第22話 ひと・もの・かね

 カーマイン領で差配していたヘクストンが定期報告に来た。


 ニコニコしてる。貧乏伯爵家のカネをなんとかしてきた苦労人だけに、何とも染み入るような笑顔に見えた。


 相当に良い報告なんだろうな。


「道路工事が大変な黒字になっております」

「え? なんで?」


 ハリセンを持っていたら、しばいてツッコミを入れるところだ。


 どーゆーボケをかましてくれるんじゃ。そんなワケがあるかぁい! 


 インフラ整備は金食い虫というのが当然のこと。道路は利便性をもたらしてくれて、経済活動を活発にする効果でプラスを生み出すものであり「道路工事儲かる」なんて初めて聞いた。


「若様がご提供くださった不思議な建材です。おそらく建物だったものだと思いますが、まさに宝の山でして」

「あぁ、鉄骨を使ってるもんね」


 たいして大きくないビルだけど、こちらの世界では作れない巨大なH型鋼は、それだけでも価値が高いのはわかる。


「鉄骨も素晴らしいのですが、何よりも、ガラス窓です。素晴らしく精密な造りのガラス窓が考えられないほど大量にありまして。あれを、枠ごと外して売り払ってみたら、一ヶ所からのものだけで我が領の年間収入を超えました。なにしろ、ピッチリ閉まる上に、鉄とは違う不思議な金属の窓となると、天井知らずで値段が付きます。全てを売り払うよりもと、現在は倉庫に保管させておりますが、勝手に値が上がっていく感じです」

「マジ? ってことは、20箇所くらい置いたから……」


 ほくほく顔で大きく頷いているよ。こうなってくると家宰って言うよりも、大阪商人って感じだね。


「他にもありまして」

「鉄骨以外だと…… あ! 鉄筋か! 壁や基礎を壊すと鉄の棒が張ってあるんだろ? あれは、そのままでも売れる」

「もちろん壁部分を壊すことで簡単に鉄と石材が手に入るのはありがたいのですが、その壁の中というか、間にお宝が大量に」

「間?」

「見たこともない高精度で、長い鉄管が大量にありました。中はだいぶ腐食しているものもありますが、あれほどの鉄管は他で絶対に手に入りません。しかも繋げる技術も手に入りましたので、あれを今後、我が領の特産とすべく研究させております」


 おぉ、さすがへクストン。新しい技術の細かいことはわからなくても「金になりそうな技術」ってニオイをみつけるなんて、すごい。


 なるほど~ 水道管に目をつけたか。たぶんガス管なんかもあるはずだから、アレを上手く使えば、確かに使い道がある。


「あ、そうだ。管を使うのは良いんだけど、トイレにつながってる管は使わないでね?」

「はい。心得ております。しかしながら、あれはあれで、同じ用途に使えばよろしいかと」

「なるほど……」


 さらにえびす顔のへクストンの説明は続いた。


 内装で残っていたのがドアや壁の石膏ボードだった。そのまま建材として流用できるらしい。現在も、高い値段で取り引きされている。それに地味に値段が高いのはトイレそのものだった。


 あの高密度の陶器は、こっちの技術だと再現不能。一部は王宮に納入されることになるらしい。


 えー 古いビルのトイレに王様がかよって思うと、ちょっと目に縦線が入っちゃうけど、あれ一つで小金貨アウレウスが手に入るんだから笑いが止まらない。


 だいたいの価値で百万円。こっちの世界だと一億円分くらいの使いでがあるから、確かに道路なんていくらでも作れそうだよ。


「他にもありまして」

「まだあるの?」

「各小部屋まで大量の皮膜に包まれた紐が見つかりました。その皮膜を剥がしてみたら、銅が大量に使われているようです」


 あ、現代建築で「電気ケーブル」が配線されてないなんてありえなくて、その原材料は80パーセント以上の銅が含まれてる。


 そして、昔も今も、銅を使った加工品はいろいろな形で重宝されるんだよね。


「現在、加工するために手が回らず、大量に蓄積しております。あれは、いっそ、そのまま輸出するのも手かと存じます」

「うん。それは少し考えるから、皮膜を剥がさずに、どこかに保管しておいて」

「かしこまりました。それから、これだけは我が家だけで決めて良いものかどうかわからないのです」


 なぜか、トーンがひどく慎重になった。


「箱形の乗り物。おそらく昇降機ではないかと思われますが、もちろん動きません。動かす方法も不明です」

「エレベーターって言うんだよ…… あ! わかった。吊しているワイヤーロープか」

「ワイヤーロープ? はい。鉄でできたロープのことですね? さすが若さまでございます。あの頑丈さ、あれだけの長さの鉄のロープなど作り方の想像すらもできませぬが、あれを用いると」


 ゴクリとつばを飲んだへクストンは「念のためジョイナス殿、エドワード騎士団長殿にも確認していただきましたが、やはり」と言葉を切った。


 その瞬間にわかったよ。


「城攻め用か、はたまた投石機に使えると。ついでに、あそこにあった重りは使い勝手が良いはずだから持って行きさえすれば、最強の投石機になるんじゃないか?」

「御意」


 投石機カタパルト破城槌はじょうついには、強力で頑丈な、そして一定以上の長さのロープが不可欠だ。


『エレベーター稼働用のワイヤーロープなら、この世界では最強じゃん。しかもバランス用のウエイト付だ』


 エレベーターは、稼働エネルギーを少なくするために、釣り合いを取るための重りが付いているんだよ。アバウトで計算すると、古いビルのエレベーターの場合300キロほどになるだろう。


 投石機のバランス用に載せるには、形も揃っているから最高だよね。


「つまり、軍事用に使えば、最強のものが作れてしまうということか」

「はい。頑丈な柱も手に入ったことなので」


 ピンときた。


『H形鋼だ』


 確かに。


 あんなのを使ったら、耐えられる城門なんて限られちゃうよ。これ、マジでヤバい。


 頷くへクストンは、この問題の重要性をよく理解しているってことだ。


 だって、これ「戦略級」の問題になるよ。あのワイヤーロープとH形鋼で、いったいどれだけ人が殺せるって言うんだよ。


 っていうか、こういうムズカシー問題を12歳こどもにもって来ちゃダメだと思うんだけどぉ~


「確かに、これはウチだけじゃ無理だね。わかった。これはエルメス様かノーマン様への相談案件にしよう」


 秘技、丸投げ!


「ありがとうございます」


 そこからも、細々とPタイルやら、天井の吸音ボード、そしてエアコンのダクトに至るまで、細々と素材や利用法を考えると、もう、それだけでも中金貨中アウレウスがガンガン入ってくるわけだ。


『笑いが止まらないけど、めんどくせぇ~』


 あまりのことに、それ以外はオール丸投げにした。だって、貴族は搾取してこきつかってこそでしょ?


 仕事をバーンと振られたのに、とっても嬉しそうにしてるヘクストンである。


 報告をものすごく大雑把にまとめると「5階建てのビル1個が、軽めに見積もってもカーマイン領全体の年間収入の10倍以上、細かく見れば20倍弱になるだろう」という恐怖の大爆笑。


 そして、それをオレはカインザー領から我が領を経て王都に至る道の半ばまで20ヶ所以上に置いてきた。


 ヤバッ。


「さらに」

「まだあるの!」

「それらのウワサを聞きつけた商人達が山ほどやってきまして、宿屋や食事を出すお店、それに貸し馬車など、色々なものが活況で、正直申し上げて忙しすぎて悲鳴を上げている状態です」

「わかった。じゃ、そっちは何とか手配してみるよ」


 カインザー家とシュメルガー家、それに南部からの食料輸入はスコット家に頼ろう。もう、どんどんウチから利益を上げてもらって、共存共栄ってヤツだよ。


 収入はガンガン公共投資と食料輸入に回そう。人手が足りなきゃ外注さ。


「あ、そうだ」

「はい」

「税金だけど、こういう時だからこそ、キッチリ取り立てて。去年より増えてるから良いじゃなくて、増えた分をガッチリ取ること」

「心して、申しつけます。そうですな。いささか浮かれておりました。若様のお言葉、心から自戒いたし、またみなに厳しく申しつけます」

「お願いね。でも、ただし」

「ただし?」

「使用人に払う給料とか、孤児達とか未亡人をどんどん雇用してる店、そして、食事なんかの待遇が良い店は『人材育成免税』とでも伝えて、食費や服装を整えている分だけ減税してあげて。基準は任せるけど、後で孤児達に直接話を聞きにいくから、ゴマカしてたらよって感じのお触れを出して」

「承りました」

「それから、ウチの一族」

「はい」

「分家だとかなんだかわからないけど、総動員を掛けて。女性も使える人はどんどん使うから! 希望者は申し出るようにって。王立学園を卒業している人ばっかりなんだから、行政職くらいはできるでしょ」

「わかりました。お館様にご相談してみます」


 けっこうワガママなことを言っているはずなのに、へクストンがさらに笑顔になってしまった。


 だいたいの報告が終わった後も、何か言いたそうだ。こういう時に言わせてあげるのも雇用主の義務だと思うんだ。


「なんか嬉しそうだな」

「申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

 もう、それだけで喜色満面。オッサンのほくほく顔なんて誰トクだよ。でも、そうも言ってられない。


「聞こう」

「家臣一同、若様に感謝の気持ちいっぱいです」

「あ、そ、そうなの?」


 仕事をあれだけ増やして「感謝」って言われてもなぁ。そりゃボーナスみたいなのは確かに出してるけど。


「はい。領内は未曾有の好景気で、人々が幸せに暮らせることも全て若様のおかげ。しかも、食料品の値段はまったく上がってません。むしろ安くなっております。これも若様がいち早く食料を買い付けられたからです」

 

 オレは、やり方と方針をへクストンに教えて、丸投げしただけだけど。


「今のところ、輸入が上手くいってるんだ? 道路工事が完成したら、もっともっと安くできると思うよ」


 現在は南部地域から川を遡って、途中から細々とした荷馬車隊による輸送がメインだ。船は一度に大量に運べるけど、直接つながる運河が無いのは痛い。南のスコット領の方向に注ぐエルデ川を遡ってから、王都の南側で陸送に切り替えるっていう二度手間なんだよね。

 

 しかも、この大半をシュメルガー公爵領の商人達の輸送能力に頼っているんで、なんとかなっている部分がある。

 

 まあ、時ならぬ商売繁盛で、シュメルガー家の商人達からの「うはうは」がすごいらしい。おかげで、おいしい話を運び込んでくれる結婚相手を捕まえた「お嬢様」への敬意が爆上がり中とのこと。


「しかも、若様が王国名誉勲章までいただいたのは、もう、家臣一同、背が30センチも伸びた心でございます! 現在、巨大レプリカを作成して、若様の銅像と一緒に領内の各街に飾る計画です」

「え? あのぉ、そこまでしなくても」

「めっそうもございません。我々お仕えしているものはもとより、カーマイン家の善政の元で暮らしているということが領民達にとって、どれだけ誇りとなることでしょうか。事実、勲章の話が街々に伝わって以来、移住希望者はさらに勢い増しております。

「え? そうなの? 人が増えるのは良いことだけど、あの勲章はまだしも、銅像はいらなくない?」

「いけません。人々は、王国の英雄たる若様という存在に憧れ、明日の暮らしに夢を見られるのでございますから。しかしながら」

「えっと?」

「今回はあくまでも等身大の銅像とさせていただきます」

「うん。あんまり大きいとね」


 巨大な銅像とか言うと、民衆に引き倒されている独裁者の銅像のイメージしかないよ。後は「ツバメさんSwallow, Swallow,ツバメさん little Swallow」とかね。


 オレの困惑など知らぬように「若様はさらに偉大なる事を成し遂げられるお方です。その時のためにグレードアップの余地を残しておくべきかと」と目に熱が入ってる。


 ヤバい、へクストンってこんなキャラだっけ? すっかり信奉者キャラになってるよ。チョーヤバいんですけど。


「とにかく、若様のご活躍で、カーマイン領の人口は、この三ヶ月でおおむね倍になりました」

「え? うちって、もともと一万人チョイだよね?」

「はい。詳しい調査はまだですが、と言うよりも追いつかないのが実情です。ただ、全体の食料消費量から領内にいる人間の概数を割り出して、商人の買い付けや工事に伴う出稼ぎの数を除くと、おそらく定住型の人間だけで人口が2万人を突破しました。いまだに増加スピードが落ちません。夏までには3万は超えるかと。となると一時滞在を合わせると10万人は見ておく必要があるかも知れません」

「わぁああ、ヤバい。それヤバい」


 シャレになってないよ!


 10万人だよ? 一人が1日に2キロのイモを消費しても20万キロ、すなわち200トン! 荷積み専用の馬車だと1トンを載せられるけど(その代わり超遅いよ)それだって200台だよ! それを毎日?


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤ


 あれ? ヤが1回多い気がしたけど、ま、いいや。


「へクストン」

「はい」

「ライン川を通じて船輸送ができそうで、食料を売ってくれそうな所って、後どこ?」

「トライデント侯爵様か、エフライン川回りとなりますがフォルテッシモ侯爵様になるかと」

「わかった。すぐに手配して。侯爵様にお目にかかれるように。用件は食料の買い付けだ。おっと、いけない。お館様に許可が先だ。よし、へクストン、すぐに面会の許可をもらってきて」

「かしこまりました」


 こういう時のキビキビさは、さすがなんだよね。


 10分後には、領館の執務室に通されて、買い付けるべき食料の話と、それに必要な代金の話をしていたんだ。


「ショウ、確かにウチはすごい黒字になったけど、ただ、食料を買うためだけに、そんな大金を使って大丈夫なのか?」


 オレが示したのは昨年の伯爵家の全収入の半分にもなろうという金額だった。


「お館様。これは必要なのです。食糧が不足すれば、たちまち民心は荒れてしまいますし、不足すると思った瞬間、買いだめが起きて、本当に不足してしまうものなのです。それを防ぐには、絶対に不足しないと思わせないとダメです」

「しかしなぁ」

「大丈夫です。収入はあるのですから。ここは貯金のつもりで投資です! 食料は絶対に邪魔になりませんから」

「しかし、ザッと計算しても、そんなに巨額にならないと思うのだが」

「今の値段で考えれば、そうですが、買い付けを始めたら、あっという間に値が上がります。それを見こんでです」

「そんなに高くなっても買うのか?」

「致し方ありません。領内の農地を増やし食糧増産に励むにしても、1年や2年では不可能ですから。なあに、たくさん使っても、これからもっとたくさん入ってきますから、心配なんてありません」

「う~む」


 シュメルガー領にも道路を延ばしているので、いずれはそっちに集積した食料を運び込む形がメインになるかもと考えつつ、他の家との「外交」の許可をもらったんだ。


 あれ? 外交って、よく考えたら、オレじゃなくて父上にやってもらえばよくね?


 わわわわわ


 搾取は? 丸投げは? そんなぁ!


「ショウ」

「はい、お館様」

「後はよろしく頼む。任せたぞ」


 ニッコリ。


 クッ、こ、この貴族野郎め!




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

※背が30センチも伸びた心地

 王国の慣用句で、本来は「10センチも伸びた」と言うべき所を「もっとすごいです」というために、三倍にして表現をしたへクストンです。「ヘクサでも6倍じゃないんだね」とショウ君はボケをかましていましたw


 以前出しておいた「廃ビル」は宝の山。ちなみに屋上には水タンクなんかもありますし、ちょっとマイナーですけど「非常用降下装置(シューターみたいなやつ)」もあったりします。

 色々と使い道がありますよね。そのうち出てきたりして……


 ちなみに、昨日から王都の領館でMPのある限り、アルミ缶を出し続けたショウ君でした。その量は、実にインゴットにして500キロ分にもなります。王都に来ている鍛冶屋衆は徹夜で頑張ったそうです。


 近況ノートに「デベロップメント大陸のイメージ図」をお載せしておきました。概略図ですが、何となく位置関係を掴んでいただけると存じます。


今回こそ、イチャラブシーンをお見せすることになるかと覚悟してましたのに。ホッ(byニア)



みなさま★★★評価へのご協力に、とっても感謝しています。

本当にありがとうございます。

お手を煩わせていただいたおかげで、順位アップできると

作者のやる気は爆上がりです!

応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

評価って言うか応援のつもりで★★★をお願いします。

できれば、30位以内に入りた~いです!

新川は褒められて伸びる子です。

よろしくお願いします。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







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