第27話 開戦・2日目後半

 エドワードは、相手の歩兵が前進してこないと即座に見抜いた。


「1番隊、2番隊は敵騎兵の横撃に対処、3番隊は間を埋めよ。歩兵~、進めぇ!」


 左翼の3個小隊以外の歩兵は、着実に会敵ポイントに歩みを進める。胸に湧き上がる士気をさらに高めつつ、けれども決してラインを乱さない。右翼の小隊は敵の横へ、横へと動きを速める。


 明らかに敵は動揺していた。昨日の「鎧袖一触」が脳裏をよぎっているのだ。


 それでも、一歩も下がらずに戦列を揃えているのが実戦部隊らしいところ。彼らは常にガバイヤ王国との小競り合いに直面しているのである。幾多の戦いの中で戦列を乱すことの危険性を熟知しているのである。


 一方で、東部方面騎士団の攻めは騎馬隊である。


 右翼に厚い陣を敷いている以上、左翼に騎馬隊がやって来るのを承知して備えているのだ。


 案の定、騎馬が一斉突撃をしてきた。一部が1番隊に挑んできたが、これは計算通り。大楯と槍ぶすまを使って2番隊と協調すれば相手を「抑え」るのも難しくない。


 ハルバードで潰せた騎馬はわずかだが、騎馬隊を引きつけつつ、こちらの被害はほとんど出してないのだから、これはこれで大成功。


『序盤は、こんなもので十分だ。そして、本体はこっちに来ると』


 攻撃の主力は当然のように本陣の左を狙って突撃してくるのだが、本陣からも顔が見えるところまで突っ込んできた敵騎馬隊が忿怒の声をあげた。


「なんだこれは!」

「切れぬ!」


 渡された上下2本のワイヤーロープが馬を阻む。すかさず切ろうとしたのは当然のこと。しかし、剣で切れるようなモノではない。


『実験してみたが、アレはどうやっても切れなかった。ヤスリででも使って、束ねられている細い鉄線を削る以外にどうにもならないさ』


 歩兵部隊ならばくぐり抜けられても、騎馬にそんな器用なマネはできない。事実上の「騎馬隊進入禁止」マークである。


 そして随所に仕掛けた大楯が巧みに騎馬隊の視界を遮る。厄介だ。


 敵からしたら「たかだか縄」である。何とか切ろうとした。切れるはずだという思い込みが、ほんのわずか執着させてしまった。

 

 全体が止まってしまったのだ。


 こうなると騎馬隊ができることは限られてくる上に、事実上無力化する。高機動力を発揮したときこそが、騎馬隊の力を出せるのだからだ。


「なんとかせよ」

「無理です! 切れない!」

「クソッ、なんてこった」


 一瞬、団子状態になった敵に対して「放て!」とエドワードが号令する。 巧みに相手の視界を遮っておいた死角に潜んでいた弓兵が顔を出しては矢を次々に放つ。


「敵は目の前に、うわっ」

「ぐぅ、わっ、あ、ひ、卑怯な」


 シュッ、シュッ、シュッ

 

 隠れていた弓兵が放つ矢は次々と敵に吸い込まれていく。一度立ち止まった騎馬は、密集していればしているほど、再び動き出すためにまごつくものだ。


 矢が面白いほどに当たる。


「うわっ」

「ぐわっ」

「くっ、こんなことで!」


 悲鳴と怒声が交錯するが、さすが東部方面騎士団だけに、死中に活路を探し出す。


「綱が切れぬなら、つなぎ止めてる杭を抜くんだ!」


 命令一下、杭に向かって飛び出した8騎。


 それを狙って次々と矢が射られる。3人が落馬したが大胆な動きと、腕に着けた盾で辛うじて防ぎながら、5人が近づくことに成功した。うち一人は肩に矢が突き刺さっている。


 刺さった矢などものともせず、パッと飛び降りると、ノータイムで一番近い杭に5人が取りついた時だった。


 弾くような音が聞こえた。


「わっ!」


 最初に叫び声を上げられたのは、反射神経が良い者だけだった。多くのものは逆さ釣りになってから初めて声を出せたのだ。


「な、何が起きたのだ!」


 片足に何かが巻き付いて、ワイヤーロープの内側に引きずり込まれると、立木に逆さづりとなっていた。


 ロープが見えない。何もないのに片足で吊られているのである。


 まるで魔法だ。


「あれもか?」


 とっさにガルフ伯爵は半ば独り言のようにして声を上げた。


「はい。です。テグスとか言う透明度が高くて引っ張りに強い糸がありまして、それを編み込んだロープです。大人3人を吊しても切れません」

「そ、そんなに強いのか? ここからではよく見えないくらいだぞ?」

「まあ、熱には弱いんですけど、あの状態で一服できるものはいませんからね」


 駆け寄った弓兵に矢をもって脅されれば、自分が吊られている縄を切ろうと身動きすることも難しい。もしも剣を抜こうとしたら、その瞬間に射貫かれるに決まっているのだ。


 ちなみに、このシカケはウサギを捕る罠と原理は同じだ。灌木の反発力を使う代わりに、テグスと滑車、そしてエレベーター用の重りを利用した罠だった。オレンジ領内には、この手の物資にこと欠かない。


 あっと言う間の出来事。


 5匹のがブランブランと揺れている。


 敵に一番近い弓兵が、大声を上げる。


「そちらが杭に近づいたら、人数分だけ矢を差し上げることになる」


 騎馬隊は返事の代わりに矢を射てみたが、馬上弓では簡単に片手で持った楕円の盾で防がれてしまう。


 そして、矢のお返しだと言わんばかりに、吊された獲物に矢を2本射った。足を狙う辺りが計算尽くだ。


「うがぁああああ」

 

 苦悶する「吊られた男達」の声に、さすがの騎士達もひるんだ。


「ひ、卑怯者め!」

「仲間を射たれたくないなら、ムダなあがきはやめろ」


 普通なら、戦争に「人質」など役に立たない。だが、現実に騎馬が入れない状況が作り出されている。


 仲間が目の前で無抵抗な姿をいたぶられるのはキツイ。


 有効な手が打てない以上、ひるむのは当然であった。


 それでも、下馬して突入しようとする者もいたが、地面に降りた瞬間を狙われて、次々と矢傷を負っていく。


「くぅうう、外道め」


 隊長らしき男が、憎悪を込めて吐き捨てるのを、近寄っていたエドワードは聞き逃さなかった。


「戦争に外道も何もないだろうがよ。お前らが勝っていたら、もっとひどいことをしたんだろ」

「騎士道精神に則ってだな「ニセの王命に従うのが騎士道か?」なんだと!」


 一瞬、騎兵の隊長の動きが止まった。


 エドワードは、手で弓兵を制すると「お前達の誰が国王陛下にお目にかかったんだ!」と投げかけた。


「そ、それは」

「王命かどうかもわからず、ただ黙って従うのが騎士道なのか!」

「う、うるさい。一々、命令を確かめるなんてことをするわけが無いだろう」

「明らかにおかしな命令を確かめもせずに受けるのは、まともな騎士のやることでは無いだろう。命令に従うのは当然だが、時には自分の目で命令の意味を確かめるのも当然のことだ。それが騎士の騎士たるゆえんではないのかね?」

「う、うるさい! わかったようなことを言うな!」


 エドワードは「考えないのなら、死ね」と手を振り下ろす。


 次の瞬間、集中した矢が何本も突き刺さって、落馬していった。


「まだわからんのなら、徹底的にわからせてやれ」


 いつの間にか大盾ごと近寄ってきた弓兵は至近距離から次々と矢を浴びせる。


 弓兵の数は多くなくても、至近だけに命中率は高い。まさに入れ食い状態。次々と落馬していく。


「距離を取れ! 距離を取るんだ」


 たまらずに距離を取る敵の騎兵達。皮肉なことに、数が減らされた分だけ動きが軽くなっている。


 その時、鬨の声が聞こえてきた。


 それは、歩兵達の戦いであった。右翼の歩兵達が敵の右後ろからの挟撃に成功した瞬間であった。


 鶴翼の陣の狙い通り、前列で圧力を掛けつつ敵歩兵達に対しての半包囲が完成したということだ。

 

 蹂躙が始まるのだと味方は確信し、敵騎馬隊も、空気を察したのだ。


「も、戻るぞ! 歩兵達を救わねばならん。全軍、歩兵隊の援護に回る! 急げ!」


 こうして敵騎馬隊は戦場を変える理由を手に入れて去って行ったのだが、カーマイン側には、それを黙って見送る理由など一切無い。


 いや、このタイミングを、今か今かと待っていた男がここにいる。


「やっと、我の出番じゃぁあ! 今こそ、ご恩を返すとき。覚悟っぉおおお! この命が燃え尽きる前にうぬらを殲滅してくれるわ!」


 悪鬼のような形相の鉢割ジョイナスである。もしも、この顔を子どもが見たら、夜中にトイレに行けそうもないほどの大迫力。

 

 それが「うぉおおお」と吠えながらの追撃戦だ。 


 ハルバードを専用に改良した馬上槍を大上段に振りかぶりながら、虎の子の騎兵達を引き連れて追いかけるのは単なる「追撃戦」ではない。


 ジョイナスのつもりは「追撃」である。


 一方で追いかけられる方は生きた心地がしない。なにしろ騎馬隊は足があるだけに、一度追撃に遭うともろいのだ。


 しかも、敵は「後ろ」だけではなかった。


「わぁああ、なんだ、なんで!」


 歩兵隊をかすめて通過しようとしたタイミングだ。大きなタルのようなものが横から転がってきた。もしもエンが見ていたら「ドラム缶!」と叫んだであろう。


 ボロボロで、中身も空になっているが、こんなものが横から転がされると、騎兵にとっては、存在が、そのまま脅威である。さすがに、ぶつかってしまうような未熟者はいないが、それぞれが避けようとすれば、密集隊形では衝突が発生してしまうのは必然である。


「避けろ!」

「わっ、そんな」

「ばっ、あっ」


 次々と騎馬が衝突し、たちまち4人ほどが転げ落ちる。落馬しないまでも馬体に挟まれ脚を折り、馬が怪我を負うこともあった。


 辛うじて持ち直した後続が手綱を取り直そうとしたその瞬間だった。


「ぶべっ」


 兜が真上からたたき割られたのだ。


 鉢割ジョイナスは健在だった。


 バキ、バキ、バキ


 次、次、次~ である。


 なにしろ、騎乗の人間は後ろからの攻撃から逃げようが無い。次々と兜がたたき割られていく。その恐怖が前方へと伝染していくのは、馬速よりも遙かに早かった。


 そこへ歩兵部隊からの矢が腹を食い破るように横から一斉に飛んでくる。


「まだじゃぁああ、勝負せい、こわっぱぁ!」


 襲いかかられている方も30代を超えているが、そこをツッコめる男など一人もいない。もはやまともに走っている騎馬は30もないのである。


 前方では、既に歩兵隊は隊形すら組めずに「逃げ」に入っていた。お互いが、お互いをかばえない全面崩壊状態が出現してしまったのである。


 しかしながら、マツバ副団長も歴戦の男である。崩壊しつつある兵を1個小隊で割り込んで恐慌を抑えつつ、隙間から本陣の2個小隊で槍ぶすま。


 辛うじて「無風地帯」を本陣の横に作り出すことに成功した。


 カーマイン家騎士団は、いや「鉢割ジョイナス」は元騎士団長としての老練な読みで、いち早く空気を読み取った。


「止まれぇい! 包囲じゃ! このまま、包囲じゃ!」


 大勝している以上、ここで飛び込んでいく意味はないのである


 じっくりと取り囲んで「潰せ」ば良いだけ。


 歩兵達は包囲した敵兵士を殲滅しつつ、カーマイン家騎士団は、敵本陣と対峙したのである。

 

 後々、この時の数はハッキリする。


第2ラウンド後

東 騎馬 28 歩兵140

カ 騎馬 80 歩兵485


 なんと、味方の損害が5という圧勝であった。


 東部方面騎士団は、小さくまとまって戦意を見せつつも「完敗」以外の言葉は、ここにはなかったのである。


 よって、ここはエドワードの出番である。


「東部方面騎士団の諸君は悪事に利用され、命令を守っただけである。当家としては怨みはない。降伏するなら諸君の名誉を重んじることをここに約束しよう」


 既に勝敗は決している。しかも歩兵の殲滅は終盤戦、次々とほぼ無傷の歩兵達が距離を詰めてくるのである。


 マツバ副団長は『騎馬だけなら、あるいは逃げられる者もいるかも知れぬが』と思わないでもないが、ここは恥を忍んで耐えることこそが、王国のためになると知っていたのである。「東部方面騎士団の消滅」という事態だけは、例え泥水をすすることになっても防がなければならない。


「全軍、降伏する!」


 わぁあああああ!


 戦場には、これ以上無いほどの喜びに溢れた歓声に包まれたのである。


 重傷者を含めて、捕虜は400人にも及んだ。


 完璧な勝利を収めたのだ。


 しかし、全力をこの戦場に捧げたエドワードも、ガルフ伯爵も神ならぬ身だ。こちらの会戦が始まる直前から、本邸が危機に瀕していたことを、誰一人知らなかった。


 あろうことか、ガバイヤ王国軍3千が邸への攻撃を開始していたのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

本邸攻防戦は、明日お届けします。ガバイヤ王国軍3千は「の要請により派遣された」と言う形になっています。ただし、狙いは純粋にカーマイン家、というか「英雄の家族を人質にしたい」ということで、王国東部に根を張っていた特殊作戦部隊をかき集めた形に近いです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



 

 







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