第9話 新歓キャンプ 4
歩き始める前に
「さっきのとは違う薬だ。今のうちに飲んでおけ。全部飲んでしまうんだぞ」
「ほぇ、こ、これが伯爵家の秘伝」
「いいんでしょうか? 我々のような者が飲んでも」
「良いから飲んでおくんだ。オレも飲むし。ほら、飲め」
コクッ !!!! ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴキュゴキュゴキュ、んぐっ、んぐっんんんん!
ふぃい~
一気飲み!
最後の一滴まで、舐め尽くす勢いだよっていうか、最後の滴を舐めてる。あ~ 幼稚園くらいの子が缶ジュースを飲むとやってるよね。
なんだか微笑ましいものを見た気がした。
「この秘伝、とっても、美味しいんですね」
「さすが伯爵家」
「ははは。砂糖が入っているからな」
「「ええええ!」」
そこまで驚かなくても。まあ、確かに砂糖は、そこそこ高価ではあるけどね。
「入れ物は返してもらうぞ。とりあえずこれで元気が出るはずだ」
「あの、荷物まで持っていただいて」
「その上、伯爵家の秘伝のお薬まで。ボクたち、どんな恩返しが」
いや、卒業したらウチの領で働いてくれたら良いよ、できれば、一族全体で移り住んでくれたら、もっとウエルカム。
さすがに、まだ、そんなことは言えるはずもないな。2年掛けてのリクルート。特に君たち友達が多いタイプみたいだから、楽しみだよ。
護衛騎士さん達に先導される帰り道は快適だった。荷物は確かに重いけど、気分が軽くなれば、足取りも軽くなろうというもの。
トビーとジョンには、歩きながら「ご褒美チョコ」だ。
「これはチョコって言ってね。公爵家御用達のあーもんどちょこだ。食べて見てよ」
「ええ! 公爵家御用達! すごい、そんなの、食べられるの!」
「あの、ホントにいいんですか?」
トビーは直球で喜ぶ男の子、ジョンは少し控えめな性格みたいだ。
「はい。食べて見て」
ホイ、ホイっと、口に放り込んでみた。
「うまぁあぁい!」
「甘い、美味い、こ、これがあーもんどちょこ」
なぜかトビーが「うぉおおおお!」と叫びだした。あれ? チョコを食べると興奮する体質? 鼻血、出さないでね?
荷物が重いはずなのに、まるで、踊るみたいな足取りになっちゃったよ。
「ちょこ、ちょっこ、ちょっこ、ちょこれい、と。あーもん、あーもんもん、あー もん、どちょっこ、れいと」
ひょっとしたら、コイツ酔っ払った? ヤバい薬じゃないからね?
そう思うわせるほどに浮かれて、歌い出してるよ。しかも「アーモンド」の語彙が無いから、言葉の切れ目が微妙にヘン。
狂喜してるみたいだ。喜んでくれたのなら何よりだ。
トビーの騒ぎぷりのせいだろう。
護衛騎士さんが、チラッとこっちを確かめた。
そりゃ、このテンションは異様だもんね。
「これ、食べて」
必要以上に丁寧にならないように気にしながら、紙のケースのまま差し出した。道が暗いから、どうせわからないはずだ。
「摘まんでみて?」
「はい」
「いただきます」
護衛騎士さんは役目に就いている間は身分的に騎士爵と同等なので、本来は伯爵家長男のオレよりもはるかに下位。でも、今は学園の仕事で付き添っているから、立場的には上。
まして、相手は年上の大人だ。つい「日本人」的に丁寧語で喋りたくなっちゃうよね。
この辺りの感覚はお互いに微妙なんだよ。
ちなみに、貴族社会の常識で言えば「
良し悪しじゃなくて、そういう社会なんだよ。
一瞬、ギョッとした顔をしたけど、あちらも、オレのことを立てなきゃいけないと思ったんだろう。「いただきます」と言って素直に食べた。
「おっ」
「んっ」
一つ口に入れたら、静かに狂喜してた。良かった。
なんだか、オレへの対応が、その後はすごく丁寧になった気がしたよ。
でもさ、やっぱりトビーとジョンの喜び方はすごかった。
最後の最後にゲストハウスの敷地に入ったときのことだった。
後は平坦な道だ。
「ショウ様」
いや、仲間内で「様」いらないから、ってワケにもいかないのか。
振り返ったトビーとジョンが少年特有の素直でキラキラした目で見つめてくるんだよ。
「あの秘伝の薬は、あらかじめ用意なさっていたのですか?」
真っ正面から聞かれちゃうと答えようがないだろ。まさか、前世の
こういう場合はオヤクソクの言い逃れ。
「あれは我が伯爵家の秘伝である。見たこと、聞いたことを一切口外しないこと。むやみに喋られると…… 私は友達の家をどうにかしてしまうなどということはしたくないが、伯爵家としての対応になるからね」
と真面目な顔で口封じ。
けっこうおっかない脅しをしているつもりなのに、本人達は頬を紅潮させて、ほわぁ~と尊敬の眼差しになっちゃってる。
なんかね「あ、オレ、重要な秘密を知っちゃったんだ。マジですごい? オレ、この世界の主役?」みたいなセリフが頭に浮かんでいるのが見え見え。
いや、クラスの男子から「頬を染めて」とかいらないからw
この症状は前世で知っているよ。
『厨二病だ……』
もういーや。手遅れだよ。
これを発症しちゃった子は、しばらくはどうにもならないもんなぁ。きっと、今晩は、このゲストハウスがテロリストに乗っ取られて、自分がヒーローになる夢を見るに決まってる。やれやれ……
ん? こういう場合のヒロイン枠って「お嬢様」が定番だよね?
お嬢様って言ったら、究極の「お嬢様」がいるワケだけど……
なんか不安を覚えながら、ゲストハウスの扉を開けたよ。女子は、ここで「炊き出し」をしているはず。
スープの、いーニオイだ。
だけど、貴族のお嬢様達が料理なんてできるのかな? 心配だよ。
一緒にホールに入りながら護衛騎士さんが言ってきた。
「先生方のところに報告に行きます。このままホールでお待ちください。呼び出しがあるかもしれません」
丁寧だけども、過剰に丁寧にはしない。このあたりは、高位貴族の子弟を受け入れ慣れている感じだよ。
「わかりました。ホールにいますね」
学園では「いち生徒」の立場の方が楽。大人に対する言葉遣いとして振る舞っておこう。
トビーとジョンに声を掛けた。
「とりあえず、ホールで休もうか」
「「はい」」
手前のテーブルにでも座っていよう。荷物を下ろして座ろうとしたときだった。
一番乗り! って思ってたのに先客がいたよ。
げぇえ! ゲヘル第二王子!
しかも、ナンパ中だよ。オレの彼女さんを。
新川某の小説じゃあるまいし、寝取られ禁止w。
こっちは、まだ汗まみれだけど、仕方ない。取り囲んでいる連中の背中側から近づいたんだ。
「……とまあ、そこで余は、こう言ったんだ。正直者エルベールは金の草履を履いていたのでしょうとな」
ははははと笑って見せるゲヘル君と、微妙な愛想笑いを浮かべつつも、視線でブリザードを吹き付けてるメリッサとメロディー。
ある意味、あの凍てつく視線を受け止めてるのに喋れるゲヘル君は大物だと感心してしまいそうだ。
オレには絶対に無理。
『いつもの取り巻き達にオイジュ君か。顔を見たことがあるから、この二人は1年生だ。で、6人ってことは、一緒に行ったメンバーみたいだな』
半円形に仲間で取り囲んでいるせいで、さすがのご令嬢達も話を打ち切ろうにも、なかなか逃げられないらしい。
そんなのクラブでやったら出禁ものの悪質ナンパだからね?
半ば腹をたて…… うそ。怒り全開をシュガーコートしつつ、一番手前にいる一年生を優しく後ろになぎ払ったんだ。
「わっ!」
尻餅をついたヤツ。えっとコイツ、名前なんて言ったっけ? ま、覚えてないからキツネ君でいいや。
とにかく、キツネ君は優しい力で、後方2メートルに吹っ飛んだことにビックリって顔だった。
「キッツ! どうした」
仲間がビックリして声を掛けたんだけど、まさか、当たった! 一文字違い!
「え、いや、なんかいきなり後ろに飛ばされちゃって」
「ん、おまえは」
「「ショウ様!」」
メリッサとメロディーは、その瞬間を逃さなかった。半円形の包囲網から飛び出して、オレに思いっきり飛びついてきた。
「お帰りなさいませ!」
「ご無事で何よりです」
「あっ、ちょ、ちょっと、あの、おれ、ほら、汗臭いと思うから」
さんざん山を歩いて来た後だもん。汗臭いって思われるのはさすがにヤバいじゃん。
「殿方が頑張っていらっしゃった汗を、いとう女などおりません」
「そうです、こうして真心が通じたからこそ、今、ここにいらっしゃるのかと思うと、ショウ様の汗の匂いが愛おしいです!」
二人は顔を埋めるようにしてきた。
美少女ふたりに抱きつかれて汗のニオイをクンクンされるって、ちょっと、絵面的にヤバくない?
ゲヘル君は、怒りに震えながら指さしてきた。
「え? なんだと? なぜ、貴様はこんな時間に、戻ってきた? 確かバカと一緒に出たはず…… あ! さてはインチキをしたな! 大方、ロイヤルガードを使ってチェックポイントのキーワードを集めさせたのであろう! チェック係も買収したに違いない!」
はい。自白、ありがとーございまーす。なるほど。そういう手を使ったわけですね? だから、こんなに早く戻れたと。
う~ん、だとしたらゴンドラ君の方が数段、真面目ってことになるのか? そうなのか?
いーのか、それで? 「真面目」のラインが低すぎない?
ただ、まあ、ゲヘル君が、この時間に戻ってこられた理由がわかったよ。なるほど。だから汗もあんまりかいてないのか。
「ところで、王子殿下、御自ら私の恋人達に、何やら楽しそうなトークをなさっていたようで」
「あ、そ、それはだな、
そこをオレにしがみついたままのメリッサが「王子殿下、ありがとうございました」とニッコリ笑って、話をぶった切りw
「あ、いや、礼には及ばぬ」
「ただ、みなさま、ちょっと汗臭いみたいですわ? そんなクサイ身体で女性を囲むのは紳士としていかがなものかと存じますわ」
さっき、オレに言ったのとダブルスタンダードな件!
オイジェ君ともう一人の1年生がショックな顔をしてるよ。
そりゃ、クラス一の美少女に「汗臭い」とか「クサイ」とか言われたら、立ち直れないよね。うん。オレなら、きっと半年くらいは学校に行かれなかったと思うよ。
オレの左手をギュッと抱きしめながら「そうですわ。みなさま。ものすごい臭いです。ワタクシ達は公爵家の嗜みとして、いかなる悪臭でも顔に出さないシツケを受けてますが、クラスの他の女性はどうかわかりませんもの」とメロディーが、さらにえぐった。
トドメだ。
あ~ これ、マジで、トドメってるよ。
そりゃ年頃の男の子が「悪臭」とか言われて、しかも、そのセリフを吐いた美少女はもっとクサイ男に抱きついてるんだもん。
ある意味、ここまでトドメを刺されながら泣き出さなかった君たちを褒めたい。
ぜったい、ほめねーけどw
「女子の仕事は終わったの?」
「いえ。まだまだ、これからですわ。本当に忙しくて」
「それでは、殿下、みなさま、のちほど」
さすが。
オレが水を向けたことに気付いてくれた。この場を立ち去る口実だ。
二人はパンツスタイルのまま、優雅にカーテシーをしてみせた。
しかし、返事がない。
タダノ シカバネ ノ ヨウダ。
「ショウ様、後でいっぱい話を聞かせてくださいね」
「ご無事だったお身体を、真心を込めて、いっぱい確かめさせていただきますから!」
二人は、オレの手をもって、ギュッとたわわな胸で抱きしめると、にこやかに去って行ったんだ。
なお、王国の
ふわっと残った恋人達のニオイを感じながら、ふっと後ろを見たら、尻餅をついたままのキツネ君が「クサイ男、アクシュウ、クサイ、ボク……」と両手を見ながらワナワナと震えていたんだ。
あ~
この子達も王都に返してあげた方が良くない?
ちなみに、六人は、すぐさま裏口へとダッシュしていったんだ。そこには確か井戸があったもんね。
とはいえ、やっぱり汗のニオイはない方がいいか。
「出でよ、汗拭きシート!」
びよょよ~ん。
呼び出しがいつあるかわからないオレは、トビーとジョンをトイレに連れてって、一緒に汗を拭きまくったんだよ。
一人二パック必要になったけど、どうやらこれで「におわない男」になったと思いました マル!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ちなみに、本日の炊き出しは「野菜スープ」「パン(チーズと茹で野菜を挟んだもの)」となっています。
中学生が、女子に「クサイ」って言われちゃったら、ひどいことになりますよねぇ。最近は体育のある日は、男子まで「汗拭きシート」を学校に持ちこんでるそうです。
コンビニの「季節商品」だった汗拭きシートですが、現在は一年中売れ行きが良いそうです。
★★★評価への、みなさまのご協力に
とっても感謝しています!
本当にありがとうございます。
お手を煩わせていただいたおかげで
アクセス数もマジで急造しています。
作者のやる気は爆上がりです!
応援してくださるみなさまに作者は大感激。
★★★評価、ほんとうにありがとう!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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