第52話 卒業式のお話は長いのだ

 演習から戻ってみると王都の中はザワザワしていた。毎日のように撒かれているビラビラが頻りに煽っているからだ。


 そんな王都の中で、オレはけっこう緊張する、大事な場面を迎えていたんだ。


 個人的にはぴ~んち的な感じだけど、良いこともある。ノーマン様とリンデロン様が少しずつ、でも着実に回復しているってことが嬉しい。


 え? 様を付けて良いのかって?


 二人とも、今は表舞台から身を引いているからセーフってことにしておこう。


 本当は本格的な引退をしたがったんだよ? だけど、それはサスティナブル王国の置かれている状況が許さないのを知っているのもお二人なんだよね。


 ともかく、オレにとって、やっぱり「三人」は特別な存在だから、様付きで呼んだ方がしっくりくるってこと。


 そして、二人が復帰するまでの間はと、ノーブルが老骨に鞭打って働き、ブラスコッティが才覚を見せつける働きを見せているのに驚いてる。特にブラスコッティの覚醒ぶりには目を瞠ってしまった。もっと「お人好し」な感じかと思ったけど、今の彼は「にっこり笑って人を切る」を当たり前のようにこなしているからね。その徹底ぶりと容赦のなさという点では、オレよりも数段上な気がする。


 この二人が、王立学園卒業式の式辞の件で一芝居打って見せた。


 というのは、将来のサスティナブル王国を背負う人材を輩出するのが役目の学園だけに、国王陛下が式辞を述べるのが恒例なんだ。


 並み居る貴族は全員が卒業生だし、王国の官僚達もほとんどが卒業生となる。つまりは「歴史と権威の象徴たる学園」であるわけで、その卒業式ともなると、当事者だけで無くて、誰もが注目するほどの重みがあるってこと。


 もちろん、王太子となったアルト自身も卒業生だし、その大事さは重々承知している。だから最初は「自分が式辞を述べる」と主張していたんだよ。


 ノーブルも、それを当然のこととして受け止めて、そっと囁いたんだ。


「国王陛下の代理である以上、原稿はご自身で考えることになっています」

「なんだと!」


 いや、実は本当なんだよ。王国の未来を造る若者達の門出だ。国王として直接言葉を掛けるのが当然だし、国王自らが考える言葉を賜るという意味はとても大きいからね。


 いわば、国王陛下がこの国をどのような国にしたいのか、と言う理想を述べる場として捉えているというのが、一般的な考えなわけ。だから、国王陛下は自分の言葉で語る必要があるんだよ。


「陛下がお一人で考え、ご自分の言葉で語る。それが恒例なのです。公式書類なら儀典官に作成させられますが、こればかりは陛下がお一人で考えるものだとされております」

「そ、そうであるか……」


 王弟として出席した式典では、用意された原稿を重々しく読み上げる公務は何度もしてきた人だ。その意味では慣れているはず。だけど、自分の言葉で語りかけるなんてことは、考えたこともない人だし、それは許されてこなかった。


 あまりにも困難なミッションだと分かって、一気にテンションが下がるアルトだ。


 合わせて重々しい顔で忠言してみせる。


「従来の国王陛下の式辞は、このような要素を詰め込んでおります。また、シキタリにおいて韻を踏むべき箇所がここと、こことここ。並びに、卒業式と言うことを鑑みまして、使ってはいけない言葉のリストがこれにございます」


 そんな風に、事細かく教えながらマニュアルをドーンと渡したんだ。


 まあ、A4に直せば10枚程度の紙だよ? でも、もちろん「伝統的な公用紙」を使っているから、机の上にドーンと載せる感じになるんだよね。


 それを見てウンザリしてしまったのか「よく考えれば、王太子がわざわざやるべき仕事でもなかろう」と言い始めたんだ。


 もちろん、そこで「じゃ、交代で!」なんてやったら勘付いちゃうから、ノーブル様は「王太子を引き受けられた以上、これは義務と心得られよ」と厳しく申し上げたんだよね。


 そうして渋々引き受けたのは良いけれど、やっぱり簡単にできるわけも無い。それを見越したかのように、翌日、すぐにノーブルが押しかけいって「まだでしょうか! いくら慣れぬこととは言え、一晩かかっても、卒業式の式辞程度ができぬのでは困りますぞ」と責めたんだ。


 そりゃアルトだって腹が立つよね。


 そこからの細かい話は聞いてないんだけど、あの食えない老公のことだ。言葉巧みにキレる方へ、キレる方へと誘導したんだと思う。


「やってられるか、こんなの! 予はつまらぬ式なぞ出席せぬぞ!」


 王太子としての虚飾も忘れてマジギレのブンむくれ。そばのペンまで投げつけてノーブルを執務室から追い出したんだ。

 

 それをなだめたのは、入れ替わるようにやって来たブラスコッティだった。


「殿下、事情は簡単にですが、あの爺さんノーブルから聞きましたぞ。とんでもなく面倒な仕事らしいですな」

「おぉ。ブラスか。相変わらず、ソチはよく気が付いてくれるな」


 ブスッとふくれっ面をした王太子に、彼は誠意が満ち溢れた表情で囁いたんだ。


「考えてみれば、これは王太子殿下の初のご公務です。それなのに、学校での挨拶というのもショボイですな。ここは、お怒りを下々に見せつけるためにも、やらせてしまった方が、権威を見せられるのでは?」


 まさに、悪魔の囁きだよね~ さすがスコット家の長男w


「ソチは、まことに見所のある若者であるな。して、誰にやらせれば良いと思うのだ?」


 面倒ごとを誰かに丸なげ~ってのは貴族的に正しいやり方だよね。


「それは、王太子様のお考え次第かと。ただ、愚考いたしますに、最近調子に乗っている、とある人物は、卒業式の午後に予定されている凱旋式の準備でとてつもなく忙しいはず。そういう人物に身代わりをさせた、となるとアルト様の権勢がお示しできるかもしれませぬな」

「おお! 例のゴールズの首領とかいう男だな? 本来は伯爵のセガレでしかないくせに、思い上がっているらしいな。よし、それでいこう。そやつの困った顔が目に浮かぶようだぞ」

「王太子殿下の御心のままに。あのジジイシュメルガー家が邪魔をするといけません。この程度の命令書は先に私の方で書いてしまいましょう。ご署名をお願いしてから、あの爺さんを呼び出します。そうすれば、ヤツも断れますまい」


 まるで、その場で思いついたかのように書き上げる二枚の書状は、綿密にノーブルと打ち合わせて、ノーマン様とリンデロン様のチェックを受けた完璧な文面になってる。


 サササッと、仕上げた書状をサッと渡して「これで、小うるさい貴族どもの目を見開かせてやりましょう」とニヤリ。


 釣られたようにニンマリした王太子は自らペンを握って、当日、目の回るように忙しいはずの男に向けた命令書に署名したんだ。


 「偉大なるサスティナブル王国を統べる紛う事なき太陽と輝く国王陛下の代理として、粉骨砕身、最善と思われる行動を己の判断で全て実行せよ」という内容の命令が書かれている。要するに、王太子から、仕事の丸投げを指示した命令書だ。


 当然、2枚目には「命令書の細目」を付ける。すなわち「卒業式に出席することや、式辞を己の手で書き上げ、スピーチをして見せろ」という内容を、貴族式の壮麗な文体と文字とできらびやかに書き上げたものとなっている。


 間違いがあってはならないので、命令書一枚ずつに署名をしてもらった。


 全てを書き上げ、署名が終わった段階でノーブルは呼び出され玉璽を押すことへの同意を求められたわけだ。


 命令書の書面までできていて、王太子の署名が終わっている。しかも、御三家の一角であるスコット家が支持した案件だった。ここまでしてしまえばノーブルの立場では玉璽を押すことにのは当然だ。


 それでも老公は不満そうな顔を隠さないようにしたらしい。


 「いきなり」「当日は」「まさか、国王陛下の代わりなど」「本来は、王太子殿下の仕事で」と何度も何度も非難の言葉をブツブツ言いつつも、玉璽を使うことを認めざるを得なかったらしい。


 アルト殿下は「痛烈な意趣返しができた」とばかりに鼻をひくつかせていて、その斜め後ろに立つブラスコッティの顔には、人の悪い笑みが浮かんでいたという話だ。


 ノーブルが、後で繰り言のように言ってたんだけど、いやぁ、オレも見てみたかったなぁ。


「ということで、国王陛下の代理をショウ様が務めることを王太子であるアルト殿下が公式にお認めになったということで、決着が付きました」


 二人が得意げに「命令書」を置いたんだ。


「この命令書は次の国会で公開いたしましょう。ショウ様のお立場が明確になって、今後のを生まないためにも」

「こういうことは、誠意を持って取り組み、を生まないことが大事です」


 二人は、いたって真面目な顔で頷きながら話すのを、横でバッカスもウンウンと頷きながら聞いている。


 これで計画通り。


 ふぅ~


 かくして、オレは王国学園史上初となる「国王陛下の代理」という立場で、卒業式のスピーチをすることになった。


 うん。歴史上、王太子が代わりに式辞を読んだことは何度もあるけれど「国王陛下の代理」が卒業式で挨拶をするのは初なんだよ。


「念のため、この書面にはガーネット家の代表が同意したとして、バッカニアの署名を入れることも奏上しておきます」


 ブラスの言葉に、ノーブルも「なるほど」と同意する。


「これで、御三家が同意して、国王代理の立場で挨拶かぁ~ 人前で喋るのって苦手なんだけどなぁ」


 三人が、ニヤついているけど、マジだからね? どっちかというとボッチ系だから、お誕生日席も苦手なタイプなんだからさ。


 あ~あ、心配だよ。当日は食欲が湧くかなぁ…… ん? まてよ……


 自分で狙っておいて、あれなんだけど、さ。今さら気付いちゃったことがある。


「ね? よく考えたら、卒業式がお昼まででしょ? 凱旋式がお昼の鐘と同時スタートなわけで」


 何か問題が? という顔でバッカスが首を捻ってこちらを見た。


 あるだろ! 問題が!

 

 だって、卒業式が終わると、すぐに王都のメインストリートを軍事パレードをするんだよ。そのための終点となる王宮広場には「門」まで造ったんだからね? ま、ローマみたいにいかないから、いつもの「足場」を組み立てて装飾しただけだけどさ。

 

 でも、ビラビラで(この名前、なんとかなんないかなぁ、いつの間にか定着しちゃったんだよね)王都の熱狂を煽っている分、市民の注目は一身に集まるわけだ。


 そんなに注目されちゃうパレードだもん。ゴールズ全軍で行進して派手に見せつけるのが計画されている。夜は「戦勝パーティー」が待っているしね。


 卒業式に親として出席する貴族も立ち会えるように凱旋式のスタート時間は調整してある。でも、あくまでも「貴賓席に着くのが間に合うように」という時間しか無い。なんとなれば、席についてから貴族達にはご接待付きだ。ワインも食事もサーブされるし、お土産に「千歳飴セット」も付けちゃうよ。ほら、入れてる袋が綺麗だろ? 紅白でめでたいからね。


 ……そりゃさ、他の貴族は良いよ? でも、オレは国王代理の立場として卒業生の送り出しを最後まで見守るのが恒例となる。実質、式場を出る最後となる立場の上に、衣装チェンジや最終確認、イベントには必ず起きる様々なイレギュラーに対応する必要があるわけだ。


 ざっと計算してみると、マジで時間が足りない。


「あの~ お昼ご飯とかを食べてる時間なんて……」

「あぁ、当日の朝食は、多めに召し上がることをお勧めします」

「デスヨネー」


 泣く子も笑うゴーズル首領のショウは、お昼ご飯を食べる時間が無いブラックな職場です……



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ローマ帝国に習って「戦勝将軍の凱旋式」です。当日は、国王陛下のお財布から市民に酒や食事が無料で振る舞われます。また、パレードしながら「お菓子」もバラ撒いちゃう計画で、その他、いろいろと盛り上げる企画を用意しています。そういう情報を少しずつ小出しにしたビラビラが毎日のように王都に撒かれていました。

 当然、夜の「戦勝パーティー」ではショウ閣下のご家族が紹介されるはずですよね~


 なお「国王代理」と「王太子」って、どっちが偉いんでしょうね 笑笑

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る