため、王立学園の校歌は『NATIONAL・BASIC』とでも言うべきレベルである。


 学園生はこれをアカペラの四部合唱で歌えるように、2年間で繰り返し練習してきたのである。季節の風物詩のように行われる、学園前広場でのチャリティー・コンサートにおいて、集まる卒業生とともに大合唱になるのが恒例である。


 卒業式ともなれば、いっそうの思い入れを込めた美しい歌声が響く。居並ぶ親や来賓はかつての青春を思い出すのだろう。「卒業式の校歌」を聞くだけで、あちこちで涙を拭く姿が見受けられるのが常である。


 しかも、今年は例年になく、貴族家の当主が出席しており、中には自分の子どもではなく「分家の子どもの保護者」として顔を出している者も多数いた。それは予想済みで、会場は例年の倍の人数を受け入れられるようにしてあった。


 それであっても、すし詰め状態ではあるが、一方で貴族達の振る舞いは誰しもがエレガントであったから「卒業式」独特の厳かな雰囲気はきちんと醸し出していた。


 卒業式は、まず「校歌合唱」が伝統だ。


 指揮は、卒業生の代表が務めるのも習わしである。


 すなわち、ドーンであった。


 胸を張って、自信に満ちた態度は、やはり絵になる男。しかも『三日月の四者誓約Pignus quattuor lunarum』以来の経験が、ドーンをさらに大きくしたのである。


 歌唱姿勢を取った生徒達が見上げる壇上に、惚れ惚れとする立ち姿。


 凜々しさを体現したと言っても良いだろう。


 大きく上げた指揮棒が振り下ろされ、たくましい男声が響き、女声が乗っての歌い出しである。



ここに汲むは、輝く英知と誠の泉

あぁ、我らが王立学園

伸びゆく我らは力を合わせ

大いなる 理想の青空は

今日も 微笑み 招く

おぉ~ 我らの王立学園


若き胸が、希望に溢れて集まる聖地

あぁ、我らが王立学園

伸びゆく我らの意気は軒昂けんこう

永久とこしえに栄える都市は

今日も 微笑み 寄せる

おぉ~ 我らの王立学園



 歌い終わった瞬間、躾けられてきたとおりに卒業生は全員が気をつけをする。


 その身動きの音と歌の残響が講堂に吸い込まれるように消えていった空気を割り込むようにして、カクナール先生が式次第の二番目の項目を読み上げる。


「偉大なるサスティナブル王国の永遠なる統治者にして偉大なる国王陛下より挨拶を賜る。一同、ご起立されませぃ!」


 司会の号令に応じて、今度は来賓、保護者も全員がザッと立ち上がった。


 貴族達はエレガントな動きで右の拳を胸に当てての不動の姿勢、ご婦人方は粛粛とカーテシーをしながら頭を軽く下げる。


 卒業式の「国王挨拶」でなすべき作法を知らぬようでは列席する資格など無いのである。


 同時に、壇上の来賓席からショウが立ち上がった。


 ザワつく暇も与えぬようにしてカクナール先生の重々しい声が響いた。


「全ての大公爵家当主に認められて国王代理であるゴールズ首領のショウ閣下が挨拶を行う」


 この瞬間、居並ぶ貴族家、そして来賓として登場している大商人や高級官僚、軍幹部に「ゴールズのショウは、王国が正規に認めた国王代理である」という認識が確立したのである。


 目端の利く貴族であれば、この時、個人の爵位である「子爵」でも、家の爵位である「伯爵家」でもなく「ゴールズ首領」と付いていることに気付いているはずだ。


 国王代理とはすなわち、国王がいない時は国王として振る舞う「爵位から離れた立場」ということだ。


 よって、この宣言は「当の国王陛下以外の全ての人は、ショウを最も尊崇されるべき立場だと思いなさい」ということに他ならなかったのだ。

 

 それがどれだけ重大なことなのか。理解できた卒業生は、ほんの一握りであっただろう。 


 もちろん、ドーンやノーヘルはその数少ない側の人間であった。


 一方で、国会に属していない貴族家の人間、あるいは大商人達は腰を抜かさんばかりに驚いていたが、その驚きを、けして顔に出してはいけないこともまた知っていたのである。


 彼らは不満分子を発見するために、どこかで見張られている可能性を考えたのである。もちろんブラスコッティの配置した「影」は、ほんの小さな動揺や表情、そして貧乏揺すりに至るまで見極めようとしていたのは事実だ。


 結果として、今後、小領主を合わせて十数家が「病気」によって断絶することになるだろうと、ブラスコッティは壇上から考えている。


 既に眉間のシワが深くなればなるほど「闇の刃」の切れ味が増している風情があった。


 周囲の無音のざわめきを無視したショウは、演壇に立つとおもむろにスピーチ原稿を取りだしてみせた。文字は書き連ねてあるが演説の原稿ではない。出した方がそれっポイかなという、ちょっとしたイタズラ心である。


「諸君」

 

 そこで、ショウは不動のポーズを取ってみせると「永劫不滅なるサスティナブル王国の偉大なる王である、ジョージ・ロワイヤル陛下は、現在も病魔と闘われていらっしゃる。ご回復をここにいる皆で黙祷を捧げたいと思う。それぞれの信じる神、あるいは存在に祈りを捧げてほしい」と言ったのである。


 そして「黙祷!」と自ら号令を掛けた。


 ショウはことさらに天を仰ぎ、目を閉じてみせている。


『あ~ ここで立ちくらみなんかしたらみっともないよね、そう言えば、始業式の時に必ず倒れる女子がいたなぁ』


 などと考えてから、目を開けると「止め!」と号令した。一斉に顔がこちらを向いた。


「では、少しばかり、未来を語りたい。ご列席の皆よ、そして卒業生諸君、座って聞いてほしい」


 すかさず司会から「お座りなさいませい」と号令が発せられる。


 人々が座ったことを確かめてから、おもむろに語り始めたのである。


「本日の卒業式においては、卒業生諸君の努力はもちろんだが、先生方、そして家族の支えなくして、この良き日を迎えることはできなかった。ここに、王国を代表して感謝を申し上げたい。どうもありがとう」


 仕込みの生徒達が何人も一斉に立ち上がると、次々と卒業生達が立ち上がった。それを見極めて、ドーンが「先生方、ありがとうございました」と恭しくお辞儀をした。もちろん、全員が続いた。


 そして、頭の上がったタイミングで後方の「家族席」にドーンが身体を向けた。もちろん、他の卒業生も一斉にマネをしたのである。


「父上、母上、大事な家族達、そして我が家で身を粉にして働いてきた人々に感謝を申し上げる。どうもありがとうございました」


 卒業生達は深く考えずに「ありがとうございました」と続いたのだが、会場にはわずかながらではあるが、家令や家宰、執事長にメイド頭などが混ざっている。


 彼ら彼女達が仰天したのである。


「若殿が、礼を言ってくださるなんて」

「お嬢様が、感謝の言葉をくださるなんて」


 間違いなく、この瞬間の会場で心がどこかに飛んで行ってしまったのは、礼を言われた使用人達であった。


 今までの卒業式知っている譜代となって働く人々は、これが異例のことであることがハッキリと分かるだけに、もはや喜びを通り越して顔色が真っ白になるほどである。


 どんな世の中であっても、自分の仕事に感謝されて嬉しくないはずが無い。


 この驚きが他の者達に伝わるころには、クッキリと明確な「喜び」として伝わったのだ。同時に「今年の卒業生達の素晴らしさ」は、明瞭なメッセージとして伝わった。


「今年の卒業式は、今までとは違う。何という素晴らしさか」


 王都にヒタヒタと流れていくウワサになる過程において、人々は今までとの違いを見極めようとするのは当然のことである。


 それが「国王陛下の代理となる方は素晴らしい」ということに容易に変わってしまうのは言うまでも無いのである。


 卒業式の挨拶は、まだ、始まったばかりなのである。



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作者より

 この世界では大人になるのが早いので、王立学園の卒業式はイメージ的に「高校の卒業式」って感じです。ショウ君のスピーチは、まだまだ続きます。っていうか、最初の挨拶に入るまでで、既に十分な効果をあげていますよね。

 なお「黙祷」は、辞書的な意味は「黙って祈りを捧げること」ですが、慣用的には「死者(犠牲者)に捧げる祈り」と言う意味を持っています。列席した貴族達は「黙祷」という言葉の寓意を、ちゃんと掴むはずです。一方で、もしもが正面から抗議してきても、辞書を示せばOKになると考えて使っています。この辺りは、言葉の一つひとつが政治になることをよく知っているわけです。

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