第27話 騎乗

 戦場においての士官には機動力が必須である。


 なぁんて、難しいことを言っちゃって 笑


 要するに「馬」だよ。学園生は馬を乗りこなせないとダメ。一定以下の技量だと卒業も進級もできない。これが一部の人にはシビアなんだよね。


 王立学園を卒業する全ての男子の必須が「馬術」と「馬上戦闘術」「機動戦術」、そして前世でも見たことのある「ポロ」だった。


 ただし1年生の時は「ポロ」のみは課外活動扱いになっている。大切な教科だけど馬を乗りこなせない人間が参加すると自分だけじゃなくて他人を巻き込む危険が大きすぎるためだ。


 ちなみに、ポロはタテ300、横150メートルの広大な競技場でやる。サッカーフィールドは100×70程度だから7倍くらいの差になるんだよね。


 そこを1チーム4人、合わせて8人8頭が走り回るのだから、迫力はあるよ。


 ポロの基礎も徐々に習い始めてるけど、1年生の前半は、ともかく「馬術」と「馬上戦闘術」がメインとなる。


 学園生にとっては、っていうか戦場に出る武人にとっては、前世の「地方都市の社会人は車に乗れないとダメ」ってレベルよりもさらに切実なんだよ。


 そもそも自動車なら誰かに運転させれば良いけど、馬は自分で制御するものだ。


 そして「生き物」っていうのが最大の利点であり、ネックでもある。


 馬は信頼関係さえあれば本当に乗り手を大切にしてくれるんだ。


 馬上で意識を失った騎士が、愛馬のおかげで味方の陣まで帰ってこられたなんて話は、普通にあること。


 やっぱり群れで生きる動物だからだろうね。


 コンビを組んだ愛馬なら手綱を取らなくても意のままに動いてくれるし、また、そうならなくちゃダメ。だって、両手で武器を使うなんて、当たり前にやることだからだ。手綱を放したから、馬が言うことを聞きませんでしただなんて恥ずかしすぎる事態だ。


 馬は、自分が信じた乗り手の意志をちゃんとつかみ取って、望むままに動いてくれる。


 でも、マイナスもある。


 ビックリするほど「乗り手」の人間性や技量を見抜くんだ。普段の信頼関係という点で言えば、人間以上にデリケートな付き合い方が必要になるのもそのためだ。


 庶民枠とか騎士爵あたりの子が苦労するのは、この部分なんだよね。だって馬を飼っている家なんてないもん。あ、田舎だと農作業用の馬はいるよ。その意味で、馬にぜんぜん乗ったことが無い人は本当に少数派だ。


 でも、戦場で乗るべき馬は根本的に違うんだよね。


 フルに着鎧ちゃくがいして、ポールアームみたいなヤリ系の武器とロング・ソードその他を持ったら軽く200キロを越えてしまうわけだ。そういう荷重にも耐えられて、なおかつ一日中、戦場を走り続けられる馬こそが、騎士が乗るべき馬だ。


 だから農耕用の馬と戦闘用の馬は全く種類が違うって言い切れるほどに違う。見た目からして違う。


 前世で言えばポニーとサラブレッドの違いよりも大きいと思ってくれ。


 戦闘用の馬は体格もデカいし体力もある。しかも戦場でビビらないタイプな分だけ気が強い。乗り手がちょっとでも弱気だと途端に言うことを聞いてくれないんだ。 


 その子達に「あなたに命を預けます」って思わせるだけ、乗り手の意志や技量が大事ってわけ。


 だから、貴族の家では子どもの頃から馬に乗せるし、男爵家や子爵家あたりだと、男の子が五歳になった年のプレゼントは、その年に生まれた仔馬っていうのが定番なんだ。


 男の子は、その馬が飼い葉をはめるようになる最初の一房を自ら与えるという経験を積んで、馬と一心同体にまでなっていくんだ。


 ただし、伯爵家以上になるとちょっと違う。「馬は言うことを聞かせるべき消耗品」と教えられて育つんだ。これは、配下の馬の様子も見つつ、感情を排除して作戦を立てられるようにという配慮だとされてる。


 もちろん愛馬を可愛がる気持ちは同じだけど、意図的に、毎年、何頭もの違う馬を与えられてる。愛情を注ぎつつ、冷静に「馬の能力をフルに引き出す」だけの度量と技術が必要だと教え込まれるんだ。


 どっちにしても「馬と一緒に育つ」って点では同じだ。貴族にとっては「馬に乗って外出」っていうのは、前世で近所の公園に自転車に乗っていくって感覚よりも「お気に入りのスニーカーを履いてお出かけ」って感覚に近いんだ。


 だから、入学した当初の「差」というのはものすごいことになっている。


 貴族の息子は乗れて当然。あとは「どれだけ手脚のように操れるか」っていう話なんだよ。馬一頭分の地面での一発ターンとか、障害物を飛び越えるだとか、はたまたこちらが目隠しをしつつ障害物の間を走り抜けるとか。(これはマジで怖いよ。相当なスピードを出したまま馬に任せることになるんで。だけど戦場では、このくらいの信頼関係を持ってないと使いこなせないってコトらしい)


 一方で、馬に乗れない子達は土日も自発的に馬場に来て特訓だよ。


 学園もそれがわかっているから、馬丁や乗馬術の基礎を教えられるチューターを大量に雇って、学園の馬で自由に練習できるようにしてくれてる。


 一方で、高位貴族の息子達は「愛馬」の持ち込みが認められているんだ。厩舎は借りられるけど、馬の世話は自腹で雇った馬丁にしてもらうんだよ。あ、4頭までっていうのはポロで必要だからなので、金獅子寮の3階に住む全員が4頭連れてきているよ。


 やたらと金が掛かるのはわかるだろ? 


 貴族の家にいる馬一頭の「維持費」で、庶民なら軽く100人は暮らせる。馬を運動させる馬場や厩舎のことまで考えると、前世で言えば一頭当たり3千万くらいは掛かってると思ってくれ。


 というわけで土曜日の午後だ。


 オレは愛馬の「マンチェスター」に乗って、トムとビリー、そしてケント達の練習に付き合っていた。


 3人は馬場を一列になってグルッと回っていて、オレはその横に並んでいる。


「なんとか形になってきたね」


 三人とも、どうにかこうにか馬場での周回がこなせるようになったところだ。学園の馬は、それなりに気性の優しい馬が揃っているから、まあまあ、言うことを聞いてくれるのが大きいんだけどね。


「さて、トロット速歩キャンターさらに速歩へと上げて行くからね」 

「え、まだ、ちょっと」

「この子とコミュニケーションが」

「走らせるほどの自信は」


 三人は顔を青くして「無理だ」の表情。彼らの馬からは脚を踏ん張るための「鐙(あぶみ)」を外させているから、余計に不安なんだろうなぁ。


 この状態で馬を速くさせたくないって気持ちが、ありありと出ている。


 でも、ここで残酷なお知らせです。


 馬って「こいつ大したことないじゃん」と思ったら乗り手の言うことなんて聞いちゃくれない。近くにいる「リーダー馬」に従おうとするんだよね。


 乗り手よりも馬同士のコミュニティが優先w


「よし、マンチェスター。トロット速歩だ」


 手綱を使う必要すら無い。まるで言葉を理解しているかのように、微妙なオレの様子で察してくれたお利口さん。ついでに言うと、学園の馬は完全に「パシリ君」扱いにしている。


 マンチェスターにノータイムで合わせてきたお馬さん一行は、一斉に速度を上げ始めた。


「え! おい、なんで、こんな」

「速くなんて言ってないのに」

「ダメぇ、速度を上げるのは、脚がぁあ!」


 マンチェスターはだんだんとスピードをあげていく。もちろん手綱なんて持つ必要も無い。っていうか、両手が塞がってるんで手綱は持ってないんだよね。


「よしよし。いいぞ、だんだんスピードを上げてやれ」

「ふふふ。さすがショウ様の愛馬ちゃん。本当にお利口さんですね」


 腕の中でメロディーをお姫様抱っこ中だからね。まあ、一応、遊びがてら手綱はメロディーに渡してるけど、操作する必要なんて全くないし、マンチェスターも、そのあたりはわかってくれてるよ。


 二人も乗って重くないのかって?


 メロディーの倍以上も重い鎧を着けて乗るための馬だからね。「二人乗り」程度じゃ全く影響なんてないよ。


 むしろ、オレが上機嫌で乗っているのが伝わって、マンチェスターもご機嫌でパシリちゃん達を従えてるんだ。


 ちなみに太股で馬体を挟んで固定してあるから絶対に落ちないし、メロディーも落とさないよ。乗馬の基本中の基本だ。


 例えば、メロディーが急に飛び降りたとするだろ? それを身体の真横でキャッチしたとして、馬体を挟む足の力で、オレの身体はグラつかないように固定されているんだ。

 

 そのくらいじゃないと、とてもじゃないけど馬上でヤリを振り回したりできないし、何よりも馬と一緒に動けない。


 ほら、ちょっとラノベに詳しい人だと「鐙(あぶみ)チート」って聞いたことがあると思うんだ。確かに鐙は便利だけど、アレに頼っていると馬が走りづらい。「鐙で走るクセ」は乗馬の上達には禁忌なんだよ。


 だから今回は三人とも鐙を外して練習してるってわけ。余計に怖いんだよね。


 わかるぅ~w

 

 でもね。


 前世のバイクに乗るときだって車体を膝で締め付けて「人車一体」が基本中の基本だっただろ? 馬も乗っている人間が自分とくれないと、すごく疲れるんだ。


 だから鐙に頼って馬に乗ってる奴って、すっごく嫌われるんだよ、馬からw


 ウソだと思ったらリュックに2リットルペットボトルを3本入れて、背負い紐を緩めにして走ってみてほしい。背中の荷物が自分の動きとワンテンポずれて身体に当たるだろ? 普段の倍じゃきかないくらい疲れるからね。


 登山用の小型リュックがウエストでしっかりと身体に巻き付けられるようになってるのは、その「ズレ」を抑えるためなんだよ。


「わっ、わっ、わっ、これは、ひぃいい」

「ほらほら、トビー 悲鳴なんて上げると舐められるぞ」


「や、やめて、止めて、止めるんだ!」

「ビリー 無理だと思うよぉ。せっかく楽しくんだし」 


「ね? ね? ど、どうして言うことを聞かないんだ。手綱を引いてるのに!」

「お~い、あんまり邪魔すると、馬が怒って振り落としに掛かるから、大人しくしておくんだぞ、ケント」


 三人に話しかけている間もメロディーはうっとりとオレに身を任せてる。


 お姫様抱っこの状態で、適度な揺れにまかせてる。


 ってことは、乗馬服の上からでもわかるほど間近な絶景がボヨン、ボヨンボヨ~ン。


 うわぁああ、これ、確実にクセになるよ。調子に乗って馬場を7周もした頃には全員が疲労困憊で青い顔。もっと乗っていたいけど、メロディーの疲れも考えると、そろそろかな。


「よぉ~し。せっかく調子が出てきたところを悪いけど、あと3周したら、ちょっとだけ止まるよ」

「休憩ですか」

 

 一番体力のないケントが嬉しそうに声を出した。


「いや、メリッサが順番待ちだからね、交代してあげないと悪いじゃん」


 そりゃ二人は平等にしないとね。今回はコイントスでメロディーが先になっただけだもん。


「大丈夫。二人を平等にしているだけだからね」


「えぇえ!」

「そんなぁ」

「今と同じだけ……」


 トビーとビリーがガッカリしているけど、だって腕の中が柔らかいし、良い匂いだし、絶景だもん。やめる要素がまるで無いからね。


「よし、景気づけにあと3周はギャロップ全力疾走ね! マンチェスター、いけえぇ!」


 こっちが一気に速度を上げると、三人の馬も全力疾走でついてくる。


「「「おにぃ~」」」


 ん? クリスが呼んだんじゃないよねw あぁ「お兄ぃ」じゃなくて「鬼ぃ」か。


 ちなみに、王立学園の規則では自己責任で愛馬による外出も認められてる。これは馬の特殊性を考えてのこと。人間と同じか、それ以上に、しばらく全力で走ってないと走る能力が低下してしまうんだよ。だから早朝とかお休みには、郊外まで遠乗りするのも半ば義務なんだ。オレもたまに出かけてる。そういう時はさすがに単独だけどね(護衛はちゃんと連れて行くよ)


 そして、無事、も感触も楽しんだ後で乗馬服姿の二人も一緒に、みんなを厩舎まで連れてきたよ。


「はい。ご苦労さん。これを水に溶かして飲ませるんだ」


 始める前に置いといた小さなツボをヨタヨタしてる三人に渡した。


「これは?」


 ケントが、いち早く聞いてきた。


「伯爵家秘伝の馬と仲良くなれる薬だよ」

「えぇえ! そんな薬あるんですか?」

「ハハハ。ウソウソ。砂糖と塩とちょっとした栄養成分を混ぜたヤツさ。人間も飲めるけど馬はこれが大好きだからね。ここで水に混ぜて飲ませてあげると、ぐ~んと親密になれるってヤツさ」

「え? 馬に砂糖なんて!」

「そんなに高価なものを?」

「馬って味がわかるんですか?」


「馬は、ね、甘党なんだよ。甘いものは何でも好きだけど、こうやって身体に良い形で飲ませてあげれば馬も喜ぶんだ」


 オレが渡したのは「スポドリのパウダー」だ。有名メーカーのじゃなくて夏場だけ臨時で仕入れた安物の売れ残り。


 でも、甘さという点なら変わらないもんね。


「馬は美味しいものをくれた人のことを覚えるからね。明日は、もっともっと言うことを聞いてくれると思うよ」


 動物は、やっぱりエサをくれる人を大事にするのが基本だもん。きっと上手く行くさ。


「でも、ショウ君」


 トビーが脚をガクガクさせながら言った。


「ん?」

「もっとって言っても、今日、ぜんぜん、オレの言うことを聞いてくれなかったんだけど」


 ははは!


 ドンマイw


 もちろん、マンチェスターにも同じように飲ませてあげたよ。ただし、どうしても私があげてみたいって言われたんで、メリッサとメロディーに飲ませる役を譲ったんだ。


 いや~ 馬に水を飲ませる美少女の姿。やっぱり絵になるよなぁ~


 マンチェスターは、チラッとオレの方に顔を向けると、ぶるぅるるるうるん! と鳴いたんだ。


 ん?


「この子も、ショウ様に愛されて喜んでいるみたいです」


 メリッサがニッコリ。


「真心を込めると、お馬さんにもちゃんと通じるんですね.さすがショウ様です」


 とメロディー。


 えっと、君たち、馬の言葉ってわかるんだ?


「「同じ人を愛する者同士ですもの。言葉はいりませんわ」」


 二人が同時に答えてくれた瞬間、マンチェスターが大きく顔を縦に振ったんだ。


 えっと、ぐう、ぜ、ん、だよね……


 


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

馬って、水を飲むときは、あの長い顔を使って「ストローで飲むみたいに」するそうです。

馬が水を飲むためのウォーターカップも市販されています。


乗馬で太股の慣れない筋肉を酷使した結果、三人は、しばらくまともに歩けなくなったのは仕方ないでーす。今回は鐙に頼る「初心者乗馬」のクセを無くすためにショウ君の「愛の特訓」でした。単に面白がっていたわけではありません…… たぶん。


応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

おかげさまで、異世界ファンタジーカテで大躍進しています。

評価って言うか「応援」のつもりで★★★をお願いします。

新川とショウ君は褒められて伸びる子です。

よろしくお願いします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

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