第7話 新歓キャンプ  2

「ショウ様って、泳ぎもおできになったんですね。ウチの騎士団どころか、国軍の中でも、水軍の部隊以外では泳げる騎士って聞いたことが無いです。とってもすごいです」


 メリッサが目元を拭いながらも、健気に褒めてくれる。


「でも、川に飛び込まれたときは心臓が止まるかと思いましたわ。本当にご無事で何よりです」


 メロディーは、まだ、青い顔をしたまま涙を途切れさせない。


 いきおい、船の片隅で、ふたりはヒシと抱きついてきて離れない。救命具浮き輪を腰に着けている分、胸が密着してくるんで嬉しいけどヤバい。


 ちょっと立てないんだけど。いや、立ってるんだよ? 立ってるから立てないというか、そのぉ……哲学的な?


 それにしてもオレが飛び込んだのがよほどショックだったらしい。回した手で、両サイドの頭をヨシヨシしてあげるくらいしかなかった。 


 その向こう側には、トビーを始めとする戦略研のみんなが、話したそうにウズウズしているのが見えていた。


 さすがに公爵令嬢の頭越しには喋れないよね。


 ちなみに、ショックがでかすぎたのと「侯爵家の息子」って点が考慮されたのか、ミガッテ君は、ここでリタイアとなった。


 自分の家の馬車で帰宅ってことになるんだと思ったら、第三王子ゴンドラ殿下の馬車で来ていたらしい。どうせ、使わないんだから、王子が自分の馬車で送らせるのかと思ったら、家からの迎え待ちになるんだとか。


 うーん。まあ、確かに王家の馬車を、ホイホイ貸すわけにはいかないんだけど、なんか、せっかくの取り巻き君なのに哀れな気がするよ。


 教師達も各船に分乗していて、この船には担任のアルバート先生も乗っていた。みんなの方を向いての訓示お説教である。


「諸君、先ほどの騒動でわかったかも知れないが、彼の場合は、たまたま英雄的行為をなせる人間がいたからだ。だが、いつもそうなるとは限らない。こちらの注意を聞かないとムダな危険を冒すことになる。くれぐれも注意を守ること。この風なら1時間で中継港のある街『ヤベ』に着く。船内を立ち歩かなければ自由に過ごしてよろしい」

「「「「「はい」」」」」

 

 ともかく、追い風のとき帆船は、グイグイグイって加速感がヤバい。しかも海と違って波が少ないから余計に「滑るように」進むんだよ。


 船は川の流れに逆らって、上流へと順調に進んだんだ。


 しばらくは、船内でやることが無い。船の中を歩き回ろうものなら、即座に雷が落ちるのは目に見えてるしね。


あっちでも、こっちでも背嚢リュックに入れてきた「行動食」を食べ始めてる。


「じゃ、私達も軽く何かを食べましょうか。こんなのはいかがですか?」


 オレが出したのはオールドスタイル・ドーナツだ。コンビニの「レジ横商品」の定番だもんね。コンビニ各社が力を入れまくったのに、結局売れなかったもんなぁ。


 しかし、この世界で「甘くて油で揚げてあるお菓子」っていうのは、少なくとも貴族の世界には存在しない。

 

「わっ、良い匂い!」

「珍しいお菓子ですね。あ、これはちょこれーとが掛かってます!」


「これは、パンのように手で千切らずに、そのまま囓ってお召し上がりください」


 レジ渡し用の紙で、半分巻いてふたりに渡した。


「へぇ~ お家だと叱られてしまいそうですけど、ふふふ。素敵」

「そうですね。いかにも野外活動向きな感じで、ワクワクします」


 ハイカロリーな甘いお菓子は、こういう世界でこそモテモテなんだぜ。


 二人に渡してから気付いたんだ。


「え~っと、毒味をどうしたら良いかな」


 やっぱり、立場的にはオレがやるんだよね? 毒なんて入ってないのは、オレが一番よく知っているけど…… なんだったら、前世の品質管理された食べ物なら、この世界のたいていのものよりもはるかに安全だよ? 


 でも「毒味」をさせてから食べるのはご令嬢としての嗜みだもんね。


 迷ったら、即座にメリッサが「ショウ様に手渡されたものなら必要ありません」とニコリ。


 一瞬、そうよと言いかけたメロディーが、ちょっとだけ首をかしげてから、黒い瞳をイタズラに輝かせて言ったんだ。


「こういう時は、渡してくださる方が、一口召し上がってくだされば良いんですよ」

「あ、えっと、私が? もちろん構いませんけれど」


 一部を千切って食べれば良いよね? と思ったら手に持ったドーナツをメロディーがオレの口に差し出してきたんだ。


「じゃあ、ショウ様。はい、あーん」

「え? あの、これを」

「はい。これは、そのまま囓って食べるものだとショウ様は仰ったじゃないですか」


 メリッサは「あ! ずるい! わたしもです! 私も毒味をしていただかないと!」と、差し出してきた。


「あーん」


 三秒後、リングが視力検査表のCマークになったドーナツを、ふたりは美味しそうに食べましたとさ。


 ちなみに、戦略研のメンバー達が羨ましそうにチラチラ見るから、レジ横商品で廃棄した「サーターアンダギー」を一つずつあげたよ。


「美味しい!」


 って評判だったけど、ボソボソと「羨ましいのはソコジャナイ」ってつぶやきが聞こえたけど、聞こえなかったことにしよう。


 そーいうドタバタとイチャイチャを演じつつ、ヤベでの休憩を挟んで、目的の港「モトス港」に、ようやくたどり着いたんだ。


 ここから男子と女子は行動が分かれることになる。


 女子は、直接、王立学園の演習地にあるゲストハウスに入るだけ。それだって、貴族のご令嬢方にとっては「お風呂に入れない」ってだけでも相当にショックみたいだけど。(シャワーはあるよ)


 ともかく、女子はこれから、女子体育(ダンス)の先生であるネムリッサ先生とマリンカ先生が付き添って「炊き出し訓練」をすることになる。


 分かるだろ?


 女子が炊き出しするってことは、男子は、それを食べるまでに別の訓練があるってことだ。


 そうなんだよ。新歓キャンプ名物の「恐怖の夜間行軍」が始まるってわけだ。


 これは、演習林の中に1~10の番号札が立っていて、各班ごとに指定された番号を順に3つ回って帰ってくるだけなんだけど、持ってきた荷物を全部背負って歩くのってひどくない?


 そして真っ暗な演習地を地図と月灯りだけを頼りにして、3つのポイントを回るわけで、その距離、アップダウンありの山道を10キロ弱。


 まあ、だいたい早くて3時間らしい。


 王立学園の演習地だけに、猛獣の類いは狩ってあるので、道に迷いさえしなければ、何とかたどり着けることになっていると言われてるけど、まあ、毎年一番遅いグループは、明け方になるとも言われてる。


 明日は明日で、行事が朝からビシバシだからね。


 だからこその「恐怖の」なんだよ。


 1年、2年の男子30人は、学年を平等にして5つのグループだ。


 オレのグループは1班。1年生は、来る前から計画していたとおりにトビーとジョン。でも、2年生の誰が1班になったのかと思ったら「下賤な者と一緒か。足手まといになるなよ」と、いきなり目の上に縦線を入れたくなるゴンドラ様と、その取り巻きの「ヤッバイ」君と「モレソ」君だ。


 名前を組み合わせると事件だよね。


 そして、生徒だけではさすがに危険なので護衛騎士が二人ずつ。ただし、一切のアドバイスもしないことになってるよ。


 各班ごとに、指定された番号の順番は違うから、お互いの行動は全く参考にならないってのは、良く考えられてると思うよ。


 まあ、現代で言えばオリエンテーリングみたいなものなんだろう。


 オレ達は、既に深い闇を飲み込む演習林の中へと、一斉に入っていったんだ。


  

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 この「新歓キャンプ」は、色々と盛りだくさんなので、小タイトルは番号をつけることにしました。


 みなさんも、中学の時、林間学校で「オリエンテーリング」はやりましたか?

東京の学校だと、けっこうヤッてるみたいなんですけど。


みなさま★★★評価へのご協力に、とっても感謝しています。

本当にありがとうございます。

お手を煩わせていただいたおかげで、順位アップ!

作者のやる気は爆上がりです!

応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 

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