第28話 バラ~の形の

 


 行事はあるにしても、普段の授業は淡々と進んでいく。前世の学校との違いは、時間割がかなり柔軟なことだ。


 1年のうちは『数学』が毎日。そして『歴史』と『地理』が交互にあって、珍しいのは男女別に『被服』があって、けっこう重視されてるってこと。


 女子の『被服』は主に刺繍だ。


 こっちは芸術レベルまでいくらしい。いつかメリッサとメロディーからもらったハンカチの刺繍もすごかったもんね。コンピュータ付きミシンがビックリする出来映えだった。女子の『被服』っていうのは、そっちの世界だ。


 それに対して男子の「被服」は、実用一点張り。

 

 って言っても、エプロンを縫ったり、トートバッグを作ったりはしないよ? 


 扱うのは軍服の直し方や革細工、あるいは軍靴や馬具の手入れや簡単な修理、武器の手入れまでも覚えるらしい。そっち方面での実用性だ。


「装備の手入れは自分でできるようになってもらう」


 なるほど。士官であれば、当番兵でもつくんだろうけど、誰にでも新人の時はあるし、いつも当番兵がいるとは限らないもんね、


『敵地の中を一人で逃げ回ってるときに、切れた革帯を自分で直す場面、とかあったらやだよなぁ』


 そんなことをつい考えちゃって、思わず「これ、フラグにならないよね?」と慌てて自分の妄想をかき消した。


 ともかく、布でも革でも軍隊では縫い物ができる必要があるらしい。


「時には仲間のを縫うこともあるぞ」


 なに、そのいや~んな想定。でも、刀傷なんて、縫わないとダメだろうし。わ~ 考えたくね~


 自衛隊でも入隊訓練の一つに洗濯やアイロン掛けなんかもあるんだから、家庭科っぽい技術は必要なんだろうね。


 ところで、高位貴族は日常においての身の回りは全てやってもらうのが普通なんだよ。朝起きると、洗面器にお湯が張られてパッと差し出されるし、着替えも全部任せるのが基本。冬場、コートを着て家に入ったら、普通に歩いているうちに、ボタンも全部外されて、サササッと脱がされているんだ。名人芸の世界だね。


 もしも、そこでボタンを外し損なって貴族が立ち止まらなきゃならなくなったら、それはメイドの恥ずかしい失敗とされるんだよ。逆に「脱いだ服をきちんと畳む貴族」なんて、あっちゃいけないってレベルだ。


 だから、寮の生活も、何でもやってもらって当たり前。


 ホ~ント、ダメ人間だと思うもん。ただ、ミィルにとっては、当然のこと。オレが「自分でやる」なんて言いだしたら、きっと存在価値を否定されたみたいに感じて悲しんじゃうだろうね。


 寝ようかなって思った次の瞬間、歯ブラシが差し出される生活だ。じゃあ縫い物やアイロン掛けをできないのかって言われると、それは違うんだよ。


 くくく、よく勘違いする人がいるんだけど、それは貴族というものを知らないからさ…… なぁんて、エラソーに言ってるオレも「高位貴族の女性がホントは料理ができる」って、ニアから聞かされて驚いたことがあるんだけどね。


 貴族の家に生まれたということは、戦場に真っ先に駆けつける義務があるってこと。だから10歳になるころから裁縫や身の回りのことは徹底的に練習させられるんだよ。将来戦場に行ったときのためにできるようになっておけってことでね。


 むしろ、裁縫をしたことが無いのは裕福な商人の家の子どもだ。ケンもビリーも壊滅的だよ。


「こんなのメイドにやらせればいいのに」

「破れた服を直してまで着るなんて」


 実家にお金があって、何人ものメイドさんに、朝から晩まで世話をされていれば、実際、そうなるよね。


わかるぅ〜w でもね。


「戦場にメイドさんを連れて行けないだろ? それに戦場では、開いてる服屋さんなんて見つからないと思うぞ」


 軍隊は何でもかんでも自前が原則だ。ちなみに、サスティナブル王国では、戦場に行く兵士に持たせる「標準装備」の背嚢リュックに針と糸が入ってる。


「ってことで、明日までの課題、頑張ってね」


 本日の授業で「布の継ぎ当て」の試験に失敗したビリーとケンは二十枚の布を渡されて、明日の朝までに、全部をつなぐという課題が出てる。


 しかも、凶悪なことに「二重になったごく薄い布の表面側に糸が見えないように縫い合わせる」という条件付き。


 この二人の腕だと、徹夜だろうなぁ。

 

 ってわけで、さっき出しておいた。


「ほら、差し入れだよ。眠いときはこれを飲め」

「何、この黒い粉?」

「匂いは良いけど。ヤバい薬…… なわけはないか」

「コップにスプーン一杯分入れて、お湯で溶かすんだ。目が覚めるぞ」

「わっ! やっぱりヤバい薬なんだ」

「こ、これは?」

「コーヒーって言ってね。昔、東の果ての国でエライお坊さんが、これを飲んで寝ずに修行したって話だ。眠気を飛ばすにはいいぞ。ただし、無茶苦茶苦いから、コイツをつけてやる」


 ちゃんと横に控えているミィルが、サッと差しだした蓋付きのカップには「バラの花型」の角砂糖が十数個。子どもの頃、親父がお中元にもらったのを誰も使わず、結局翌年そのまま捨ててたんだよね。


「これは、バラ?」


 ケンの食いつきがすごい。


「砂糖だ」

「「ええええ!」」


 二人とも、両手で口を押さえてる。


「そんな。ただでさえ高いのに、こんな風に形を整えたら、しかも、半分は真っ白、半分は見たこともないくらい綺麗なバラ色。いったい、いくらするのか…… さすが伯爵家」  

「へたをしたら中銀貨中デナリウスいや、それも、一枚や二枚じゃ無理だ。この一つひとつで、そのくらいしちゃいますよ。そもそも、こんなすごいものは手に入らない。どこで手に入れれば良いのか見当もつきません」


 ケンの目が、すっかり「商人」のそれになっているのが微笑ましい。


「ほら、これで頑張れるな? 砂糖はケチるなよ。全部使って、ちゃんとコーヒーを飲んで寝ないようにね。絶対に課題を終わらせるんだぞ」

「「頑張るよ!」」


 二人が喜び勇んで課題をやるべく部屋へと駆けていった。その後ろを見送るオレにミィルは、何も言わない。


 けれども、その視線は十分に雄弁だ。


「あんなに高価なものを、よろしいのでしょうか?」


 まあ、そんなことを言いたいんだろう。


「いいんだよ。あれで。二人がウチに来てくれれば、安いものさ」


 あの二人がどう思うかわからないけど、ピンク色と真っ白なバラ型の角砂糖なんて、公爵家に献上したら感状が来るレベルだもんね。


 おそらく、この世界で売れば小金貨アウレウスの一枚や二枚じゃすまないはず。


 これであの二人がうちに就職してくれれば安いものだけど、実は今回は実験に近い。砂糖を出すメドが立ったのは、今後に向けて実に大きいからね。


『案外と、砂糖のゴミって無かったからなぁ。これを思い出せて良かったよ』

 

 ちなみに、御三家とカインザー家にバラの角砂糖を贈ったら、シュメルガー家からはドレスが、スコット家からはメロディー達とになる「サファイア入りのチョーカー」が三つ、ガーネット家からは見事な体格の軍馬が届けられたよ。


 藁しべ長者w


 全部が、メチャクチャ高価なものっていうか、普通のルートだと手に入らないよ。


 でも、実は、これはお金の問題じゃないんだ。


『これって「返礼」のフリをした政治的な声明なんだろ』


 周りに示す政治的な効果はすごく大きいはずだ。


 ドレスは、明らかに「クリスのデビュタント用」のもの。


 ちなみに、こういう場合は、ドレスそのものが届くのではなくて、デザイナーが弟子達を大勢引き連れて、うちにやって来るんだよ。これから、何ヶ月も打ち合わせをした最高のドレスを作って、支払いは全部シュメルガー家持ちだ。


 そしてスコット家からのチョーカーは、わざわざ「シュメルガー家の令嬢と自分の娘と同じもの」を贈ってきたのがポイントだ。


 つまり、両家とも、オレが迎える側妃を尊重するという意志表明ってこと。


 以後、バネッサ、ニア、クリスを側妃として娘達と同列であると示すことに公爵家として賛同したという公式表明ってことになる。(実際には、正妻と側妃だと微妙な違いはあるけど、他人から見たら一緒だからね)


 だから彼女達が公式のパーティーに、お揃いで着用することで「ウチらの娘と同列の扱いだと認めたから、以後、何かあったらウチにケンカを売ったことになるよ」ってスコット家が表明したのと同じってことだ。


 さすがリンデロン様らしいソフィスティケートされたやり方だよ。


 そしてクリスのデビュタント用のドレスをが贈ってきたということは、三人の側妃の件は公爵家同士で話をつけたよというシルシだ。


 これ以後、オレは一切気にしなくて良いよと、教えてくれてるんだよね。


 さっすがぁ。


 まあ、エルメス様が送ってくださった軍馬は、もっと単純に「早くコイツでオレの領地に遊びに来い」って催促だろう。見事な体格をしているから、いくら飛ばしても潰れなさそうだもん。


 ガーネット領の都である「シン」まで馬を飛ばせば10日ほどだから、夏休みにでも行く予定だよ。


 ふぅ~


 砂糖一つ贈っても、そこで色々な「政治」を考えちゃうんだから、公爵家ともなると違うんだよなぁ。


 もちろん「過分なお礼に感謝」って形で、さらに贈り物を持っていくのは常識だよ。それはまた、そのうち考えようっと。毎回、アルミサッシだと芸が無いから、また何か考えなくちゃだね。


 たださ、順調にいってるときほど油断って出るんだよね。特に、を読み落とすことが起きやすい。


 とにかく、その時は「砂糖が出せる!」ってことで得意になっていたオレは、エルメス様を、心のどこかで「脳筋」って舐めていたんだと思う。


 でも、考えてみればわかる。


 大陸の最大国家の軍を一手に握り、国王すら威光に恐れを抱く存在って言うのが、単なる脳筋じゃあ無理ってことをね。


 でも、それがわかるのは、もっともっと、ずっと先だったんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

今回の「バラの形の角(?)砂糖って、ご存じじゃない方も多いと思います

こんな感じです。

https://www.denguri.com/nakunaranaide/rosesugar

昭和のレトロな小物を扱っていらっしゃる個人ブログだと思います。

こちらを紹介させていただきました。


なお、石川県だと、結婚式の引き出物に「鯛の形のお砂糖」がよく使われていたそうですが、ショウ君の前世は東京在住だったため、見たことがないようです。読者の方からの情報では愛知県にもあったそうです。一度もらうと、無くならないんですよね~


騎馬の移動速度は、馬に乗り慣れた人が街道を使うと1日に50~60キロ程度だったそうです。時速で言うと20キロから30キロを出せるんですけど、生き物なので休憩等が必要なのと、宿泊場所の関係などの問題があるため、アベレージにすると、その程度の距離になるそうです。


応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

おかげさまで、異世界ファンタジーカテで大躍進しています。

評価って言うか「応援」のつもりで★★★をお願いします。

新川とショウ君は褒められて伸びる子です。

よろしくお願いします。

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