第22話 ハルバード

 エドワード騎士団長はカーマイン本邸のリビングに集まった領主家族と、領主に対して頭を下げている。


「見張りからの連絡によりますと、間もなく王都からの軍が侵入してきます。現在地は領境より10キロと言ったところでしょう」


 一同は、息を呑むしかない。とうとう来るべきものが来たのだ。


「旗からすると敵は東部方面騎士団です。騎馬300。歩兵700」


 エドワードは、悲痛な表情こそ浮かべているが淡々と事実を告げる。


「最後の一兵まで抗う所存でございますが、先日の勅使の時のケガ人も復帰できておりません。現有戦力は騎馬80、歩兵500がやっとです。勝てません」


 決定権を持つものに対して、優れた武人には、こう言った客観性を持って淡々と事実を伝える能力が要求されるのだ。オカルト的な要素を入れて「必勝」を叫ぶのは二流なのである。


 戦闘については客観的な事実を想定し、それを上に決断させる。いったん決まれば、兵達の士気を鼓舞するために、精神論でも占いでも「それ」と分かった上で何でも利用する。


 兵達を勝利の予感で酔わせるのは良いが、指揮官は冷徹に事実で考えなくてはならない。


 それこそが、鉢割ジョイナス前騎士団長…… すなわち「父」から厳しく躾けられてきた心得なのである。


 しかし、その上で、エドワードは申し上げるべき言葉を口にする。


「目一杯戦って、2日は敵を引きつけてご覧に入れます。なにとぞ、ご家族様は、その時間を利用してカインザー領に少しでもお近づきください。みなさまにお付けできる騎士は」


 そこまで言った瞬間、当主であるガルフ・ライアン=カーマインは「ならん」と言った。いつになく、にべもない撥ね付けである。


「それについては、既に家族で話し合っている。我が一族の護衛に戦力を割くことは許さない」

「しかし、それでは! お館様、どうぞご再考を!」


 エドワードが当主の言葉に逆らったのは、おそらく、これが初めてであっただろう。


「お義父さま」


 そこに凛とした声が割り込んだ。メリッサだ。


 目顔で発言の許可を得た後で、すくっと立ち上がるとエドワードの正面に動いた。


「エドワード? 私達のことなら心配無用です。貴族の妻となる以上、いったんことあらば覚悟を決めるのは当然です。それに、シュメルガー家もスコット家も家族は家での謹慎だけですよ。大丈夫です」


 それは言う方も聞く方も、わかりきっているウソだ。


 御三家と「たかだか伯爵」では扱いなど当然違う。特に、前回は勅使をたたき出しているのである。「反乱の輩」である以上、捕まった後の扱いがどうなるのか、わかりきったことだ。


 だが、エドワードは「嫡子の正妻」の決意の表情をみて、それ以上の反論を諦めたのである。


 時間が惜しい。こうなった以上、一日でも半日でも、いや、たとえ一時間であっても「悲劇」を先に延ばすことこそが自分の責務である。


「エドワード、身命を賭して侵略者撃退の任務を全うして参ります! ごめん」


 ざっと、騎士の敬礼を、当主夫妻とその子ども達、そして嫡男の家族達に一度ずつすると、決意を持った足取りで出ていこうとするエドワードを、当主は「待て」と呼び止めた。


 振り向きもしなかった。当主が何を命じるのかわかりきっていたから。


「お館様、今おっしゃろうとしたご命令だけは、ご勘弁を。武人の本懐にはお褒めの言葉をのみ、賜りとうございます」


 当主は「死ぬな」と命じようとした。しかし、それだけは受けられないと抗ったのだ。


「わかった…… すまぬとは言わん。頼んだぞ。私もこの後、出る」


 そこで、綺麗な回れ右をして見せたエドワードは「お任せください。お館様と馬を並べるのも久しゅうございますな、では、お待ちしております」と澄み切った笑顔で一礼すると、今度こそ、ドアから出て行ったのである。


 領主と妻は戦支度をせねばならない。自領を守る戦いに当主自らが現れれば、それだけでも士気が上がるものだからだ。


 一気に、本邸の中も戦場モードとなる。


 つまりは「本邸に火を掛ける準備」である。敵の手に渡すことは恥なのである。 

 

 それぞれが自室に戻り「準備」をする必要があった。一方で王立学園の友人達は、なんとしても逃がさねばならない。


 そんな準備が始まると同時に、メリッサは、従兄でもあるノーヘルを部屋の端に呼び寄せたのである。


「ごめんなさい。あなたにいやな役目をお願いしなくてはならないと思うの」

「私に、ですね」


 コクリ


「わかりました。ただ、そのタイミングだけはメリッサ様が決めてください。ご安心を。天に昇るみなさんの警護役も、ちゃんと務めますので」


 ニコッと笑ってみせたのはノーヘルなりの意地である。


 このやりとりは悲痛であった。


 メリッサは従兄であるノーヘルに対して「自分を始め、ショウの妻妃と母、妹をその手であやめよ」と命じ、それを「引き受けた。最後に自分も死ぬ」と返したのだ。


「最初は…… わかってるわね?」

「ええ。怖い思いをさせたら可哀想だ」


 二人の目は幼い妹であるリーゼを見つめている。何か起きるかわからないうちに、ということだ。それが、せめて見せられる優しさだった。


「ごめんなさい、一族だからって」

「いやいや。自分が仕えたいって思った初めての人の家族のために役立てるんだ。人生の最後で、最高の役割をもらえたと思ってるよ」


 ノーヘルは、今だけはわざと「従兄」としての言葉で返事をした。


「ありがとう」


 そして振り返ると、ミィルを呼んだ。


「はい、若奥様」

「あなたまで付き合うことないわ、だなんて言わないわよ。一緒だからね」

「ありがとうございます」

 

 それこそがミィルの望みだ。


「ただね?」 

「はい?」

「愛する人を、私は最後の最後まで信じるの。大丈夫。だから、あなたも最後の最後まで諦めないでね。それが私達の役目よ」

「わかりました。ショウ様を最後の瞬間まで信じます」


 そこで声を潜めたメリッサだ。


「あなたにだけ、言っておくわね」

「はい」

「なんとなく…… なんとな~くなんだけど、私、大丈夫だと思ってるの」

「それは、え、あの、何か?」


 そこで言葉を切った。


 さすが公爵家の娘だけに特別な何かを知っているのだろうかという無言の問いかけだ。


「ううん。何も知らないわよ? 知っていることはみんなにもう全部伝えてあるもの。でも、私はショウ様が素晴らしい人だということは知っているの。だから、大丈夫」


 メリッサが浮かべた笑顔は、いつもと全く変わらないものであった。

 

「あなただけには伝えたわよ。ギリギリまで信じて。頼んだわよ」

「わかりました」


 正妻と専属メイドが握り合った手は「戦友」という文字で彩られていたのであった。

 




・・・・・・・・・・・


 

 移動している間も偵察隊からの報告がひっきりなしに入ってくる。カーマイン家の新制度「独立偵察隊」のお陰だ。このやり方もショウが早々に手をつけた制度である。


 おかげで敵を見る前から、だいたいの様子がわかったほどだ。


 迎え撃つ戦場は、王都との街道の途中にある「51番地エリア51」となりそうであった。


「これは、我々にとって良いことです。あそこは演習地として、年中使ってますからな。我々は小石の一つに至るまで、全部知っている場所ですぞ」

 

 エドワードは、そう言って笑って見せる。


 常歩で進める馬の横を小走りになった兵士が併走している。身軽なお陰で足取りが軽い。


 自領での戦いの良さは、余計な荷物を持たずに済むことだ。


 一番の恩恵を受けるのは歩兵達だろう。


「なんだか、明るい表情に見えるんだが」


 当主としては「悲壮感漂う兵士をどうやって鼓舞するか」が頭にあったのに、隊列を作って横を急ぐ兵士達は、見慣れぬ形の槍を持ち、見るからに浮かれているように見えるのだ。


「はい。実は…… 兵士が手に持っている、アレが原因かと」

「ヘンな形の槍だね。戦斧のようにも見えるし、かぎ爪が反対に付いてるじゃないか。不思議なもんだね」

「兵士全員に行き渡ったのはつい最近なのですが、ずっと演習に演習を重ねて参りました」

「ちょっと待て? それって新兵器ってことかい? あっ…… また、ショウか?」

「はい。若様の発案で作らせた新工夫の武器です。歩兵の戦いが変わるとのことで、実際、対槍兵、騎兵にアレは恐ろしく効果があります。とんでもないモノをお考えになったかと。ひょっとしたら戦い方すら変わる可能性がございますぞ」

「それにしてもショウはいろいろと変えるモノだ」

「は。若様から、そのように言われておりましたが、我々も実際に練習するようになるまで、あのスゴさがわかりませんでした。さすが若様です」


 騎士団長の熱意ある「褒め言葉」を聞くと、少しだけ苦笑いを浮かべた後で、父親はカラカラと高い笑いをしたのだ。


 唖然とするエドワードに、は言った。


「ふふ。あの子には、うちのような小さな家では狭すぎたのだな。もしも公爵家であれば……」

「あれば?」

「この世界を統一していたんだろうね。頂点に立ったろうさ、きっと」


 このセリフだけでも「不敬罪」が成立してしまう。さすがに、エドワードは驚いた。


「いまさら『不敬』なんて言ってられないだろ? よし、エドワード、ここから大いに不敬な戦いをしてやろうじゃないかね」

「ええ。来た連中が後々まで悪夢となるような戦場を作ってご覧に入れます」

「よぉし、じゃあ、急ぐぞ!」


 二人を包んだ騎士達は、馬たちを急がせたのである。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 軍や歴史に、少し詳しい方ならご存じだと思います。「ハルバード」は、15世紀から19世紀にかけての「ヨーロッパ」で主に使用された歩兵用の武器です。使い方にはちょっとコツが必要ですが、対騎兵にも使用でき、対歩兵戦術にも有効で、多様な戦い方ができることで「究極の歩兵用武器」でした。のちのち「銃」が実用化されるまで広く使われてきたのがその有用性の証明です。現在でも、主に儀仗兵が持っている「斧みたいなのが付いてる、ちょっとヘンな槍」として見受けられます。ただし、現代のモノは儀式用なので装飾が施されていますが、実戦用の武器としては、恐ろしく無骨に見えます。

 今回の戦いは、騎兵が主力だけだと戦いにすらならない「鎧袖一触」状態です。しかしながらハルバードの活用を考えている分、なんとか2日くらいは持たせられると計算したようです。

 さて、明日はカーマイン家の戦いです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 


 

 

 

 

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