第24話 未知との遭遇

「別働隊を提案します。これは名案ですよ」


 中隊長になったばかりのエンは、相手の陣容を見て得意げに副団長へ進言した。団長が王都に残ったままなので、事実上、副団長が東部方面騎士団の最高指揮官である。


 その「最高指揮官」に、なり立てほやほやの、若年中隊長が鼻をヒクヒクさせて提案している姿はいっそ滑稽だろう。


 対峙する相手の騎馬隊が遙か後ろにこじんまりと固まっているのが見えて、思いついたのに違いない。


『コイツ、マジで空気読めねぇな』


 討伐軍の隊長としてマツバは憤怒の表情を努めて覆い隠さなくてはならない。何しろ、相手は、中隊長ではあってもジュツ家の跡取り息子なのである。


 東部方面に土着した、名門伯爵家だけに、いずれ、自分と立場が逆転し、将来の団長となることは予定された未来だ。


 ご機嫌を損ねるわけにもいかない。


 そんなマツバの内心などちっとも読まずにエンは得意げに言葉を続けている。

 

「カーマイン家と言えば、つい最近こそ、金が回っているようですが、元々は貧乏で有名な家。騎士団もたいしたことがありません。だから相手は戦力をここに集中させているはずです。となればヤツらのは、がらんどうに決まっています」


 イラッとするほどに小賢しい口調だ。

 

『その程度のことなんて。誰でも気付いてるけど、誰も言ってないことに気付けよ、馬鹿』


 マツバは内心で怒鳴り散らしつつ、唇をムッと結ぶに留めた。


 相手の領地に本格的に攻め込んでいるのだ。会戦を挑んでみて相手が寡少なら「本拠(本邸)を別働隊で叩く」という発想なんて誰だってする。中隊長どころか、ベテラン小隊長なら、その発想をするはずだ。


 だが、誰もそれをせず、陣組もゆっくりなのは「カーマイン家へ味方する人間が逃げ出すために時間を掛けたい」という思いが誰にもあるからだ。


 東部方面騎士団のかなりの人数はオレンジ領内出身だけに、敵陣に従兄弟や幼馴染みがいてもおかしくないのである。なるべくなら、直接叩きたくはない。


『少しダメージを与えて、逃げ道を示せば、勝手に相手は崩壊するんだ。反逆者っては求心力を奪うもんだからな。その後で本邸に行けば、後は勝手に自害なりなんなりしてくれるだろ』


 つまり、ここでやるべきは「決戦で勝つ」ことではなく、ダメージを与えて追い散らすことなのである。


 しかも、本当は「反逆者」という罪状がカーマイン家の人々にとってふさわしくないと誰もが知っているのだ。


 これで、積極的に「本家を襲って家族をふん捕まえるか、皆殺しにしろ」という作戦を考えたがるヤツなどいない…… はずなのだ。


 ところが、目の前の若造は得意げにわめいている。


「反逆者どもを、この手で引っ捕らえれば、逆賊どもは逃げ惑うしかありません。いっそ、家族を人質に取れば、戦う必要すらないかと思います」


 さりげなくマツバのそばから人が消えていく。


『おまえら卑怯だぞ、何とかして、このガキを止めろよ』


 しかし、誰もが貧乏くじを引きたくないのもあたりまえ。


 小さくため息をついてから、マツバは諭すように声を出した。


「我々は、反逆者を捕縛せよとの王命を受けて出陣してきた身。人質を取るような卑怯な振る舞いはできませんぞ?」


 言葉は丁寧だが、にべもない。


 その冷たい反応に一気にテンションを上げたのがエンだ。


「副団長は、兵の損害を肯んじろとおっしゃるか! 一人でも少ない損害で、最大の成果を上げるのが騎士たるモノの務めではありませんか!」

「騎士たるもの、どんな目的であろうとも手段を選びます。まして、わずかな騎馬しかいない敵に、人質を取ってやっと勝ったなどと言われれば、恥をかいてしまいます」


 エンの顔が見る見る赤くなっている。


『ヤバい、癇癪が起きる』


 頭も悪くなく、馬術も武術も優れたエンだが、一番悪いクセがある。


「ボ、ボ、ボ、ボクの言う言葉間違っているって言うのか!」

「いえ、そういうことではなく」

「そうだろ! じゃなきゃ、すぐボクの提案を受け入れるに決まってる。ケチをつけようって言うんだな。じゃ、ボクの考えを今すぐ論破してみろよ! え? 言えないんだろ? ほら、根拠を挙げて、データを示せよ。じゃなかったら、それは、全部、お前の感想な!」


 あちゃ~ である。


 いくら「将来の団長」であっても、今は、ただの中隊長なのである。それを副団長に向かって「お前」は、ない。


 しかし、こうやって自尊心が満たされずに爆発してしまうと、誰にも手がつけられず、あまつさえ、あることないことを父に…… 団長に告げ口をする悪いクセがあるのだ。


 手がつけられない。


 しばらく、なだめてはみたが、結局ラチが明かなかった。


 ため息をつきながら「わかりました」と根負けである。


「騎馬100を率いてカーマイン家本邸の接収、あわせて大逆罪の連座として邸に残る人間を全て捕縛の上、王都への護送を命じます」

「お! オレが護送する? カーマインの者どもをか!」 


 一瞬、一人称が「オレ」になったのは、ビックリするほどの名誉をぶら下げられたからだ。一足早く王都へと帰還できる、それも戦利品としての「捕虜」を捕まえての凱旋である。


「よし。その大任、しかと承った!」


 ようやく、エンの自尊心は満たされたのである。

 

「これからは、僕の立てる作戦は、よく考えた上で返答するように」

 

 上から目線の捨て台詞を副団長に残して、年若い中隊長は意気揚々と会戦地から出発したのである。



・・・・・・・・・・・ 


「このヒモはなんだね?」

「これは普通の刀では切れないヒモです。スチールワイヤーと呼ぶんだそうです。これをこうして、鉄の板を巻いた杭に固定します。あ、これがボルトと呼ばれるシカケで、これで固定すると専用の工具を使わない限り緩めることができないのです」


 まるでオモチャのようなシカケだが、もしも本当に「切れないヒモ」であるなら、騎馬が通れない「壁」を作るようなモノだ


「こうすることで、敵騎馬隊の包囲運動がやりにくくなります。もちろん歩兵はすり抜けられますけど、騎馬による挟撃がなくなるだけでも、たすかりますから」


 本陣の周囲には、スチールワイヤーによって仕切られ、そこに次々と等身大の四角い銀色をした板がはめ込まれていた。


「これは」

「大した防御力はありませんが、コイツがあるだけで遠距離からの矢は防げますから。それに、馬も飛び越せなくなります」


 圧倒的な速さで壁が作られていった。


「これも若様の発案です。なんでも、戦うときは本陣を囲えだとか」

「あぁ、そんなことを言っていた気がするぞ」

「会戦の時は、本陣を裏から襲撃できないようにするだけで、攻撃が数段しやすくなるとのことです。確かに、言われてみればもっともなこと。本陣を守るための後陣に必要な兵数が減るということは、攻撃に力を使えるということですから」


 敵の布陣はゆっくりとしたモノだった。ひょっとしたら「反逆者」という汚名を圧力にして、こちらの崩壊を待っているのかもしれない。


「そういえば、東部方面騎士団と言えば、マツバ副団長だったね。なかなかに堅実な人柄であったと思うが」

「はい。無骨で、手堅い戦いを好みます。だから、むしろ、あの離れていく連中が信じられないのですが」


 百騎ほどが戦場から迂回しようとしていた。


「あぁ、あれか。別働隊だな。我が家を襲うか」

「少々ホッとしました」

「あぁ、あの程度の数で、しかも騎馬であれば、城攻めは難しかろう」

「はい。これで心置きなく、この戦いに集中できるというもの。お館様?」

「あぁ、わかっている」


 一段高くなっている本陣の前側に馬を進めたガルフ伯爵は、ズサッと馬を止めると「戦士諸君!」と叫んだのであった。


「カーマイン家は、長らく王家に忠誠を誓い、常にサスティナブル王国の繁栄のため、陰日向なく仕えて参った。そして、我が家の後嗣であるショウ子爵は、恐れ多くも陛下から直接爵位を授かり、王国名誉勲章までも受けた身である。これだけ王国に貢献した我が息子は、今やアマンダ王国すら降伏に追い込んだ英雄である!」


 その瞬間、確かに空気がザワッとした。味方だけではなく、ガルフ伯爵の声が届いた敵すら「アマンダ王国が降伏だと?」とザワつかずにいられなかった。


「その英雄を! 王国史において類い希なる活躍をした英雄をして、汚名を着せるなどあってはならぬことである! 我が家も、我が息子も、そして不肖 ガルフ・ライアン=カーマインは、天に何ら恥じることなど、いっさいない! 諸君、この汚名をすすぎ、もって、王宮へ我らの声を届けようではないか! 名誉と勇気を持つ戦士諸君、共に戦ってくれ!」


 おおおおおおおおお


「アマンダ王国降伏」という言葉は、大きかった。もしも本当なら、と誰もが思う。そして「パッとしない分だけ律儀者」「自分の得になることよりも友誼を重んじる頑固者」というカーマイン家の評判は、その「ひょっとして」が信じる側に針を傾けさせてくれたのだ。


 そして、王国名誉勲章を受けたという事実は、オレンジ領内の隅々まで行き渡っている。どの街でも、一度は吟遊詩人が「ショウ・ライアン=カーマインの英雄譚」を謳って歩いているだけに、信じるだけの地慣らしはできているのだ。


 ショウ・ライアン=カーマインなら、やるかもしれない。


 そんな興奮が、兵士一人一人が握るハルバードに力を込めさせていたのである。


 ガルフ伯爵が味方を鼓舞する演説を終えたと同時に、東部方面騎士団の歩兵達は、槍を並べて、エイ、トウトウ、エイ、トウトウと攻め込んできた。


 一抹の不安を抱きながらだ。


 相手の見慣れぬ「槍」に気付いたときに、二つの先頭が接触していた。


 ハルバードを突き出した歩兵達と槍兵達の穂先が接触したと思った次の瞬間、あっちこちで悲鳴が交錯したのである。


 東部方面騎士団を率いたマツバ副団長は、後々、この戦いを「エリア51における未知との接近遭遇戦」として報告をすることになる。


 見たこともない戦いが、今、始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ジュツ伯爵家は、東部方面の武門として有名な家系で、東部方面騎士団との関わりが深い家です。代々、家長が認めたジュツ家の人間が騎士団長を務めます。エン君、26歳。王立学園では、それなりに優秀でした。

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