第53話 ミネルバビスチェ
カーマイン伯爵家の王都邸は昼に夜を継いでの大改装がされていた。ブロンクスが、シュメルガー家のツテと、スコット家の情報網のお世話になって、家具も内装の材料もかき集めて、できあがったのは昨日の夜だった。
予算はあったけど、後回しにしてたツケだった。
元々、公爵本人がちょくちょく出没していた邸だもん。直さない方がおかしかったんだよね。
ってことで、公爵邸にも負けないくらい立派になった応接室(他は工事中)にお迎えすることができてホッとしたよ。
作法通り、妻と母の挨拶から始まった。
「ごきげんよう。ご無沙汰しております。叔母様」
「姫君にあられましては、ご健勝のことと、幾久しく奉ります」
美女と美少女の対面だ。前世だったら、ドラマか映画、いや、それだって、これだけの美女対決はないよなぁってほどに輝いているワンシーン。
片やオレの妻で、片や義母になる予定の人なんだから、我ながら驚くよ。
「この度は、サスティナブル王国の偉大なる英雄であられる「叔母様」あ、あの、えっと?」
「もう! 親戚同士の上に、ショウ様は率直な関係をお望みでいらっしゃいます。破格かも知れませんが、我が家の家風を通させていただいてもよろしいですか?」
「あら? それが王都での新しい流行かしら?」
「いえ。ただ、ショウ様がお望みなので、これから流行らせるつもりです。けれども、今は、別の意味があるのはお分かりいただけるかと」
「ふふふ。それなら、ミーは良い家に迎えられたってことね。そして、メリーは、相変わらず幸運の星の下に生まれたってことだわ。そんなに素敵な伴侶に選ばれたなんて」
「えぇ。人生最大の幸福だと思いますわ。ミーお姉ちゃんも、きっと幸せになれますから!」
ん? いきなりの愛称呼び? そういえば、メルクリーテスさんはシュメルガー家の分家の人だっけ。知っていてもオカシクはないよね。
あ、オレって対人関係は苦手だけど…… 苦手だからこそ、周囲の人についてのデータは必須なんだよ。ミネルバビスチェさんも、そのお母さんもシンに行った時に紹介されて話したこともあるわけだし。
「それなら、しゃちほこばったやり方は、お館様の気風に合わない…… ですね?」
その笑顔は明らかに、オレに向けられてる。
「はい。率直にいきましょう。お迎えするのですから、早く仲良くなりたいですし。メリッサも、ミネルバビスチェさんならってことで、喜んでおりますから」
「まぁ。本当に奥様方は、みなさま、お優しい方でいらっしゃいますね。ミーは本当に幸せ者ですわ」
メルクリーテスの言葉は、多分に、メリッサに気を遣ったものだ。遙か年上の正妻が後から来て、しかも先に子どもを産む予定だというのを、どう思うのか。同じ貴族女性として十分に分かっていて、なおかつ、卑屈にならぬようにしようとしているのだろう。
一方で「親戚だから」という口実で、なるべくカジュアルな迎え方をすることによって、バランスを取ろうとしているのがメリッサだ。
別にイジワルしているわけではなくて「貴族的な形式を排除」することで、妻妃連合の一員として早くなじめるようにという配慮をしているわけだ。
あ~ もちろん、それはメリッサから説明を受けているんだよ?
何がどうなのかは分からないけれども、こういう時は男の出る幕ではないというのが古今東西、正解なんだ。
っていうか、それが慣例としても正しいんだよ。正妻がいる家に、新たに嫁いでくる妻を「
今回はメリッサの又従姉妹に当たる人で、しかもメリッサが幼い頃に知っている「お姉ちゃん」だという面が大きいし、他の子達もイジメみたいなことをする要素はないから、そんなに心配はしてないんだけど……
メリッサは、フワッと立ち上がると「それでは、ミネルバビスチェ様をお迎えして参りますね」と華やかな笑顔。
そして「叔母様、どうぞ、ごゆっくりしていらしてね」と笑顔を向けてから、フローラルの空気とともにミネルバビスチェさんをお招きに向かったんだ。
とても急いでいたのは訳がある。
メリッサが、最初の「貴族式訪問の挨拶」を端折らせたのは、新たに迎え入れられる女は、正妻が迎えに来るまで、お茶一つ出されないどころか、玄関先でドアが開けられるまで黙って待つってしきたりがあるからなんだ。
いくら、3月になったとは言え夜は冷える。だけど、本人は最大限にお洒落をして、こういう時だけ着られる「肩を出したドレス」姿。それなのに、コートを着て待つなんて非礼は絶対にできないわけだから、1秒でも早く迎えに行ってあげたいというのがメリッサの考えなんだ。
だから、さっき、しきたり通りの「貴族式の挨拶」をぶっちぎりされても、メルクリーテスさんが怒らなかったのは、その親切な気持ちが伝わっているからだろう。
ちなみに、逆をやる正妻は多いらしい。
長々と挨拶を交わし合い、時には茶を勧め、さらにお代わりまで勧めて、たっぷり2時間ほど立たせっぱなしにするなんてことをやるケースもあるらしいよ。
怖っ。
正妻に招き入れられたミネルバビスチェさんは、そのまま妻達の待つ談話室に直行することになる。
産後の肥立ちも良いバネッサも、やっと王都に来たばかり。これで、全員揃った妻妃連合の全員とお話をした後で「合格」だったら正妻に手を取られてオレに引き渡される。
ちなみにダメな場合は……
???
どうなるんだろ? そういえば、メリッサからは、ダメな場合は聞いてなかったような気がするよ。
ま、ともかく、オレはメリッサが連れてきてくれるまで、ここでケーキでも食べて義母とお話をしていれば良いだけらしい。
わぉ。こっちの世界って男に優しいね~
「あの……」
メルクリーテスさんが一瞬ドアに目をやってから、深々と頭を下げてきた。
え? なに? なに? なに?
「すみません。あんな年増の女を」
「えええ! だって、まだ二十歳ですよね? 年増ってことなんてないですよ!」
「でも、国王代理まで務められる方が、いくら公爵家のつながりとは言え、いまさらあの歳になった娘を娶ってくださるだなんて」
「あ、えっと、ほら、ミネルバビスチェさ…… ミネルバとは、以前、シンでお話したんですよ。もちろん、美貌には惚れましたけどね?」
ついでに言うと、あの女性らしい身体のラインは最高だと思ったけど、それは置いといて、だ。
「面白いことを勉強されてますよね」
「まあ、そんなことまでお話を?」
「図書室も、連れて行っていただきました」
「え! あの、まさか」
「ええ、そうです。話は伺いました。医学書を徹底的に勉強されていらっしゃるんですよね」
「でも、女の身で、そんな変わったことを学んでと、普通なら忌避されましょうに」
「頭の良い女性は嬉しいです。それに、お話ししたら、素敵な女性ですから。私は喜んで妻に迎えたんですよ」
惚れてますから、と付け加えたら、ますます頭を下げられちゃったよ。
だけどさ、お世辞はひと言も入ってないんだよ。
すごいと思わない?
オレも驚いたんだけど、まさか、この世界で独自に「微生物」「菌」の存在に思いを巡らせる人がいただなんて超驚きだ。話してみると、まさに天才なんだよね。
おれが、ちょっとだけ話した「菌」とか、もっと小さい「ウイルス」だとか、そういった知識に、ムチャクチャ食いついてきて、いくつかの話で「そうだったんですね! 私の想像が当たってたなんて!」って感じになっちゃったんだよ。
実は、ミネルバビスチェちゃんが輿入れしてくる前に、オレが揃えたのは小中学校の理科の教科書だった。
オレのカンに狂いが無ければ、カーマイン家が新たに迎えた「妻」を中心として、医学が爆発的に進化するはずだ。
ふふふ。実は、時ならぬカーマイン邸の改築に当たって「実験室」も用意させたのはそのためだ。
だから、メルクリーテスさんは、一つも恐縮する必要なんて無いんだよ。オレは喜んで迎えるのだから、信じてね。
さ~て、みんなと、今ごろどんな話をしているやら。
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作者より
2階の談話室では、徹底して「ショウ様の良いところ」合戦が始まってました。甘い甘いノロケ話が次々と飛び出して、夜の7時に始められた「会」は、その後2時間も続いたそうです。なお、ミィルがお茶とお菓子のサーブという名目で同席していたのはメリッサの計らいです。
メープルシロップを煮詰めたジャムよりも甘くて濃蜜な時間を過ごした後で、ミネルバビスチェさんは、妻妃連合の一員として迎え入れられました。同時に「年齢が恥ずかしいのでナンバースリーでお願いします」という立場を取ってメリッサとメロディーに気を遣ったそうです。
王太子様の反応については、そのうち書くと思います。
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