第26話 大競技会の行方

 王立学園という名前は伊達じゃない。


 主に貴族の子弟に対しての士官学校的な意味と、国や各地の領の中心となって働けるエリートを作り出す意味がある。


 同時に、特に貴族同士の場合は子ども同士がお互いに知り合うことも大事なんだ。


 サスティナブル王国は広大な版図を持っている。一番遠い地点で考えると、スペインのマドリードからモスクワまでとほぼ同じ。交通網も整備されてないし、間には砂漠も山岳地帯もあるから、端から端までの移動には早くても半年以上、普通なら1年以上もかかるんだ。


 だから「一つの国」と言っても距離は絶対的な壁となる。


 東の果てと西の果ての領地だと、同じ国の貴族同士であっても会う機会なんてめったにないんだよ。そういう貴族同士が同じ戦場で並んだ時、百の理屈よりも「あいつとメシを食ったことがある」というたった一つの理由で、流れが変わるコトなんてよくあることだというのが「現場の知恵」だ。


 そのために、学生同士の交流は奨励されている。授業はもちろん大切だけど、色々な行事が目的を持って行われているのはそのためだ。


 新歓キャンプは、学年を超えた交流で知己を増やすこと。「同じ釜のメシを食う」ことを始めとして、様々な交流が企画されてる。(オレ達の場合は、途中でアレだったわけだけど、代わりに強烈な「共通体験」のおかげでクラスの中での結束がすごく強まったよ)


 そして、今回の「戦略演習大競技会」は、男子の軍事に対する資質の見せ所だった。


 前にも喋ったことがあるんだけど、大事なコトなので、もう一度言うよ。


 高位貴族や王族にとっては成績なんて「そこそこ」でいい。ソフィスティケートされた振る舞いこそが大事だからね。


 能力を見せるのが自分の将来につながることになる下級貴族や平民達がズラッとトップクラスに顔を揃えるのが普通のこと。


 ただ、高位貴族の子どもは幼い頃から家庭教師によって高度な教育を受けているから、上の方に固まっているのも事実だ。


 ちなみに、入学してすぐに行われた「アチーブメントテスト」では、メリッサもメロディーもトップ10。恥ずかしながらオレはトップになってしまった。(一次関数までしかない数学が満点なのは当たり前なのと、歴史ヲタの本領を発揮してしまった)


 公爵家の二人は女性だからともかく、オレの成績はある意味で当たり前だし、ある意味で異常。高位貴族の男性は、勉強よりもソフィスティケートおすましさんされた振る舞いにプライオリティがあるからね。


 まあ、成績の件は二人が「さすがショウ様です」って思いっきり褒めてくれたから、それで良しとしよう。でも、普通は高位貴族の男性がトップになるのは珍しいし、勉強の成績が良いの悪いのという話は、あまりしないものなんだ。


 ただし、たとえば「戦略演習」なんて科目は別だ。


 特に子爵家以上の子弟にとってはすごく大切なんだ。だって、将来、国軍を動かす際に与えられる地位や立場に影響が出るからね。


 それだけに「戦略演習」の大会は学園の中でも大切にされている行事の一つだ。


 今年度の名誉校長である、カルビン侯爵家の当主、フレデリック・サウザー=ドミナド様が直々に挨拶されたのも、その表れだと思ってくれ。ちなみに、校長は別にいるよ。


 講堂に集められてのセレモニー。


 儀式に相応しく、紋章入りのマントを着用した侯爵閣下の直々の挨拶は、高位貴族の子弟以外には意外と好評だった。まあ、学園生とは言え、息子や娘に会っていても「高位貴族本人」を見ることって、まず無いもんね。


 卒業したら、この中の半分以上は否応なく、そういう方々と仕事をしていくわけなので、こういうことで、少しずつ慣れるのも大事なコトかもしれないね。


 でも、戦略研のみんなとか、ウチのクラスは意外と淡々としてたんで「なんで?」ってトビーに聞いたんだ。


「だって、オレ達は子爵様と友達だろ? 遠い壇上にいらっしゃる侯爵様よりも現実味があるって言うか…… なあ?」


 ジョンに同意を求めた。


「そうそう。その子爵様が実は伯爵家の当主になる方で、そのくせ普段はオレ達とふつーにメシを食ってるわけだから」


 よく考えたらオレ自身が下位貴族の最上位、本人だった!


 まあ、慣れの問題か。


 ん? ケント、どうしたの?


「本人はすっごく偉くて、王国最上位の勲章までもらっているのに女の子に鼻の下を伸ばしてるのが人間味だよね」

 

 え? デレデレしすぎ?


「ホントに、良い人ですよね、子爵は」

「自分だけじゃなくて、オレ達のために他の娘も呼んでくれる優しさがあるんだもん。ぜんぜん身近だし」

「オレ達、ずっと友達で良いよね?」

 

 三人がニッコリしてくれた。


 なんかホッとした。やっぱり前世の意識があるせいなのか、身分差での線引きをされると微妙に傷つくんだよね。逆に、友達だって意識しているヤツに「仲間だよ」って感じを出されると素直に嬉しい。


 お菓子のおかげなのか何なのか、戦略研の部活には、女の子達が「応援」にくるのが普通になってきたのは、かなり喜ばれているみたいだ。


 ほら、中学生くらいだと女の子を意識しすぎて、逆に女の子に嫌がらせとか、からかったりとか、女の子に話しかける奴を茶化したりとかがあるじゃん?


 戦略研のメンバーは、そのあたりはかなり素直なんだ。たぶん、オレとメリッサ・メロディーの関係が強く影響してるんだと思う。応援してくれる女子と、応援を受け入れているオレ。どっちも幸せいっぱいに見えるから、素直に「うやらましい」って感じになるんだろうね。


 こいつらも部活が終わった後は、ロビーでミチル組のそれぞれと「デート」をしているって言うのはミィルからの報告だ。


 おまけに「戦略研には有望な男子がゴロゴロ」って、いつの間にかウワサになっていて、フリーの女の子達がいっぱい顔を出すようになっているから、他の男子もマジで盛り上がるよ。


 この辺りはメロディーが色々と動いたらしい。


「心を込めてお話しすれば、必ず伝わりますから」


 心を込めて、ナチュラルに人心を操ってるんだもん。さすがスコット家の娘。


 恐ろしい子やぁ~


 最初は「子爵様の愛人ワク狙い」って感じで来た子もいたみたいだけど、そういう子は次の日に態度をまるっきり変えるか、二度と来ないのどっちかになるんだ。


 おそらくこれはメリッサだろうと思ってる。


「しかるべき方でしたら、私は何も申し上げておりませんわ?」


 ホホホと笑う正妻は「しかるべき方ではない」と認めちゃうと、あの毒舌で片付けてしまうんだろうなぁ。


 毒舌エロフはヤバッ。


 二人が味方してくれてて心の底から良かったと思う、今日この頃だ。


 ってな、ことを言っている間に、開始だよ。


 なんと、戦略研のメンバーである庶民枠のケントはゴンドラ第三王子殿下が相手で、ビリーはゲヘル第二王子殿下が相手。


『確かに、高位貴族は庶民枠の1年生と当たるのが常って聞いてたけど、今年に関しては、これって完全に裏目るんじゃね?』

 

 貴族の子どもなら空気を読むと思うんだよ。だけど、なまじ庶民の子だと「戦略演習」のウラの意味がわかってないと思うし、オレ達も教えてなかった。


『ってことは実力で戦っちゃうわけで。さすがに王子相手に実力を発揮しちゃうとヤバいかも』


 いったん勝負が始まると、横から声を掛けてはいけないのがルールだ。どうしようと思う余裕もなく、二人とも判で押したように「美濃囲い」で陣形を作るとサッサと攻撃開始だ。


『ヤバい。それをすると、王手飛車が! あ、だめ、そこ左に行ったら、金銀、総取りになっちゃう!』


 ヤバい方にヤバい方にコマを動かし続けるゴンドラ殿下だ。


 しかも、大事な所で、なぜか、縦にしか動かせない「香車」をいきなり横に動かそうとして、審判(2年生のの人達がやってるよ)に注意されてる。


 本来はすぐに失格だけど、このあたりは1回戦だし1年生の試合だ。「空気を読」んでさりげなく注意で済ませるのがエレガント。


 普通は「庶民枠の子」がその恩恵に与るんだけど、今回は王子の、それも2年生がそれをやっちゃってるんだよなぁ。


 もちろん、学園中の女子は「将来有望な男子」を見極めるために、グルリと取り囲んで見ているのが普通だし、高位貴族の専属メイドも、何かお世話を焼くかもと、スタンバってる。ミィルもちゃんと側にいるよ。


 たとえ細かいことはわからなくても王子殿下のおかしな様子はわかるはず。何よりも、次々とコマが取られてスカスカになって行く様子は、ルールを知らないことになっている女子でも「わかっちゃう」んだよね。


 さすがにブーイングみたいなものはない。だけど、失望の視線は容赦なく刺さってる。あんな視線を前世で受けていたら、オレなんて1年くらいは家から出られなくなる自信があるよ。


 逆に、ケントやビリーには、一手指すたびに明るい拍手が続いてる。

 

 あ~ ミチル組のルミちゃんは、胸元に掲げる紙に「ケント・ガンバ!」なんて応援カードを書いちゃってる。可愛いね~


 そして、王子殿下が明らかに劣勢だ。


 審判からのさりげない注意を受けるシーンを見ちゃってるから、観客席の声なきざわめきがだんだんと大きくなってきたんだ。


 しかも、注意されたり、コマをタダ取りされると、決まってギロリとすぐ横の「監査役」のニフダ先生の方を見るんでピーンときた。


「あ~ サインか」


 思わず、声が出ちまったよ。


 と言っても、サインを読み取って間違えてるんじゃお話にならないし、サイン通りにやっても、これじゃケントに勝つのは無理だよね。


 盤上から、ゴンドラ殿下の大駒が次々と消えていった。


『どうする? さすがに、こんなにボロ負けしちゃうと、ゴンドラ君、ヤバくない?』


 だからといって横から口を出せないのはルールだ。


『ヤバい、ヤバい、ヤバい』


 旗色が悪くなったせいだよね。


 ニフダ先生の手の動きが一層複雑になった。


 それを見て、ちょっと首を捻ったゴンドラ殿下は、唯一手元にあった「歩」を掴むと、ケントの王様の前に貼ったんだ。


『あちゃぁ~』


 その瞬間、審判役の生徒が宣告した。


「勝負あり! 二歩にふだ。よって、48手で1年1組ケントの勝ちとする」


 あ~


 歩のある列に「二枚目の歩を貼ると反則負け」なんだよね。さすがにこれは、注意じゃ済ませられないわけで。


 勝ったケントが茫然としてるけど、パチパチパチパチパチと観客席のミチル組を始めとした女子から拍手をもらって顔を赤くしてる。


 もちろん、誰が一番大きく拍手してくれたのか、ちゃ~んとわかってるんだろう。


 春だね~


「こ、こんなことがあって良いのか!」


 大会史上、最速でボロ負けした王子殿下は、盤上に「王」を叩きつけて悔しがった。


 もちろん、跳ね返った「王」の空中キャッチはオレの見せ場だよ。


 その時、ふっと振り返ると「勝負あり。44手で、1年2組ビリーの勝ちとする」と声がしたんだ。


 ゲヘル第二王子殿下が真っ青な顔で動かなくなってる。


 どうやらゲヘル殿下はサインなしだったらしい。その結果、大会史上最短のボロ負け記録をしたわけだ。


 まあ、どっちもどっちというか。


 パチパチパチパチパチと観客席から拍手が起きてる。一際大きな拍手は、最近、見に来るようになった2年生のミウちゃんだ。


『へぇ~ ビリーにも春かぁ。確かあの子は、騎士爵家の娘だっけ?』


 チラッと見ると、メリッサが小さくウィンクしてきた。どうやら、二人がくっつくと良いことがあるらしいね。


 うん、うん。


 オレは、戻ってきたビリーをハグして出迎えたんだ。


 ところで、オレが何をしているのかって言うと、実は「シード」なんだよね。


 カクナール先生の強いご推薦と「名誉勲章」の威力、それに「子爵様本人」ってことが働いたからしい。


 ってことで、3回戦に進んだのは、戦略研のメンバーばっかりだった。

 

『ちょっと大人げないけど、無双、ありだよね。オレ、子どもだし。ナハハ』


 決勝トーナメントから参加したオレは、教えてなかった「棒銀戦法」で破壊の限りを尽くしてしまった。


「容赦ない」


 トビーがポロリと言うと、みんなが一斉にウンウンと頷いていたんだ。


 いや、だって、貴族だもん。


 ちなみにケントが2位で、トビーが3位だ。庶民枠の子が1年生で入賞というのは学園史上例が無いらしい。


 この辺りのメンバーは、もう、ウチに来るって誓約書を取っちゃっても良いかな?


 人材にはツバをつけたい心境のオレの右にメリッサ、左にメロディー。


「さすがショウ様です。強いだけではなくて、コマを置くときの指先まで美しいです」

「一切の妥協をそぎ落とした勝ち方が素敵です。それにコマの動かし方がとっても緻密でカッコ良かったです」


 メリッサもメロディーも、オレを全面的に褒めてくれた。


 将棋の大会で、優勝トロフィーを抱えてるところを、美少女に両方からホッペにチュ~ってされるシーンなんて、前世ではありえない。


 永世名人でも、無理なシーンだよ!


 かくして、丸一日を掛けた戦略演習大競技会が終わったのだけど、部屋に戻ってみると、ミィルの様子がおかしい。頬を染めて、ソワソワしている。しかも急いでシャワーしてきたんだと丸わかりの姿だ。


「どうした?」

「あのぉ、殿方は戦いの後は、あの、そのぉ、荒ぶる心を鎮めるって言うか.えっと、女性をって聞いておりまして」


 潤んだ瞳だ。もう、この雰囲気だけで十分にわかっちゃうよ。っていうか、これってミィルが必要としてるみたいだ。


「なんか、今日のミィルって、いつもよりもエッチっぽくない?」

「あんっ、ショウ様、イジワルです」

「イジワルをしているつもりは無いけど」

「コマを置くときの、あの指先の形、あれって、私、すっご〜く身に覚えがあるんですけどぉ」


 そう言って胸元を両手で隠すミィルだ。


「あれ? ひょっとしたら、オレ、いっつもああやってる?」


 ミィルは、両手で押さえたまま「先端を、いっつもあんな感じで。もう、すっごーくエッチです」と答えたのが萌えてしまった。


 うわぁああ! 


 戦略演習って、実はエッチだった…… わきゃあないんだけど、とにかく、オレはその日、朝まで荒ぶる心をミィルに慰めてもらったんだ。



 ショウ様、もう、むりぃ~




・・・・・・・・・・・


 クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ


 専属メイドに荒れ狂う心をぶつけている男が別にいたことなんて、オレの知ったことじゃないもんね~



 ちなみに、王立学園の教師が一人、辞表を出したのを知ったのは翌日のことだった。


 えっと、オレ、悪くないよね?




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 もちろん、去ったのはニフダ先生です。ゴンドラ殿下の怒りが収まりませんでした。被害者っぽいけど、不正に荷担していたので仕方ないかなと。


 困ったことに、戦略演習の大競技会の様子は、すぐさま、王宮に伝わってしまいました。国王陛下は、たいそう胸を痛め、ことここに至ってはなりふりを構っていられないと、ノーマン宰相とリンデロン法務大臣を呼び出したのは、小さくない波紋の一つだったのかも知れません。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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