第8話 新歓キャンプ 3
それにしても、今日は暖かい日で良かった、と思ったのは最初だけだった。
山道を歩くと、むしろ「暑い」ほどだ。
山の中を歩くから腕まくりをするわけにもいかないし、ヒルなんかが怖いから首元も完全に覆ってしまう。
しかも、着替えや諸々の装備に学園生徒として必須の「剣」に往復で使う4日分の食料や行動用の水まで入った大荷物は、普通なら30キロ以上になる。特に水が重いんだよ。ペットボトルがないんで、革袋くらいしかないだろ? だから、さらに重い。まあ、いろいろとチートしてるけど。
(防災備蓄倉庫の入れ替えで出た「期限切れ寸前のミネラルウォーター」を取り寄せれば良いから予備の水は持ってないんだよ)
ゴンドラ君は張り切っていたんだけど、ゲストハウスが見えなくなった途端、何やら雲行きが怪しい。
「リーダーは、道を見つける仕事があるんだ。荷物を持っていたら判断に迷いやすいだろう! 最短で帰りたい者には、オレの荷物を背負わせてやるぞ」
そんなキチクを堂々と言い放ったよ。
いや、背負わせてやるって、その超上から目線の恩着せがましさはヤバいっしょ。
さすがに新歓キャンプなのに1年生に荷物を持たせるのはって、ヤッバイ君が言って、ゴンドラ君の分はモレソ君と二人で分けて持ってるよ。カワイソー。
(取り巻きとは言え、案外、エライので見直した)
「リーダーが持つべきは、地図と剣だけでよいのだ!」
正々堂々と外道なことを言い切る自称リーダーのゴンドラ君は、いっそ清々しいw
逆に、レベルアップしたオレの体力と「超超ジュラルミン製の剣」を始めとする現代チート荷物のおかげで余裕がある。革袋の水は超~重いから、これだけでも差し引き10キロは変わるよ。なんだかんだで、オレの荷物は人の半分くらいのはず。背嚢が小さすぎると疑われちゃうんで、擬装用の荷物を詰め込んでる始末だ。ちなみに「代わりに、にぃさまに着いていくの」とリーゼから渡されたクマのぬいぐるみも入ってるほど。
だからトビーとジョンの荷物の一部を持ってあげていた。彼らも少し負担が少なくなっているだろう。
とは言え、この暑さだ。
全員が大汗をかいていた。
特に荷物がとんでもないことになっているヤッバイ君とモレソ君は、革製の水袋を手から離せなくなってる。手ぶらだったゴンドラ君も革製の水袋だけは手に持ってたほどだ。
『あの二人の荷物って、普通の1.5倍か。いや、なんか、王子様荷物は、もっとあるかも』
あれだと、成人男性を一人背負っているのと似たようなものかもしれない。ま、上級生だし、それなりに鍛えているのかもしれないし、とりあえず様子見で。
『トビーとジョンは大丈夫みたいだな』
騎士爵家出身だけに、子どもの頃から鍛えてある。荷物も軽くさせてあるから最後まで歩けるだろう。
『何しろ、ウチらの班って道に迷いようが無いもんな』
秘密はゴンドラ君にあった。
平等と言いつつも、さすがに王子の安全は配慮する。この班は学園の護衛騎士が倍の2名ついている。ただし、万が一の場合以外は口を挟まないことになっているので「
これは、ウチらに着く護衛騎士が2名になること以外、全員に言われたことだ。
一方で、この班には王家が派遣した護衛が10名ほどいる。彼らは山の中の狭い道を進むオレ達の前後でひっそりと警備中だ。
そうなんだよ…… 「前」に護衛がいるw
道なんて探さなくても、王家の護衛の「後」を歩けば、最短ルートなんだよ!
もちろん、護衛からしたら「3メートル以上離れられない」って主張するだろうし「王子が進む道を事前に調べないなんてありえない」と言うのも、彼らの仕事として当然のこと。
そして、王子自身も「警備が調べてない場所には行かないこと」って躾も受けてるわけだ。
う~ん。史上、最もオリエンテーリングに向かない人達だよw
じゃあ、二人を一つにまとめちゃえば警備のみなさんは楽なんだろうって思うじゃん? だけど、二人は犬猿の仲で敬遠し合ってる。「敬遠の仲」ってネタをマジで遣いたくなるくらい、仲が悪いんだ。
一つの班にまとめるなんて、ありえないんだって。
警備のみなさま、ご苦労様です。っていうか、見えないだけで、この演習林の中に、数百人規模の護衛騎士や兵士が二人の王子を守るために警備中なはずだよ。
そりゃ、大陸での最大国家の王子を十人程度の警備で山の中に放り込むはずが無いもんね。
さっきからチョロチョロしている人影は、おそらくそういう人達なんだろうと思いながら、しずしずとゴンドラ君の後を歩くだけ。
はぁ~ マジで茶番だよなぁ。
じゃあ、さ「道なんて探さなくても、良いんじゃね」って話になるじゃん?
それは王子のプライドが許さないから、あくまでも道を決めているのは自分であり、護衛のことなんて知らないっていうのが「建前」なわけ。
身軽になったゴンドラ君は「道を見つける」ために再三地図を確かめてる。
あぁ~ ほら、ムダに悩むから護衛の人が困ってるじゃん。
「よ、よし! こ、こっちだ!」
どうせわかってないんだから、素直に護衛の人の後に続こうよと、心の中で突っ込んでる。
なんで「わかってない」とわかるのかって? この世界でも地図の基本的なお作法は同じなんだよ。
「北を上にして地図を描く」
当たり前のルールだ。そしてオレ達は北に進んでいる。じゃあ、地図を見るとき、普通に持てば良いだろ?
ところが、さっきからゴンドラ君はマップを見るとき、右を上にしたり左を上にしたり。おまけに、折りたたんだ地図を見ている時も、明らかに「現在地」ではない場所を表にしているんだもん。
これで現在地がわかったら奇跡だと思うよ。
まあ、
オレ達1年生組は黙々と歩いていた。
だけど荷物が激しく溢れかえってるヤッバイ君とモレソ君が、さっきから足が前に出なくなり始めてる。
心配だ。
だってフラフラしてない?
山道がけっこう険しいとしても、さすがに、これは異常だと思う。
あれ? 二人ともさっきから汗を拭いてない気がする。そしてフラフラな足下。革袋…… 萎んでる。まさか、もう水がないとか? あれだけ荷物を持っていて予備の水が無いなんてあり得るの?
とっさに色々な事が頭をよぎって、オレは荷物をドン!と置いたんだ。
「ゴンドラ様!」
「なんだ、もうバテたのかっと、馬鹿もん、ぶつかるじゃない! あ、おい、どうした?」
振り返ったゴンドラ君に、ヤッバイ、モレソと玉突き衝突だよ。ぶつかられた王子は激オコ。でも、二人は、怒鳴り声なんて聞こえないみたいに、フラフラと歩き出そうとしてる。
あ~ ちょっと遅かったか。意識が既にヤバいんだな。
「トビー、ジョン、二人を止めろ。荷物なんて捨てていいから、ここに連れてくるんだ!」
「え? あ、う、うん」
「わかった」
「貴様! 何を勝手なことを指示している。リーダーはオレだぞ!」
「リーダに申告します。2年生のおふたりは
「なんだと? バカを言うな、王家の人間が、こんなところでリタイアなんてできるか」
そこに二人を引きずってきたトビーとジョン。
『出でよ 経口補水液!』
びよょよ~ん。
効果音は他の人に聞こえないのはリサーチ済み。500ミリの経口補水液のボトルをリュックの中に呼び出した。
幸い、今日はMPが余裕だから、ついでにスポーツドリンクも人数分だ。後でみんなに飲ませないと。でも、まずは二人だよ。命が危ない。
キャップをギュッとこじ開けてから「コイツを飲ませるんだ」とふたりに渡した。
「これは?」
「行軍症の時に飲ませると良い。オレンジ領の秘伝のクスリだ! 全部飲ませろ!」
「え? そんなたいそうなモノを?」
トビーがビックリ。そりゃ高位貴族の「秘伝のクスリ」しかも行軍症に効くと言われたら、驚くよね。
でも、オレの真剣さに押されるように二人はヤッバイ君とモレソ君に飲ませたんだ。幸い一口目を飲んだところで、自分で飲もうとしてくれた。
「なんか甘い」
「美味いな、この水」
ポソッと声が聞こえた。意識があるなら良かった。
ただ、クソマズの経口補水液が「美味い」ってことは、熱中症で間違いないな。二人の革袋に触ってみたら水は残ってなかった。どうやら前半で飲みきったのに、
……ん? あるよね? 背嚢に、水の予備。
オレには確かめる勇気も無かったけど、ゴンドラ君は、まだ「怠けるな!」とか叫んでる。いや、それ無理だからw
「ゴンドラ様? 下々の調子が悪くなったのです。ここは、リーダーが優しさを見せつけるところではないかと。あ、それに、ゲストハウスに戻ったら、きっとメリディアーニ様とメロディアス様は、早くに戻ってきた理由を聞きたがるでしょうね。その時は『殿下は倒れた部下のためにあえて泥を被る決断をした』なんて、きっと、言っちゃうだろうなぁ…… なぁ、トビー? ジョン?」
「そ、そうですよ。倒れた部下を見捨てないリーダー。やっぱりそれが信頼されるかと」
「さすが殿下。下々のために、あえて汚れ役のご決断。さすが、王家の方は違います」
君たち、猿芝居、上手くなったね。
そこから、トビーとジョンとが絶妙のリズムでヨイショしまくったおかげでその気にさせられた。
鼻息も荒く「よし、本来は、これからがみどもの見せ場ではあったが、あえて戻る決断をリーダーとしてするものである。一応確認する。反対の者はいるか?」
「「「異議などございません。ご英断、お見事にございます!」」」
そしてゴンドラ君はチームに配布されている「
非常事態での「リタイア」の合図だ。
先導役の護衛はもちろん、それを見ていて別の音を鳴らしたんだ。
わっ、わっ、わっ、わっ
あらゆるところから、湧き出すように現れたよ。その数40以上はいるよね?
マジですか?
影って言う人達を甘く見すぎていたみたいだ。
パッとゴンドラ君を取り囲む一団に、オレ達を取り囲む人達。あっちこっちで火が灯された。
『こんな大勢に取り囲まれてたんだ』
そこに駆けつけてくれたのは学園の護衛騎士さん達。
王家の護衛と大人同士でやりとりしたかと思うと、ゴンドラ君を取り囲んだ一団は、風のように消えてしまった。もちろん、本人も消えてるよ。
ハッと見回すと、オレ達を取り囲んでいたはずの人達も消えていた。
ひぇ~ マジで、この人達はレンジャー部隊、いや「忍者部隊」って感じだな。高位貴族の家には必ず、こう言う「影」がいるんだけど、お互いの勢力がぶつからないように譲り合うんだ。
主人の身分が上である組織が優先。だから、今回は公爵家以下の影は来ていない。ま、このレベルの人達が、二人分投入されてるんだ。生半可なことでは手出しなんて無理だから、安心は安心だ。
『何しろ、一番ヤバいのは本人だしなw』
残った王家の護衛の人達がやってきた。
「良い判断でしたね。説得もお見事でした。あの二人は我々が王都まで連れて帰りますので、ご心配なく。確かに行軍症です。貴殿のご配慮に感謝いたします」
どうやら一部始終をちゃんと聞いていたらしい。でも「王子の護衛」の立場では、他の生徒の異常では手が出せない。オレ達が
行軍症を起こすと、簡単に人が死ぬ。
こういう仕事だからこそ余計に知っているはずだ。王子の判断ミスで学園の生徒が死んだら不味いけど、勝手にしゃしゃり出られない護衛の立場。辛いよね。
オレなんかに頭を下げてくれるのもわかるよ。
苦労人だと一目でわかる護衛の人は、深々とお辞儀をしてから「オレンジ家の秘伝のクスリ」の入れ物を返してくれた。
そして、ちょっと言いよどんでから聞いてきたんだ。
「あのぉ、ところで、この中身と、それに容器なんですが」
「それ、聞いちゃいます?」
「失礼つかまつった。伯爵家の秘伝を使っていただいただけでも感謝です。この礼はいずれ」
ペコリとお辞儀をしてから、護衛の人は、学園の護衛騎士に向かって「よしなに頼む」と声を掛けたんだ。
その声につられて、思わず振り返った。
「では、ごめん」
「え?」
再び前を向いたら、もう、そこには何もなかったんだ。
ヤバッ。イリュージョンかよって世界だよね。世界のマジックショー?
あんな人達を相手にしたら、マジで命がいくつあっても足りないじゃん。
自分のレベルが上がったことで天狗になっていたのがわかったかもなぁ。
よし、オレもレベルアップするぞ!
と決断したところに、学園の護衛騎士さん達が、ニコニコ。
オレ達って、このあと……
「さ、ゲストハウスまで、戻りましょうか。なあに、1時間も歩けば着きますよ」
ですよねー
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
経口補水液が甘く感じたら脱水症状かもっていうのは、人生で一回くらい使うかもしれないマメです。
ただし「熱中症の予防」とか「普段」に飲むならスポーツドリンクをお勧めします。
なお、熱中症になって意識障害を起こしたら、必ず医師の診察を受けてください。お願いします。これはマジです。
>このレベルの人達が、二人分投入されてるんだ。生半可なことでは手出しなんて無理だから、安心は安心だ。
しっかり、フラグを立てちゃう主人公w
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます