第47話 夏の領地では

 少しだけ物語の時間が巻き戻ります。主人公がガーネット領へと出発する直前のオレンジ領内のお話です。


・・・・・・・・・・・


 誰も見たことも聞いたこともないような好景気に沸き立つオレンジ領内。


 その中でも、御用商人の立場であるブロンクスは最大の儲けを甘受していた。

 

 真面目一筋で、コツコツと商売してきただけの人生が、なぜか、ここにきて大逆転。


 一気に大商人への道が勝手に開けてしまった。何をやっても上手くいく。やればヤルほど雪だるまを転がすように儲けが膨らんでいくのだ。


 我が世の春とは、このことだろう。仕事は猛烈に忙しくなったが、今や何をどうやっても勝手に金が転がり込んでくる感じだ。


 そして、転がり込んできた金を使って、他の仕事に回せば、それがすぐに金を生み出す装置になってしまう。


「なんか、立場まで強くなってしまいましたよ」


 商売とはしょせん、有力な商品を持っている人間が強い。


 王都でペコペコと商品を回してもらっていた立場が、今ではすっかり逆転してしまった。


 大商人が大挙してオレンジ領にやって来て、鉄製品やガラスの取り引きをしたいと頭をペコペコさせて申し入れてくるのは、毎日のことになっている。おまけに、アルミサッシやガラス窓は高位貴族から引く手あまた。新しく手を出したアルミ馬車の製造は、最近工房を3つも買い増したが、受注を断らざるを得ないほどだ。


 売り先を考えるよりも、断る言葉を探す時間の方が多いほどの商売だ。しかも、普通だったら利益の八割は渡すし、それが九割であっても不思議はない。お貴族様相手の商売、というのはそう言う意味なのである。


 ところが、利益はカーマイン家とという信じられないほどの厚遇だった。 


 ただし、約束の中には、孤児達を雇ってちゃんとした給料を支払い、食事と教育を行うということも入っている。だが、その程度のコストは微々たるもの。超高額商品を売る以上、なんの問題もなかった。


「真面目でいれば、得することってあるんですねぇ」


 そんなつぶやきが出てしまうのも、ここ最近のオレンジ領で起きている異常なまでの好景気のせいだ。


「全部、若様のおかげですよ」


 オレンジ領の巨大な好景気の渦。その中心は次期ご領主様となるであろう若様。


 今までは平凡な子どもだと思っていたのに「牙」を隠し持っていた、まさに天才というしかない人物だ。


 デビュタントの年を迎えた途端に前面に出てきたと思ったら、異常なまでの能力を見せつけている。


 まさに「異常」としか言えない能力であった。不思議なものを、どこからか持ってくる。それはそれで素晴らしい。しかし若様の能力はそれだけではないのだ。


「若様はとっても甘いお貴族様だと思っていたけど、他領では考えられないくらい厳しいことも平気でなさるからなぁ」


 恩賜実験農場のこともそうだが、相手が弱い立場と見るや、常識ではありえないほどに甘くなる。貴族の「お坊ちゃん」らしさで損得勘定などないのだろうと初めは思っていた。


 けれども、その実態は、ものすごく苛烈なことも平気でなさるという、やはり「お貴族様」の顔もお持ちなのである。


 つくづく身に染みてしまった。


 言いつけを適当にごまかそうとする人間や、弱い立場につけ込むようなことをした人間をとても嫌う。嫌った相手には過酷なまでに権力を行使した。


「私が真面目な性格で本当に良かったですよ」


 よその領では、当たり前のように「計算のできない人間の給料やお釣りをごまかす」という商家が存在する。と言うよりもというのが常識だ。


 ところが、そんな商店があると聞いた若様は「商人が相手の無知につけ込んでごまかすことは許さない」という特別なお触れを2回も出した。


 もちろん、そんな青臭いお触れを出す人間が誰なのか、商人達は一発で見抜く。


「若様のお優しさよ」


 そんな風に、好意的ではあっても「無視していれば良かろう」と受け止めたのだ。


 何しろ、今のオレンジ領の活況が誰のおかげかと言うことをうすうすは感づいてはいても、やはり、今までの常識を変えられないのが人間というものだ。


 だから、いくらお触れが出ようとも「お貴族様のお上品なことで」と無視する形だった。どうせ若様のことだ。何も起きるはずがないと。


 そこへ、突然「悪徳商人を死刑に処した」という発表がなされた。


 量り売りをしていた商家がイモの重さを計る天秤に細工をして2割ほど儲かるようにしていたらしい。


 領主は、そのを知って激怒した。


 即座に店を取り潰した上で、主人を一家まとめて死刑に処したのだという。理由として「領主の命令を聞かず、をしたから」と街々では広報官が辻に立って、発表を何度も読み上げる入念さだ。もちろん、人々は、そんなにも過酷な刑罰を与えたのが誰なのかすぐに勘付いた。


 「領主」ではなくて、若き次代の領主様の意向が込められているのだ。


「たかだか2割ほど誤魔化しただけだろ?」


 商売を営むものは誰もが戦慄した。


 それまで計量の天秤を誤魔化し、量り売りのマスの大きさを誤魔化すのは「当然のこと」というのは商売上の常識だったのだ。客が計算できないとみるや鉄貨の2枚や3枚を誤魔化して見せるのは商人の腕とすら思われていた。


 それが全否定どころか、死刑の対象となってしまう。


 わずか鉄貨数枚分で一家全員が死刑。


 不満を覚えた商人も大勢いたが、お貴族様には逆らえないのが世の習いだ。まして、ここにいれば、利益はたんまり見込めるのだから逃げるのは馬鹿らしい。


 震えながら従うしかなかった。


 一方、全く同じ日に、一人の商人が「領主褒賞」を与えられた。理由は「近所に住むめしいた年寄りが買い物をする時に、差し出してきた財布から、いつも正しい金額だけお金を受け取っていたから」だとされた。


 この話は処刑の話と一緒に盛んに宣伝された。


 人々は、その苛烈なまでの潔癖さが現領主様によるものではなく「次代の領主様」の意向であるとハッキリと理解した。


 若さゆえの暴走とも受け止めたが、一方で「せっかく景気が良いんだから、誤魔化すよりも堂々と商売して儲けた方が効率がよくね?」ということにも気付いてしまったのだ。わずかな金を誤魔化して死刑に怯えるよりも、普通に儲けていた方が楽だと判断できたのだ。人は理不尽な命令であっても、自分に得な状態であれば受け入れるものだ。


 誤魔化しをしないという、たったそれだけのことで、空前の好景気を見せる場所で商売ができるのだ。受け入れる方が、数段マシ。


 まして、自分が誤魔化さないように、相手も誤魔化しをしないだろうと期待できるようになるのなら、差し引きでは「得をするかも」と思える。


 商人達の不満は、破裂する方向に向かうはずがなかった。


 そして、一週間も経たないうちに次の処刑が発表された。


「御料場の管理を任された役人がワイロを受け取り、質の悪い農産物を見逃していた」


 というものだ。3年間にわたった不正により、そのワイロは小銀貨にもなるとされた。


 今回も辻辻に立った広報官により「渡した側も受け取った側も、一家全員を死刑とする。屍は領内某所にひと月の間、さらしものとする」と繰り返し読み聞かされた。


 主な街には「領主の命令に背いた愚か者」という看板が立てられ、同様の犯罪が起きる度に掲示される掟が定められた。


 若き英雄が、実は「潔癖さのせいで血まみれとなる英雄」であったことに人々は気付いてしまった。だからこその戦慄である。


 ただ、多くの人は気付かなかったが、ここでちょっとだけ面白いシカケが働いていた。


 文字が読める領民は少ないため、看板の横に孤児が交代で立つことになった点だ。


 孤児は使われている文字をあらかじめ覚え込まされ、人々が立ち止まる度に「読み上げる」ことになっていた。これで文字の読めない領民もお触れの中身を知ることができる。


 もちろん、孤児達には労働に見合った金を支給する。この仕事を担当できた孤児は、金を受け取るのと同時に、必然的に文字を少しずつ覚えることになっていった。力仕事でもないため、女児であってもできる仕事とされた。


 後々「文字が読める労働者」として育っていくことになったのだが、それは後日のことである。なお、読み上げる仕事に就いた子どもは「ご領主様の仕事を任された」ということになる。仕事中にちょっかいをかける者は、厳しく取り締まられたのは言うまでもない。だから、女児であっても安心して、この仕事に就くことができたのだ。


「オレンジ領内の潔癖さ」は、やって来る行商人にも言い聞かされたし、新しい街に入れば一番目立つ場所にある看板に「あこぎなことをヤッた商人の末路」が載っているのでは、自分がそうなりたくないと思うのも当然だった。


 もちろん、それであっても誤魔化そうとする商人はいたし、こすっからいことをする人間は後を絶たない。しかし、少なくとも「そんなことをしていると大変な目に遭うよ」という意識が人々に刷り込まれたのだけは確かだ。


 次代の領主様は、それをたった3ヶ月でやり遂げたのである。


「それにしたって、若様。死刑にされた商人って、どこにいるんでしょうね? それに晒されたはずの死体、どこにあるんですか?」

 

 ブロンクスは、一人、そんなことを呟いてしまった。御用商人の立場を利用して、調べてみたのだ。処刑された商人や役人が、どんな人間であったのかをだ。


 しかし、領主褒賞を受けた人間のことは、すぐにわかったのに、どれほど手を尽くしても「処刑された商人」が、いったいどの町で商売をしていたのかすらわからなかった。


 そして、ある日、寝ようと思ってベッドカバーをはぐと「好奇心は猫をも殺す」という文字がシーツに書かれているのを見てしまったのだ。


 つまりは「これ以上調べるな」という警告だ。  


「やばい」


 ゾッとした。


 若様は、甘いけれども何をやるかわからない苛烈な方だ。


 自分が虎の尾の上で遊んでいたことに気付いたのだ。


 もちろん、翌日、王都へ早馬を出して「次期ご領主様」へのご機嫌伺いの貢ぎ物を差し出したのは言うまでもなかった。


 つまりは、なのである。


 さらにオレンジ領内においていつの間にか、あるウワサが定着していった。


「次期ご領主様は、一見甘いが、お怒りに触れると猛火の中に投げ込むがごとき過酷さをもっている」


 酒場の片隅、市場のどこか、あるいは、井戸の回りの世間話で。


 誰が、いつ喋ったのか誰も思い出せなくても、人々の耳には「次期ご領主様は苛烈で怖い人」だと入って来たのである。


 いつしか、次期ご領主様のことを民は心の中で信頼しつつ、真剣に恐れるようになったのは確かである。

 

 直接会ったことがあれば別かも知れぬが、ヒタヒタと流れるウワサによって、次期ご領主様は怖い人だいうことは、領民達にとっては、紛れもない「事実」となっていったのである。



・・・・・・・・・・・



 恩賜実験農場に、ブロンクスが現れた。


「いかがですか?」

「やっと、いくらか収穫ができました」


 農場長を任されているアンが、見事な作物を手に報告している。


「ほぉ。見たこともない赤い実ですね。それに、こっちはイモですよね? これは、ウリの類いですか?」

「若様のご指示の通り、そのまま増やしたいと思いますが、試食してみると食べたことがないほど美味いです。特にこのウリは種を取るときに、このシマシマの中の赤い実を食べられるんですよ。それがまた甘いのなんのって。子ども達は大好きになったようですよ」

「どうぞ食べてください。ただ、中に黒い種が入ってるんで、それは後で戻してくださいね」

「わかりました。お預かりしましょう」

「では、作物の出来は上々と?」

「はい。今年の暑さなら、いくつかの作物は、今から植え付ければもう1回くらいは収穫できそうです」

「それはすごい」

「ご指示の通り同じ作物を同じ畑には植えないようにいたしますと伝えてください」

「わかりました。しっかりと若様のお言いつけを守っていると伝えますね」

「ありがとうございます」

「それでは、今回の報告は以上で良いですか? 一通り、みなさんからのお話を聞いてからお伝えすることがあるんですが。他に何もありませんね?」

「はい。私からの報告はこれだけなのですが」


 後ろに並んだ老女達がもの言いたげだ。


「ん? なにか、みなさん、訴えたいことがおありで? 何でも言ってください。もしも不自由をさせていたなんて後でわかってしまったら、いったいどんなことになるか想像もできませんからね」


 若様のお言いつけを破ってしまえば、何が起きるのかわからない。ただ、何がどうなったとしても、確実に「ひどいこと」が起きるに決まっていた。そんなことが自分に起きるなんて絶対に許せない。


 ここで聞くだけで防げるのだから、それを怠るなんてバカのやるコト。ブロンクスは話しやすいように笑みを浮かべ「教えてください」と辞を低くする。 


「ブロンクスさん。こんなことを言ったら若様に叱られるかもしんねーけどよ」

「なんですか? 真面目に考えたことなら、きっと怒ったりなさいませんよ」


 ブロンクスは『この農場のバアさんや、アン達であれば何を言っても怒らない気がする』とは思うが、とりあえず、無難に答えるに留めた。


 クニバアはシワだらけの目をクワッと見開いている。


「先月と今月、暑すぎたんだ」

「そうですね。確かに、今年は暑かったですね~」

「アタシが子どもの頃に村のバァバから聞いた言葉があってね、ヒドリノトキハナミダヲナガシって言うんだよ」

「日取り? 何の予定ですか?」

「ヒドリってのはね、5月6月が夏みてぇになることを言うんだよ」

「あぁ、今年みたいに?」

「そうだぁ。今年がヒドリだよ」

「涙を流すって言うのは?」

「続きがあるんだよ。サムサノナツヲオロオロアルクってね。子どもの頃はわからなかったよ。でもね、二回も経験すりゃわかる」

「どういうことですか?」

「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツヲオロオロアルクって言ってね。日取りを迎えたら準備しなくちゃなんねぇ」

「今年の夏は寒いのですか?」


 クニバアは、ゆっくりと首を振った。


「日取りを迎えたら、翌年に備えてできる限り食い物をため込まなきゃなんねぇ。来年は寒いよ。ヘタしたら9月に雪が降るほどね」


 ブロンクスは、目を見開いた。


「それは、ホントですか?」

「少なくとも、アタシ達はそう思ってるよ」

「なんてことだ」


 ブロンクスは、ため息をついた。


「そうだよ。来年は、が起きるんだよ。ただ、今から本気で用意すれば、間に合う。ギリギリまで作付けして、食い物を産みだしておくんだ。ただ、若様に、こんなことを伝えても、お怒りでも買うことになってしまったらと思うとねぇ」

「若様は決してお怒りになりません」

「そうかねぇ」


 ブロンクスは、背筋を伸ばした。


「若様からのお言葉です。来年の夏は寒くなる。できる限り食料を増やす方法を考えてくれ、だそうです」

「若様が、ヒドリをご存じだったと?」

「わかりません。でも、これだけは事実です。こちらに銀貨を用意しました。これで今年できる限り食べ物を増やしてほしいとのこと。人、もの、欲しいものを言って欲しいんだそうです。ここでやるコトをご領内でマネをいたします。何とかして来年を乗り切る。だから、こちらのお金は自由に使って良いと若様から預かってまいりました」


 その言葉を聞いた女たちは、一斉に、黙り込み、大きく息を吐き出していた。


 ブロンクスは、その姿に不審を抱き「いったい何を?」と聞こうとしてやめた。


 老婆も、女も、そして、後ろで聞いていた若い女たちも、みな一斉に神へ感謝の祈りを捧げていたのだと知ったからだ。


 恩賜実験農場は、その夏、大急ぎで二度目の作付けをするのと、ブロンクスの助けを借りて、高い山の上にしか生えない、したがって「寒冷地でも育つ」穀物の苗を買い集めたのである。


 そしてもちろん「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツヲオロオロアルク」という言い伝えについては、王都にいるはずのショウの元へと手紙で伝えられたのである。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


作者より

マキアベリによる『君主論』に「君主とは愛されるべきか、恐れられるべきか」と言うことが書かれています。恐れられないと、後々いろいろと上手くいかなくなるから愛されるよりも恐れられるべきだと書かれています。「君主の慈愛」とは、恐怖の中にあってこそ生きたものになるのだそうです。当然、歴史オタだったショウ君は、読んだことがあります。



さて、何度もおねだりしてしまい恐縮です。

現在、異世界ファンタジーカテで

夢の30位復活を目指しています!

ありがとうございます!

欲が出てしまいました!

お願いします、15位以内!

応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

評価って言うか応援のつもりで★★★をお願いします。

ショウ君も新川も褒められて伸びる子です。

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