第50話 初陣

「やあ! やあ! やあ!」

「はい! ほぉおお!」

「はいよー」


 愛馬と一体になって駆け抜ける時って、なぜか、かけ声を出しちゃうんだよね。


「ひゃっはー!」


 いや、そういう声を出す人は特殊だけどさ。まして、槍というか、戦国時代の鎌槍みたいに、先の方に引っ掛ける「尖り」を装備した馬上槍を振り回して、喜々として人を吹き飛ばしながら叫ぶ人はもっと特殊だもん。


 誰とは言わないけど、エルメス様。


 これじゃあ、どこの世紀末だよって感じだよ。


 あ、オレはザコキャラだから肩にトゲトゲ付けないと。モヒカンはやだなぁw


 現実逃避をしたくなるけど、余裕はない。


 こえぇえええ!


 あらゆる方向から矢が飛んできて、刀や槍が突き出されてくる感じだよ。目の前に突き出されてくる槍をなぎ払うのが精一杯。


 話が違ーう!


 そりゃね、公爵でもある、超高位貴族の当主であるエルメス様が敵の密集地に飛び込むのがいけないんだよ? オレが、その横にピタリと付いているのも、もっといけないんだよ?


 わかっちゃいるけど!


 初陣で「ワシについて参れ!」ってボスに言われて無視できるヤツがいたら、ここに連れてこい! ぜひ、替わってチェンジしてあげるから。


 って、ヤバ!


 夢中になって槍を振り回すけど、戦場の圧がハンパない。だって、当たったらケガをしちゃうんだよ! マジで大怪我! 相手は怪我させて、馬から落とそうと脚狙いをしてくるし。


 まあ、確かに騎兵VS歩兵なら、下の「届かない」ところから騎兵の脚を狙うのは常套手段。それを馬の勢いで蹴散らしながら「通りすがりの一撃」で敵を屠るのが騎兵の常識。


 エルメス様のやり方は正しい。


 でも、誰でもマネがデキるわけもなく、オレが槍を振り回しても全然当たらない。敵の体を狙う前に、自分を狙って突き出されてくる槍を振り払う方が忙しいんだよ。


 二度、三度と馬を回して、敵の群れの中を駆け抜ける。その度に分断される敵は、後から入り込んできたみなさん精鋭にザシュ、ザシュ突かれて悲鳴を上げて倒れていく。


 オタオタしている間に、敵はあっちこっちで両手を挙げて降参状態。エルメス様が盛大に敵をぶっ飛ばして、そいつらをブスブス突き刺す、後ろをフォローしてる手下のみなさん。ナイスコンビ。


 おそらく10分もかかってない。早くも敵は壊滅状態。戦場は「捕縛」モードへと移っていくよ。


 ここは領都・シンから馬で3日かかる場所だ。山裾の平原におびき出した山賊どもをオレ達は叩いたんだ。


 といっても、ここは連中の根城ではない。こういう連中は、おびき出して、集めて、叩くが理想だからね。


 ガーネット家の影達が苦労の末に餌をまいて、ここまでおびき寄せてくれたわけ。


 その数50人を超えるけど、100人はいない感じだ。いや、最初に見た時より、突っ込んでいったら人数が多く見えたんだよ。


 それに対する捕縛は少数精鋭の10人で3部隊。ちょっと待て! 捕縛側が少ない件!


 というのは絶対にヤツらにバレないようにってことで、ギリギリまで取り締まり側は近寄らなかったんだ。ギリで騎馬隊を突っ込ませるから、少数精鋭にせざるをえない。


 で、限界まで走ってきた歩兵のみなさんが、これから続々と登場する。


 その数、300。これからは楽だよ。


 今、現在で立っている敵は、たぶん数人だけだし。


 あっちこっちで、倒れた相手を槍で突き刺してる。これ、よい子のみなさんが見るマンガだと、まずやってないと思うんだ。


 だけど、実際の戦場だと余裕があったら必ずやるんだよ。


 って言うのは「不利になったら死んだふり」っていうのは古今東西有効だからだ。特に折り重なった死体は、必ず下側の「死体」を突き刺しておくんだ。


 反応が無ければただの屍

 反応があれば死体に変える


 ただ、それを淡々と確認する作業だ。って、けっこう、そういう人がいるみたい。倒れてる人が突然「蘇って」そして、動かなくされてしまう。


 別に「死体蹴り」じゃないからね。いわば「槍し確認」だw


 うわっ、座布団はもらえそうもないね!


 無害な賊は死んでるヤツだけってな勢いで徹底的な殲滅戦だ。


 残酷だけど、山賊なんてヤッてる犯罪者のみなさんを「更生」させられるなんて、この世界は甘く考えてないんだよね。だからこそ、ここがオレの初陣に選ばれたんだろうし。


 考えてみると公爵自らが先頭に立っての戦いで滅せられたんだから、この山賊達は名誉に思うべきだよ。うん。絶対、そう思わないだろうけど。


 あっちこちに返り血を浴びまくってるエルメス様は大迫力。


 倒れた敵から十分に離れたところで馬を停めた。


「小僧、我らは引くぞ」

「はい」


 既に決着は付いている。


 最初の突撃で敵の半数が倒れて、その後は文字通り縦横に馬体突撃(馬の体当たりじゃないよ? 騎乗した人が持ってる槍で弾くんだよ)からの切り込みで圧倒した。


 今、立っている人間はほんの数人で、味方の歩兵は続々と到着中。


 もはや勝負ありだから、騎馬隊のやるべきことはないってこと。


 一団が賊を殲滅する姿を優しい目で見守るエルメス様。


 殺戮シーンなのに、まとっている清々しさは素晴らしいのひと言だ。


 こういう時のエルメス様は、さすがに圧倒的な存在感。頼りがいのある大将って感じだよ。ついさっき、楽しそうに「ひゃっはー」とか叫んで馬上槍を振り回してたオッサンと同一人物とはとても思えないよ。


「ついて参れ」

「はっ」


 馬を併走する栄誉をもらった。


「なかなかのものであったな。さすがだ」


 常歩で歩ませながら、エルメス様は上機嫌だった。


「いえ。私は一人も倒せませんでしたから」

 

 マジで怖かったぁ。


「何を言う。その年齢で初陣に立ち、チビりもせずに、我に着いてきたではないか!そして、今、ここに怪我も無く終えた。これが立派でなければなんとするのかね? いくら麒麟児でも初陣で手柄などとは考える方がおかしいな。怪我無く、チビらず生き残るは将来への何よりの勲章じゃ! めでたい! 今日はチトの村に泊まるぞ」

「ありがとうございます!」


 パッと周りを見ると、アインスさんたちいつものメンバーが囲んでくれてる。


「ぐっど!」

「やるなあ」

「良い度胸だ」

「こんど酒をおごれよ」


 交代で併走してきて、カチャ、カチャとオレの槍に穂先を合わせてくる。


 ん? なんだ、この儀式は?


 みなさん笑顔でやってくれてるから、グータッチみたいなモノなのかな?


「これで仲間だ」


 アインスさんが教えてくれた。


 初めて一緒に戦った仲間を認めたときは、戦いの後に「槍を交わす」ってことをするんだって。王立学園では教えてくれない現場のやり方だよ。


「仲間! オレ、仲間って認めてもらえたんですか! ……でも、全然役に立たなかったんですけど」

「あのなぁ、その年で、オレ達と一緒に突撃できただけでもすごいんだぜ? ほら、ウチの大将、一番激戦になるところに入るのが大好きだろ? つまり一番敵の強いところだ。実戦経験のある18、19くらいの新入隊員に同じ事をやらせようとしても、まあ5人の4人がためらって入ってこれなかったはずだ。良く入れたよ。最初、怖かっただろ?」

「はい。ムチャクチャ怖かったです。敵の全部の槍がこっちを向いてる気がしちゃって」

「その割に、途中笑ってたな」

「え、あ、緊張のあまり、顔が引き攣ってたんですよ」

 

 ヤベ、しっかり表情まで見られちゃってるよ。っていうか、いつの間にか口調が打ち解けてる。「子爵様」じゃなくて、一緒に戦った弱っちー仲間。けれども認めてやるよ的な空気感で相手をしてくれてる。


 やりぃいいい!


「とにかく、今日は酒か女か、どっちかだけにしておけよ」

「え?」

「戦いの後に必要なんだよ。特に初陣の後は血が猛っちまうからな。どっちかがないと寝られねーぞ。ま、ウチらの大将なら、その辺りはわかってるから安心だな」


 ウィンクして、行っちゃった。


 とにかくエルメス様とその護衛みたいな集団はオレを連れて近くの村・チトへと行ったんだ。


 ガーネット領に来るときのやり方とは打って変わって、エルメス様からの事前連絡はちゃんと入っていたらしい。村の入り口まで長老達が最敬礼で出迎えてくれてる。そりゃそうだよね。ご領主様ご一行だもん。


 村一番の宿にエルメス様と従士2名。次の部屋にオレを入れてくれた。


 「若手三羽ガラス」と呼ばれるフュンフ、ゼックス、ツェーンの三人が、宿屋の入り口で、ポンと背中を押してくれた。

 

「見張りは、オレ達がやるからよ。安心して、頑張りな」

「何を?」

「まあ、良いってことよ。ほら、早く行きなよ。あ、ちゃんと真っ先に風呂に入れよ。この宿の自慢らしいからな」

「そ、そ。汗臭いと嫌われるぞ」


 なんか、仲間の感じになったのは良いけど、いきなり扱いが雑になった気がする。でも、そんなぞんざいな扱いが「仲間」って感じがして妙に心地よかった。


 ともかく、決められた部屋に入って、まずは風呂。風呂、風呂、ふ~ろ~


 言われなくても風呂だよ。田舎だと風呂付きの宿屋って、超珍しいんだよ。アインスさんに言わせると風呂があるからお館様はチトを今日の宿泊地に選んだらしい。


 部屋で鎧を脱いで初めてわかった。


 全身、汗まみれ。もちろん、暑さもあるけど、一番の理由は冷や汗だったんだろうね。


 とにかく緊張してたんだって改めて思うよ。上から順に鎧を外す。最後のグリーブすね当ての鎧まで外したところで、手が震えだしてきた。


「あれ? なんだ?」


 力が抜けた。床にへたり込んで立てなくなってる。ヒザがガクガクだよ。


「あれ? 息が?」


 心拍数が急上昇


 え? なんだ、これ? マジ? オレ、どうなっちゃうの?


 息が吸えないんだけど……


 そこでいきなりドアが開いた。


「ボクを忘れてない? お帰りなさい、所有者様!」

「あ、あて、な、あぁああ、ひぃいい」

「え? ど、どうしたの? ね? あ! これは!」


 まるで立ち会いの時みたいな勢いでアテナが飛びついて抱きしめてくれる。


「大丈夫だよ。もう、大丈夫。頑張ったね、よく頑張った。もう大丈夫だよ。ほら、こういう時はキスが一番だから」


 ん~


 ボクっ子美少女とのキス。有無を言わさず大人のキスをしてくるアテナだ。


 不思議だった。


 アテナの腕に抱きしめられて、大人のキスをして、なぜか自分を取り戻せたんだ。こんなに細身なのに、女の子って、どうしてこんなに柔らかく包んでくれるんだろう。


 アテナの、ちょっとミルクっぽい、だけどスズランのシャンプーの薫る空気に包まれて、ひたすら細い身体にしがみついてしまう、ダメなオレだ。


 そこに現れたのが父親だった。


「ハハハハ 麒麟児も人の子であったか!」

「えるぅめす、さ、まぁ」


 立とうとしたけど動けない。アテナも、オレを離すまいと力尽く。いや、さすがに「父親」の前で抱きしめられてるのはダメでしょ。


 焦るオレに、エルメス様は笑顔で右手を差し出して、掌でパタパタとオレを仰ぐような仕草をした。


「よいよい。そのまま、おなごの腕におれ。貴様には、その資格がある。よくぞ頑張った。なんと言っても初陣でワシと一緒に飛び込めたヤツなど初めて見たぞ! わっはは! よいのだ! 何を遠慮しているのか知らんが、アテナは武家の娘だ。こういう時はわかっておる。安心して一晩頑張るのだぞ。我はちぃと出かけるでな、あ、宿の不寝番は最強の男を付けてある。王都の邸と同じくらい安全だと思って安心して良いぞ」

「もう! お父さま! そんな露骨すぎます!」

「よきかな、よきかな。今宵は良き酒を父は飲むぞ。未来への夢という名酒を見つけたのでな」


 そう言って豪快に窓から飛び出して行ったんだけど、ここ、2階。


 ギュッと抱きしめてくれるアテナ。


「あのね、ボク、知ってるよ、あんな感じのお父さまは、本当に最高に気分が良いんだよ。きっと、所有者様の初陣が立派だったからだね」


 そう言って背中を撫でてくれるアテナのおかげで、少しずつ息が戻ってきた。


 どうやら、戦場の緊張が宿に着いて解けたんだろう。今さらながら過呼吸状態になりかけたらしい。


 本物の戦場っていうプレッシャーは、かくも重たいものなのか。新歓キャンプの時に、実戦経験を持ったと思い込んでいたけど、実際の戦場は、そんな甘いモンじゃ無いってことを思い知らされたよ。


 戦場、コワっ!

  

  

・・・・・・・・・・・

  

 公爵が座るには、まさかと言うほどに壊れかけた木の椅子。しかし、見るからに上機嫌な漢が、早くも出てきた月を見上げながらグラスを傾けていた。


 アインスが、ワインを入れたジョッキと小さな椅子を持ってきて、有無を言わさず、横に座る。


 古くから騎士団にいる者が、戦場で味わえる特権だ。戦の後は「ただの友」として一緒に呑む。


 この一杯があるからこそ、時に生命をかけた任務に喜んで挑めるのだ。「士は己を知る者のために死す」と古来言われるのは、人として当然なのだろう。


 しかし、二人が肩を触れ合うようにして座ったのは理由がある。小声で話す必要があるからだ。


「お館様、ご機嫌でございますな」

「いや、見事であった。さすが麒麟児。我の予想のさらに上を行っていたぞ」

「はい。お館様の横に必死になって着いておりましたな。あれはなかなかデキない。それにしても、あの引き回しは少々イジワルが過ぎましたぞ」

「なあに、普通の初陣だとキヤツは手柄をあげかねんからな。わざと、やって一番強いヤツらを押しつけ続けてやったわぃ。それなのに、逃げるどころか、いっちょ前に何度か敵を突いておったぞ!」

「存じておりますが、それにしても、デキる相手はわざと倒さずに、必ずショウの方に流して進んでおられましたからな。あれでは、少々気の毒だと思いましたが、最後まで顔色を変えないどころか、途中で笑顔まで見せておりました。さすがお館様に見こまれた漢ですね」

「あぁ。気の毒なことではあるが戦の覚え始めは大事だ。最初に強い敵だけを相手にする戦場を経験させておかないと、早晩命を落とすことになる。せめて、我のいる戦場だけでも『死ぬ』と思って過ごさせてやらねばな」

「初陣で手柄を立てた若者ほど、本当に、よく死にますからなぁ」

「そうだな。あと数回は戦う場を用意してやれるはずだ。戦場では敵を舐めた者は死ぬ。戦術などキヤツに教える必要はない分だけ、徹底的に『戦場は怖い』ということを叩き込むのが、せめて我らがしてやれる馳走だ」

「心得ましてございます」

「ふっ、それにしても」

「は?」

「案外と複雑なものであるな」

「なにか?」

「娘が大人になる瞬間を、こうして聞くというのは」


 ワッ、ハッ、ハッと小さな声で、けれども雰囲気だけは豪快に笑うのは、その背景のせいだ。


 すぐ上には、宿屋の二階の窓が開いていたのだった。



・・・・・・・・・・・


 そして翌朝。


 ガーネット騎士団のみなさんに静かに冷やかされつつ、男装したアテナを横に、シンへ凱旋するオレ達だった。


 あ、シーツはちゃんともらってきた。当然、シンに着いたその日から、館のポールに翻ることになったんだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

刀や槍の世界の初陣って、相当に怖いみたいですね


ミネルバビスチェちゃんは、公爵家令嬢のため妻か妃となるため「第一夫人」の承諾を得る必要があります。その理由もあって、後ほど王都へ「送り届けられる」予定です。

一方でアテナは、すでに「所有物」です。将来の妻候補として他の妻妃には認識されていますから、何をしても問題がないわけです。


なお「ショウ君は新歓キャンプの時に、実戦をしてない?」と思いの方もいらっしゃると思いますが「集団の敵に対する騎馬による突撃」という戦場体験は、また別物であるみたいです。話中にも出てきましたが、馬上の敵に対して、歩兵はできる限り離れたところから槍を突き出して脚を狙ってきます。それらを勢いでいなしながら前方の敵を刈る必要があるのですが、普通に考えたら、超怖いです。(「脚ならやられても死なないでしょ」的に軽く考えた方は、ぜひとも、一度、足の小指をタンスの角にぶつけられてみますようw) またエルメス様ののおかげで、強い敵、強い敵にぶつかるようになっていました。山賊と言えども、それなりに強い人がいますからね。これらによって「死ぬほど怖い戦場」を味わっていました。普通の貴族の御曹司は、実際の戦場に出ることはほとんどなく、通過儀礼的な「戦場経験」を積ませるため、数人のベテランに守られながら1対1状態で弱そうな敵を倒します。それを考えると、かなりスパルタです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 


 





  

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