第23話 待つべき人

 

 すでに昼を過ぎている。


 少々無理して速歩トロットで到着すると51番地には、すでに陣ができていた。


 一段高くなった場所を「本陣」に定め、前方に歩兵部隊が展開されていた。その斜め後ろには虎の子の騎馬隊が配置されている。


「大丈夫なのか?」


 ガルフ伯爵が、ちょっと首を捻ったのは、騎馬隊の場所だ。

 

 歩兵隊が前に配置されるのはわかるが、騎馬隊は人の左右に配置するもの。開戦と同時に相手を包囲しての壊滅を狙うか、あるいは突撃、遊撃して相手の陣形を乱すのが本来の使い方だ。この位置だと味方歩兵隊が邪魔して自由に動けない。


「いいんです。騎馬隊を普通に出しても、どっちみち、一瞬でやられちゃいますので。今回は機動力を活かした総予備隊の働きをさせます」

「なんだ、それは? 歩兵の予備隊が騎馬隊だと?」


 戦争の前哨戦が歩兵、主力が騎馬隊というのが本来ではないか? そのためにこそ歩兵の圧力が必要なのだ。理想を言えば、歩兵同士がガッチリと組み合っているところに、回り込んできた騎馬隊が敵の後ろから挟撃し、分断、殲滅すること。


 もちろん、そんな風に上手く行かないように、相手も騎馬隊を使うのだから、理想が実現されることなど滅多にない。


 だが、貴重な騎馬隊が本来の使われ方ではなくて、予備隊とはわからない。


「はい。歩兵が危ないところに少しでも速く駆けつける脚として使います」

「しかし、騎馬隊がなら、相手の騎馬隊を野放しに?」

「それはやむを得ません」


 エドワードはキッパリと言い切った。


「どのみち、あっちの騎馬隊の半分だけで十分にうちを潰せますからね」

「しかし、全く無しというのも」

「そのあたりも十分に話し合ってあります」

「それって、まさか?」

「はい。若様と何度も。いろいろなアイディアをいただきました。実際にはなかなかできない作戦もありましたけど、実におもしろかった。それらを活かした新戦術です。本当は勅使の時に使いたかったのですが、あの時は、それほどの戦力差もありませんでしたからね」


 あの時は、騎馬隊が持っている特別に軽い馬上盾と、同じ金属を使った大盾だけで十分に勝つことができた。それに、正直に言えば、今回の秘密兵器であるハルバードを秘匿しておきたいというのもあった。


 勅使をたたき出した時点で「討伐隊」が来ることがわかっていたのだから。


 エドワードの誤算は、領主一家が最後の最後まで逃げ出してくれなかったこと。


 しかし、今となっては言っても無駄だ。


「せめて、お邸だけでも守りたかったのに」


 着々と布陣しつつある敵陣営を見ながら、苦い思いが込み上げてくる。


『こちらの騎馬隊が少ないことに気付けば、ヤツら、絶対に邸を別働隊で狙ってくるぞ』


 歯を食いしばって、それを考えないようにするだけだった。そちらに割けるだけの戦力はない。


『一応は、城なんだ。人さえいれば、それなりに保つんだが。あ~ 侯爵様カインザーが援軍を派遣してくれればとは思うが、現実には無理だよなぁ。あちらも自領を守らねばならないのだし。反乱を疑われている以上、大っぴらに援軍も出せまい』


 その時、ガルフ伯爵は、いつの間にか、小さな紙を受け取っていた。


 それをじっくりと読んだ後「今、邸を心配したな?」と微笑みかけたのだ。


「それは、その…… 申し訳ありません。ご指示の通りに」

「あっちはあっちで大丈夫らしいぞ。少なくとも、ここが壊滅するよりも先に、あっちは落ちないらしい」

「え? あ、カインザー家から?」


 援軍が来てくれたのだろうか?


「いや。違う。うちのことはウチでやるさ。まあ、巻き込んでしまった者達には申し訳ないけれども」


 手元の紙をエドワードにポンと渡しながら「これで、心置きなく、戦えるな」とに微かに吹く風を受け止めたのである。



・・・・・・・・・・・



 その少し前。ガルフ伯爵が邸を出た直後のことである。


 カーマイン家本邸の前は大騒ぎになっていた。


 人 人 人 人 である。


「ご領主様! 私達も戦わせてください!」

「少しでも恩返しを!」

「お願いです。私にも守らせてください」


 数百人、あるいはもっとだろうか? 口々に「このお城を守りましょう」と叫んでいる。


 いわば「義勇兵」である。


「メリッサ、こんなの私、歴史の本でも読んだことないよ」


 ニアは、4階の物見の窓から覗いて感嘆の声を上げている。


「これもショウ様の真心が領民達に伝わっているからですね」


 メロディーは感嘆のため息をついた。


 嬉しい。メリッサが嬉しさを感じたのは本当だ。しかし、である。


「それでも、いくら人が来てくれても、それを指揮できる人が必要よ。もう、この邸には兵隊さんがいないんだもの」


 ニアは、即座に提案した。


「ノーヘル様は? うちの学年でも凄く優秀な方だし」


 チラッと考えないでもなかったが、大事な役割がある。


 首をかしてげ見せてから「民を兵として使うには、総司令として若すぎるのが問題だと思うの。私達はショウ様にみんなが従うのを見慣れすぎてるけど、兵隊さんならまだしも普通の人は子どもに従おうとは思わないわ」


 その時、階段を上がってきた男の声がした。


「ふうむ。この人波がショウ君の人徳であると言うのなら、教師としてそれを支えて上げるのが義務でしょうな」

「「「「「「先生!」」」」」」


 カクナールであった。後ろにはネムリッサがパンツスタイルで剣まで佩いている。


「ネムリッサ先生まで!」

「ふふっ、少しは役に立たないとね。本家のアテナイエー様ほどではないけど、私だって学生時代はそれなりだったのよ?」

「先生方、お帰りになったハズでは?」


 とっくに帰っていただいたはず。いや、勅使を追い返した直後に邸を出たはずだ。


「あれは、帰っていたのではない。街まで人を集めに行ったのだ」

「え? では、この人達は、先生が?」

「あくまでも自由意志だよ。参加したい者は集まれと言ったら、これだけ来てくれた。ホントはこの3倍いたのだが、諸般の事情で追い返した者も多かったんだ」


 それは「長男や小さな子どもがいる男」を帰らせたという意味だろう。カクナールも、ここで籠城して、なんとかなると思っているわけではなかったのだ。


「でも、先生、ここをお城にしても……」

「そうだね、必ず落城する。だが私は賭けてみたくなったのだよ」

「賭ける、ですか?」

「ああ。数日粘ってみたら、何かが起きる…… いや、何かやってくれるんじゃ無いかなってね。そんな気がしないかね?」


 ニコッと笑うカクナールは「だから、民を入れてよろしいか? 奥様には承諾していただいた。君が承認するなら任せる、だそうだよ。公爵家令嬢の教育を信じます、とおっしゃっていたな。本当に良くできた奥様だよ」


 その瞬間のメリッサ様は、背筋をピンと伸ばして、真っ正面からカクナールの目を見返した。


 決意の目である。


 そして、極めて優雅に、そして艶やかに「全て、先生にお任せいたします。よろしくお願いいたします」とカーテシーを決めたのである。


「よろしい。それと、喜んでくれ。けっこう人材がいたぞ。王立学園を出たカーマイン家の分家のみなさんや、それになんとソラ君がいたんだ」

「ソラくん?」

「メロディアス様なら、ご存じだね?」

「え? まさか分家のソラ・バニラ=スナフキン様ですか?」

「ああ、しかも伝説の乱暴者である二人の従者アールとシースまでいたよ。なんでも、ここでガラス製品を任されていたらしい、いや、まさか学園の風神・雷神と呼ばれて、槍を持たせたら手がつけられないほどの乱暴者が、ガラス作りを任されていただなんてね。びっくりしたよ」


 メリッサが「分家の方?」と首をかしげた。メロディーは、その疑問を引き取って答えた。


「父の姉のお子さん。つまり私の従兄弟になります。とっても優しい方なんです!」


 カクナールは、首を捻った。


「あいつらが優しい?」

「え? とっても優しくって、怒ったところなんて見たことなかったです」

「まあ、確かに優しいところもある。イジメを見逃せない正義感もあるしな…… だがな? クラスの子を寄ってたかっていじめた上級生がいると知って、たむろしているところに殴り込むような男を…… しかも11人もの上級生がいるのに、全員が骨折するまでに殴りつける男を『優しい』と表現していいのか、疑問だぞ」

「え?」


 横にいたニアが、誰にも聞こえない声で「伝説の停学半年になった人の話って実話だったんだ」と呟いてしまった。


「ともかく、門の前にいるのは300人ほどだ。現場指揮官も極めて若手だが揃ったし、何とかなりそうだな」


 笑顔で指さす先には、トビー達が手を振っていた。


「では、作戦を開始する。勝利条件でもある作戦名として、以後『ショウを待ちながら』とする」


 妻妃軍団は一斉に司令官に「お願いします」と頭を下げると階段を降りていった。司令官がいる以上、邪魔をしてはいけないと思ったからである。


 ただし、降りる前に作戦名だけは変更して貰うように頼んだのだ。ショウの手紙に書いてあった。「きっと、こっちの方が喜んでくださるわ」とメリッサには確信がある。

 もちろん、カクナールは、それに応じた。


「ニビリティア君、着替えてから手伝ってほしい」

「はい!」

 

 ドレスでは動けない。パンツスタイルに着替えるため、ダッシュで降りていった。


 メリッサは『ニアが指名されたのは「補佐」として使うためよね? それなら私達も邸に残った者達とやるべきことをやらなくては』と決意したのだ。


 ただ「待つ」よりも、何百倍も有意義だ。


 メイドも下働きの者も妻や小さな子どもがいる場合は、既に強制的に帰らせてある。それであっても40人ほどは残っているはずだ。その人達とできることはするのだ。


 やるべきことができた時のメリッサは、いつだって優秀だった。次、次と「やるべきこと」を思いついた。


 階段を降りたメリッサは、義母に断ってから、どれだけ「逃げなさい」と言っても断固として邸から出ようとしなかったへクストンを呼んだ。


「現在邸にいる人に水の用意と、食事の炊き出しをお願いします」

「大勢の人が邸にお入りになったようですね」

「はい。この邸を守る義勇兵のみなさまです」

「義勇兵? つまり、戦いをなさると?」

 

 メリッサは黙って頷いた。


「それはありがたいですな。私も最後の一花を咲かせられるというもの」


 今にも外に出たそうにする。意外と血気盛んなんだろうか?


「いえ、へクストンは家の中でやるべきことがあるわ。そっちをお願い」

「わかりました。みな、それぞれに、やるべき務めがありますからな。ご指示の通りに。ところで、どなたが籠城司令官になるか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「司令官はカクナール先生になります。以後、先生のおっしゃることは全部、指示通りにお願いします」

「かしこまりました。お任せください、若奥様」

「それと……」


 言葉を切ったメリッサに、へクストンは頭を上げた。


「作戦名があるの」

「作戦ですか? 邸を守るのに、作戦名?」


 首を捻ったへクストンに、メリッサは微笑みを見せたのである。


「作戦名は『ゴールズを待ちながら』よ! みんなに徹底してちょうだい。ショウ様が最終勝利ゴールズを連れて来てくださるから信じましょうね」

「かしこまりました」


 へクストンまでもが微笑みを浮かべて「ゴールズを待ちながら、頑張らねばなりませんなぁ!」と声を張ったのである。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ソラ氏のことは忘れられていたかも知れませんが第2章 第7話「カレット」で出てきます。スコット家からのレンタル人材です。けっこうふざけた感じで出てきましたが、実は、公爵家の分家スジだけあって超優秀な人達でした。本文には書けませんでしたがサムもちゃんと残っていました。頑張って戦って、ケガをしたら包帯を巻いてもらえないかな?と考えたとか考えないとか……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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