第25話 開戦・初日

 歩兵の数が同等での会戦において、大雑把な言い方をすれば戦い方は二つに一つと言い切れる。


 オーソドックスなのは、歩兵同士がつの(槍)を突き合わせているところに迂回してきた騎兵によって横、あるいは後ろからの突撃で混乱させる。あわよくば、それによって敵を分断するのが狙いだ。成功したら、それを一つずつ丁寧に各個撃破していくやり方だ。


 一方で、玄人好みとされるやり方が、騎馬隊によるかく乱で相手歩兵の陣形を先に乱すやり方だ。そこで混乱させ、あわよくば敵陣を分断した上で、歩兵の一斉攻撃で圧力を掛け、陣を乱した敵を各個撃破していくのが目的だ。狙う場所、タイミングの見極めが難しい分、成功すると利益はデカい。特に味方の歩兵の被害が最小限となるため、連戦を心に決めたは、このやり方を好むと言われている。


 ただし、どっちのやり方を取るにしても最終的に相手を分断し、包囲しての各個撃破によって殲滅の形を目指すのが基本路線だ。


 そして、騎兵がどのタイミングで「どこ」を狙うかで会戦の行方が決まるところは似ている。


 そのタイミングのさじ加減こそが指揮官の能力とも言えるだろう。


 今回の東部方面騎士団としては、歩兵の数が拮抗していても、騎馬の数が質量ともに圧倒しているのだから、歩兵の役目は相手の歩兵を足止めするだけでいい。

 

 相手の騎馬隊と同数を抑えにおいても、100騎以上の騎馬隊が戦場を自由に駆け巡れるのだ。マツバ副団長からしたら、好きなタイミングで、好きなところで挟撃・横撃が自由自在。


 なにしろ、互いの歩兵が渾然一体となっているところに後ろから騎馬が押し包んで蹂躙するだけの簡単なお仕事だ。


 お互いに矢を打ち合いながら近づくと、一気に噛み合った!


 指揮官の腕など見せようが無いはずだった。だが、互いの槍が触れ合った次の瞬間から、戦場には悲鳴と怒声、そして、大混乱が演じられていた。


「何が起きている!」


 歩兵同士の戦いなど、相当な力量差があっても、それだけで優劣が決まることなどありえない。特に序盤は互いに様子見が主のはず。


 それなのに、相手と噛み合った歩兵隊の3個小隊は、先端からガリガリと「無くなって」いくのだ。まるでヤスリでセンベイを削り落としていくようなもろさだ。


「えええい! 何だ! 何が起きている!」


 早くも、先頭の3個小隊は「消滅」し、第2陣だった4個小隊に届いてしまった。敵は押し包むようにして、さらに後ろへ、後ろへと襲いかかっている。


 敵の歩兵が止められない。しまいには、後列に並んだ歩兵が逃げ出してしまうあり様だ。


「ば、馬鹿な。魔法か?」


 いや、そんなものは存在しない。


「副団長、敵は、ヘンな戦法です」


 あっ!


 襲われていた…… 戦場で、その表現はまことにヘンだと思ったが、まさに「襲われている」としか言いようのない勢いで、次の4個小隊が壊滅していく様をマジマジと見つめてしまったマツバだ。


 その目に、やっと戦いの様子が見えてきた。


 槍を突く。相手も応じる。

 相手がこちらの槍を巻き込む動きが見える。

 次の瞬間、こちらの槍が落とされる。

 槍の先端に付いている「戦斧」が降ってくる。

 倒れた直後に「次」が相手の槍で突かれる

 慌てて、第三列が槍を出す

 巻き込む動きで槍が落とされる。

 戦斧が振ってくる。


 流れるような動きで、とでも言うのだろうか? 滝から水が流れ落ちるがごとき怒濤の勢いで、こちらの歩兵は粉砕され、敵は屍を乗り越えて、突き進んでくる。


「不味い、このままだと歩兵が壊滅する。第三、第四隊、敵先頭を左右から挟撃せよ! 圧力を下げてやるだけで良い」

「「さー!」」


 騎馬一個小隊30人が命令一下、飛び出した。たちまち、敵先頭集団にたどり着く。


 左右から押し包む動きで寄せていった瞬間、敵は奇妙な動きを見せたのだ。


 後ろから、何か銀色のモノが見えた。


 え? っと思えばこそ。


 敵の最先端の左右に戸板ほどの大きさの「銀の盾」がダダダダダッ、と立ち並んだのだ。


 強襲した小隊からすると、突然、銀の壁ができたようなものだ。壁の直前で馬を回転させぎわに、腹立ち紛れに馬上槍で板を突く。


 ザクッと、先端がめり込んだ。


「抜けぬ?」


 抜けない槍に戸惑った刹那、盾の間から何かの棒が振り下ろされた。


「わあぁああ」


 敵の槍に付いている「かぎ爪」が騎士鎧のどこかに引っかかったのだろう。とっさに踏ん張っては見たものの、馬が回転するところを横から引かれたのでは限度がある。


 モロに転がり落ちた次の瞬間、かぎ爪がクルンと回されて、反対側にある「斧」の部分が長い柄の先で振り下ろされる。


 二度、三度、四度


 無慈悲に振り下ろされる「戦斧」は、騎士鎧にめり込み、致命傷を負わせていく。


 落ちた騎士のの視界に写ったのは、槍の先に着いた「死の塊」が顔面に振り下ろされていくシーンであった。


 敵陣で落馬した騎士に待っているのは、かくして「死」のみであった。


 カーマイン家の歩兵団は、騎馬隊対策の演習をあきれるほど繰り返してきたのだ。もっとも演習の時は味方の騎馬隊である。鎧にかぎ爪を引っ掛けるところまでだ。


 引っ掛けられた騎士は「死亡判定」となるのがお約束だったが、今は違う。本気で振り下ろす「戦斧」の威力は、振るった兵士本人が驚くほどの破壊力を持っていたのだ。


 騎馬小隊の士官は、叫んだ。


「ひけ! ひけ! 引くんだ! こやつら妙な仕掛けをしているぞ、近づいてはならん、引くんだ!」


 さすがに小隊長達も己の不利を悟ったのだ。敵は盾によって守られている上に、その盾を槍で刺せば、先端が一瞬抜けなくなる。そこを狙って、敵の槍についたかぎ爪が、どこかを引っ掛けて騎士を引き釣り落としにかかる仕組みだ。


 小当たりしただけで、両隊とも5人ほどが「消えて」しまった。


 この壁はヤバい。とっさに判断した小隊長はさすがであった。


「体勢を立て直すんだ!」


 落馬した人間が、まだ二人残っている。何とか助けないと。


「すくってやれ! そのまま引き上げるぞ!」


 小隊で一斉に助けに入って、助け上げた刹那、歩兵達に囲まれていた。


 騎馬を歩兵が取り囲む?


 ありえない。


 しかし、連中は穂先をこちらに向けたまま、槍尻を地面に突き立てた体勢だ。距離さえあれば、勢いで弾けるかもしれないが、止まった状態で槍ぶすまに突っ込むのは、さすがに馬が身をすくめる。


 目を離した位置の歩兵が、さらに距離を詰め、そちらを見た瞬間、後ろがさらに距離を詰めてくる。


 20頭以上いる我々が、歩兵に囲まれるだと?


「脱出するぞ!」

「どこから?」

「と、とにかく、脱出路を! うわあああ」


 一斉に矢を射かけられた。


 逃げようのない距離からの矢だ。騎士の鎧は馬の負担を考えて薄い。近距離からの矢を弾くだけの強度など無いのだ。


 二度、三度、四度。


 たちまち、体中に矢を突き立てて落ちていく仲間が続出した。


「やめろ! 降伏する! 降伏だ!」


 期せずして、左右どちらの小隊長も同じタイミングで降伏したのである。


 おそらく敵は「降伏」のひと言を待っていたのだろう。だからこそ、小隊長だけを狙いから外していたのだ。


 しかし、降伏が認められた時点で立ち上がれたのは5人だけ、無傷だったのは、それぞれの小隊長だけという、まさに「全滅」を演出されてしまったのだと、唖然となっていたのだ。


 そして、それを遠望していたマツバ副団長は、背筋が寒くなっていた。

 

「そんなばかな。ヤツらが逆に取り囲んでくるだと?」


 騎兵達が壁に阻まれてから、わずかに5分とかからなかっただけに「援軍」を考えるゆとりすらなかった。


 マツバ副団長は、60名もの騎士を喪うシーンを茫然と見送ることしかできなかったのである。


 こうして、開戦から1時間も経たないうちに、東部方面騎士団は、歩兵180、騎馬60を喪ったのである。


・・・・・・・・・・・

当初

東 騎馬200 歩兵700 (別働隊の騎馬100は別)

カ 騎馬 80 歩兵500


第1ラウンド後

東 騎馬140 歩兵520

カ 騎馬 80 歩兵490

・・・・・・・・・・・


「敵の、あのヘンな槍は、なかなかくせ者だぞ」


 マツバは「たかだか田舎伯爵の私兵団」という認識を、改めようとしたのである。


「隊長! いったん建て直しを!」

「いかん、左右の部隊で押し包め! 連中の前衛は、勢いがついた分、中段と間が空いておる。押し包んで、無力化するんだ!」


 マツバの目には、ジリジリと迫り来る敵歩兵前衛集団が見えていた。


・・・・・・・・・・・


 その頃、街道をカーマイン家本邸に向けて堂々の速歩をするエンがいた。


「いよいよ、オレのターンが始まるんだ」


 エンは、100の騎馬隊を率いているのが嬉しくて仕方ない。


 この後に描かれる「栄光のシーン」を夢見て、まっしぐらに突き進んでいた。


「こうじゃなくっちゃ。やっぱ、ここからオレが成り上がるってヤツだろ?」


 実はエンにも「前世」があった。こちらの世界に来る前の記憶を取り戻してから10年になる。エンの頭にあるのは日本の中学3年生である記憶だ。


 ところが何のチートも持ってないことに気付いて唖然となった。アイテムボックスどころか、火魔法も、レベルも、スキルも何もない。


 せめて知識チートをと思っても、前世の学校で習ったことは何一つ役に立たないことに気が付いたのだ。


 逆に、この世界の不便さばかりが気になってしまって、ストレスマックスである。


 こうなってくると、エンにとって「伯爵家の御曹司」というプライドに固執し、前世では全くモテなかった生活とは逆転したような女性関係にのめり込むのも当然だったろう。


 特に、女性関係はすごかった。


 前世では、クラスで5番目に可愛い子に告白しても相手にしてもらえなかったのに、こちらでは次々に可愛い専属メイドがあてがわれ、美しい側妃に、信じられないほどにお淑やかで見た目の良い、しかも可愛らしい性格の婚約者が与えられたのだ。


 これで天狗にならなければ嘘である。


 万能感ばかりが膨らんだエンは、ジュツ家の宿命として騎士団に所属することになり、以後「巡回業務」で実績を上げて、6年の間にトントン拍子に出世した。


 事実上、これが初陣である。


 王国の「成金(従って悪事を働いているに決まっている)伯爵家」にザマアをする役回りだ。


 張り切るのも当然であった。 


 逸る心を抑えて、分かれ道に差し掛かった。


 片方は、いかにも細い道へと続く道。片方は今と同じような太さ。どちらも同じように舗装されている。


「隊長、こちらです!」


 オレンジ領内に何度も来たことがある古参の小隊長が太い方の道を指し示している。 


「騙されないぞ、良く見ろ、こっちだって書いてある」


 なるほど。細い道には真新しい看板が立っていて、黒々と「→本邸」とかかれている。


「そっちの道は、実験農場行きだって書いてあるぞ。使えないヤツの言うことになんて騙されるもんか」


 太い道には、小さめの看板が付いて「↑実験農場」と、確かに書かれている。


「隊長、でも、さすがに敵に道案内をするはずがありません」

「ウルサい! 僕に意見をするな! 連中は、領内の道のことなんて考えてなかったに決まっている。さも無きゃ、こんな看板を出しっぱなしにするわけが無いだろう! それに、いかにもそれっぽい道は、かえってワナに決まってる」

「いえ、あの、本当に、こっちなのですが」


 かくしてエンに率いられた別働隊100騎は、カーマイン家ご自慢の実験農場の門を見て、慌てて引き返すことになったのであった。


 全ては「歴史」が示す効果であった。


 ショウが「万が一の時には」とブロンクスに依頼していたことだった。


「もしも、よそが攻め込んできたときには」


 いくつか頼んでいたうちの一つ。


 それは、領内のあらゆる「道しるべ」を書き換えておけというものだ。前回、勅使がやってきてから、慌てて「次」に備えて実行されていたのだ。


 これは、第2次大戦においてドイツ機械化部隊の猛烈な進行速度に困ったソビエトが、苦肉の対応策として行った「地図(街の名前や道しるべ)の書き換え」の手法であった。


 まさかこんなに単純な分かれ道で引っかかるとは思ってなかったが「律儀にやらないとショウ閣下が何を怒るかわからない」という、いつものことで徹底して行った結果であった。


 よって、エンの別働隊は1時間の余分な移動を補おうと、無理な速度を出したため馬が疲れ果ててしまった。


 結果として、カーマイン家に到着したときには、冬の夕方が差し迫っていたのであった。


 夕暮れ迫る邸は、なぜか、大勢の守備兵がいて、断固として門を開けることを拒否してきた。


 怒り狂ったエンであったが、夕闇が迫る中に、疲れ切った部隊という状況では本格的な攻略は不可能であった。


 こうして「初日」が終了したのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ハルバードは初見だから、これだけ効果がありました。対応するだけの余裕がなかったからです。騎馬隊の場合、機動攻撃は有効ですが、一度足を止めてしまうと非常に脆いという弱点があります。ローマ共和国のスキピオがカルタゴとのイリパの戦いにおいて使った「歩兵による騎兵とのゼロ距離戦法」を取り入れています。

 ちなみに、あっちこちに鋼材のロープを張り巡らせたのも「自由に走り回る」ことがしにくいように計算されています。

 どちらも、こちらの世界の歴史には記録されていますが、ショウ君の世界では「未知の戦法」「未知の武器」であったため、相手は対応方法を考える前に重大な損害を出してしまいました。

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