第21話 王都の花火
玉座の斜め後ろの扉をくぐったのは初めてである。
ここに来るのは少なくとも中隊長クラスを長く勤めてからだろう。
そこかしこにランプが灯り、ドカドカと駆け抜けると下る階段がある。
「降りるぞ」
別に分かれ道があるわけでもない、普通の一本道。
降りた時の時間と感覚で言えば、ちょうど地上と同じくらいの高さまで降りてきたはずだ。
いた。
青く塗られた馬蹄型の扉。その前に甲冑を着た番兵が4人もいた。
男達はタエ・ラーレン達を見上げると、ゆらりと「甲冑イス」から立ち上がった。
「こいつら」
「あぁ、こんなもんを」
番兵が着けているのはプレート・アーマーと呼ばれる最新のものだ。
下に着る鎖帷子まで含めると総重量で50キロもある。重すぎて動き回れないが、どのみち入り口を守るだけの役割だと割り切って考えると、これを着けるのは最高の選択肢だろう。
なんといっても防御力が最高なのだ。馬体突撃でもしなければ、この甲冑に使われている最新式の鉄を貫くのは不可能だと言われている。
対して、タエ・ラーレン達は騎士団の馬上鎧に、カブトも被っていない姿だ。手には騎士の剣。
刃が立たない。剣をいくらぶち当てても甲冑に傷一つ付かないだろう。
「くっ。こんなもの。よし、回り込め、後ろからだ。隙間に剣をねじ込んでやる」
さすがに近衛騎士である。相手の有利を悟ると同時に、作戦を立て攻略に取りかかった。
相手が素早く動けないのであれば、後ろに回り込み続ければ攻撃を受けずに済むのだ。
後ろに回り込んで隙間を狙う。それだけが勝機となる。
しかし、相手もそれはわかっている。
壁と扉を背中にして、後ろを作らない構えとなった。
この場合「急ぐ」のはタエ達である。番兵は、味方がやって来るまでとにかく防いでいれば問題ないのだ。
しかし、王の危機を知ってしまった以上、ひるむわけにはいかなかった。
「仕方ない。打ち合おう、そこでスキを作って一人ずつだ。なんとか転ばせるんだ」
重い装甲は「一度倒れると起き上がれない」という致命的な弱点を持っている。もちろん、起き上がれないことは無いが、必死になって起き上がろうとしている間は無防備だ。そのスキに隙間から剣を差し入れられれば、助かりようが無い。
問題は、そう簡単に転んでくれない点にあった。重い分だけ相手の身体を突き飛ばしても効果が薄い。しかも、勢いをつけて後ろに突き飛ばしても、相手は壁を背中にしている。
カメの甲羅を逆さまにしたように「見事にひっくり返った」というシーンを作り出すのは事実上不可能に近い。しかし、やらねばならぬ。
「うぉおおおお!」
ガキーンと剣が合わさる音と火花。しかも「鎧を打たないように」というカセがあった。
この硬い甲冑をまともに打ち込んでしまえば剣が持たないだろう。
くっ!
ガキン ガキン ガッキーン
金属音が響くが、明らかに分が悪い。攻略の目が全く見えない。相手は互いをかばい合って、防御の一点張り。
ここさえ守っていれば応援が来るという気持ちと「応援が来る前に突破を」の心の差は大きい。
鍛え上がられた騎士達の身体でも次第に息が上がり、剣が鈍くなる。
「こ、こうなったら、オレが行く」
抱きついて転ばせる、当然、相手の剣にやられるが、命を失う前にしがみついてもろともに転んでやる覚悟だ。
「こちらは5人。あちらは4人だな。よし、年齢順に行くぞ。オレが一番だ!」
言うと同時にタエが飛び込もうとした。
「すとっぷ~」
何とも気の抜けた、子どもの声が響いた。
パッと飛び退く騎士達。
「え? なに、何者だ?」
思わず言葉にしたのは、階段を降りてきたのは見事なメイド服に、執事服。
二人とも子ども? いや、あのメイド、見覚えがあるぞ?
「みんな! 信じて!」
少女の声で全員が「その人」が誰であるのかを悟った。
しかし、その名を呼ぶことをとっさに押し殺したのも騎士達の熟練の精神力だっただろう。
「タエ! これを持ちなさい!」
素早く階段を駆け下りたメイドは、壁に沿って「黄色い塊」を騎士達の背中越しに投げたのだ。
素早く受け取るタエ。
「これは、縄? 黄色と黒で編まれた縄だと?」
「せーの!」
そのかけ声と縄を持っただけで、やるべきことをとっさに理解したのはタエのスゴさ。
タエならば、理解できるとわかっているのが少女のスゴさだ。
もう一人だ。素早く理解した騎士の一人がメイド側の縄に取りついた。少女だと体重が軽すぎる。
他の3人が、アウンの呼吸で剣を振り回して牽制。
その後ろ側から少年執事が何か砂のようなものを投げつけた。
「やっぱ、コショウ・チートは一度はやりたいよね」
わけの分からぬ呪文と共に手の持った粉を次々と番兵の顔面に投げつける。
「うがぁああ、めがぁああ」
コショウでくしゃみというのはよくある表現だが、実際にコショウを顔に投げつけられたら、よほどのことが無い限り「目」に入るのである。
その痛みは、強烈だ。
グイッ!
その瞬間、男達の背中に当てられた縄が引かれ、背中をどつかれたのと同じ効果だ。
騎士達は素早く足下を剣で狙う。
見えていればともかく、目も開けられず、バランスを崩したところに足をすくわれれば、次の瞬間、ゴーンという重低音を響かせて崩れ落ちるのは当然のこと。
ぐぇええ
ヒキガエルを引き潰したような声を立てて、番兵達が転んだ。素早く背中からのしかかると、首の隙間に剣が差し込まれた。
少年がそこに背を向けて、すばやく扉に取りついていたのは、ひょっとしたら「その」シーンを見たくなかったのかもしれない。
もちろん、その少年の背中を守るように少女メイドがこちらを向いて立っている。
3秒もしないうちに、騎士達は忠誠のポーズで少女に膝をついていた。
「久し振り。みんな」
「
タエ・ラーレンは、悔いた。知らないとは言え、自分たちが愚かなことをしてしまったのだと。真の忠誠を捧げる相手を間違えたのだ
「いいんだよ。命令に従っただけでしょ? でも、みんなの忠誠の対象はこの中にいらっしゃる。協力してくれるね?」
「「「「「命に替えましても!」」」」」
しかし、レバー型のドアノブをいくら引いても反応がない。鍵穴も無いのだ。
『え~ まじ? ここで謎のアイテムって言うか、魔法の鍵みたいなのが必要だとか? そんなのないじゃん』
まさかニセのドアかと思ってもみたが、長い年月の使用を物語るように金属にはわずかな摩耗が見える。
間違いなくここだ。
「引いてもダメなら、押してみな、とか?」
もちろん、動かない。
ドアと床との間を見ると、隙間どころかドアの手前が数センチ高くなって床に埋まっている始末だ。形としては、ドアは引くはずだ。だが、床にめり込んでいる以上は動くとも思えない。
ん? 床にめり込んでる? 逆じゃね?
慎重に床を見ると、盛り上がった床は、他の床とわずかに隙間があった。
「スイッチか!」
気が付けば簡単なトリックだ。
「えっと、二人、横に来てください。あれ? まだ足りないか…… 待てよ」
少年は「そこの甲冑を2つばかり、こことここに載せてもらえますか?」
騎士達は慌てて従った。名乗ってもいないが、お嬢様が従う少年、と言えば、もはや疑う余地もないのである。
カチッ
半身の甲冑の重さで良かったらしい。床がカチッとわずかに下がった。
つまりは、このフルプレートの重みこそが、鍵であったのだ。
開ける瞬間だけは、メイド姿が剣を持って前に立った。一分のスキも無い構えだ。
「おそらく、誰もいないよ。いや、付き添いの人くらいはいるかな?」
光がほとんど無かった。闇である。
えっと、これかな。
少年は細い棒を取り出すと、おもむろに壁のランプに差し出したのだ。
火が付いた。
パチパチパチ
白銀の炎が明るく中を照らした。
「こ、これは!」
弾ける音と、わずかにシューという音を立てながら、白銀の炎が明るかった。
「どんどん行きますよ。みなさん、消えそうになったら、ジャンジャン取り替えてくださいね」
数十本を一人ずつに押しつけて、少年はためらいなく進んだ。
「宰相様! 大臣様! いらっしゃいますか!」
小さなドアがいくつもあった。
一つ一つ、開けていく。
やがて、カンヌキがかかった部屋になった。
「これは」
飛び込んだ。
誰かいる!
「ショウです!」
「しょ、く…… か……」
「宰相様! 良かった! 生きていてくださって!」
次の瞬間、スポドリのペットボトルを開けると、身体を支え起こして、手ずから飲ませていた。
「良かった。生きていてくれて」
ゴク、ゴク、ゴク
半分以上がこぼれているが、そんなことはどうでも良い。
とにかく生きていてくれたのだから。
「リンデロン様は奥ですか?」
力なく頷く。
「少しの間お待ちください。宰相様をお願いします。まず水を。飲み終わったら、少しだけそのままに」
「行くぞ」
「はい」
アテナだけを引き連れて次の小部屋。
そこにはリンデロンが閉じ込められていた。
もちろん、そこでもスポドリ。
ってことは、次は……
国王陛下がいた。だが、虫の息というのだろう。辛うじて息をしているが、意識が混濁しているのかもしれない。
「よし、じゃあ、一気にやっちゃうよ! 玉座の間に行って! そこにいる人達に陛下と宰相様達を発見したって伝えるんだ!」
「しかし」
閉じ込めた側の人間なのではないかと、騎士達はためらった。
「大丈夫。入り口はゴールズが守ってるし。それにお城の大部分の人は陛下を心配なさっているよ! 本物のメイドさん達を呼ぶんだ。介抱しないと」
「わ、わかった。行ってくる」
虫の息の国王を見ながら『一応、この人が目的だったけど、なんか、感動はさっきのお二人で十分だったかも』と思っているのは内緒である。
しかし、目的は遂げた。
「ま、ミッション終了ってことだね」
「はい!」
美少女の笑顔に、何となく達成感が補填された気がした。
「陛下!!!!」
大勢の気配が階段を降りてくるのをショウは、どんな顔で迎えようかとワクワクしていたのである。
ともかく、これで「内戦の危機」は去った、そう思ったのだが、ところが話は終わってなかったのだった。
いや、むしろ「危機」はこれからだった。
玉座の間に戻ったショウに、その情報をもたらしたのは王家の影であった。
決して頼まれたわけでは無いのだが、王家の影にとって「自分たちができなかった国王陛下の救出」を果たしたショウに対価を勝手に差し出したのである。
情報という名の対価だ。
少女なのか、美女なのか、あるいは老婆なのか、印象すら曖昧な女がフラリと現れると「カーマイン領に東部方面騎士団が200騎向かったよ」と言い残して、また、ふわりと消えたのだ。
マジっすか?
ウソなのか、ホントなのか。
しかし疑っている余裕などない。元々が「貧乏伯爵家」の騎士団なのだ。現在、拡充中とは言え、領地にいる騎士達をかき集めても100騎と少しだ。頼みは歩兵達だが、果たしてどうなるかといえば、実戦経験が乏しい。
「と言っても、まず、戻ってくる方だよね」
ゲール達を解決せねばと、傍らのベテラン騎士に向かって言う。
「タエ・ラーレン中隊長、あなたを臨時の近衛騎士団の大隊長に命じます。近衛をまとめなさい」
タエはギョッとした。相手は子爵ではあるが「たかが子爵」である。近衛騎士団への命令権など無い。まして任命権などあるはずがない。
「国軍最高司令官、エルメス公爵様のご命令と思いなさい。陛下の正式なご裁可は後です。ほら、これによって、あなたを任命します」
コンビニに置いてあった「配布用のノート」を取り出すと、その一ページに任命書をスラスラと書くと、そこに指輪の印を押した。
「そ、それは」
「ガーネット家当主の紋章の指輪です。したがって、これは臨時のモノですが正規の任命書になります。タエ?」
そんなたいそうなモノを、なぜ一介の子爵ごときが使えるのだと、一瞬唖然としたタエ・ラーレンだったが、ハッと気付くと慌てて膝をついての忠誠の姿勢を取った。
「これによって、近衛をまとめること」
「は!」
「国軍最高司令官の代理として命じます。ゲールを逮捕しなさい」
「はっ!」
実は、これはショウのハッタリである。紋章の指輪であろうがなかろうが、本来、王の許可無く近衛騎士団への命令など出せないのである。
一方で、タエ・ラーレンは「わかっていてノッた」のだ。
いわば「越後屋、そちも悪じゃのう」「いえいえ、お代官様には」のコントを真面目に演じたようなモノ。
だからこそ、タエ・ラーレンは、任命書を恭しく受け取りつつ、ニヤリと右の口角だけを上げて見せたのだった。
そして、ショウは連れてきたツェーンに「ゴールズの出発準備」の号令を掛ける。クォーツ中隊しか連れてきてないが、他を待つ余裕などない。
急ぎ足で王宮の大扉を出る瞬間「あれ? 誰か忘れてるような…… ま、いっか」と気にしないことに決めたショウであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
そういえば、王子って、一人だけじゃ無かったですよねぇ。
ちなみに、今回使い捨てたのは、スパークと呼ばれる花火です。比較的長い時間楽しめて、明るい手持ち花火です。黄色と黒の縄」というのは工事現場に落ちていたタイガーロープです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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