第20話 王都への進発 ぷぷっ

 3日目の夜襲も、同じように繰り返された。


 今回は、例の汚物が陣内のあっちこちで突然炸裂するというシカケだ。交代で寝るはずが、寝る側のテントで大騒ぎとなり、気を取られた瞬間、昼間のように明るい炎の柱があっちこちで燃え上がったのである。


 不思議な火柱であった。色とりどりの光を放ち、時に色を変化させ、白銀の炎をも上がらせてる不思議なものだ。


 もしも、これを戦場以外で見れば「綺麗だ」という感想を持っても不思議はなかったであろう。


 明るくて、色とりどりの火柱があちこちに立てば、つい見てしまうものだ。結果、歩哨達の夜目が喪われ、例のパンパンが馬の間に投げ込まれる。


 結局、ほとんどの者が眠れなかったのだ。


 フラフラになった部下達と、食料も水も底をついた現状を各部隊長が訴え、ついに、それぞれの連隊長、騎士団の隊長達がゲール王太子の「司令部テント」まで集まってしまった。


 口々に訴える。 


「本日、発症者が50人を超えております」

「申し訳ございません。東部騎士団は、どうにも感染が止まらぬ様子。早期に隔離せねば全体に広がります」

「それを言うのなら、第2連隊の方が凄まじい感染状況です。3割の兵士が腹痛、頭痛、発熱を訴えております」

「いや、第1連隊こそ……」


「えぇええい! 軟弱者どもめ! たかだか、病気で討伐をやめられるものか!」


「誠に申し訳ありません。しかしかくなる事態はゲール王太子殿下の責任ではございません。部隊を預かるわたくしどもの責任です。ぜひとも、国王陛下に自ら首を差し出したく存じます」


 第2連隊長、コマ・ルーンデスは、平伏しながら奏上した。


 大隊長以上の職務に就く者は、戦において甚だしい失態があれば王命により縛り首となることが王国法に定められている。ただし、実際のところ、そこまでの失態は少ないし、仮に何かをやらかしても「敵への裏切り行為」以外なら適用された例はほとんどない。


 しかしルールはルールとして存在する。


「ならんならんならん! 首を切り落とされたくば、我が手によってなしてやる! そこへ直れ!」


 とっさに刀の柄に手を掛けたゲール王太子を近衛騎士団の中隊長達が、一瞬で包み込んで抜けなくさせてしまう。高貴な身体に触れずとも、剣を抜くためのスペースを潰してしまえば抜くことは叶わない。


 ゲールの動きなど、騎士達からしたら、その程度のモノだ。


「なりませぬ。王命によらずして前戦で連隊長を切れば、殿下までもが王国法に反することになりますぞ!」

「それよりも、どうぞ、ご裁可を!」

「この者は、我々が必ず陛下の目の前に引っ立てますので、どうぞ、ご寛恕を」

「ここまで兵士、騎士の欠員が出てしまえば、継戦は不可能。既に人員の2割が抜け、陣内の傷病者は、依然として激増しております。今ここで戦える者は当初の半分以下ですぞ」

 

 取り囲む幹部連中の真の意図にゲールだって気付いている。


『こいつら、そろいもそろって、結局のところ「国王に会わせろ」「この目に国王を見せろ」と要求しているのではないか! 例のビラビラとか言うものだな? あんなものに興奮するとは何事だ!』


 しかし、国王に会わせるわけにはいかない。それだけはできないのだ。


「ぐぬぬぬ。軟弱者めぇ」

 

 その時、つい先ほど陣地に戻ってきたコス・カーライが10メートル向こうから声を上げてきた。


 この距離には訳がある。


 副司令官としての責任をコスなりに感じていたのだろう。


 急いで戻ってきたのだが、どれほどの香水を振りかけても匂いは誤魔化せなかった。その上、悪趣味な香水をいくつも重ねて掛けたためか、世にもおぞましい物体と化してしまったコスは、それ以上近づくことを許されなかったのだ。


「どうぞ、のための調整を!」

「なんだと?」

「戦に病は付きもの。それが勃発したのは殿下の責任ではございません。ここは予期せぬ天災として受け入れるのが賢君とよばれる振るまいかと思われます」


 責任を「自然現象」にしっかりと転嫁して逃げ道作り。古今東西、権力者とは「失敗」の逃げ道を作ってくれる部下を重宝がるモノだ。しかも空気を読んで「陛下呼び」を慎重に避けたのもコスならでは細やかなやり口だ。


「天災か……」


 乗ってきた。ここぞとばかりにコスはたたみかける。


「はっ、天災です。幸い王都から距離も無く、今なら王都で立て直した方が結局は早うございます。カメも返せば甲羅も滑ると申します。どうぞ、最も早く討伐軍を動かせるよう、ご英断をお願いします」


 コスは必死になって、ゲールへ目で訴えている。


『一体何だ?』


 コスの目線の先をチラリと見ると、テント前でのやりとりを、ものすごい目で睨んでいる1万以上もの視線である。


 明らかに、その視線には怒りが込められていた。


 いや、それは、既に単なる怒りを超えて、叛意と受け止めてもおかしくないものであった。


 そう、さっき陣内を通ってテントに来る間に受けた仕打ちをコスは背筋が寒くなる思いで受け止めていた。誰かが後ろから何度も石をぶつけてくるのである。兵士の間にみなぎる不信感は、既にMAXであることを身をもって知っているコスは「限界です。ヤバいです」と訴えているのだ。


『これで、が下手に騒げば、火が付いちまうぞ』


 兵士達の怒気が凄まじいレベルだ。三日も寝ず、食糧が尽きた今朝から食事だってろくに取れてないのだ。当然だろう。


『もう、無理でしょ』


 ゴマすりの天才は、この辺りの力関係への見極めは極めてシビアなのだ。


 ゲールとて、これだけの「剥き出しの悪意」の視線を受け止めたことなど無い。


 思わずゴクリとつばを飲んで立ち尽くした。


 そのタイミングを見抜いて、コスは再び奏上した。


「殿下、ご英断を」


 その場にいた幹部指揮官達の目がギラリと光った気がした。


 心が折れた瞬間であった。


「わかった。一度王都で再編成をいたす。各指揮官は、お互いに話し合って、の手順を整えよ!」


「「「「「「ははっ!」」」」」」 

 

 幹部達のホッとした空気のお陰か、兵士達の殺気だった空気がいくぶんか和らいだ気がした。しかし、これ以上、ここにいると身の危険すら感じたゲールは、ここで最悪の命令を発するのである。


「余は、先に王都に行く。近衛はついて参れ! 今すぐ出るぞ」


 さすがにコスも度肝を抜かれた。


「え? ユー、マジで、それを今言っちゃう?」


 そんな風に叫びたいほどだ。これは最悪だ。事実上、友軍が撤退準備をする間に逃げると言っているのと同じ。


 もっと悪い言い方をすれば「残した部隊をエサとして敵に差し出して、自分だけが先にニゲール」と宣言したように受け止めしまうだろう。


 この瞬間はコスですら取り持つ言葉が見つからなかった。


 しかし、あまりにも露骨すぎる「バカ指揮官」ぶりの発揮が逆に幸いしたのだろう。その場にいた誰もが、その時の気持ちを怒りに変換できなかったのだ。


 しかし、シーンとなった空気をゲールは訝しむ余裕もなかった。


 そこでやっとコスは「天才」を発揮したのである。


「みなのもの! 総司令官は我々を信頼してくださるんだ。王都への出発を任せてくださったのだぞ。ここは、皆の知恵で最善の策を取ろうではないか」


 ゲールを持ち上げつつ、言外に「バカ指揮官はいなくなるから、こっちで好き勝手やれるぜ」という実益を提示することで、その場を取りなすしか無かった。


 一方で、武人は気持ちの切り替えが柔軟で無ければ生き残れない。さすがにここで、最高指揮官をつるし上げるわけにもいかないのは十分にわかっているから、切り替えざるを得ない。


 おそらく、この出陣において、指揮官達は初めてコスに本気で感謝した瞬間であったのかもしれない。


 一同は次々と、敬礼をしただけでゲールの前から下がっていった。


「ふ、不敬であろう!」


 わずかに口をついて出せた言葉を、コスは距離があるのを幸いとして、聞こえぬふりをしたのであった。


 こうして「反乱討伐軍」は4日目にして王都へと帰還することになったのである。3泊4日。小学校の移動教室並みの距離を、中学の修学旅行と同じ程度の期間遠征し「反乱軍」に与えた損害は0、対して、味方の死者・重傷者を合わせて700を越えるという、王国史上まれに見るほど悲惨な結果に終わったのである。


「王都へ帰還する!」


 さっきまでのおためごかしの言葉はどこへやら。各指揮官は「帰還」という言葉を使って、士気を立て直すしか無かったのである。


 そして、多くの指揮官達の胸にムクムクと湧き上がる黒雲は「あそこまで言われても、陛下と会わせようとなさらないのだな」と言う言葉になって意識されていたのだ。


 野営地を撤収する動きが本格化する前に、近衛騎士団はゲール王太子の馬車を囲むようにして「逃げて」行く姿を全ての兵士が冷たい目で見ていたのだった。 

 


・・・・・・・・・・・


 ゲール達が王都への進発したのと同じ頃、近衛騎士団の隊舎から王宮へとつながる廊下を、ゆっくりと、しかし決意を込めた足取りで歩く騎士の一団があったのである。


 友から替え馬の分まで借り受けて、それこそ昼に夜を継いで、馬を潰す勢いで帰還してきた一団だ。


 タエ・ラーレンを始めとする近衛騎士団の古参達5人であった。


「止めるなよ。邪魔するなよ。寄らば、切る」


 ブツブツと物騒な言葉を呟きながら歩く、アブネーオッサンたちである。


 彼らは近衛騎士団の役割上、その気さえあれば玉座の間に直行できる道を知り尽くしていた。

 

 それを遮ろうとするメイドも官僚も、一人として存在しないことが既に、タエ達が求める「答え」であったのだ。


 本当に、タエ達の足を止めようとする者は、誰もなかった。別につぶやきが怖かったのではなく(いや、それもあったのかもしれないが)一同の顔つきは死を覚悟しているのがありありとわかるほど。恐怖のオッサン達に立ち向かうにはそれなりの覚悟が必要なのだ。


 通常であれば「命を賭しても止めようとする下働き」の者が現れても不思議はない。あるいは「くせ者!」くらいを叫んでもいい。


 ところが、誰もが目を背けた。それが現実の王宮であった。


 この一団にはロウヒー家の「影」の者もいち早く気付いてはいた。しかし、目を血走らせた近衛騎士達を実力で止めることなど不可能であった。


 できることは王宮の一室にいるジャンに伝えることのみ。しかし、伝えられたとて、王宮内の身辺警護の者では、どうにもならない。このタイミングで近衛騎士団が王都に存在すること自体が計算外だから、止めるべき戦力も用意してない。


 そして、もう一つ。


 王家の影は、やはり「主」を探すタイミングを狙っていたのである。


 だからこそ、赤い絨毯を通ったタエ・ラーレン達が玉座の間に入った時に、呼び込むように、その扉が開いていたのであろう。


 玉座の斜め後ろに存在する「高貴なる血しか開けてはならぬシキタリ」の扉である。警護の者を置かずして、その扉が開いていること自体が異常事態である。


 玉座の間での異常事態は、すなわち「王のお命に危険が迫っている」と判断すべきことだ。


 それを見て、間髪を入れずタエ・ラーレンは走り出しながら叫んだのだ。


「陛下! 今、お助け申し上げます!」


 それこそが、近衛騎士の特権である。


 国王陛下の命を救うためであれば、どこであろうと「侵入の罪」に問われぬ権利だ。


 その扉に飛び込む瞬間、栄えある騎士達は全員が抜刀していたのであった。 


 サスティナブル王国が、この地に王宮を築いて以来、玉座の間で騎士が抜刀したのは、100年前の「婚約者内戦」以来であったことをタエ・ラーレンは知らなかった。


 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

※「カメも返せば甲羅も滑る」:王国の慣用表現。カメはゆっくりとしか動けない。まして氷の上では動けなくなる。しかし、ひっくり返して甲羅で滑らせればあり得ぬほどの速さとなるという意味で、日本語における「急がば回れ」に該当する。


 陣内で発生した「感染症」は、主に不眠とみず・食糧不足、一方的にやられるだけの戦場であるストレス、そして「ビラビラ」を見たことによる厭戦気分からのサボタージュから来るものであり、伝染病ではありませんでした。指揮官達は、それを承知でゲールに訴えています。


 今回使用したのは「夏のはなび・ファミリーバラエティセット」が100セットでした。地面に置いて綺麗な光を出すタイプがたくさん入っています。

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