第43話 幸運な姫
ゴールズの追加メンバーの選抜には時間をかける必要がある。特にゴールズのエレファント大隊(歩兵)については騎士団と少々流れが違うんで、かなり苦労した。
やっと選抜が終盤戦を迎えたけど、けっこう削った。頑張った~
そもそも、最初は国軍の9割のみなさんが応募しようとしたらしい。
「なにしろ、身分を問わずに努力と才能で士官に取りたてることがあるって言っておいたからね。そのあたりが魅力的なんだろうなぁ」
実際、ゴールズの士官クラスなら、将来的には男爵クラスの栄誉が受けられるようにするつもりだ。
副官のノインに「マジでわかってねぇんですか?」と呆れた顔をされた。
え? なんか、反論されるよりも、その、いかにもなあきれ顔が、びみょーに傷つくんだけど。
「ショウ閣下の子飼い部隊の一員になれるんですよ? 憧れないわけがないじゃねーですか」
「え? そうかなぁ。だって給料だってそんなに変わらないんだよ。それなのに、これから先にキツーい調練も厳しい戦場も待っているって言ってあるんだぜ」
「そこそこの給料さえもらえれば、男が憧れる場所ってありますからね」
「う~ん、みんな、もうちょっと生活を大切にした方がいいと思うんだけど」
「学園生活をちょっと送っただけで、大陸の半分をまとめた上に、学校に戻れる気配すらない誰かさんが、それを言いますかねぇ」
「え? あっ…… てへ、ペロ?」
ツェーン達の心底呆れた目が、痛い。
まあ、確かにゴールズの扱いは確実に「特別なもの」になりつつあるらしい。
今や、ゴールズの一員ってだけでモテまくるって言うのがゼックスからの情報だ。
なるほど。
「最近、朝帰りとかしてないよね?」
「へへへ。彼女に友達を連れてきてもらって、ウチの連中を飲みに連れて行くと、喜ばれるんっすよ。女の子にも野郎どもにも」
それって合コンじゃん? 王様ゲームとかってやるのかな? ヘンな王太子を作らないようね。くれぐれも選ぶのは慎重に! とイヤミを言いたくなる今日この頃だよ。
まあ、そんなジョークは元から飲み込むし、演習に差し支えなければ、どれだけ女の子と遊んでも口を挟まないけどさ。あ、NTRだけは禁止ね。特に「取る」方はヤバいんで。取りたい人は堂々と決闘してからどうぞってのを言葉にするわけにもいかないか。ま、独身の人の恋愛は自由だけど、とにかく堂々とやるのが原則だよ。
「そうですね。酒場の女の子を相手にするなら、ウチの隊は百戦百勝ですぜ。それもこれも、親分のスゴさと普段のマントのお陰かも知れませんね」
王都にある超一流の仕立屋を動員して「ゴールズのマント」を揃えて以来、やたらと団員達から感謝されてるんだよね。
ま、こうやって周りから「カッコイイ」と思われるコスチュームを渡して自尊心を高めるのは、とても大事なコトだ。ただし外見ばかりじゃ無くて行動はもっと大事。
王都の民に嫌われたら、絶対にどこかで足をすくわれるからね。いくら封建社会であっても、そこを忘れたら絶対にダメ。歴史に学べば常識なんだから。たとえデモクラシーが存在しなくても、やっぱり民からの人気っていろいろな部分で影響があるんだよ。
だから、特にゴールズのマントを着けている間は三箇条を守らせてる。
1 「民と共感できる振る舞いをすること」
2 「民から愛と感謝以外は受け取らないこと」
3 「民に仕事上の話はしないこと」
いろいろと言いたいことはあるけれど、ルールを増やして守れないのよりも、シンプルなのを徹底した方が良いもんね。特に王都での民からの評判は、今後の動きやすさにつながるんで、各中隊長から徹底させているんだ。
中心となる迦楼羅大隊さえ見本になれば、各騎士団からの選抜メンバーは、元々の規律がしっかりしているだけに、それほど心配なくマネしてくれるはずだ。それに騎士団長にお願いして「選抜」のやり方は言い含めてあるので問題なし。ただし近衛騎士団だけは心配だから、ガーネット家の総領代理を務めるバッカスにお願いした。
少し時間はかかるだろうけど「ガーネット家流」にシゴキながら選ぶみたいなので、そっちはお任せだよ。
ということで、後の関心は歩兵で編成するエレファント大隊のことだ。
国軍からの予備選抜は、何とか終わった。一次選抜で600名以上程度に絞れたよ。その中から、さらにシュメルガー家とスコット家の影の総力を上げてふるいに掛けて、疑わしい人と能力に問題を感じる人をことごとく弾いたら400人になってしまった。
それを300人に絞るのが最終だ。
「今回のカーマイン家までの往復が最終選抜だよ」
公私混同と言うなかれ。こうでもしないと時間が作れないからね。ちょっと、気が咎めないでも無かったんだけどメリッサからの強い勧めもあったんだ。そろそろバネッサの出産が始まってもおかしくないって話だからってことで時期も極力早めた。
出産に上手く立ち会えると良いんだけど(こっちの世界では「立ち会い出産」はやってない。男は、昔のホームドラマみたいに廊下でうろうろするしか無いんだよ)
出産が始まらないとしても、家族のみんなにも会いたいのは本音だ。
公の方で言えば、オレンジ領の歩兵部隊のみなさんにはハルバードでの実戦経験があるんだもん。教えを請う良いチャンスでもある。
ってことで、いつものように、一つのことにいくつも目的を持たせながら、いざ、里帰りに出発だ!
ちなみに、歩兵部隊でのゴールズ参加希望のみなさんには「選抜要項」を渡してある。こっちは、けっこう細かくルールを書いてガリ版刷りにして渡したんだけど、繰り返し念を押したのは3点だけ。
1 体力と気力を優先する。
2 特殊な技能があれば有利になることもある。
3 「ゴールズの一員」として注意深くなれ。
この3つを守る人が優先だよ。ま、多少人数が増えても私費で負担すれば文句は言われないさ。
我がオレンジ領まで、およそ100キロを片道4日間で行軍する。周りをツボルフの率いるジェダイト中隊で囲みながらだ。
400人規模だと、この距離は意外とハードなものになる。アベレージでもローマ帝国の全盛期の歩兵さん達と同じ速度を出すことになるのに、こっちはさらに負荷を掛ける予定だからね。
これを率いてもらうのは、カーマイン家攻防戦で名を馳せた例の三人組だ。ソラを隊長にしてアールとシースを臨時の中隊長にしたよ。
新任務にボヤいていたけど、案外と三人のコンビネーションが良い分、選抜試験とは思えないほど順調に行ったんだ。
もちろん、途中で何度も「騎馬隊による襲撃訓練」も行ったし、夜間の非常呼集からの夜間行軍もやってみた。
かなりハードだったはずだ。
脱落した人は後ろを付いてこさせる馬車で拾っていくシステムだった。
そして、最初の2日が終わった時点で、各中隊から3人ずつ「小隊長」を選ばせたよ。これは中隊長の人物眼のテストも兼ねていた。
ソラ達には事前情報を全く与えずにフラットで選んだはずなんだけど、選ばれた6人は、やはり元の部隊でも中隊長クラスだったんだ。さすがエルメス様だと言うべきか、ソラ達の目も確かだと言うべきか。
小隊長が決まってから、一気に軍隊っぽくなったのは良かったんだけど、そこからが彼らの地獄が始まるわけだ。
なにしろ、初日が20キロ、2日目が25キロと来て、3日目は夜間行軍からの30キロで、最終日は、ちょっとした山越え付きでの25キロだ。
この合間に、夜討ち朝駆けでジェダイト中隊からの「襲撃訓練」を受けるんだからたまらないよね。
到着した全員がボロボロだった。それは予定通り。
「え~ マジ?」
なにしろ、40キロの荷物と槍付きの行軍だ。半分くらいになるのかと思ったら、落伍者がたったの20人!
「そりゃ、さんざん脅したのに志願した連中ですからね。この程度なら、むしろ当たり前だと思いますよ」
いや~ 正直、舐めてました。王都西での戦いの感触で、けっこう弱い部隊だと思っていたら、マジで鍛えられてたんだ。さすがエルメス様。
「まあ、軍は指揮する将の能力次第で強兵にも弱兵にもなりますからね」
ツボルフが、しみじみと苦笑して見せた。
ん? その苦笑の意味は?
「体力も気力も、ついでに、訓練までも徹底的に鍛えられてきた歩兵部隊らしいんで、これを親分が率いたら、いったいどうなるのかと思いましてね」
「え~っと、別に、そんな大したことはないと思うけど」
「目標みたいなモノはあるんですかい?」
「あんまり大それたことは考えてないよ。ただ、ハルバードも渡すわけで、最終的には敵が倍の人数までなら完勝できるくらいかなぁ。もちろん戦術はこっちが考えるとしてだけど」
「なんか、今、それを言ってるってことは、マジで戦ったら4倍くらいまではイケちゃいそうなのが怖いッスね」
「ははは」
笑ってゴマしてみたけど、実は4倍までくらいなら何とかしたいし、騎馬隊との組み合わせで10倍までは戦えるレベルを目指しているんだよね。
そうすれば、ウチ単独で1万人レベルの軍を引っかき回せることになる。来るべき戦場では、そこまで磨き上げる必要があるだろうってのは計算したんだよ。
「帰ってきたぜ」
懐かしのオレンジ領に到着すると、迎えに来たエドワード達と一緒に、懐かしの我が家へ。ジョイナスが妙にハシャイで、歩兵達に付きっきりになっているのが妙な感じだ。
え? 自分も歩兵にしてくれ? それはさすがに無理でしょってことで、一蹴した。ハルバードがよほど気に入ったみたいだね。
ジイちゃんのワガママはさておき、別に観光に来たわけじゃない。連れてきた「選抜メンバー候補者」達をエドワード達に任せて、かねて拡張しておいた領軍の宿舎に収めてもらった。1日休息させて、5日間はハルバードを徹底的に学ばせるよ。仮に、今回の選抜に漏れても、国軍の歩兵全体に、ゆくゆくは使わせるつもりだから、無駄にはならないからね。
というわけで、ただいま! 父上、母上、そしてみんな!
え? バネッサ、始まったの? わぉ! なんて良いタイミングなんだ。
そして、我が家に到着して半日と経たないウチに、オレは「父」になっていたんだ。
元気そうな女の子。
「バネッサ、ありがとう! よく頑張ってくれたね!」
「ありがとうございます。今日、帰ってきてくださって。そして、生まれるときに、ちゃんとパパがいてくれた…… あぁ、なんという幸運に恵まれた子なのかしら!」
もちろん、みんな超ハッピーになったよ。
領内では大々的な祭もするし、各地に「無事誕生」の急使を派遣した。
やるべきことが山のようにできて、忙し…… あれ? 全部ヤッてくれちゃってるんだ?
「はい! 私達でできることは全部手配してあります。ショウ様は、お母さんとお子様のお側にいらしてくださいね」
さすがニア。
キャラ的には「できる社長秘書」的な雰囲気を見事に醸し出していたよ。
あ~ 名前をつけなきゃ。
名前、名前……
オレは、あまりにも幸運に恵まれている自分にも、みんなにも感謝してる。これからも運命が味方してくれるように、この子に名付けたんだ。
バネッサも、もちろん気に入ってくれた。
って言うか、貴族家の最初に生まれた子どもが女の子なのに「お父さん」が名付けることは、ものすごく珍しいらしい。
王国各地に、たちまち、情報が行き渡ったよ。
1月23日 ゴールズ首領のショウ閣下に第一子となる姫君誕生。
ご芳名は「フォルトゥーナ」 幸運を司る女神の意である。
オレンジ領内は、爆発的な歓喜に沸き立ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
今回の「選抜」は、前回、ゆっくり会えなかった妻達とリーゼと濃密に過ごす「お正月休み」の意味もありましたが、オレンジ領内の内政と「実験農場」も気になります。いろいろとやるべきことが増えてしまって、全然休みにはならないのが哀しいですね。
逆に、選抜される側のみなさんの方が、むしろ丸1日だけど休めました。オレンジ領なので、食事も隊舎も待遇は国軍よりもいいです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます