第56話 その名は……
食品の交易をメインにしている商家の番頭が、一度だけ会ったことがあるというんで、執事補佐的な感じのコスをさせて部屋に入れてみた。
しばらくして、出てきた番頭は首を捻る。
「確かに面影はあるような気はします。でも、もっと、でっぷりと貫禄があったと思ったのですが、この方はアゴが判別できてますからね」
えっと、アゴが分からないほど太っているってこと? なんか、その時点で、頭の中で「悪役」イメージになっちゃうんだけど、ま、そんなことはないと思うことにしよう。
ブラスは「アゴも分からないほどの外見ということであれば、書類上の記録と一致します」と書類を律儀に読みながら、丁寧に見解を付け足してきた。
なんか、最近、彼がますます真面目なんだよねぇ。眉間のシワにハガキくらいは挟めちゃうんじゃないかって感じだよ。
「もしも亡命してきたというなら、少しは痩せててもおかしくないのでは?」
オレの言葉に老公が反応した。
「亡命、ですか? そんな報告など受けていませんが。アーサー、何か知っているか?」
外務大臣であるアーサーも、さっき到着したところだけど、首を捻るばかり。
ブラスも慌てて、書類を書き分けてる。
「ふぅ~ やっぱり、王都での戦いは影響がデカかったみたいですね」
老公もブラスも苦笑い。
アーサーは「そっちについては、根本から構築しなおしですね。そもそも王家の影が使いものにならなくなっていますからね」と渋い顔だ。
王家の影はあくまでも「王」に仕えるわけであって、現在、まがりなりにも王が生きていらっしゃる以上、命令者がいないことになる。依然として、その動きは見えてこない。
しかも、そこが皇太子と接触しないように監視も付けなきゃってわけで、公爵家の影の力も大幅に力が食われているんだよね。
そんなこんなで、他国に対する情報収集能力が極度に落ちているのが哀しい現状だった。今回のことは、その弊害が極端に出た形になる。
「今、レオナール統領の顔が分かる者と、政治状況についての報告を求めて鳥を飛ばしたが、どれほど急がせても一週間はかかるだろう」
そこまで言うと、アーサーは静かに立ち上がった。
「「「?」」」
「仕方あるまい。私が対応してみよう」
「アーサー」
老公は意外だ、という表情を隠さなかった。
「私が外務大臣であり相手が一国の統領を名乗っている以上、私が対応する他あるまい。国力差や突然の訪問であると言うことを考えれば、ウチの首領を出すのは早計だからな。それでよろしいかな?」
オレに確認してくれたアーサーは、ちゃんと筋を通す人物なんだなってことは分かった。貴族趣味と言うこと以外だと、この人はムチャクチャ優秀ってことがだんだんと分かってきたんだよね。リンデロン様が推薦したわけだよ。
「よろしくお願いします」
「では、しばらくお待ちを」
待っている間も、次々と、用件は飛び込んできた。
王のいない王立学園の卒業式、ってのだけでもイレギュラーなのに、王都始まって以来の『凱旋式』を運営するには、商人達の力を思いっきり借りながら、時には「貴族的な強引さ」で話も進めなくっちゃいけないときもある。
民主主義国家じゃなくて良かったと思っちゃいけないんだろうけど、こういう時はやっぱり「やり放題」の封建制は楽なんだよね。
王都前の広場の拡張も、その気になれば簡単だったし、庶民の見物席を作る為に民家をどかすのだって、わりと簡単にいった。「反対運動」なんてモノが存在しない分だけ、断固として突き進めば前世とは比較にならないほど物事が早く進むんだ。
とはいえ、何事も速く進んじゃうということは、もしも間違った方向に突き進んじゃうと訂正するのが難しくなるってことだ。この辺りはよくよく自重していかないと、いつか転ぶに決まってる。
強烈な独裁者の大半は、ロクな死に方をしてないんだってことを常々自分に言い聞かせてるよ。
国ってのを運営しようとすると、ただでさえ、あれこれと仕事が湧いてくる。ともかく大方針だけ決めてしまえば、後は「丸投げ」可能って部分が大きいのは助かっていた。このあたりは老公を始め、シュメルガー家のお家芸って言うか、事務処理能力の高さに依存している部分が大きかった。
ノーマンの育てた官僚群が、猛烈な勢いで働いてくれるのは頼もしい限り。
あっと言う間に3時間。
やっとアーサーが戻ってきた。
「ご苦労様~」
「大変であったな」
「お疲れ様です。いかがですか?」
三人三様で迎えた声にも反応せず、アーサーは、難しい顔で座り込んだ。
「アーサー?」
オレの言葉に反応する余裕がなさそうだ。
「トライドン家を…… 当主のライザーを呼んだ方が良さそうですな。あそこが最前戦だ」
難しい顔をしながら、そんな言葉を吐いたアーサーは、ハッと気付いたように「失礼をした」と詫びた。
わぉ。このオッサン、謝れるんだ! ちょっと驚きだよ。
「この後の確認は必要ですが、話してみて違和感はなかった。彼がサウザンド連合王国の統領であったとしても、矛盾のない話を聞けたと思う」
「であった?」
老公が突っ込む。
「そうだ。連合王国の名の通り、かの国はいくつかの小国の連合体だ。そのまとめ役が統領。文字通り、領を統率するという意味となる。形式上は各国の王の方が身分は上だが、統領は王たちの会議を主催する権限を持つ。その意味においては王の上に君臨してきたのが統領というヤツでね」
「それは、本で読んだけど、じゃあ、統領が交代させられたというのかね?」
老公は、いささかの驚きを隠せない。
「いや、統領という立場が無くなったのだ」
「無くなった?」
「国の体制が変わりました。統領がまとめるのではなく、かの国を作る小国が合併を果たした。すくなくとも建前上はね。今では、全体が一つの王国になったらしい」
そこでアーサーはギロリと老公を一瞥した。
「こんなに大事な情報が、まったく伝わっておらんとはな。サスティナブル王国の情報部も力が落ちたものだ」
嘆かわしい、と首を振ったアーサーは「黒太子と呼ばれているらしい」と誰に言うでもなく言葉にした。
「サウザンド連合王国の中では、どちらかというと弱小と言われた都市国家である「マトゥラー国の第3王子だった男が、瞬く間に周辺国家を従えて、強烈な統制を敷いたのだそうだ。今では、首都の名前も変え、兵制も変え、次々と新機軸を取り入れているんだそうだ」
「兵制?」
老公が思わず尋ねたのは、
「あぁ、なんでも、民のウチ、一定の年齢の男性全員に兵役の義務を負わせたんだそうだ」
それって「徴兵制」じゃん!
「え? 民を兵にする? 確かに民兵でも戦えないことはないが」
戦力化するにはそれなりの訓練が必要になるやり方だと、老公は戸惑っている。
「まあ、良い悪いはあるんだろうがね、少なくとも民兵であっても兵力が十倍になったら、それは一つの脅威だろう?」
「十倍? えっ~っと」
ブラスは書類を素早くめくって「国力から計算して、最大の兵数は5万を超えないと思われていましたが、その10倍ですか?」と目を丸くしている。
「しかし、そんな兵の数を養えるとは思えないが?」
「その部分については分からん。だが、レオナール殿は、そう主張している。話が半分だったとしても20万を超えるとしたら……」
大平原を敵兵が黒々と満たすイメージを全員が浮かべていたはずだ。
一瞬黙り込んだのを何とかしたくて、オレは声を出したんだ。
「それで、新しい首都の名前は?」
「なんだか、変わった名前だったぞ」
全員が、アーサーの「次」を待った。
「えっと、とう…… あぁ、そうだ、トウキョウとかいったな。何とも不思議な名前を付けるものだ」
『次々と新機軸で、徴兵制に東京?』
ヤバいかも……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
いや~ もう、ニオイがプンプンですよね! 異世界人対決。
次は、ちょっとだけ時間を遡るか、はたまた卒業式まで通すか、未定です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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