第31話 野外演習 2
王の執務室から退出して、十歩も歩いてない。
ノーマンは堪えきれなかったのだろう。歩きながらギロリと視線を送った。
「まさか、貴殿が賛成するとはな」
非難の色が隠し切れてない。否。隠すつもりもないようだ。
「ん? なんでだ?」
エルメスは、心から不思議そうな表情で見返した。
イタズラ小僧の表情だ。
「なんでだと? 言う必要があるのか。あの年頃は成長期だ。1年生と2年生ではあまりにも違いすぎる。いまだかつて無いほど不公平な組み分けだぞ。こんなことを大人の思惑で押しつけて良いはずがないだろう」
なんと御前会議の場に「王立学園の行事」についての案件が上がってきた。しかも、中身はとんでもなく不公平なものだった。
さすがに一顧だにする価値無しだと黙殺を決め込んだら、エルメスが平気な顔で賛同したのだ。
案件を持ち出したロウヒー侯爵は「名誉勲章まで授与された貴族家当主と貴族家の普通の子弟では、あまりにも不公平になる」と主張している。
「したがって手駒は1年生だけで十分でありましょう」と笑う侯爵であった。
リンデロンとノーマンは「義父」という立場上、強く主張ができなかった。また、あまりにもバカバカしい。しかも、王立とは言っても「たかだか学校の行事の話」である。御前会議の場にふさわしい話題でもない。
後で校長宛に直接言えば良いだろうと思ったのだ。
王自身も学園の卒業生だ。その格差というか理不尽なまでの不公平さは十分にわかる。さすがにまともに取り上げず「これで勝てるようなら、子爵は、卒業など待たずに、即刻将軍級にしても良いのではないか」と笑顔で呟くに止まった。
しかし、エルメスが「これは面白そうだ。ぜひ、やらせればよい」と賛同して、王までもが「そうか、楽しみだな」と答えてしまった。
王が楽しみにしてしまった以上、これは「成立」である。
結果的に、不公平を黙認したことになってしまったわけだ。
ノーマンの油断と言えば油断だが、腹を立てている。
れっきとした大人がやるべきことではないだろうと、ノーマンは内心怒り狂っていた。一歩後ろを歩くリンデロンが、その怒りをなだめようとしないということは、すなわち、同等の怒りを内包していると言うことだ。
ところがエルメスは鼻歌を歌わんばかりに上機嫌だった。いや、実際、歌っていた。
「お前達は何もわかってないな。これはなぁ、小僧へのハンデとしては小さすぎるのだぞ」
「小さすぎるだと?」
「ああ。三匹の犬に率いられた野犬の群れが、一羽の賢くて強い鷹に率いられた鳩たちに勝てる道理はないのである」
思わず立ち止まるノーマンとリンデロンだ。
「もしも、絶対に小僧に勝たせたくないと我が思ったら、奴の手勢は女の子10人ということにするぞ。いや、それでも、絶対とは言い切れないだろう。何かしらの手を考えるだろうな」
「なんだと?」
エルメスは嬉しそうにしているが、冗談を言っているとは思えなかった。
「今回は、人数だけはほぼ同じなわけだ。この条件であれば、よもや負けるなどとは小僧自身が考えもしないだろうよ」
真顔だ。
ホンのひとカケラも冗談が入っているようには思えない。しかし、集団戦だ。しかも将軍に「死亡判定」が付いた瞬間に敗北が決まる以上、将軍自らが戦うわけにもいかない仕組みだ。
一人で勝てるというモノではない。どう見ても戦力差は1対4、あるいは良くても1対3。機動力の差を含めて普通に考えれば3日間で殲滅されないだけでも上出来の部類だ。
黙り込んだノーマンと、リンデロンの顔をあきれたように見てくるエルメス。
「あのなぁ。将軍ってのは二通りのタイプがいるのだよ。見栄えの良い、正々堂々とした戦いをして負ける奴と、負けるはずの戦いを泥臭く勝利側に近づける奴だ。そして小僧は間違いなく後者だ」
「しかし、いくらなんでも、これは無理だ」
そこで初めて、リンデロンが口を挟んできた。
「貴殿はショウ君が勝つとお思いなのだな?」
「やれやれ、二人は王国の頭脳ともあろうお人なのに、相変わらず軍事はダメダメだな」
エルメスは茶化すように言った。
「軍は貴殿の専管である。そなたが存分に働けるように努力しているつもりだが?」
それは事実だ。宰相のノーマンも、外交を引き受けているリンデロンも申し分が無いとエルメスは考えている。
エルメスは「すまぬ、それに不満を言っているわけでは無いのである」と詫びた。
「ただな、小僧についてはお二方の認識が甘すぎるっと言っておこう」
「甘すぎる?」
「たった、これだけしかハンデが無いのだ。勝敗は始めから決っている。あとは、どうやって勝つかだけが見物である。それが楽しみで、楽しみで。小僧がどんな作戦を見せてくれるのか。こんなにワクワクするのは久しぶりなのだ。しかも、今回は特等席で見られるんだから」
「貴殿は、まさか立ち合うおつもりか?」
「おう、よ。国軍最高司令官の特権って奴は、こういう時に使わなくちゃ損だからな。3日間、かぶりつきで見てるぜ」
再び歩き始めたエルメスは、興奮を示すように速歩となった。
小走りに追いついたノーマンとリンデロンに、歩く速度を緩めずに言った。
「婿殿の雄姿だぞ? お二方も、この際だから見ておいた方が良いかもしれぬぞ。そうしたら、もっと小僧のことを信頼できるようになるであろう」
「そ、そのことだがな。ショウ君は、どうやって勝つつもりなのか、予想はついているのか?」
ノーマンはグッとエルメスの二の腕を掴んだ。はち切れんばかりの筋肉だ。
エルメスはニヤッと振り向いた。
「我のカンだと、たぶん義父殿を頼ってくると思うぞ?」
「それは、公平さを取り戻そうと言うことか?」
「あ~ 違う、違う。ま、小僧が頼ってきたら、せいぜい協力をしてやることだな」
そう言って言葉を切ってから「言っておくが、お二方が協力しなくても小僧は勝つ方法を考えるぜ? ただ、ここで義父殿に借りを作っておきたいって考える気がするんだよ。逆に言えば、協力があって初めて勝てる、ってな方法を考えるんだと思うぜ?」とニヤリ。
「ただ、勝つだけではないというのか」
ノーマンの言葉はエルメスに言ったと言うよりも半ば独り言だ。
「ははは。そういえば、陛下は面白いことを呟かれていたなぁ」
そんな言葉を残して、エルメスはひとり馬場へと歩き出したのである。
・・・・・・・・・・・
筋肉の塊のような男が身を縮めて校長室にやってきた。
「校長、南軍の将軍となったショウ子爵より書面にて質問が届いております」
「苦情なら受け付けないと答えろ」
この程度の予想はしていた。義父に泣きつく可能性も考えてロウヒー侯爵様にお願いして、御前会議の場に話題として通しておいたのもそのためだ。
しかし筋肉ダルマの体育のガーレフは、自分の担当である以上、簡単に引き下がれなかった。
「これは苦情ではなくて質問です」
「チーム分けの事情など説明せんぞ」
「あの~ 質問内容はチーム分けのことではなく、ルール上の問題です。それも質問というか確認を求めております」
ガーレフが差し出された書状をチラリと見ると、ルール上の細かな疑問点が無数に書き連ねられてあった。一見しただけでも面倒なことが明白だった。
「どうやら、針の穴を突いて、こちらの落ち度を突く作戦とみた。こちらの回答に矛盾でも見つけて、そこを持ち出して義父に泣きつくつもりだろう」
公爵家のことを常に意識しなければいけないのは、いっそ厄介だった。
『そうやって、自分に有利にしたいんだろ』
こまっしゃくれたガキのやりそうな手口だ。
「どうなさいますか?」
「突き返せ」
「突き返すのですか? 疑問点を出された場合、我々には答える義務があるかと」
「これは軍事演習だぞ。指令書は既に示してあるのだ。決められた指示の中で判断ができないようでは困るというものだ」
「はぁ」
「指令書が全てだ。あとは判断せよ、そう答えてやれば良い」
「わかりました」
とはいえ、相手は子爵閣下でもある。
しかも、わざわざ「伯爵家の紋章」の入った手紙でもあった。いったん受け取ってしまった以上、木で鼻をくくるような返事を口頭でというわけにもいかない。
『しかたない。だいぶ格は落ちるが、オレが書いて、二人の学年主任の署名でも入れて返すか』
野外演習の担当教官であるガーレフが苦労して書いた手紙から、儀礼上の言葉を差し引くと「指令書が全てである。そこから判断するように」という簡単なものだけである。校長の言った通りに書かないと、逆に不味いのだ。
しかし、呼び出して、ペラペラの封筒を渡すと、中を見る前に「わかってますよ」と言いたげに少年の顔が薄い笑いを浮かべたのだ。
ドキッとした。
『オレは何かを間違ってしまったのか?』
ガーレフは、自分が何か決定的なことをしてしまった気がした。
・・・・・・・・・・・
「やりぃ! 指令書通りね。はいはいは~い。お言葉いただきましたぁ~!」
オレは、もう何度も読んである指令書の一説を思い出していた。
「本作戦は7月1日払暁におけるのろしを持って作戦期間に入るものとする。以後、終了を告げるのろしがあがるまで、本指令書の規定を破ってはならない」
これが前文。ちなみに、ご丁寧なことに「のろしと並び、天候と時間によっては合図の鐘を鳴らす場合がある」とまで書いてある。
「陣地から橋まで距離がほぼ同じで、真ん中の橋を先に渡った方が圧倒的に有利になる分、さすがにスタートの厳密さは気にしてるんだね」
ちょっと過去の戦いを調べただけでも、先に橋を渡った軍の勝率は8割を超えるのだ。
ま、どうせ、この時期に雨はないから、合図はのろしだよね。雨のシーズンは7月の真ん中だもん。
そこは安心しても大丈夫。問題は……
「ちゃんと判定してもらえるかって辺りだよ。いちおう審判は陣地内にもいて常に確認することになってるよね。その辺りの間違いは起こらないでほしいっていうか、そこで間違えられちゃうと話にならないか。できれば、信頼の置ける良い先生に来てほしいものだなぁ」
せっかくの小細工だ。審判のミスでゴチャゴチャしたくない。
「ま、今回のイラッとするようなしつこい質問状でさぞかし、めんどくせー相手だって思ってるだろうし。あんまりいい加減な先生は付かないだろう」
送りつけた「質問状」には、本当にどうでも良いような細かいことを色々と書いておいたのだ。まるで針の穴を突くように「こまか~い」ところまでチマチマとね。
「校長が律儀な性格だったら逆に面倒だったかも。でも、てきとー体質の人らしいってのは、ノーヘル様の情報で入ってたからね」
きっと、オレからの質問状なんて、ろくに読まなかったんだろうなぁ。署名も学年主任になってるし。この文字はガーレフ先生の文字だ。
『大方、お前が答えておけ、あたりだったんだろうね。まあ、おかげで、オレのほしいベストのお返事をもらえたよ』
受け取った封筒をヒラヒラさせながら、部屋に戻ったんだ。そこには狭い部屋にメロディー付のメイドとニア、もちろんミィルもいる。
ホントはメリッサたちも来たがったんだけど、場所が狭くなるので、メリッサは自分の部屋。側仕えを三人ばかり呼び寄せたらしい。
この辺り、自分がちゃんと引いてみせるのがメリッサの素晴らしい所だ。なんてすごい第一夫人だろう。
そして、百点満点のお手紙を受け取れたわけなので、第二夫人の実家の手を借りるのが、スタート、と。
「メロディ~」
「はい」
「お家の人に、ヤッちゃってくださいって指示、よろしくね」
「はい。ありがとうございます」
「ん? お礼を言うのはオレの方じゃ?」
「だって、ショウ様が頼ってくださるだなんて嬉しいです。妻としてお役に立てるのですから。これからも、いっぱい頼ってください」
キラキラした黒い瞳がまっすぐに愛情を伝えてきてくれる。
「いや、今回は、ホントにみんなを頼っちゃってるよ。大変なことをお願いしちゃってるし」
「今まで学んできたことが役に立つなら、これ以上嬉しいことはありませんわ。それに、案外と簡単ですのよ?」
そうなんだ。彼女達は、昨日から、ほとんど徹夜でオレの頼んだ仕事をしてくれてる。しかも、これは絶対的な秘密だから、この部屋とメリッサの部屋でしかできないんだ。
メロディーも明らかに寝不足の顔だけど、それを言っても困らせるだけだっていうのもわかってる。彼女達が愛情を込めてしてくれてることだ。素直に「ありがとう」だけを伝えておく。あ、もちろん、メイドちゃん達にはボーナスを出すのが当然だよ。たとえ、主人への愛情であっても、それを労うものは、やっぱり形にしないとね。
「それに、男子が出発の日から私達はお休みですわ。みんなで、ショウ様の必勝をお祈りいたしておりますので」
「ありがとう」
絶対的に信じられる味方がいるっていうのは、なんてありがたいんだろう。
そして、オレはメリッサにも「お義父さんにお願いがあります」の手紙を書いたんだ。
二つの公爵家の影には、それぞれ得意分野が少しだけ違うんだ。情報を集めたり、現地のかく乱が得意なスコット家、経済分野や街への隠れた工作が得意なシュメルガー家。ちなみにエルメス様のガーネット家は戦場の情報収集と敵情視察に長けている。
「う~ん、エルメス様にも、ちゃんと借りを作っておかないと、そろそろ怒られそうだなぁ」
かといって、現地で「敵情視察」をしてもらうと、さすがにインチキっぽいというかルール上、ヤバい感じだ。
何かないかなぁ……
「あ! そっか。何も影にばっかり頼る必要は無いのか。ガーネット家の自慢の筋肉に頼るのもありじゃん」
メリッサへの手紙を一気に書き上げると、すぐにエルメス様への手紙を練り始めたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
衝撃の事実。
不公平戦は、エルメス様のせいでした。
軍旗は、お部屋へと、しっかりと毎回持ち帰っています。さすがに出発前に無くしてしまうと問題が大きくなってしまいますので。
おかげで狭いお部屋には軍旗が大きな顔をして居座っています。
ウワサを聞きつけた御三家の騎士団長は、ムリヤリ同行を願い出ました。団員も
なお、本文には出てきませんが、シュメルガー家の騎士団からも栄誉礼を受けています。
さて、明日はいよいよ、開戦です。この時期の夜明けは4時半頃になります。
みなさま★★★評価へのご協力に、とっても感謝しています。
本当にありがとうございます。
お手を煩わせていただいたおかげで、順位アップできると
作者のやる気は爆上がりです!
応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。
評価って言うか応援のつもりで★★★をお願いします。
ショウ君も新川も褒められて伸びる子です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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