第11話 新歓キャンプ 6
肉を食いたきゃウサギか鳥を掴まえること。
となると「手っ取り早いのはウサギだ」と言うのがトビーの提案だった。
探しに探して、かれこれ1時間。トビーの主張によれば、ウサギの巣穴を見つけるのが手っ取り早いらしい。
「ウサギさんも、ちゃんと隠してますからねぇ。素人の私達だとなかなか」
2年生の女性軍団は、手袋で汗を拭いつつ、それでも巣穴を探すのをやめない。
「やっぱり、一箇所に固まって探すと効率が悪いよ」
トビーが嘆いた。自分が提案しただけに意地になっているのだろう。
学園の決めた数少ないルールが「生水を飲まないこと」と「手の届く範囲に誰かがいること」だった。
要するに、みんなが一箇所に固まるので、何をするのも効率が悪い。
「猛獣がいるワケでもないのに」
不満そうなトビーに『教えておいた方がいいかな?』と思った時だった。
すぐ後ろで見守っていた護衛騎士が柔らかい声を出した。
「山では何があるかわからん。道から滑り落ちたり、落石に当たることもある。不意の遭遇だってあるし、疲れたときに休みたくもなるだろう。任務には複数で当たる。それが生き延びるための基本だ」
黙っているはずの護衛騎士が説明してくれたのは、昨日のアーモンドチョコのお礼かもしれない。目顔で礼を言うと首だけで頷いてくれた。
こう言う義理堅い人も引き抜きたいんだよなぁ。
学園に来て以来、バーゲン会場に来てるオバちゃん並に、目にする人材を全部欲しくなってるんだよね。
少しでも「この人は」って思ったら片っ端から連れて帰りたい今日この頃。
何しろオレンジ領は人が足りない。
カレットによる「透明なガラス」は、目の飛び出るような金額で売れる。
でも、それはよそ様への輸出が中心だし、技術が安定してないのでまだまだ量産化が難しい。いずれは莫大な富を生み出してくれるにしても、今は莫大になる設備投資と研究費を賄うくらいだ。
それだって、すごく大きなコトだけどね。
収益の中心は鉄製品。缶パッケージが絶大な威力を発揮中。
なにしろ、これまで鉄を作るには材料費がすごかった。
この世界では「鉄石」と呼ばれる、鉄を多量に含む石を見つけて、砕くところから始めるんだ。恐ろしく手間が掛かるから、単純な材料費だけでもものすごいことになる。
ところが、ウチの領ではその手間がいらない。「鉄を溶かしてリサイクル」だったら、コストが百分の一以下なんだよ。もちろん、オレの懐には材料費がたっぷりと入ってきた上でだぜ?
この間の報告ではナベにヤカン、ハサミや包丁の刃物類などのキッチン関係、地味なところだと釘や金槌なんかの工具類が作られている。
これらの鉄製品を半額で売れるようになったらしい。
バカ売れするに決まってる。
欲しがるのはウチの住民だけじゃない。ウワサはたちまち他領に広がった。
全ての工房が領内の販売網と結びついていて仕入れに対応できないと見るや、よその商人は、小売りの店から買っていくほどだった。
それでも十分に安く売れて、儲けもたっぷりと手に入ったらしい。
作った端から売れていくんだ。数を作るから職人達が見る見る腕を上げていく。他領の職人もあまりの景気の良さに引っ越してきた人が出ているらしい。
職人も、どんどん育ってるしね。
安くて質の良い鉄製品。
売れるに決まってるので、押しかけてくる商人の数もすごいことになってしまった。
おかげで向こう5年間は保つはずのストックは「ガンガン減ってます」とブロンクス君が胸を張っていたので、邸の裏に作っておいた倉庫を教えておいた。
実家にいたときはMPが余ったら必ず使い切ってから寝る習慣があるからだよ。なんか使い切らないと気持ち悪いじゃん?
途中で数えるのはやめたけど、たぶん15トンくらいはあるはずだ。
ブロンクス君は、泣いて喜んでいたらしい。良いことをしてあげたよな。うん。良かった、良かった。
そういえば、ブロンクス君は、ダイエットに大成功したみたいでさ、今までのズボンの片足分に胴が入るようになったらしい。
よかった! 健康じゃん。
ま、ブロンクス君に限らず、仕入れに来た商人だって飲食をする。
領内で食料も水も消費してくれて、酒や娯楽だって楽しむ。輸送のための馬車を直すこともあるし、荷物が増えれば荷車の一つも買う。馬の飼料だって買ってくれる。
いわゆる「インバウンド需要」ってやつはデカかった。輸出と同じ効果を持つので、純粋に領内の黒字が増えるんだよね。
作れば作っただけ売れる職人達の金払いの、良いこと、良いこと。
バンバン金を使ってくれるんで、すごい勢いで領内の経済が活性化しているんだ。
あらゆるものが売れまくり、金が回るから新たに欲しいものを手に入れようとしてくれる。
不思議なモノで ……っていうか、ある意味で当たり前だけど、領内は「結婚ラッシュ」が始まった。
この世界での避妊は簡単らしい。オレはよく知らないけど、女性は誰でも知っていて、とっても簡単・確実だそうだ。
こちらの人々の意識では「夫婦になったら、すぐ子どもを作る」のが当たり前なので、遠からずベビーブームもやって来るのは予想に難くない。
オレンジ家の領内は、間違いなく人口が激増するはずだ。
領主としては、それに備えて食糧の増産を目指してるけど、すぐに間に合うものでもない。南部の子爵家、男爵家から、穀物を大量に買い付けた。幸い、去年は豊作だったから思ったよりも安く契約できているらしい。
特に、もうすぐ新麦が収穫期に入る時期だ。日本では
産地だって、昨年穫れた余剰穀物は売っ払いたいだろうし、こっちは食料が安く備蓄できて、なおかつ「購入者」として南部諸家に恩が売れた。
しかも、穀物を持ってきた商人が空の馬車で帰るわけが無くて、領内で鉄製品を仕入れて帰ろうとする。でも鉄製品だけだと重くなりすぎると、他の商品まで仕入れようとしてくれる。
まさに二度も、三度も、美味しい思いをさせてもらえるんだよ。
win×winってやつだ。
家宰のへクストンが言うには、少なめに見積もっても領内の商業系の納税額は10倍以上になる見通しらしい。
まさに、我が領地は官民共にイケイケ(死語)状態なんだよ。
『こうなってくると、産めよ増やせよじゃ間に合わないんだよね』
ウチが「豊かな伯爵領」になるためには、ここで大量の人材がどうしても必要なんだ。王立学園の卒業生にも声を掛けまくる計画だ。
それだけに、この護衛騎士さんも、ほしくなったわけだ。
欲しいと言えば、チームを組んだ2年の女性達が、とても良い人だとわかった。
一番の長身がミルメェルで、黒髪の活発な人。
身体もしゃべり方も逞しいチハクロルちゃんは「チハルと呼んでね」と気さくで真面目そうな人。
そして王都のスイーツ店をチェーンにして展開中の父を持つルミは、三人の中では妹キャラらしい。
リーダー格のミルメェルちゃんは「だからミチル組って呼んでね」というのが最初の自己紹介だった。なるほど。ミルメェル・チハル・ルミってことで、みんなの頭文字をとったわけだね。
三人は人材としてすっかり気に入ってしまったよ。すごいのは、オレに色目を使うだけじゃダメだとすぐに気付いたこと。
トビーとジョンにも親切にしてくれて、すっかり打ち解けたよ。
『こういう頭の切り替えができる人なら、きっと色々な仕事を任せられるんだろうなぁ』
なんとしても欲しい人材だ。でも、うっかり「君が欲しい」なんて言うと大騒動になるからね。ちゃんと言うべき時期と言葉は考え中。
ということでウサギはそろそろあきらめて、小さな川の横に来た。
「採れたのは結局……」
「「「はい。私達がつんでおきました」」」
すごい。ミチル組のみなさんが、一カゴ分の野草を採ってくれていた。おそらく、ウサギの巣穴を探すフリをして、こっちを探してくれたんだろう。
切り替えも早いし、ちゃんと、こちらを立ててくれてる。
気遣いも、仕事もデキるタイプか。
やるなぁ~
「ありがとうございます」
でも、これだけじゃ足りないよね。
「じゃ、後は持ち込み分でいくよ。我が領、秘伝の食材!」
「「「「「え?」」」」」
今日の昼食は「現地調達」が原則だけど、持ち込み禁止というわけでもない。現に、どのグループも
当然、オレも背負ってる。その中に取り寄せるよ!
オレがバイトをしていた時に原発事故があった。計画停電のため、冷凍物は廃棄するしかない。いつもと違って「持って帰っても良いよ」と言ってくれたけど、そんなにたくさん食えるはずもなく、大量の冷凍食品を廃棄するしかなかったんだ。
「出でよ、冷凍ピザ!」
びよょよ~ん。
思い切って一人一枚ずつ出してみた。
電子レンジはないから、あらかじめ「窯」は作っておいたよ。といっても、渓流沿いの石を集めて、泥で隙間を塞いだだけの即席石窯。
要するに石の下で火をおこして、上の空間に熱だけ集めればいいだけだもん。冷凍ピザを焼き直すなら、これで十分だ。
幸いにして、その程度のことならトビーとジョンには造作も無い。
お手軽に作った即席石窯で一気焼きだ!
「よし、食べてくれ。これは伯爵家秘伝の味だ」
全員が恐縮しながらも、強烈に美味そうな匂いには抗えない。
すぐさま、全員が囓ったよ。
「おいしぃい~」
「美味しいです」
「こんなの初めて」
「美味い!」
「うまっ」
「んっ、これは」
美味いの大合唱だ。
ん? 一人多いって? そりゃ、これだけ良い匂いをさせちゃったら、護衛騎士さんに「おまえは見てるだけ」ってわけにはいかないだろ?
日本人の感覚として、それは無理。ちなみに、初めて名前を教えてくれた。熊みたいにデカいマークさんだ。
ピザだけじゃないよ。付け合わせはスープ。さっき渡されたカゴの食用の野草、それにいくつかの木の実を入れている。キノコもあるので風味で最高。
味付けは醤油を少々。
キノコはアブナイ?
知らない人間は絶対に食べたらダメだよ。しかし、ミチル組が「故郷では、これを採って食べてましたから」と見せたのは、まさに椎茸だった。
この時期は椎茸の旬なんだよ。天然物の椎茸なんて、いったいいくらすることか。
椎茸ダシで醤油味の旬の野草スープだよ? 不味いわけが無い。と言っても、みなさん、冷凍ピザに夢中だったけど。
うん。石窯で焼いた冷凍ピザは最高!
アウトドアでの「コンビニグルメ」をたっぷりと堪能して、戻ったのはオレ達が一番遅くなった。
ゲストハウスに戻ったオレをメリッサとメロディーが、ホールで待ち構えていて教えてくれた。
「え? ゲヘル君が王都に戻された?」
「王都から手紙が来て、テロの可能性があるからということで戻されたそうです」
「テロ? 暗殺とか?」
こういう時、メロディーの情報収集能力は高い。っていうか、さすがスコット家、娘宛に、そんな手紙をいつ届けたんだろう?
小さく折りたたんだ手紙だから、まともな方法で届けられたわけでは無さそうだ。でも、それを突っ込むのはマナー違反だ。
「どうするつもりなのかは、わかりませんけど、王子殿下が狙われているのは確かのようです。既に、こちらへの街道沿いで何人か捕まえていて、山の中で狙う計画があったと手紙にはあります」
「良かった。じゃあ、計画は掴んだってコトだね?」
「今、王都も大騒ぎだそうで、場合によっては、私達が帰るのを一日遅らせることもあるのだとか。それは学園の考え次第だと書いてあります」
「すごいな。100キロ離れてるのに、こっちのことまで分かってるなんて。さすがリンデロン様だね」
「ただ、父は、どうにも裏がありそうだと申していて、学園にも警戒するようにと手紙を送っています。スコット家の影も、すでに数人ですが派遣したとあります」
さすが。娘の保護もちゃんと考えているんだ。
「すごいね。でも、ターゲットは王子殿下なんでしょ? 移動させちゃって大丈夫だったのかな? ウワサをまいてターゲットを動かし、移動中を狙うのって、一つのセオリーなのに」
「ショウ様こそ、すごいです」
メロディーが目をパチクリ。
「ん?」
「父も、まさにそれを予想していました」
そっと唇が耳に近づいた。ホッペにキス? じゃないよねw
「だから、徹底的に派手に動かすとのこと」
すげぇ。王子を使っての囮作戦かよ。えげつねぇなぁ。さすがサスティナブル王国の闇の帝王だけはある。
そこにメリッサが「私にも手紙が来ました」と折りたたんだ小さな紙。
「山の中じゃなければ不意打ちは不可能だとのことで、こっちに来てるロイヤルガードや警護官、それに領軍も使って徹底的にやるそうです。だから、狩り残した賊の影響があるかもしれないので私達も明日のハイキングは中止になりそうです」
「そっか~」
まあ、ハイキングがなくなることよりも、オレ的には、これで夜のパーティーがひと安心ってヤツ?
もちろん、それを言葉にしない程度には、オレも貴族をやっている。
「じゃ、とりあえず、残ったオレ達は、パーティーだね」
「ですね。楽しみです」
「とっておきのドレスも用意しましたから」
二人が、クスッと笑って見せる。
「朝、トビーさんとお話をして」
「うん、聞いたよ。トビーとジョンとでガードしてくれるんだって?」
「はい! これで安心して踊れます」
まあ、安心できない材料はいないわけだし。
「ただ、あいつらも踊りたい相手が見つかったみたいなんで、べったりはくっついていられないかも」
帰り道、けっこうミチル組のみなさんと楽しそうに話してたもんね。
「大丈夫です」
とメリッサ。
「心配事が減りましたからね」
とメロディー。
ははは、言葉にしちゃったよw
「これで邪魔者は消えた」
どこかで、こんなセリフを真顔で言ったヤツがいたことを、オレは知らなかったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
手作りの即席石窯は燃料の効率がムチャクチャ悪いです。でも、キャンプ地のルール的に許してもらえるなら、一度お試しください。冷凍ピザじゃなくても、既成のピザ生地に適当な肉とチーズをたっぷり載せて焼くと絶品です!
いつかお試しください。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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