第10話 新歓キャンプ 5
新緑の間を通り抜けた朝の光がライスシャワーのように降り注ぐ、静かな散歩道。小鳥の声だけが可愛く聞こえてくる中を、オレは2年生の女子と二人で歩いていた。
青い髪と青い瞳。
自己紹介で知った。ハーバル子爵家の長女でニビリティアちゃん。大人しい感じの青い髪、青い瞳の美少女だ。
後で聞いたら2年生の三大美少女の一角らしい。
そんな美少女から、小径に入るなり「ニアとお呼びください」と先制攻撃をくらった。
貴族家の娘だけに、年齢よりも家格を優先したのは二人で並んで歩いているせいだろう。
雰囲気的にはデートだし、鈍感系主人公ってわけじゃないので、相手の好意が高いことはわかる。
だいたいの貴族家の配置は覚えているのが貴族の嗜み。さすがに全ての男爵までとなれば無理だけど、子爵は36家しかない。
『ハーバル家は西の外れ側だ。東京に当てはめると王都の位置を新宿として、領都「ハイ」は、檜原村とか、五日市って感じだったな。まあ、実際の距離だと2千キロ以上あるはずだけど』
片道だけで2ヶ月かかる場所だ。領地は広いけど、限り無く森が続く場所らしい。
『守るべき領地が広いってことは、それだけお金が掛かるってことだもんね』
ちょっと聞いただけでも領地は我が家の数十倍。ってことは、必要な領軍はウチの数十倍って規模ではすまないんだよね。わぁ~ 金がいくらあっても足りないじゃん。
軍は金食い虫だけど、警察組織でもある。ケチると途端に治安が悪くなる。かといって軍に金と人材を振り分け過ぎれば、軍を維持するための経済力が維持できない。
領主からしたら、常に「頭痛」との戦いだろうなぁ。
それだけでも同情しちゃうよ。
「遠いですからね、故郷には4年くらい帰ってないんです」
「わぁ、そっか。遠いと大変だよね」
辺境地域と言っても良いくらい田舎だから、デビュタントの1年前に来てドレスを作るのは普通らしい。それ以来、実家に戻ったことはないんだそうだ。そりゃあ、女の子を馬車に乗せての2千キロは、2ヶ月半以上になるもんね。
時間が掛かるってことは、その分の費用も莫大になるんだよ。特に貴族の移動は、お供や警護の分の費用も発生するし、宿代だって高額だ。
江戸時代の「参勤交代」が、その見本だよ。ムチャクチャ負担がデカかった。
片道2ヶ月っていうと日本でなら薩摩藩あたりだ。人件費を別にした移動費用だけで片道11億かかったと言われてる。当時の全収入の1.5パーセントが片道の旅費だけで消えちゃうんだからヤバかった。
そういう事情で、ニアちゃんは幼い頃に王都へ来たことないし、こっちに来てからだって、デビュタントを控えた娘が、その辺の貴族の息子と仲良くなれるはずがない。
だから、今日初めて顔を合わせたんだよ。
今の状況から説明しないとだよね。
キャンプに限らず、林間学校みたいに自然の中で泊まる行事では、早朝からたたき起こされて「ラジオ体操」が定番だ。寝ぼけ眼でも有無を言わさず参加させられる。
日本の高校生の8割は、ラジオ体操ができるらしいぜ? 今日のマメな。
ところがだ、王立学園の新歓キャンプには、朝の体操どころか起床時間も決まってないんだよ。
いいなぁ、だって?
世の中そんなに甘くない。
「朝の交流タイム」が新歓キャンプ名物でもあり必須なんだよ。
王立学園の恐怖は「貴族は自らを律する」が徹底している点だ。起床時間が定められてない代わりに、朝食までの「交流」が義務なんだ。
これがやたらに厳しいんだよ。特に、ボッチ体質のオレにとってはね。
寝る前に1年生がくじを引いた。
先輩の名前と部屋番号が書いてある。ちなみに6人部屋だから、顔がわからない場合は、呼び出してもらう必要もある。女性の部屋だと、呼び出し一つだって、緊張する。(1年生が二人多くなったので、名前が入ってないくじを引いた人はお互いを見つけることになるらしい)
日の出とともに(5時半頃)お迎えに行き、朝食までの交流をするのが義務なんだよ。
男子はまだしも女子は、化粧なんかもあるから大変だろうなぁ。
それはさておき、男女問わずのくじ引き。
それがこの人ってわけ。
交流は、何をどうするのかは本人達が決めて良い。
ちなみにメリッサにはジョンが当たって(名前が書かれてないくじを引いた)、出る時に見たらホールで楽しそうに話をしていた。後で何を話したか聞いてみようっと。ま、あの二人だから、オレのウワサ話とノロケ話の応酬だったりして(後で聞いたらマジだった……)
メロディーには王国北側のエバーグリーン家の娘がパートナーになって、グラウンド脇のベンチでお話し中だった。
と、まあ、そういうわけで、オレはニアちゃんとお散歩しているわけなんだけど。
意外と話は弾んだ。話してみてわかったけどニアちゃんってかなり頭が良い。
「そう言えば、昨日のスープもパンも美味しかったよ。あれをみんなで作ったんだ?」
「ふふふ」
ちょっと、イジワルな目をしてニアが笑った。
「ご令嬢方に料理は無理だと?」
「あ、いや、そんなことはないけど。ほら、普段も料理しないし、設備だって違うだろうし」
たとえば、ここは井戸から水を汲んでくるんだけど、貴族の家には水源から簡易水道もあるからね。王都の貴族街は完全に水道があるし。
オレが困った顔になったんで、クスッと笑ってから「ごめんなさい」と謝ってきた。
「イジワルで『どうせ殿方は』って言うつもりじゃないんです。特にご身分が高い方は、ご家族の料理なんて見たことないでしょうから、そう思うのは当然なんです」
「え? 実は、できるの?」
「はい。女主人が料理するところを見せてはダメですけど、料理ができないとダメなんです。どこの家でも同じだと思います」
「え~ そうなんだ?」
「小さい頃から徹底的に練習させられて、普段の食卓に出てくるモノは一通り作れるようになるんですよ?」
「へぇ~ 知らなかったよ」
「そうしないと、
「あっ! なるほど!」
「まあ、それだけでご理解いただけたのですか?」
「たぶん、男が剣を習うみたいなモノでしょ? 実際に当主が剣を振るうようじゃ負け戦だけど、かといって自分が戦えないと、戦場全体が見えないし、意味がわからなくなる!」
間違いなく、ニアはオレの言うことを理解した。でも、理解した上で言ったんだ。
「女の私に戦場はわかりませんけど。さすが、ショウ様です」
そんな笑顔をされちゃうと、胸がドキドキしちゃうよ。まあ、大勢に見られているって思ってなかったら、その気になっていたかもね。
大勢に…… そうなんだよ。王子を含めた貴族の子弟が敷地の中をフラフラするんだもん。その中には婚約済みの人もいるわけだ。それなのに「異性と二人きりでどこかにいました」なんて、貴族社会では絶対に許してもらえないんだよね。
さっきから池の反対側と小径の左側では小鳥が鳴いてないって気付いているよ。そこには、わかりやすい見張りの人が潜んでるってわけ。
でも、それは「囮」で、それ以外に監視役が数人いる気配があるのもちゃんとわかってる。
『昨日見た、王家の影のことを考えれば、他にもいるはずだな』
そんなことを考えながら、並んで歩いてる。
『だけど近くない? さっきから肩がなん度も触れちゃってるんですけど』
いくらニアちゃんだって、距離が近すぎる気がする。
「あのぉ、それに、炊き出しの時は身分の高い家の娘はなるべく裏方に回るのがオヤクソクなんです。騎士爵とか、商売をなさっていらっしゃるご家庭のお嬢様の見せ場ですから」
「あぁ、確かに。昨日はすっごく頑張っていたよね」
なにしろ、座っただけで、あれもこれもって感じで世話を焼いてくれるんだよ。もうね、下手をしたら「あ~ん」とかしてくれちゃう勢いだった。
オレは鼻の下を伸ばすよりも、メリッサとメロディーが、誰かにそんなことをしているのかと見回したら、なんと厨房から顔も出さなかった。徹底的に裏方なんだよ。
「あ、考えてみれば、ニアさんたちも、出てきませんでしたね」
「はい。ショウ様が今回の一番人気ですもの。メリディアーニ様もメロディアス様も、一生懸命に関心の無いフリをなさって。でも、それはそれはご心配そうでしたわ」
コロコロと笑って見せるのは、二人に対しての優しさを持った表情だ。
「でも、王子殿下も、それに侯爵家の令息もいたのに?」
「女性が将来を託す男性は、身分が高ければいいというモノではないと思うのです」
その瞬間だけニアちゃんは、確かに憂鬱そうなため息を落としたよ。
それがいったい何であるのかは、わからなかったけど言おうとしたことは何となくわかったんだ。
平民枠や騎士爵あたりの娘だと、側室や愛人でも相手の身分が高すぎると色々気を遣わなければならないんだ。
その点「伯爵程度の愛人」に収まるのはピッタリ感がいい。
高位貴族の愛人として恩恵を受けつつ、堅苦しさが最小限だ。たとえば、王子の側室にでもなってしまうと、24時間監視されて、ちょっとした街歩きもできなくなる。
『あ~ だから、あんな風に囲まれたんだ』
まるで順番制ででもあるかのように、ほんの一言喋るとすぐ他の子に交代しちゃうから、そんなに、オレの話ってつまらないのかなって思ってたけど、あれは逆。
『順番待ちかなんかで、みんなで交代制になってたわけか』
やっと謎が解けた。良かった~ 嫌われてるわけじゃなかったんだ。
「あのっ」
突然、ニアが立ち止まって、何か言いたそうにした。
「はい?」
「い、いえ。なんでもないです。あ、そろそろ戻らないとダメですね」
「そうですね。女性は身支度もあるでしょうから。すみません。ぎりぎりになってしまって」
「いいんです。むしろ私がゆっくり話したかったので」
その時、言いかけてやめた話は、のちのちメリッサとメロディー達から聞かされた。でも、その時はウワサ話なんて何にも知らないオレには、彼女が何を言いたかったのかさっぱり理解できなかったんだ。
少しだけ歩く速度を上げてゲストハウスへと向かった。ちょうど外から食料らしきものを積んだ馬車が何台も敷地に入ってくるのが見えたんだ。
『すごいな。こっちはトラックなんてないから、100人規模の食料だと、馬車一台では運べないのか。わっ、重そう』
舗装されてない道だ。少し土が柔らかいところでは車輪が深く土に食い込んでしまうらしい。
たかだか食料を運ぶだけで、これだけ大勢の人が協力してくれてるんだもんなぁ。一つひとつが、本当に大変なんだろうな、
ホールへ戻ったのは、結局、オレが最後だったみたいだ。ま、間に合ったんだから問題なしだよね。
朝食の最後に2学年主任であるイミダス先生が立ち上がった。
トレードマークとなった「小馬鹿にしたような薄笑い」を浮かべながら全員に言ったんだ。
「朝食前は、和やかな会話を楽しんだようだな? さて、未来の紳士淑女の諸君、今日は豪華な昼食を楽しもうではないか。ただし、食材は調達してきてもらうぞ? 男女のグループとなってバーベキューでも、シチューでも自由に楽しみたまえ」
つまり「食いたきゃ獲物を獲れ。さもなきゃ昼メシは抜きだぞ」と言っているわけだ。
「本日の夜は新歓キャンプの最後を飾るパーティーだ。午後は準備にあてる。男子が会場作り、女子はシャワーを許可する。その後で男子がシャワーを使うものとする」
ちなみに、女子はパーティードレスや靴を学園から別便で送っている。ドレスコードが無い代わりに「全て自分で行うこと」がルールだ。
デビュタントと違って、これは学園の中で交流を主としたパーティーだから、一般のパーティーよりも、さらにルールが弱めらている。
女性は何人かと踊るし、男性も誘うのが義務だ。
つまり、メリッサとメロディーもオレ以外の誰かに申し込まれたら踊ることになるわけだ。それを考えると、ちょっとムカつくけど、まあ、それも「体育」の一部だから仕方ない。
そう思おうとしたら、第二王子達が目の端に入ったんだ。明らかにニヤついてやがる。
イミダス先生は「人が嫌な気分になることを付け足さないと気が済まない男」として有名なんだけど、やっぱりこの時も、最後に余計なことを言ったんだ。
「あ~ ここでは風呂に入れてくれる侍従はおらんからな。特に男子諸君! 紳士の嗜みとしてシャワーはしっかり使うように。間違っても女子にクサイと思われないように洗わねばいかんぞ」
隣の隣にいたキツネ君が、食後のお茶を、思いっきり噴いていました。
なんでだろ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
実は8話以降に11話の伏線を少しずつ仕込んであります。
王立学園に通うようなお子さん達は、お昼ご飯を食べる習慣を持っています。
高位貴族であるほど「お風呂は侍女が洗ってくれるもの」という生活をしています。
イミダス先生は、フォルテッシモ侯爵家の分家筋のため、高位貴族の令息達にチクッと皮肉を送りたかったらしいのですが、前夜、某お嬢様が発した「クサイ」発言は知らなかったようです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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