第26話 開戦・2日目前半

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作者より

本日の後半の本文中、右翼とか左翼とか、わかりにくいので近況ノートに概念図をお付けしました。(4月1日分)


https://kakuyomu.jp/users/s_satosi/news/16818093074765949342

こちらをご覧いただくと、イメージしやすいと思います。

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「おい」

「はい? エン中隊長」


 通りかかったヤツを呼び止めた。


「あいつらは、まだ帰ってこないのか」

「アイツらと言いますと?」

「さっき、中に明け渡し交渉に入ったヤツらがいるだろ」

「すみません。誰が行ったのか、教えていただいてないのでわかりません。名前がわかれば調べますが」

「使えねぇなー 俺が交渉に使ったヤツくらい、わかっておけよ。一々オレが名前なんて覚えてるわけねだろ。100人もいるんだぞ」

「あの、でも、ここにいるメンバーは、普段のエリア巡回をエン中隊長と一緒に行ったことがあるヤツばかりですが?」

「うるせぇな! 一々、覚えられないの! 目立った手柄を立てたら覚えてやるよ! あぁあ、もういい!」


 どうにも名前を覚えるのが下手なんだよ。女の子なら、すぐ覚えるのにな。あ、いや、化粧をされると全部同じ顔に見えるから、声とオッパイで判別してるんだけどさ。


 それはともかく、開城交渉をさせた部下AとBとCは(3人くらいだったかな?)結果的に戻ってこなかった。どうやら中で捕らえられてしまったらしい。ひょっとしたら「見せしめ」とか言ってぶっされた? よくあるよね。


 まあ、どうせ名前を覚えてないヤツだし、ま、いっか。でも、交渉役を殺すなんてありえないな。野蛮だよなぁ。話し合う気が無いってことかよ。信じられねぇ。こっちは家族と関係者を大人しく差し出してくれば、家の中のめぼしいものを部下に好き放題にさせるだけで許してやろうと思ってるのに。


 とりあえず、自分で交渉に行かなくて良かったよ。ホントは、チラッと自分で行って、気持ちよーく、連中の頭を踏みにじってやろうかと思ったんだけど。


 さては、ヤツらはやけを起こしてるな?


 まあ、王国への反逆罪だ。お先真っ暗だもんね。あ~ 確か、カーマイン家には公爵家からの嫁がいるんだっけ? けっこう可愛いって評判だし。1回くらいは味見してもいいよね? 護送中はオレが待遇を決めて良いんだし。


 それにしても、ヤケを起こしたにしても何にしても、こんなに人がいるなんて聞いてなかったぞ。


 グルリと邸の周りを回ったけど、人が大勢いるのは確かだ。目で数えると、千人近くいるのか? こんなのありえねぇ。


 ともかく、現実に対応するのがの務めだ


 どうしたら良い?


 思い出せ! オレには進んだ現代知識チートがあるはずだ。


 ん? 待てよ? どうせ殺すんだ。邸に火を掛けて焼き殺すか、逃げ出してきたところを捕まえればいいんじゃね? 


「おい、火矢を射かけろ」

「え? あの壁にですか? 石でできていますし、あっちこちにある見張り小屋の表面には金属の板が貼られているので、難しいかと思いますが。なお、壁からの距離がございますので、邸に矢を届かせるのは無理です」

「あ、そ、そうか」


 火でダメなら水。秀吉がヤッた水攻めか? 周りに土手を作って水を流し込むんだよな? いや、ブルドーザーでもないと無理か。

 

 後は…… トンネルを掘るんだっけ?


「おい、そこの!」

「私ですか?」

「そうだよ、お前。ここから壁の向こうにトンネルを掘れ」


 ん? 何だよ、その不服そうな顔は!


「トンネルを掘る人夫はどういたしましょうか?」

「そんなの、お前が何とかしろよ、一々指示しなくちゃダメなのかよ、無能」

「わかりました。街に行って人を探しますが、予算はいかほど使えますでしょうか?」

「金? そんなの、ちょっと脅せば必要ないだろ。たかだか、トンネル掘りだぞ。そんなに甘やかすな」

「……」


 くそ。無言で去りやがった。覚えてろよ…… って、あいつの名前、なんて言ったっけ?  まあ、いい。


 あー んー どうする?


 こういう時こそ、ラノベだよ。どうにもならない事態になったら、主人公はどうする?


 そうだ! 


 ここは正々堂々と、正面から乗り込む場面だ!


『一見、に陥るんだけど、そこで昔の知り合いが出てきたりとか、天変地異とかが起こったりして、立場が逆転するんだよな。考えてみたら、オレ伯爵家の跡取りじゃん。伯爵家の威光を持ち出せば、パーフェクトになるに決まっている』

(作者注:きょうち……変換できない。「窮地」の間違いかも)


 早速、正面の門の前に行ってみた。


「オレは、ジュツ伯爵家が嫡子、エン・ジュツ=チュウである。責任者は出てくるべきである!」


 なんか、城の壁の上でザワザワッとしてる。うん、うん、ビックリだよね。わざわざ伯爵家の嫡男が来ているんだから。


 さて、どうなる? 昔の知り合いかなんかが出てきて「おい! この人は、オレの昔の知り合いだ。サッサと門を開けろ」とか言うのかな?


 ん? 誰か壁の上に立った。誰だ、アレ? 見覚えがあるような……


「エンじゃないか。久し振りだな。骨は元に戻ったか?」


 壁の上から顔を覗かせている人間に、オレは完全に見覚えがあった。


「げっ、そ、ソラ!」

「オレ達もいるよ~」


 アールにシースもいるだと? 


 ば、馬鹿な、あいつらはスコット家のはずだろ!


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい


 ヤツがなんでここに? いや、そんなことよりも下がらないと。マジでアイツはヤバい。学園時代、1年生をちょっとイジっただけで、その後、殴り込んできたヤツだ。オレの、必殺「スライディング土下座」を無視して、頭から踏みつけてきた乱暴者だ。


 コイツには話が通じない。マジでヤバい。


 ん? 待てよ? あの時は素手だったけど、得意な武器があったよな。ソラは剣、アールが槍、えっとシースは……


 わずかな風鳴りがが聞こえたと思った瞬間、右手に激痛が。


「いてぇえええ!」


 矢が手に刺さってた。


「お~ あの時は左手だったから、今回は右手にしてやったぞ~ まあ、昔のよしみだ。今回は命だけは助けてやる」


 チョイ、チョイっと右の指が動いてる。かかってこい、ポーズだ。マジで、こんなジェスチャーする奴がいるなんて! アイツ、絶対、頭おかしいだろ。


「なんだったら、オレの槍も味わうか?」


 アールがロープを使って、降りてきていた。ヤバッ、逃げないと。脚に力が入らない。た、立てない……


「おーい、おまえらの隊長を放っておくのか? 殺しちまうぞ~」


 塀の上から投げ下ろされる槍をキャッチすると、ぶぅーんと振り回した。


「暴風のごとき槍遣いの風神、雷鳴のごとく矢を放つ雷神」


 そんなことを考えている場合じゃなかった。後ろに気配を感じたら、そこにはソラがいやがった。


「おーい、早く助けに来ないと、マジで殺すぞ」


 ヤバい。 コイツら、目がマジだ。こ、殺すつもりだ。オレを、マジで殺すつもりなのか?


 その時、ようやく部下が動いた。5騎が一塊になってやって来る。早く助けに来いよ、のろま、グズ! 使えねぇヤツだ!


 オレをキャッチするコースに入ったと思ったら、いきなり、二人が転げ落ちた。射られたんだ。


 次の瞬間、アールとすれ違った騎士は、一閃する槍に馬から吹っ飛ばされた。そして、最後の一騎は、ソラとすれ違いざま落馬。


 え? あ! 足が!


 派手に血しぶきを上げていた。


 馬体を挟むべき片足がまるごと切り落とされたのだ。


 瞬時に、5騎が喪われてしまった。


 そこから「仇討ち」とばかりに殺到してきた部下達は、次々と、射落とされ、槍で弾き飛ばされ、片腕片足を失っていったんだ。


 腰に力が入らなくて、ようやく、這うようにして矢の射程外に逃げたオレは、部下に言われて「攻撃ヤメ」を指示するのを思い出したんだ。

 

 三人が、さっきとは逆にロープで釣り上げられて壁の上に消えた時には、17人の騎士が命を、あるいは騎士としての命を絶たれていたんだ。


 ど、どうしたらいいんだ?


 ここにきてオレは「主人公は序盤にピンチになるんだった!!!」と心の中で叫ぶしか思いつかなかったんだ。



・・・・・・・・・・・



 一方、エリア51では、着々と陣組ができあがりつつあった。


「ヘンな形の槍は、相当に威力があるらしいな」

「はっ」


 マツバ副団長は、相手の力を認めることにも素直だ。戦いとは、あらゆる困難、不運に対して現実的に対処するしかないからだ。


 無い袖は振れぬ。相手が想定外の武力を持つなら、その武力を活かせないように戦うのが戦術というもの。

 

 まともに打ち合えば、かぎ爪に引っ掛けられて槍を叩き落とされて、反対の斧が振ってくる。逆に打ち合わなければ、槍として並べる形で迫ってくるから、飛び込みようがなくなる。それどころか、ちょっとでも油断すれば、たちまち「斧」がカブトに振り下ろされるのだ。


『まさか、こんな武器があるなんてなぁ、これでは、うかつに近づけぬ』


 カーマイン家の新兵器などという情報は全くなかった。しかも、見ている限り、相当に複雑な動きを軽々とこなしている。


『練習もかなり積んでいるぞ。さもないと、あんな風に動けるわけがない。こっちにとってもっと不味いのは、ヤツらの中に対・騎馬の特殊訓練を受けた者がいるということだ。


 昨日の、あのやられ方は、こっちが騎兵で狙ってくるのを読んでいたに違いないと、マツバは考えた。


「つまり、先頭集団のところに配備してあった部隊が対騎馬戦を考えての部隊と言うことになる」


 となれば話は簡単だ。


「歩兵隊は、布陣した位置を守ることを主とし、弓隊の防御に徹すこと」


 3小隊を四段の縦深に配置した。


「騎馬隊は敵の大型盾を突くことを禁ずる。刺さると抜けないシカケだ」


  この二つを各中隊を通じて、朝一番に指示伝達すると、騎馬隊による集団突撃の準備をしておく。敵の薄そうな右翼を狙い回り込んで長躯本陣を突く。


「敵は薄く広がる構えらしい。となると端から崩すのが定石だろう。第2小隊、第5小隊は、敵左翼から横撃。その隙を突いて後ろに回り込むぞ」


 

・・・・・・・・・・・


 その動きを見つつ、陣構えが完成したカーマイン陣営である。


「どうやら、敵は引っかかってくれそうですね」


 エドワードは、冷静に戦場を見つめているが、声が明らかに明るい。


「大丈夫なのか? 左翼が極端に薄い、というか予備隊が無いのではないか?」


 ガルフ伯爵は、気遣わしげだが、かと言って専門家に文句を言うのも控えている風情だ。


「大丈夫です。と言うよりも、むしろ、そこを狙わせています」

「狙わせる?」

「はい。敵は騎馬隊を突っ込ませてきますので、左翼の隊は大盾を使って絶対的な防衛ラインを敷きます。こちらは、専守防衛ですね。うちの攻撃は右翼から包み込むように全体で前進していく形です」

「なるほど。だから、右翼が厚いわけだね?」

「はい。真ん中の隊が敵と接触した瞬間から右翼の後ろの隊、後ろの隊と、敵の右側からで囲み込んでいきます。最終的に、必殺部隊が敵の後ろに回り込めば、半包囲が完成します」

「半 包囲なのか?」

「はい。逃げ遅れた敵の半分ほどを叩ければ、この戦いが終わりますので。全滅を図る必要はないと思います。まあ、これも実は」


 言葉を切ってきたので気が付いた。そもそも、こんな奇抜な陣形を普通の人間が考えるわけがない。


「ショウか?」

「はい。カクヨクの陣とか言うんだそうです。鳳が、ツバサを広げて包み込むイメージだとか」

「羽が片方しかないのは、どうなんだろうな」

「まあ、右利きの鳳と言うことで」


 エドワードはニヤリとする。


「ふむ。まあ、任せた以上、私に文句はないが」


 それにしても、とガルフ伯爵は緊張してしまう。なにしろ左側ががら空きなのだ。本陣にいるのは少数の連絡用騎馬と、弓隊が少々。


『兵が足りないから全てを厚くするのは不可能なのはわかっているが……』


 チラリと、本陣周りの「ワイヤーロープ柵」を見る。


『あんなロープが果たしてホントに役に立つのか? もしも切られれば、それで終わるぞ』

 

 ガルフの懸念を見て取ったのか、エドワードが「大丈夫です」と声を上げた。


「あのロープは切れません。何時間も掛ければ別でしょうけど、すくなくとも戦場で妨害を受けながら切れるようなものではありません。唯一の弱点は、大元となるポールですが、そのために本陣にシカケを用意していますので」

「そうか。それなら、私はじっくりと見ているとするか」

「どうぞ、ご覧になっていてください。さて、そろそろ始めてもよろしいですか?」

「あぁ。任せる、いや、ここは私が命じるべきか?」

「お館様のお声だと、みなの士気が一段と上がるかと」

「わかった」


 昨日と全く同じように進み出たガルフ伯爵は「みなの者、聞け!」と叫んだの。


「昨日は、我々が圧勝した。しかし、それに懲りずに刃向かう敵には罰を与えねばならん。国王陛下に忠誠を誓う我らには天が味方しようぞ! 我が陣は、英雄たる息子が磨き上げた兵、磨き上げた匠、磨き上げた戦術でできておる! 勝利の条件は全て与えた! そなたらは、何を答えるのか!」


 エドワードが、すかさず叫ぶ。 


「勝利を!」


 おおおおおお! 勝利を! 勝利を! 勝利をお館様に!


「かかれぇええええ!」


 うぉおおおお!


 歩兵達が一斉に、前進を始めた。


 エリア51に、再び壮絶な地響きが満ちたのである。



 

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作者より

 とうとう、鶴翼の陣です!

 本来はV字型に配置しますが、片翼での配置も、実際の戦場では良く見られました。歩兵は、足の遅さゆえに、敵に背後へ回り込まれると戦闘能力が極端に下がります。そのため「包み込んだ」時点で歩兵同士の戦いは、ほぼ決着が付きます。

半包囲は、わざと相手の半分を逃がすための罠でもあります。逃げ腰になった敵を叩くのは、損害の少ないやり方です。


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