第23話 外交の基本はお食事から
オレが最初に行くのはトライドン家だ。ちなみにオイジュ君の実家でもある。わぁ~ なんか、いろんな意味で、大丈夫かなぁw
とはいえ、トライドン家は侯爵家だ。うちよりも家格は上。
しかも侯爵六家の中でも権威はけっこうなもので、フォルテッシモ家に次ぐほどに古くて由緒正しい貴族だ。
そのため「血」の信頼性が高い。
だからこそ、分家スジなのに現在の第二側妃であるマリア妃を出せたんだよね。
だから貴族としての筋目は折り紙付き。もしも第三王子のゴンドラ君が即位すれば即座に王の外戚となるわけで、建国の頃から「始祖の側近」であったと伝えられるだけに、フォルテッシモ家に次いで古いとされる歴史が、その権威を証明してくれるだろう。
ただ、宮廷内の権力としては、すごく弱いらしい。当主も円卓の大臣だしね。
地理的には、サウザンド連合国との最前線でもあるだけに、領地の広さも、お抱えの軍事力も公爵家並とされていた。
ただ、内政面で言えば農業一辺倒なんだよ。
多い人口と広い農地、そしてエルデ川の豊富な水を隅々まで行き渡らせての「年貢」は膨大だけど、農業収入しか考えてないから台所が苦しい。
スコット家と海に接する地域を共有しているにしても、せっかくの美味しい収入である塩田も貿易も積極的ではないらしい。
貴族たるもの、商人のマネゴトなどしない、というのが代々の方針だ。
正直に言えば、この家が何とか体面を保てているのは、優秀な当主のいる公爵家の領地に挟まれている、という恵まれた立地のおかげだよ。
ノーマン様もリンデロン様も、ちゃんとわかっている。
サスティナブル王国全体を見るという立場からすれば「サウザンド連合国との矢面に立つトライドン領を支援をする必要がある」という判断だ。貴族家は「軍事は自前が前提」なので国としての支援は大っぴらにできないし、王も、そんなことはイチミリも考えてない。
もちろん、侵略があれば国軍を出すのは当然だけど、最前線を担当するためには、常設の軍事力が絶対的に必要だ。そのため「防衛」用に必要な兵士もそれなりに数をそろえなくちゃいけないし、そういう兵士が何かを生産するわけでもない。けれども給料だけはそれなりに払う必要がある。しかし、それを国が代わりに出すなんて制度はないんだ。あくまでも、その貴族自身が自腹でいくしかない。それに武器や防具だってタダってわけにはいかないんだもん。
そういうのって「中央集権制」とはずいぶんと意識が違うんだよ。お前の領地なんだから、自分で守れってやつだ。
でも、そんな建前だけでは、あっさりとトライドン領は奪われてしまうから、シュメルガー、スコット両家が陰日向から援助や支援、各種配慮を怠らなかった。
そもそも「塩田を共同でやりましょう」とスコット家が持ちかけたのだって、援助みたいなものだった。スコット家が単独で営んだ方が手っ取り早いし、おそらくその方が効率が良かったはずだ。
しかし、スコット家が絡んだおかげでトライドン家では色々と違ってくるんだ。
もちろん、塩田の収入は大きい。おそらくトライドン家の全体の収入の何割かが塩田から吸い上げられているはず。
だけど、ただ経済効果をもたらすってだけじゃないんだ。
王都までエルデ川経由で運ぶルートをトライドン家が維持することで、いざとなったら王都からの援軍を水路で迅速に運ぶ手段を確保しているんだよ。
おまけに、両家で運営したことでトライドン家の領地とスコット家は道路を結ぶ必要ができたから「両家をつなぐ道路を作らせてほしい」と、スコット公爵家が辞を低くして頼んでできたものだ。
そしてシュメルガー家がそれにノッた。
「ぜひとも塩を売ってほしい。それに海産物を手に入れやすくしたい」
そんな風に「お願い」することでやはり道路を作らせてもらったんだ。
結果として、シュメルガー領……トライドン領……スコット領を結ぶ主要幹線道路が両公爵家の金で作り出された。
もちろん、普段の交易に使われる道路は、一朝ことあるに軍用道路として利用できるようになってる。
そして、トライドン家の当主ライザー・ミソグラー=イナーリは、それを「結果的に、我が家の得になった」とほくほく顔というわけだ。
え? 何で、そんな見てきたように言えるのかって?
そりゃ、義父達の入れ知恵さ。
義理の息子を気に入ってくれて、色々と教えてくれるんだよ。もちろん「人の好意には目で見える返礼を」が貴族のエレガントだ。
在庫になっているアルミサッシの窓をケチケチしないで、ドーンと届けたよ。市価に直せば伯爵家の年間予算に匹敵するだけの数をね。元手がいらないんだから、こういうのは相手がビックリするほど贈る方が、後々のためにはいいんだよ。
まあ「返礼の返礼」は、人材でお願いすることにして、とりあえず、トライドン家についての情報は貴重だった。
ノーマン様は、最後に仰った。
「あの家には、権威とか自領の伝統に配慮した申し出をする必要がある。経済だけの話をする相手は断る傾向にあるから注意するんだよ」
リンデロン様の方は、最後にこう注意してくれた。
「他に誇るものがないものは、唯一すがれるものがあると、それが絶対化する傾向が強い。特に食文化が独特だから、出されたものは毒味無しで、しかも全てを食べることを強く勧めておく」
「毒味無しですか?」
「そうだ。特に、毒に見えるものを、そのまま食すと相手にとってはプライドが満たされることになる。なぁに王都の邸で現在の英雄を毒殺するメリットなどあの家にはない、安心して毒みたいなものを食べていらっしゃい」
全然安心できないアドバイスだよw
でも、こうやって教えてくれる情報が、時として黄金よりも価値があることを知っているオレにとって、アルミサッシの窓を10個や20個、どうということはない。っていうか、こっちはぜんぜん損をしない、マジでチートな交換だよね。
というわけで、オレが向き合っているライザー様は、一通りの挨拶を、極めて貴族的に交換すると(最初の挨拶だけで合計2時間かかってるからね!)立ち上がったんだ。
と同時に、そそくさという感じで、さっきとは打って変わった第一夫人も第二夫人も、側妃のみなさまも、一目散に退出してしまったんだ。もちろん、付き従うメイド達は、大事そうにオレの渡した手土産の「ハンドクリーム」の箱を抱えている。
平たい缶に入った、ワセリン主体のオーソドックスなものだけど、食いつきがすごくて、第一夫人が代表して「いつでも遊びにいらっしゃい。ところで、国には、側妃側室があと10人ほどいるのよ」とマジ顔で言われてしまった。
近日再訪することを約束したら、無茶苦茶喜んでいたからだろうか? 退出する時のみなさんの目が、すごく気の毒そうな視線だったよ。
ってことは、これは、来るのか?
「我が家の流儀でね。大事な決断をするなら、食事を共にすることになってるんだ」
キタァーーーーー 毒みたいなもの!
「ちょうど
えっと、今、会話してませんでしたよね? ってことは、女性達が退出するのは定番ってわけですね。
あ~ オイジュ君、可哀想に、既に顔色が蒼白だよ。「跡継ぎ」の立場だと自国の伝統料理は食べられませんじゃ、すまないんだろうなぁ。
であるなら、ここは、頑張らねば。
「そうですか。楽しみです。トライドン家のお食事は有名ですものね」
隣の部屋に移動しながら、ライザー様は、にこやかに聞いてきた。
「ははは。まあ、好みは分かれるようだけどね。君は米を食べたことがあるかね?」
「米! お米があるんですか! それって、どうやって食べますか?」
「おぉ、さすが王国の麒麟児。米のことはちゃんと予習済みか。米はね、炊くという調理法を使うんだ。ギリギリの水量を見極めて、煮るために使う水を全て米自身に吸収させる特殊な手法で料理なんだよ」
「炊いたご飯ですか! それは楽しみです」
オレがいっこうに驚かないことに、少々鼻白んでいるらしい。
「まあ、米そのものは、誰が食べても美味いからね。でも、どうかな」
人の悪い笑みが漏れる。
「どうかなと申しますと?」
「我が家に伝わる伝統料理さ。米と合わせて食べてもらうよ」
「炊いたご飯は何にでも遭いますよね。お塩だけをかけても美味いし」
「ほぉ。本当によく勉強しているな」
「むしろ、余っているお米があったら、それも大量に売っていただきたいほどです」
「そこまで無理する必要は無いぞ」
苦笑いしながら「しかし、いくら君でも、この食べ方は、ちょっと困惑するかもしれないな。慣れないシルバーだろうから、無理だったら言って欲しい。息子も、まだ使いこなせないほどなのでね」
座った席に用意されていたのは「箸」だった。
「ほう。お箸ですね」
ライザー様が眉をクククッとあげて、明らかに驚いている。
「素晴らしいな君は。箸のことまで調査済みとは。これはうちでも儀式の時しか使わないというのに。おい、オイジュ。彼のなしていることは他家に交渉に行くときの見本だぞ。よく憶えておくことだ。相手のことを、ここまで綿密に調べてこそ外交交渉ができるのだからな」
オレ達が席に着くと同時に、メイド達がお盆を捧げ持つ格好で一斉に入ってくるとオレ達の前に置いた。
心なしか、メイドの表情が蒼白に見えた。
「おぉ。これは」
「ふふふ。トライドン家が創立時に作り出したと言われている伝統食だ。ぜひとも、感想を聞かせてほしいものだな」
ニヤリ
「毒味をさせてもいいが毒など入っていないぞ。そして、腐っているわけでもないからな」
人の悪い笑みが口元に浮かんでたみたいだけど、もう、オレはそれを気にしている余裕なんてなかったんだよ。オレは目が輝いていたと思う。
「わぁああ、これは美味しそうです。さすがトライドン家ですね。このような食事がいただけるなんて、思ってもみませんでした」
「ははは。そうだろう、そうだろう。なぁに、無理に平らげなくても良いぞ。だが、一口も食べられないようでは、我が家の食料を託すには不足だと思っていただきたい」
「あの、いただいても?」
「ふぅ〜む。さすがに度胸が据わっているな。このニオイでも平気か。食べられるというのなら、どうぞご自由に。なんならお代わりしていただいても構わないぞ」
ハハハハと皮肉な高笑いが響いたけど、オレは気にしているどころじゃなかった。
だって!
目の前には、ご飯にワカメの味噌汁。ノリに、焼き魚。そして納豆だよ。
定番中の定番「朝定食」って感じだ。しかも、醤油があるじゃん!
「なんて素晴らしいメニューでしょうか。それでは、いただきます」
ご飯がちょっと柔らかめだったけど、涙が出そうになるほど美味かった。あの牛丼チェーンで出てくる朝定食を思いだしたけど、納豆に生卵を落とせないのがちょっと寂しい程度。
焼き魚はアジだろう。お、塩加減もちょうど良い。ん、焼き方も抜群じゃん。
ライザー様は、食べるどころかオレがアジの小骨を箸で摘まんだ姿を見て口をあんぐりと開いていた。
「き、君は、なんで、そんなに箸が使えるんだね?」
「ありがとうございます。これも鍛錬のおかげで」
いや、してないけどさ。
オイジュ君は、オレが納豆をかき混ぜ始めた段階で「失礼いたします」と父親に青い顔をして申し出て、激怒されてた。
客の前で怒鳴りつけるわけにもいかないからか、ライザー様の目が無茶苦茶険しくなってた。オレが帰った後、無事でいられるかな?
でも、オレとしてはそれどころじゃない。
納豆ご飯!
納豆を掛けたご飯にノリをパッと置いて、箸でクルンと包んで食べるのが好きなんだよ。
もう、箸を停める余裕なんてなくなったね。
「ごちそうさまでした」
マジで美味かった。お代わりしたいくらいだけど、さすがに、初めて来たお家で図々しいよね。
いや、食後に緑茶が欲しくなる。
こっちの世界には紅茶があるんだから、緑茶だって作れると思うんだけどなぁ…… うちに帰ったらミィルに聞いてみるとしよう。
「ライザー様」
「な、なんだね?」
「大変美味しゅうございました。ぜひとも、米と、それに、この醤油は売っていただかねば。できれば、この納豆も」
将来的にはウチの領でも水田を作りたいけど、手が回らないもんね。今は、お米が手に入るだけでも万々歳だ。
「そ、そうか。わかった。米も売ろう」
「あれ? ということはお芋を売っていただけるのですか?」
「あぁ。むしろ間もなく、今年の分の収穫期らしい。倉庫にある昨年分は邪魔になりかねない。二束三文だから、引き受けてくれるなら半値でも良いくらいだ」
「ライザー様。それは普通のお値段で引き受けます。貴族は、商人のように相手の足下を見て値切ったり、値をつり上げたりするなんてマネはできませんから」
「ほぉ。伯爵家の倅と侮っていた我は、大いに反省せねばなるまいな。こんなにも貴族的な心根を持った少年がいたとは」
「細かい話は
「あぁ。それでいいだろう。それにしても素晴らしいな。価格交渉なんて下賤なものも眼中にないその態度。立派だぞ。少年。よろしい。では、ここではニオイもこもっている。隣で茶でも飲みながらゆっくりと話をしようではないか。友よ」
「ありがとうございます。友と呼んで頂いて」
「あぁ、同じ価値観を持てる人間なら、年が違っても友だ。まして、君は貴族の子どもではなくて、爵位持ちなのだからな。そうだ、ついでに試してみるかね? 茶の葉を発酵させないで、緑色のままで飲むやり方があってだね」
「ぜひとも、いただかせてください!」
やりぃいい! 食後のお茶ゲットぉおおおおお!
ということで、一番の難物だと思われていたトライドン家とは美味くやれそうな気がしてきた。っていうか、明日もご馳走になりに来ようかな?
それにしても、この家の始祖って絶対に転生してきた人だよね? しかも日本人だ。
ちなみに、トライドン家当主のフルネームを、オレはもう一度思いだしていたんだ。
ライザー・ミソグラー=イナーリ
う~ん。
味噌蔵に、稲荷か。
後で、いなり寿司を知ってるか、聞いてみよう~っと。
あれ? そういえば、一見、毒物に見える食べ物って……
大阪人に、ケンカ売ってんのかぁ、
オレの前世は、どうも関東の人間みたいです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
南方に広い領地を持っていて、河川の水が豊富に利用できるなら、稲作は最適ですよね。水田にすると連作障害も起きにくいし、単位面積当たりの収穫カロリーは、全穀物中で米が最高なんです。だから、中国の歴史上、北部は小麦、南部は米。そのため南部の方が人口が増えやすかったと言われています。(文化的には北側が発達しましたけどね)
さてこの世界にもお米がありました。醤油もあるぞ。後は王国の中央部でも育つような品種改良ができれば、劇的に食糧事情が改善されますね。どこかで品種改良を研究させねば…… あ!
ちなみに、外交交渉の場で「食事」がセッティングされるのは、現代の政治においても常識です。そのため、各国にある日本大使館では、ものすごーい、ワインセラーが必須だそうです。一度、各大使館の貯蔵ワインのリストを拝見したいですね。
(ただし、それは「秘密」指定されているので、今後も一切公開されません。なんで「秘密」なのか、考えると面白いです)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
超、超、余分な話。
国連食糧農業委員会のデータでは、単位面積あたりのカロリー量の燃料補助的農業での年間収穫高、非燃料補助的農業での年間収穫高(ともに単位はkcal/年/m2)は。こうなっているそうです。
米: 2230、520
麦: 1715、460
トウモロコシ: 2000、385
大豆: 1025、525
じゃがいも: 2650、1050
さつまいも: 1750、700
さとうきび: 6740、1820
要するに、近代農業だと最強の作物「ジャガイモ」を除くと米が最高。旧来型の農業でも「イモ類」を除くと米なんです。そして連作障害(同じ場所で同じ作物を作ると、適切に育てなくなる障害)が水田はほぼ出ません。米、最高。
そして、現在の「ハイブリッド種」だと、2割近くカロリーが増えているものもあります。
まあ「さとうきび」もありますけど、あれを食べるのは難しいので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます