第44話 水も滴る


 壮大な派兵計画の一部を聞いた段階で取り寄せたモノが、やっと届いたよ…… ってことにして王都郊外に買った土地に「いつもの廃ビル」を出してみた。


 MPには余裕があると言っても、一度にごっそりと抜けていく感覚は、連続するとさすがに体感的にヤバい。腰が抜ける感じなんだ。


 それでも頑張って、4日掛けて3つ出したよ。


 使えるものはガンガン売って、道路建設にぶち込むけど、今回の狙いは、こいつだ。


 屋上貯水タンク!


 こいつを王都邸の庭に持ってきて宰相のスタッフを呼び寄せたら、親分ノーマン様も一緒にやってきた。 


 最初は目を点にしていたけど、さすが優秀な人達だ。あっと言う間に切り替えて調べはじめたんだ。


 あっちを開け、こっちを撫で、点検口から覗き込んで、こっちをコンコン。バルブの開け閉めを繰り返すスタッフ達。


 そんな姿を見ながらノーマン様と話す。


「いかがでしょうか? これなら、満タンまで水を溜めれば4千人分の兵の一日分を賄えます」

「ふぅむ。見たことのない素材だが? 鉄でもなく、木でもない」


 コンコンっと、FRP樹脂を叩いて奇妙な顔をしてる。


 ま、ふつーはそうなるよね。


「すみません。その説明はご容赦願います。ただ、これなら光を防いでくれて藻も生えませんし、しっかりとふたが閉まりますので虫などの侵入も防ぐことができます」

「なるほど。どうだ?」


 それは引き連れてきたスタッフに向けた言葉だ。


「見れば見るほどすばらしいです。この下のところから水が出るんですね?」

「はい。そこはアルミニウムという金属で水の出口を付けてあります」


 蛇口の仕組みは面倒だけど、水が出る弁のような仕組みだけなら元からバルブがついている。だから水を出すところは簡単な加工ですむ。まして、アルミなら加工自体も楽だ。


 よってたかって調べていたうちの一人が「これでは戦争が変わってしまいます」とため息。


 もうひとりは、興奮したように半ば叫んでる。


「なんてすごいんだ! 初めて見るものですけど、こりゃあ戦略級ですよ」

「なんで、こんなバケモノが伯爵家から出てくるんだろ? 水を引いてこれそうな途中のポイントにこいつを置いておけば、軍全体の動きもスピードがまったく変わります」

「いや~ これは、助かっちゃったかも」


 別の一人は緑色のFRPを見てる。


「水を運ぶためのこっちの軽いオケは最高です。これなら荷馬車にもたくさん積むことができます」


 はい、その「軽いオケ」っていうのは同じくFRPの浴槽だよ。


 野外演習でも使ったけど、こっちの世界の「カメ」に比べると重さが十分の一にもならないからね。水を持ち運ぶためにフタを付ける手間は必要だけど、これはありふれた木で軽いモノを作れる。なんだったら、アルミで薄い板を付けても良いよ。


 まあ、コストが数千倍になっちゃうけどw

 

 それにしたって、今回見ているモノの素晴らしさに、全員が興奮状態になってるのは無理もない。


 軍隊の移動に必要なのは、食料と水と武器だ。武器は仕方ないとして、食料はかなりの量を持ち歩けるけど、水はとにかく悩ましい。特に持ち歩く容器そのものもかなりの重量になるからね。


 木のタルで運べば水が腐りやすいし、そもそも水分を吸ったままのタルは、木質部分が腐ってしまう。特殊な木で作ったタルならしばらく持つけど、何万人分もの水を入れるタルを作ったら、肝心の木が絶滅しかねないしコストも馬鹿にならないものになる。


 だから汎用の木を使ったタルには防腐剤としてヤニを塗る。これがまた独特な匂いで、これが水についちゃうから嫌われる。


 不思議なもので、変な食い物って人間は次第に慣れていけるんだけど「変な水」だけは身体が受け付けないんだよね。


 だからと言って陶器のカメを使えば何倍もの重さになるし割れやすい。貴族の移動ならともかく、軍隊で持って歩くには重すぎる。


 じゃあ、その辺の川や池の水をってやると、すぐに腹を下して伝染病だ。一度発生すると、軍の存在そのものが危うくなる。


 補給計画においては水が最重要であり、同時に最大の難関になるのはそのためだった。


 その点で言うと「水漏れゼロで、腐らず、軽くて衛生的(!)」なFRPの浴槽は使い勝手がムチャクチャ良いんだ。これ1個で180リットルは水を運べるし、荷馬車ならこれを10個は詰める。


 小隊(30)×4=1個中隊 輜重兵をあわせて140名分の3日分を、荷馬車一個で持ち歩けるってことだ。(飲み水だけならもっと多くなるけど、実際にはいろいろと水を使うので)


 宰相のスタッフはみんな優秀だ。もちろん、そんなことなんて言わなくてもわかってる


「すごい。これなら、計画もずいぶんと楽になります」


 手元の計算尺を使いながら概算をはじめてるよ。 


 オレが出せる建物は、3階建ての古いマンションか、5階建てのオフィスビルしかない。今回はマンションの方を使ってるから、一回出すとバスタブが28個んだよ。しかも追い焚き無しの排水口しか開いてないやつだ。


 水桶として最高だね!


 そして、ビルの屋上にあったのが「FRP製屋上貯水タンク」だ。


 今どきのマンションは水道管から直結して加圧給水しているから見かけなくなったけど、古いビルは屋上に置いたタンクに水を溜めて各戸に給水したんだよね。ビルとしては小さめの14立方メートルしかないけど、容器自体の重さが200キロもないから、むしろ移動させやすくていい。


 こいつを、あらかじめポイントに持って行っておけば事前の水は準備OKだよ。


 頭の痛かった水問題が、けっこう楽になるはずだ。実際、これを見せられてからのスタッフの顔色が明らかに良くなったもん。


「ショウ君、これは何個用意できるんだ?」

「カーマイン領から運ばなければなりませんが、こちらの大きなタンクが20個、こちらの『軽い水桶』でしたら200個以上はあります」

「よし、その全てをもらう。特殊な軍用品だ。値段は言い値ということになってしまうが、そこら辺の手加減は頼むぞ。国庫は開くにしても、余裕はそれほどないのでな」

「えっと、これ、全部無料で良いです。ただし、輸送の負担は国でお願いします」


 今、コイツの移動に割く人手が無いんだよね。


「なんだと? 無料? バカなコトを言ってはいかん。この…… タンクといったか? このタンク一個で、男爵領の一つや二つ買えてしまえるはずだぞ」

「そうですね。正直、欲をかけば、今回、ここにあるものだけで白金貨をありったけせしめられると思ってます。なにしろ代替品がないので」

「ずいぶんとハッキリものを言う」

「すみません。ただ、我が領としては、コイツの代金をお金で受け取ろうは思ってないのです」

「ふむ。と言うことは、何か代わりのモノが欲しいと?」

「さすがノーマン様、鋭いです。私は国の命令が欲しいんです」


 そ。貴族はやり放題で、人権無視もOKな世界だよ。まして国王命令なら何が何でも逆らえる人なんていないよね。


 には最高さ。


「命令? いったいどんなことだね?」

「ちょっとこれを見て下さい」


 とっておきの地図を持ち出した。スタッフも覗き込んでる。


「西部の山岳帯の間ですけど、実はガーネット家の西側は少しだけ、なだらかな地形になってますよね? ここなら、道が作れます。だから、王都から「この間」を目がけて、できる限り一直線の道路を作りたいんです。その道路を作るために必要な命令をお願いします。ガーネット領は既に道路造りをはじめているはずです」


 エルメス様に話を付けてあった。すくなくとも計画上の道路予定にある川と谷には橋が架けられはじめてるはずだ。


 実は以前、ハーバル家までの道のりで計算してみたんだ。


 真っ直ぐ西に道を作って山岳帯を抜けるよりも100キロ以上は遠回りになる。だけど、山の中に道を付けるよりも時間を大幅に短縮できるはず。移動に必要な日数も、道路があれば、むしろ短縮されることにもなるんだ。


『真っ直ぐに山の間を抜けられる新線を作るのは、将来、建設機械が発明された後だよなぁ。トンネルを掘るって言っても今の技術じゃかなり限定的なことしかできないし』

 

 とにかく時間が無い。この道路を完成させるまでに1年しか無いんだ。どれほどのやっつけ仕事でもないよりは全然マシ。特に谷と川に架ける橋はあるのとないとじゃ移動時間の計算が全く違ってくるからね。ちょっとした山なら、そのまま切り通しにするのもありだ。


 あ、切り通しってのは鎌倉なんかにあるだろ? トンネルと違って「上」まで全部掘ってしまうヤツだ。


 とにかく「道は真っ直ぐ」作るのが至上命令だ。


「ガーネット、シュモーラー家には多大な負担を掛けるでしょうけど、全線同時着工して、一気に完成させる必要があります。東側はちょうどシュメルガー家がありますし」


 ニッコリと見上げてみせる。


「東はウチだけでやらせるつもりか?」

 

 ノーマン様が露骨に渋い顔をした。


「我が領とカインザー家の領地では道路が着々と完成に向かっております。ソコに接続していただくのが一番早いかと。金銭については恐れながら、我が領地からご支援いたします」

「伯爵家が出すだと? 公爵家の工事に費用を出すと申すか?」

「我が領地にもメリットがございますので」

「メリットなど、この莫大な費用に見合うモノがあるのかね?」

「はい。領都ニコへも接続していただければ、商人の行き来も容易くなりましょう」

「確認だが、道を曲げるのではなく『接続』の形なのだな?」

「はい。最短距離で東に向かわなくてはなりません」

「ふむ」


  王都から「東」へ向かう道路を、というだけならニコは通らなくてもすむ。けれども防衛戦力の派遣用だと考えると接続道路が絶対に必要なんだ。


「あの、それから」

「なにかね?」

「途中に防衛用の砦が二つ、いえ、三つ欲しいところです。そこで替え馬や水、食料を補充し、休息が取れるような施設が必要になります。まあ、これは西側にも同じ事が言えるんですけど」


 エルメス様のガーネット家は、既にそのつもりで動いてくれているし、シュメルガー家「も」用意したと言えば西側の他の貴族達も参加してくれることを期待してる。


「今は、それをステイションと仮称しておきます」

「ステイションか。恒久的な軍事基地のようなものだな」

「普段は人員を最小限にしておけばコストも最小限になります。それと、ステイションの周りには畑を作らせて屯田兵にしてしまって、食料の一部だけでも自給できるようにすれば、もっとコストが下がります。それから、一番前線に近いステイションには「ちょ、ちょっと待て!待つんだ!」はい」


 ノーマン様はあえぐようにオレを見つめてから「まったく」とため息。


「いったい何をどのように、何手先まで企んでおるんだ?」

「そんなぁ、企むだなんて。何もありませんよ」


 実際、オレができることは少なすぎる。だから、こうして貸しを作って取り引きするぐらいしか手が無いんだよ。


「とにかく、こんな場所では詳しい話もできん。この者達も関心がありそうだしな」


 え? と思って見回したら、さっきまでタンクに群がっていたみなさんが、いつの間にか取り囲んでたよ。


 興味津々、驚愕半分って目だ。


「あ、えっと、テヘッ?」


 そんなんで誤魔化せるはずがなかった。


 そのまま王宮に拉致されてスタッフに説明と検討と、そのうえ実務までヤラされるハメになったよ。だって、この人達が質問攻めにしてくるし、遠慮会釈無しに仕事を振ってきて、離してくれないんだもん。


 気が付けば最後は徹夜で3日間。


 シュメルガー家の第2夫人であるモティーフィーヌ様には手ずからお茶まで入れてもらって、メイド頭のレンにも無理やりお世話を焼かれる始末だ。


 あれ? なんで、オレ転生してまでブラックな仕事をしちゃってるんだろ?


 ま、前世と違って、身の回りのことをあれこれしてくれる女性がいるのはダンチだけどね。


 ブラックだけど天国。メイドのみなさんも「お嬢様の旦那さん」相手ってことなのか、気付けばマッサージをしてくれたり、食べやすいように切ってあったり、あげくは口に運んでくれちゃったり。


 ありとあらゆることを無茶苦茶チヤホヤしてくれるんだもん。


 疲れて、ちょっと見回せば、愛しのメリッサの幻影まで見えちゃうし……


 え? メリッサ!


「本物だ」

「ふふふ。本物ですよぉ。ショウ様」

「めりっさぁ~」


 いつもの、良い香りのする空気ごとメリッサだ。さすがに人前ではいちゃつけないけど、こうして心からの笑顔がそこにあるだけで心が癒される。


「でも、どうして、ここに?」

「父から連絡をもらったんです。泊まりがけになるが心配するなって」


 あっ、連絡するのを忘れてた。


「ごめん、心配を掛けて」

「いいんです。お仕事のためだったのですものね。殿方はそのくらいじゃなくてはと存じます。お父様も、かつては良くそんな感じでしたから」


 そして差し入れと、周りが気を利かせて仕事に集中するふりをしてくれたんで、ちょっとだけキスをして帰って行ったんだ。


「オレだって、これが終わったら、あの娘と婚約するんだ」


 なんか、フラグのようなセリフを言っている人がいる。大丈夫かなぁ。


 ん? まてよ、よく考えたら学校ってもう始まってるよね。王立学園の欠席って、オレの方こそ、大丈夫なんだろうな?


 っていうか、もう、今学期の学校が終わっちゃうというのに!


 焦るオレが「学校、どうしよ!」と叫んでみてもノーマン様は、すまし顔だ。


「かまわん。ついでに、半年くらい仕事を手伝ってもらっても良いと思うよ」

「でも、進級できなくなってしまうのでは? さすがにそれは、ちょっと困ります」


 みんなと卒業式に出たいよ。


 オレが送り出す側になるとかは寂しいなぁ。 


 あ、でも、クリスと同級生か。それは楽しいかも…… って、違う、そんなことで前向きになってもダメだ。


 とにかく、留年はヤバい。


「安心していい。いざとなったら宰相権限を発動する」

「さいしょうけんげん?」

「あぁ、だから大丈夫だ」

「宰相様? 恐れ入りますが、私、入学前に学則を穴の開くほど読みまくりましたが、そのような文言は恐れながら」

「なるほど。さては入学前から学則のアナを探しておったな?」

「ははは、さすが宰相様。座布団一枚、おーい、〇田くーん」


 あ、いけね、徹夜続きでハイになってるよ。


 ノーマン様の怪訝な目。


「あ、いえ、えっと、昔読んだ本の中で、上質なユーモアを持ち出せた人には名誉の勲章が与えられるという話があった気がしちゃったりなんか、あの、で」

「なるほど。不思議な名前の勲章だな。ザブトンイチマイ?」

「あ、えっと、あの、その、だから、穴を探してたって言いましょうか、あー穴があったら入りたい」

「おー ショウくんもザブトイチマイだな、ハハハハ」


 そして、笑いが収まったとき、目の前にはエルメス様がいたんだ。


「ひぃいい!」


「小僧、何を驚いておる。ちょっと窓から入って時間を短縮しただけだぞ」

「あ~ 窓から。なるほど。それならドアが開かないのも納得ですね…… って! あの、ここって3階ですよ!」

「おお、途中に出っ張りもあるんで、ちょうど手がかりになって楽だったな。この部屋は登りやすいんだぞ」


 ニカッと笑ったエルメス様にシブい声が被ってきた。


「武者返しを『出っ張り』だと言い張れるのは、貴殿しかいませんがね。おかげで、警備のモノ達が、また大改修の予定ですよ、これで 4 回 目 ですがね」

「なあに、宰相殿が安全になるのはよいことではないか。5回目の改修も早期にさせてみせるぞ」


 何、このカオスな会話?

 

 窓の下を覗いて見たら、二階の上にあるひさし部分が武者返しになっている上に、下向きになってるトゲトゲが大量に植え込んであるんだけど。


 これをどうやって乗り越えてこられるわけ? 人間技?


 しかも、ほぼ一瞬で窓から飛び込んできたことになる。


 魔法はない世界のはずだよね? それとも、これも何かの超能力なんだろうか。


「ん? 小僧、この程度で驚いているようでは、まだまだだな」


 ワッハハハと心から笑うエルメス様を「処置無し」という感じの目で見守るノーマン様。何気に、良いコンビなのかも。ライバル心は全然見えなくて、お互いの「専門」を尊重しあってる感じだ。


「でも、ちょうど良かったです。エルメス様がいらっしゃるなら、今、計画について話してしまいますね」

「「ん?」」


 さっき話せなかった「計画」について地図を前に説明をし始めた途端に、二人の目は「知性ある猛禽類」の目になって、説明を聞いていたんだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

度重なるおねだりで恐縮です。


現在、異世界ファンタジーカテで

夢の30位に入れました。ありがとうございます!


ここまで来ると欲が出ます!

お願いします、15位以内!

応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

評価って言うか応援のつもりで★★★をお願いします。

ショウ君も新川も褒められて伸びる子です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 




 

 



  

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