第49話 春は霞がかかるもの
まだ春と呼ぶにはかなり早いけど、お天気続きのお陰で暖かい。大陸の中央にある分だけ、元々雨が少ないシーズンだけに地面はカラカラだ。馬たちも、これなら足を取られることは無いだろう。前世の日本と違って、本当に湿度が低く、遠くまで見渡せる。夜は星が綺麗でね。領地にいたときは、クリスをバックハグしながら一緒に毛布包まって、二人で星を見たなぁ……
「今回は、どんな作戦で?」
とまあ、作戦行動が始まっている。丘の上から顔だけ出しての偵察をしながら、フュンフがワクワク顔で尋ねてきた。
「わりと単純だよ。分断して各個撃破」
「はぁ」
明らかにガッカリした顔だ。
まあ、ジェノサイドがありなら、いくらでもやりようがあるけれど、限り無く正攻法に近くて、なおかつ、圧倒的に勝たないといけないんだからね。
「今回は、地雷も無しだし、ウチの影を使っての夜襲も無しだ。実戦とは違うんだから勝てば良いと言うものではないからね」
「でも、そうなると、相手は4倍。確かに二人を除けば、ウチらも個人なら負けないと思いますけど、そこまで弱いヤツらとは思えませんぜ」
この辺りは率直だ。自分たちに自信がある分、相手への評価も平等になる。スコット家騎士団の精鋭ともなれば、よその騎士団でも「一流」レベル揃いなんだよね。元ガーネット家騎士団員としての武術に自信があるからこそ、相手の技量をきちんとみられるわけだ。
「実戦経験っていう点なら、ウチよりも格段に少ないけど、選りすぐられたメンバーだからね。確かに、そんなに弱い相手ではないと思う。指揮官も落ち着いて目配りしてるし、平たく言えば良い部隊だよね」
「だとしたら、まともに各個撃破と言っても、ノッってきますかね?」
行軍中の姿を遠望しただけでもわかる。ムスフス以下、指揮官クラスの注意は行き届いているし、規律が行き渡ってる。ついでに言えば、各自の服装もウチとは比較にならないほどに折り目正しい姿だ。
簡単に陽動にノりそうもないのは歴然としていた。
「それに、あれが出てきちゃったら、おそらく手がつけられませんぜ。一人でウチらの半分は持って行かれちまうでしょうね」
ムスフスとウンチョーは、それだけヤバい存在だ。かねてからの噂もあるし、ちょっと見ただけでも、その威容は「レベチ」ってやつだ。
フュンフの考えもわかる。
ただ、今回は「演習」だからという制約がプラスにもマイナスにも働いているんだよね。
刀槍の類いは、全て刃引きしてある。全員が鎧の外側に装備しているのが「割板」だ。野外演習の時にも使ったけど、この板が割れたらアウトってことだ。とは言え楽観はできない。騎士団クラスの力なら、刃引きした槍を鎧越しに受けても骨折くらいは十分にあり得ることだ。
特に、相手の巨大戦力である二人の攻撃は別格。もちろん、手加減はしてくれるんだろうけど、まともに入ったら、マジで死んでもおかしくない。
そのあたりを考慮して、学園の野外演習の時は3箇所だった割板を大幅に増やしてもらった。だって「兜の真っ正面」だと死亡で、兜の後ろからだとセーフなんてことはありえないじゃん?
だから、兜の表面はほぼ全面が割板になっているし。胴体部分につける割板も大幅に面積を増やしてあるよ。
このシカケのお陰で「簡単に殺せる」ってことになる。といっても、ムスフスの一撃を食らえば、割板と関係なく「リアルで簡単に殺される」ことになるんだろうけど。
丘を降りると、みんなを集めて作戦を説明した。こういうとき、50名って数はメリットがある。高校の1クラスくらいの人数は、意思疎通を簡単にしてくれるんだ。
現地の地図を示しながらの役割分担。文字通り「同じ釜の飯」を食ってきた仲間だから、作戦の狙いとやり方を伝えるとツーカーで話が進むのが嬉しい。
初日は、送り狼よろしく、5人ばかりに替え馬を付けて、チラチラと形ばかりを見せておくだけ。
こちらを捕捉するためか何度か、小隊レベルで接近してきたけど、逃げの一手だ。深追いをしてくれないのは、予想通り。でも、丸一日かわりばんこで同じ事を繰り返すと、相手がイラだってくるのは分かるんだ。
それをムスフスはよく制御して、中隊長も、しっかりと部下を掌握しているからだろう。この辺りの統制力も自制心も、相手の作戦に対する見通しも「素晴らしい」の一語だ。
まあ、ホントは深追いしてくれれば、いろいろと考えはあったんだけどね。
演習の勝利条件は「ヨク城に半数以上が到達すること」になっている。それで、相手が自分たちよりも少数だったら「つり出した少数部隊に深追いさせて、そこを叩いて漸減させる」のがセオリーだもん。
そのあたりを相手も理解しているから、決して集団を崩さないってあたりは、さすがだよ。
でもね、集団だからこそ、引っかかる罠ってのもあるんだよね。
そして2日目。
相手の前で、大量の砂煙を立てての進路妨害。地面が乾ききってる分だけ、巻き起こる砂塵は、視界を悪くするレベルになる。
数百メートルにわたる砂煙で中は見えなくなっているはずだ。
さすがムスフス。すかさず、先頭のタックルダックルの第一中隊を二つに分けて、砂塵を回り込ませようとしてきた。
完全に二手に分かれてくれたタイミングで、タックルダックルのいる左側を、砂塵に身を隠していた我々の全軍で襲いかかった。
一瞬浮き足だったけど、向こうからしたら、これは「読めてる」手だ。周囲を小さくまとめて防御の形を見せてくる。
同時に、後ろにいた本隊が怒濤のように全軍で襲いかかってきた。
ムスフスの意向は「あくまでも全軍による攻撃」ってことなんだろう。半分ずつに分けて回り込ませたのは、こちらに対する罠を張ったのだろうね。
本隊が動くと同時にタックルダックル達も、反撃の形に変化して「挟撃」の意図を見せてきた。
ここで粘っても、良いことなんて一つもない。
一撃しただけで素早く離脱。何騎かはやったけど、相手の防御体勢が素早くて、成果と言うほどのものはなかった、
「よし、ここまでだ。引くぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
打ち合わせ通りに、5人一組になって砂塵の中に逃走する。
細かく方向を変えて逃げたから、最終的に相手の全軍は、砂塵の中で立ち往生するしか無かったんだ。
うん、予定通り。
それにしても、想像以上の練度だよ。一撃だけでも半分くらいはイケると思ったのに、まさかの数騎だけとは。ムスフスめ、相当にキチクな調練をヤッたと見える。
それに、砂塵の中に「全軍」で突っ込んでくる勇気には、断固として「各個撃破はさせない」という意志を感じるもんね。
「いやぁ、ムスフスも、やるなぁ。けっこう、この勝負はハードかもよ」
オレの言葉にフュンフが人の悪い苦笑だけで、返事をしてくる。
え~っと、そんなに悪巧みしてないからね? たださ、ムスフスが予想通り非常に理にかなった「勝利」を得るための作戦行動を取ってくれるんで、凄く助かるってのが感想だよ。
2日目を丸々つかって、砂塵を使っての各個撃破作戦を4度仕掛け、合計で5騎を倒しただけだったんだ。
事実上、こちらの陽動作戦も、各個撃破に向かう作戦も全て失敗の形だ。
遠目に見ても、ムスフス達は、部下の一人ひとりに至るまで勝利を確信した喜びに満ちあふれていたんだ。
部隊は、あと半日でヨク城へと到着する位置にたどり着いたんだ。
さて、勝負だよw
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
4回も同じ作戦。しかも成功してないのに……
ムスフス達も怪しいと思いつつ、戦術的には「集団を崩さない」が有効であると確信したという意味があります。
領地で星を見たのは、デビュタントの前の話です。リーゼはチビちゃんなので、先におネムとなったため、二人きりでした。(もちろん、影で護衛は大勢付いています)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます