第51話 お忍び旅行 1
ガーネット領が沸き立っている。
領館に
うわぁ。
領館で働く家臣や侍従、メイドのみなさまの目が優しいだけに、対応に困る。逆にアテナは平気みたいだ。
むしろ胸を張ってた。ただ、オレに対しての態度は微妙な変化を見せたのは確か。
「所有者様ったら、キチクなんだからぁ~ 初めから、あんなに何回もするってないらしいですよ。ボクの身体、そんなに良かったんですか~」
ボクっ子美少女が、ニタニタとしている姿はあざと可愛いけど、まあ、確かに、初めてで一晩中っていうのはちょっと反省してる。
ホントだよ?
「ご、ごめん」
「え? キチクって言いましたけど、謝って欲しいなんてひと言も言ってませんし、第一、謝る必要ってありますか?」
本気で驚いた顔をする。
「所有者様がボクを必要としてくれて、役に立てたのですから嬉しいに決まってます。しかも、周囲の者達もこれだけ喜んでいるのですから、なんの問題もないかと」
「だけど、痛かったでしょ?」
「正直に申し上げると最初は少しだけ」
「最初 は ? え? じゃは、その後は」
突然、身体をシナシナと震わせると「それを言わせるんですか? もう~ キチクなんだからぁ。どうしても言えとおっしゃるなら、できれば今晩のベッドでお願いしまぁす」
それは「お願い」というよりも、挑発という言葉の方が近かった。
え? もちろん、オレが、毎晩、美味しくいただきましたとさ。
な~んて、そんな惚気はあるにしても、領民達の明るさは領館に翻るシーツだけじゃなくて、一段と活発になった経済の影響がデカいのだろう。
王都から西へと接続する道路への「公共投資」がハンパない。エルメス様は王国からのカネも利用しながら、徹底的に公爵家の蓄えをバンバンつぎ込んでくれてる。
公爵家の蓄えた金は膨大だ。それをつぎ込んで動き出せば、人口規模が元々のうちの領の300倍近くもあるのだから、そのパワーはものすごいことになる。
そこに合わせて、全面的な「二毛作」が奨励されたんだけど、正直、今年、もう一度穫れるわずかばかりのイモよりも、公共事業に従事した方が「カネ」になる。目の前のカネの魔力に惹かれるのが当然のこと。
農作物の増産のメドが立たないことだけは頭の痛い問題だ。
それ以外は、極めて上手く行っていると言っていい。
そしてガーネット家の技術力を考えて禁じ手を使った。
久し振りの「缶パッケージ」を大量生産だ。
ふふふ。頑張りました。
「ショウよ、ワシは聞かぬ、聞かぬぞ?」
エルメス様に用意してもらった倉庫5棟を満杯にした缶パッケージだ。
ぐぬぬぬ とエルメス様が好奇心を抑えてくれるのは期待通り。久し振りのMPを3日間全量、こいつだけに使用した結果だ。
20キロ×512×3=30720キロ
つまりは30トンの鉄原料。
「お願いします。これは全て差し上げます。その代わりコイツの半分を使って、こういうモノを作ってほしいんです」
オレはカーマイン領で作らせ始めた武器の絵を見せたんだ。
「ふうむ。変形の長槍だな? 意図はわからなくはないが、まあ良い。作ってみればわかるのだろう」
その前向きな反応にビックリ。
オレが提案したのはハルバードって武器だ。この世界には、こいつみたいに槍と斧とひっかるカギの着いた武器は存在しないからね。確かに長槍の一種ではある。これは14世紀にヨーロッパで完成形になった究極の歩兵槍の形だよ。今でもスイス辺りの儀仗兵が「歩兵の象徴」として持っていることでも知られている。
それにしたって、初めて提案した新型の槍を、ろくに検討もしないでOKしてくれちゃうなんて。慌てて頼まれてもいない説明を付けちゃうオレだ。
「これは、使い方が難しくて、ちょっと訓練が必要なんです。でも集団で使うと騎馬隊にも勝てる歩兵隊が作れます」
「なんだと?」
さすがのエルメス様も、オレの言葉に驚くと言うよりも半ばあきれた様子だ。
あまりにも大言壮語と思ったのかもしれない。
なにしろサスティナブル王国最強と言われる騎士団を誇る公爵様に「騎兵よりも強い歩兵」の可能性を宣言して、なおかつ、その武器を公爵様に作ってほしいと言ってるんだから。
普通に考えると、この場で無礼打ちされる可能性はある。
「できあがったら、訓練をお願いします。絶対に損はさせません」
「その言い様たるや、何やら商人のようであるな」
困ったような顔をするエルメス様は珍しい。
おそらくなんだけど、一緒に戦った戦友という意識がエルメス様の心を怒りに向かわせなかった気がするよ。
「お願いします! 見本は、そろそろ届くと思いますので」
既にカーマイン領では「量産」を開始しているよ。専用の工房を指定して1日に30本ずつだけど確実に増えている。
できている分を使って訓練も始めた。間に合うかはどうかはわからないけど、夏休みになる前からだから、うちの「騎士団」も少しはサマになったはずだ。
ふむ、と小さく頷いた。どうやら、この件の追及は諦めたらしい。
「他に、騎兵用のロング・ソードはわかる。だが何やら変わった意匠だな?」
「はい。この真ん中を凹ますことで重さを少々軽減できます。もちろん、強度は変わりません」
「ふむ! それはなかなかだが、とりあえず試作からだぞ?」
「はい。そちらは、正直なところガーネット騎士団の分があればいいので」
「なるほど。そのヘンな長槍と言い、大楯と言い、ショート・ソードと言い、ショウは来るべき戦いの中心を歩兵に置いているのだな?」
「はい。おそらくそうなるかと」
特に悲惨なことになるアマンダ王国との戦いは、騎兵が突撃して終わりって形にはならないはずなんだ。
地味~ で陰惨な殺戮の姿になるんだよ。
「ともかく、この半分を自由に使わせてもらえるなら、我が領としては莫大な収入になるのは間違いないな。とりあえず、できることからヤッてみねばならん」
何事かを察したのか、その日から一気に打ち合わせが多くなったエルメス様に、全てをお願いした。オレはオレで、チョコレートとシャンプーにトリートメントの黄金の3点セットを出しまくって、公爵邸の女性達の好感度をあげておくことに専念したんだ。
そして、エルメス様が忙殺される間に「実施踏査」に出させてもらった。
騎士団を護衛に付けるというのを交渉した。なんとか最低限の護衛だけにしてもらった。あれから2回も「実戦」経験を積んだおかげなのか、案外と簡単に折れてくれたのは助かった。
そして、お忍び旅行に出かけたんだ。
・・・・・・・・・・・
シンから北に一週間も馬に乗ると、ほどなく西部小領主地域の東端となる。
ここは、北方民族が集団で襲撃してくる場所でもあるから、どれほど小さな領主でも必ず街を防壁で囲っておく。
北の民は、風のように現れて、暴風となって全てを奪うと、また去って行く。
暴風を防ぐことはできずとも、人々が逃げ込む先を作ることで被害を最小限にする。それが、この地に暮らす人々の知恵だ。
「この程度の壁で、大丈夫なの?」
「ヤツらは生粋の騎馬民族だ。馬から下りて壁を乗り越えるなんてマネは絶対に考えねぇよ」
フュンフが真面目に答えてくれる。
「彼女をベッドに連れ込むときも、馬に乗る連中だからな」
女たらしとウワサされ、自分でも「女にはことかかないぜ」と言っている割に、誰も彼女を見たことがないというゼックスが、ニヤリと言った。
「いや、馬が彼女なんじゃね? あ、でもそれが雄馬相手だと、ちょっと特別な趣味になっちゃうかなぁ」
「馬を彼女にしている時点で特別だろうが!」
三人の仲では、いつも「ボケ担当」のツェーンにゼックスがツッこんだ。でも、ひそかに、一番頭が良い人な気がする今日この頃だ。
それぞれ、キャラが違うんだけど、なぜか仲が良くて面白い。一緒にいるこっちまで顔が緩んでしまう。
すっかり仲良くなったフュンフ、ゼックス、ツェーンの「若手三羽ガラス」はヘルメス様が付けてくれた護衛だ。
騎士団の若手の中でも一番戦闘力があると言うお墨付き。
彼らの持っている「斧付き槍」ってやつは、彼らのオリジナル武器らしいけど、ちょっとハルバードに似ているのが面白い。
やっぱり人間の身体の構造が同じだと、同じような形に武器の発達も向かうモノなんだろう。
『騎馬隊の機動力は魅力だけど、集団戦力としたら歩兵にハルバードだもんなぁ』
なにしろマスケット銃が開発されるまでは、ヨーロッパの歩兵の標準装備だ。使い方に習熟する必要はあるけど、これが使いこなせたらホントに大きいよ。
『それに、騎馬隊の武器も考えないと』
いまは長槍での「馬体ごとアタック」が騎馬隊の主力攻撃となっている。それはガーネット騎士団でも同じこと。確かに、馬の突撃力をプラスした「槍」の突撃には、一発即死の凶悪な破壊力があるのは事実だ。
けれども敵味方が入り乱れるような乱戦や、そもそも馬が止まるような狭い場所での戦いには向いてない。
『乱戦なら騎馬兵は槍よりも、片手で振るえるロング・ソードを標準にして、空いた手に盾を持たせた方が良いんだよね。話に聞く北方騎馬民族も短弓が中心らしいし、それなら超超ジュラルミンの小さめの盾でも、それなりに効果を発揮するはずだ』
槍だと両手が塞がって矢を防ぐのが難しいからね。まあ、エルメス様あたりになると飛んできた矢くらい槍で打ち落としたりするけど、普通の人にそれをヤレってのは無理なこと。だけど終端点で120キロ程度になる短弓の矢なら「面」で防ぐことは無理ではない。(初速は200キロくらいはあるらしい。メジャーのピッチャーでもでないよね)ちなみに120キロだと、少年野球のピッチャーくらいだと思ってほしい。
バットで打てと言われると「スカる」かもしれないけど、テニスのラケットで当ててみろと言われるとなんとかできそうでしょ?
馬に乗っていると矢を避けようがないので、この種の盾は有効なはずだ。見たことあるかな? 西洋凧みたいな下に長い◇をした盾。「カイト・シールド」って呼ばれるヤツだ。
現在、カーマイン家の工房で重さと硬さのバランスを、あれこれ模索中だよ。
なんてことを考えながらも、周囲の景色を地図と比べながら進んでる。特に、川と山の位置関係は重要だからね。
「ここからが、ブロック男爵の領地になります」
オレが訪れたのは、エルメス様に紹介されたガーネット家の「子」である男爵領だった。
エルメス様からいただいた紹介状を物入れにいれたまま、ゆっくりと馬を進めていくと、突然、10数人の騎士が現れた。
すごい。どこから見てたんだろ?
チラッとフュンフを見ると小さく頷いた。旗はブロック男爵家のもので間違いないってこと。とは言え、その旗が本物かどうかを保証してくれるモノが何もないのも事実なんだよ。
「止まれ! 用向きと身元を話してもらおうか」
パッと両手を挙げて、いち早く前に進み出たのはツェーンだった。さすが。
「ブロック男爵様の騎士団とお見受けする」
すると、リーダーとおぼしき男が馬を進めてきた。
「何用か!」
「当方は、エルメス様より紹介状をいただいている者だ。男爵様にお目通りを願いたい」
ガーネット騎士団の紋章の入ったミニフラッグをツェーンが掲げた
向こうの騎士団がザワついた。
あえて、ツェーンがオレの名前を出さなかったのは用心のためだろう。「王国の子爵」がこんなところをフラフラ歩いていると、悪い誘惑に心を奪われるヤツも出ることがあるからね。
「紹介状を見せてもらおう!」
「それは遠慮する。しかしながら、我々はガーネット騎士団の者である。誰か、この顔を見知っている者もいるのではないか?」
値踏みする男の目は、チラリと味方を振り返る。その中の何人かが、合図を送った。この辺りの貴族家とは共同で演習や賊退治をしたことがあるから「顔見知り」がいてもおかしくない、と言うよりも初めからそれ狙いだった。
しばしの沈黙の後、男は言った。
「わかった。ついて来ていただこう」
ふう~ 緊張感がありすぎだよ! 前もってメールが送れるってわけじゃないからね。あっちも怖いだろうし、こっちもビクビク。
ともかくも、オレ達はブロック男爵領の中を先導されて、男爵様の邸へと案内されたんだ。
『え? 砦? って言うか、城だよね?』
そこに見えていたのは、石造りで、物見櫓まで四隅に建てている「城」だったんだ。
「ここまで来たのは初めてだけど、すげぇ。これ、城だよね」
「しかも、壁が二重じゃん」
「堀まで掘ってあるよ」
三羽ガラスも、ただただ唖然としている。
財政的にも苦しいはずの地方領主が「城」を作った現実。それは、まぎれもなく「ここまでしないとダメ」っていうことだ。
いや、こんなの資料のどこにも書いて無かった。
現実の「西部の掟」ってヤバッ。
お忍び旅行は、ビックリの連続になりそうだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
著作権等の問題があるため、ハルバードの写真が貼れません。
ご面倒をおかけして申し訳ないですが、こちらにアクセスしてごらんください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89
歴史オタのため、ハルバードの話を知っていましたが、さすがに「捨ててあるハルバード」を見たことがないのが残念です。
今話から「小僧」呼びが、名前呼びになっています。細かい部分ですが、けっこう重要な変化です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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