第48話 ピーコック演習
時間を少々進ませる。3月初めのこと。
王宮前の広場に、スコット家騎士団から選ばれたムスフス以下、210騎が勢揃いしている。ようやく領地からのメンバーも含めて、基本調練が一通り終わった段階だ。
予定よりもメンバーの数が多いけど、そこは「誤差」と言い張ってすませてくるムスフスだ。案外と情に厚いから、断り切れなかったんだよね、きっと。
スコット家騎士団のみなさんは、なんだか頭が良さそうな人が揃ってる。この騎士団から選抜されたこの部隊をゴールズでは「ピーコック大隊(孔雀隊=P大隊)」と呼ぶことになっていた。
大隊長としてムスフス
第1中隊 タックルダックル
第2中隊 ライスバーガー
第3中隊 ミュート
第4中隊 ウンチョー
ムスフスもウンチョーも、この個人とまともに戦うとしたらゴールズの中隊レベルで襲わないとヤバい人だよ。その豪腕ぶりは王都に滞在したことのある騎士団員なら、聞いたことがない人がいないほど。
ムスフスはケガをした馬をかついでガケを駆け下りたとか、ケガをした部下を肩に担いで、そのまま敵陣を突破しただとか、猛烈な戦いぶりを誇る話に事欠かない。
ウンチョーは、どっちかというと「豪快な慎重派」っぽい。王都で有名なのは「飲み屋で見かけた乱暴な客を懲らしめた話」だ。酔っ払ってウエイトレスに不埒を働いた客に腹を立てたらしい。だからと言って、怒鳴りつけるわけでもなく、ただ静かに、そいつが座った椅子の脚を片手で握って、軽々と頭の上に掲げたんだ。大人しくなっちゃった酔客には一言も喋らず、そのまま店内を一周して、また静かに下ろしたのだとか。
もちろん、酔客が脱兎の如く逃げ出したのは言うまでもない。
もはや人間のそれではないよね。
そういう強者も含めて、四中隊の内の3つは騎士団の中隊長からスライドしてきた人だった。
一人だけ見かけない人がいた。
『なにげに、この人のこと、記憶に無いぞ?』
メロディーに聞いてみると「物静かだけど真心の籠もった振る舞いをする、頭の回転の速い従兄弟」ということらしい。今年22歳で、この世界の高位貴族家の一員としては珍しく、恋愛結婚した奥さんが4人だとか。
えーっと、何をどうツッコんだら良いんだろ? 念のために言っておくけど、この世界でも「恋愛結婚」をする貴族はいるよ? でも、高位貴族の一員は、たいてい政治的な思惑が絡んでの結婚がほとんどなんだよね。もちろん、政治的な思惑で結婚しても、その後でラブラブになる夫婦はすごく多い。
そもそも、オレとメリッサやメロディーも、今でこそラブラブだけど、結婚の決め手は政略なんだから、保証するよ。
ただでさえ珍しい「恋愛結婚」を二人以上とするのは本当に珍しい。よほど口が上手いのかと思ってみても「無口」だって言うし……
とにかく、ムスフスが抜擢した人だ。きっと優秀なんだろう。
王宮前広場に整列した一同に、ひと言だけ演説。
「諸君の大隊をピーコック《孔雀》大隊とする。ご存じの通り、孔雀は畑に発生する害虫をいち早く見つけ、食べ尽くしてくれる存在である。つまり諸君は王国に降りかかる邪気を人一倍早く見つけ出して、それを払い、将来の繁栄に繋げる役目となってくれることを期待する」
「「「「「「おぉおお!」」」」」」
初回なんで、かなりボカしてるけど「君たちは偵察と連絡が主任務だよ」と言っているんだ。普通だったら「ぶ~ オレ達をちゃんと戦わせろよ」って不満に思っても不思議じゃ無いんだよね。
え? 演説が「一言」にしては長いって?
こっちの貴族が挨拶するなら、前世の学校で、新学期の校長先生がする挨拶の百倍は長くなるもんなんだよ。
だから、オレの挨拶は、本当に「ひと言」って感じなんだよ。しかも、わざと曖昧にしているんだよね~
おそらく、意味はよく分かってないと思うんだけど、大歓声をあげてくれてる。
どうやら、言ってることの意味は分からなくっても「首領が目の前で演説した」ってだけで喜んでくれているらしい。士気が高いのは良いけど、この辺りはいずれ教育が必要かもね。
「ショウ様、何やら大役のような感じのお話でしたが……」
いくぶん戸惑った感じのムスフスは、そこで「真意」を聞いても良いのか明らかに迷った顔だ。ウンチョー達なんて特に困惑顔だ。たぶん「え、マジで、ウチら偵察ですか?」的な疑問だろう。
なにしろ、王都内にいる「個人戦力」で言えば、エルメス除くトップと言えるような二人だけに「なぜに、戦わない偵察部隊?」と思うのがこの世界の常識。
しかし、前世の近代戦を戦う軍隊において「独立偵察部隊は最精鋭を当てる」のが常識なんだよね。陸上で人と人とが戦う戦場においては、アメリカならグリーンベレーみたいに、猛烈な訓練を積んだ特殊部隊が「独立偵察隊」として存在しないと、戦力の運用が不可能になるんだ。こればっかりはドローンが究極まで発展しない限り変わらない。むしろ、偵察隊の任務はさらに重要になるだろう。
今、オレの考えている任務的には威力偵察を含む偵察ができることを求めるし、敵に重包囲された状態でも、連絡員として機能できる特殊部隊であってほしいということ。
実は、団員個人に対する要求水準が一番高くなる予定なんだよね。
そんなオレの思惑は、まだ、話だけでは分からないはずだ。
オレの前に進み出てきたムスフス以下、中隊長4人に「それでは、後ほど」と別れを告げようとした時だった。
ミュートは、なにやら頷きながら耳を触っているのが見えたんだ。
オレの視線を感じたのか、その指をククッと曲げて右の目の下をクククとこすって見せてから快心の笑みを浮かべたんだ。
『へー さすが優秀。分かってくれたんだ』
「王国の耳」と言えばリンデロン様の代名詞であり、情報機関の大事さを最も理解しているのがスコット家の伝統だ。
それだけに「偵察・連絡部隊ですね。わかりました! ご期待に応えて見せます」という気持ちになったんだ。それを、言葉を使わず、右手をちょっちょっと動かしただけで伝えてきたんだ。
なるほど。無口なのに4人と恋愛結婚ができたはずだよ。いやいや、さすがスコット家。優秀な人を抱えているよなぁ。
とまあ、感心しつつも、今回はゴールズのカルラ大隊との合同訓練だ。と言っても、こちらは代表でタイガー中隊50人だけで行くことになってる。
「じゃ、フュンフ、行こうか。あれ? なんで、そんなに嬉しそうなの?」
「いや、ゼックス達がヘソを曲げてるんですぜ。こんなに楽しいことはないでしょ」
「えっと、3日後までに、相手の半数以上がヨク城に入れないようにするんだから、今回は短期決戦だし、まして、大物2人がいるからね。決して楽な戦いじゃないよ」
「いえいえ。我々は『楽だ』なんて、これっぽちも望んでませんぜ」
「マジで?」
「はい。我々は、ボスが起こすあれこれを最前列で見られる上に、主演までさせてもらえるんですから、笑いが止まらねぇってことです。任務がキツいかどうかよりも、夢があるかどうかが問題なんすよ」
「う~ん。なんか、ブラック企業の経営者が聞いたら、泣いて喜びそうなセリフだけど、休むときは休もうね。無理は禁物だよ」
「ははは。まあ、無理だと思って止めたら無理ですけど、どんなに無理だと思っても、そのまま続けてしまえば、無理じゃ無くなったってことですからね」
えっと…… 少なくとも、フュンフは退役後に居酒屋さんの社長は始めない方が良いような気がするよ。
まあ、今回の目的は、こちら側からしたら「3日後に半分以上をたどり着かせなきゃいい」ってことだ。ただし、前回みたいな「実戦」とは違うし、相手に納得してもらえないといけないので、地雷も「影による夜襲」も無しだよ。
純粋に、50人にやられたと思ってもらわないといけないんだから。
それを実施する上で、やっぱり個人戦力のムスフスとウンチョーはデカい。実は主戦力だけでいえば、明らかにアッチの方が上なんだよね。
対等に戦って、あの二人に勝てるのって、たぶんオレとアテナくらいだもん。それも「実戦なら」って条件の下でだ。相手は2メートル超の巨人だ。単純にパワーが違いすぎる。演習レベルの条件だと難しい。
ま、主戦力の非戦力化をテーマにした戦場なんて、歴史上珍しくないんだよね。
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作者より
前後半に分けました。明日はこの続きです。
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