第6話 新歓キャンプ  1

 王立学園は、クラスごとに縦割りの新歓キャンプがある。1年と2年で60人。そこに先生と護衛を付けるから100人規模になるんだ。


 え? 楽しそうだって?


「それを選ぶなんてとんでもない!」


 レトロゲームなら、そんな表示が赤文字で表示されそうなほどにヤバいんだよ、これ。


 行く場所は王都から100キロほどの低山だ。東京で言うと高尾山に毛の生えたような感じの山らしい。


 でも、この「100キロほど」が問題なんだよね。


 馬車だけだと3日掛かる距離だ。


 ほら、ファンタジー小説だと「辺境伯の領地に着くまで、馬車で3日」とか言う設定あるじゃん? 


「馬車で3日の、どこが辺境だよ!」


 と激しく突っ込みたい。距離にしたら100キロじゃん。


 東京から見て「F急ハイランドが辺境の地」とか言ったら、山梨県民が怒るだろ! いや、あそこって、ちょっとノリがヘンだから、辺境を売りものにしちゃうかもだけど。


 あ、えっと、そーじゃなくて!


 馬車の話だったね。


 そもそも道がすごいんだよ。


 石で舗装された道路なんて王都とか高位貴族の領都くらいだし、それだって、全部の道じゃない。主な街をつなぐ街道は、どうにか土を固めた簡易舗装みたいになってる程度だ。


 見たことがあるかな? 日本で言えば山間に舗装されてない「林道」があるでしょ? 大部分の道があんな感じになってると思ってくれ。


 そこを馬車でガタゴト行くんだよ?


 サスペンションはあるけど、板バネレベル。ゴムタイヤも無し。代わりに木の車輪に鉄のベルトがはめてあるだけ。


 1時間も乗ってみなよ、地獄だからシェイクシェイク


 ちなみに、荷物を積んだ馬車だと「丸1日かけて40キロ」くらいが限界なんだよ。無理しても50キロくらい。時速じゃないからね!


 それとさ、そもそも馬車がイメージと違うんだ。


 アニメに出てくるように「お部屋みたいに中で立ち上がれて、寝っ転がれるような巨大馬車」って無理だから。重くなりすぎて車軸が耐えられない。しばらくは保ったとしても、トップヘビーで小石にひっくり返るか、ぬかるみにハマって出られなくなるかのどっちかだよ。


 どれほどの高級馬車でも、屋根付きの室内は、向かい合わせで膝が付きそうになるほどコンパクトなの。軽乗用車よりもはるかに狭いからね。

(ただし後ろ側に、立って乗るスペースがある。お供の人用!)


 そもそも屋根付きの馬車なんて子爵クラス以上じゃないと買えない超高級品だ。


 まあ、そういう事情を飲み込んでもらって、夜明け前に分乗した馬車で半日、それでもまだ途中どころか「序盤」だって言ったら「新歓キャンプ」の過酷さがわかるかな?


 こっちの学校って自己責任の範囲が大きいんだよね。新歓キャンプも高位貴族の子弟は自分の家の馬車コーチで、あとは学園が用意した「屋根無しの乗合馬車ステージコーチ」に乗っている。


 オレは行きはシュメルガー家の、帰りはスコット家のコーチに乗ることになった。もちろん、両家のコーチは最高級品。それでも、向き合って座れば、膝がくっつくレベルだからね!


 美少女と狭い所でくっつくんだもん。ご褒美って思うだろ? 


 まあ、確かに、黒髪をふわりとさせた美少女がキュッってくっついてくれるのは、男子としては嬉しいよ。否定はしない。


「きゃっ! ごめんなさい。つい」

「大丈夫かい、メロディー。揺れるんだから。掴まってくれていいからね」

「あぁ、なんて、お優しい」

「しょ、ショウ様? メロディー様と違って、わたくし、前の席だから掴まれませんわ? お膝を押さえていただいてもよろしくて?」

「え? マジ? も、もちろん、かまわないけど」


 いいのかな? 黒髪美少女に二の腕を抱きかかえるにようにギューッとされて、片手は金髪美少女のメリッサの膝を押さえる形なんて。


 今回は、演習用にパンツスタイルだけど、布地越しでもわかるよ、この脚の、ああ、でも、これがスカートだったらなぁ……


「ショウ様?」


 メリッサは赤い顔をして小さな声。


「今度、ぜひ我が家へ。父も留守にすると言っておりますので.その時は、スカートですわ」


 わぉ! いただきました! 


 美少女からの「ウチに来て、親はいないの」発言。


 って言っても、しょせん、専属メイド達が付きっきりになっちゃうんだけどね。


「ん? メロディー 何か?」

「大丈夫です。メイド達は、何も言わないことになっていますので」

「ええええ!」

「あ、ズルい! ショウ様、我が家もです! 我が家だって!」

 

 と顔を真っ赤にして主張してくるのは、とっても可愛い。


 そんなわけで、狭い車内でイチャイチャしながら進んだんだ。


 最初の休憩で、お隣りポジションのチェンジはオヤクソクだよね。 


 さっきとそっくり会話を取り替えての、イチャイチャが続いたんだ。


 このまま馬車デートでイチャイチャって最高だよ!


 と思った時もありました…… 


 二回目の休憩で、主要街道を外れた途端に、ガタガタ道。


 無理だから.マジ、無理だったから。


 全員が青い顔だよ。たまに馬車を道ばたで止めるのは、エチケット袋なんて無いから、道ばたに走って行くんだよ。


 乗り心地が最高な公爵家の馬車でこれだよ? ステージ・コーチの人達なんて悲惨の一言。


 もうね、馬車が「目的地」に着いたころには、生徒全員がホント平等に目から光を失ってた。もちろん、オレもだけど。


「各自休憩。なら昼食を摂って良し。2時間後に船に乗り換えて出発する」


 騎馬の護衛役が馬車の間を駆け抜けながら命令を伝達していた。そりゃ、馬車が30台近くも連なってるからね。こうやって連絡するしかないんだよ。


「ほぉ~ このグループは元気そうだな」


 1組うちらの担任であるアルバート先生は、元騎士だけに馬だったから元気そのもの。みんなの様子を見回っているらしい。


 一応、礼儀として、先生がやってきたマナーで代表して立ち上がった。メリッサとメロディーも、何とか姿勢を正す程度はできたんだ。


「どうにか」


 さすがにペラペラ喋る元気はない。


「ここがどこかわかってるな?」

「はい。ライン川の支流であるエムライン川かと思います」

「うむ。感心、感心。地図の読み方を知っているようだな」


 歴史オタにとって、地図を覚えておくのは常識だよ。ただ、先生が褒めてくれるのは訳がある。


 日本では小学生でも、地図はわかるし、どんなに頭の悪いガキでも「駅から家までの地図を描いて」って言われたら、たいていは描ける。縮尺がわかれば、地図を定規で計っておおよその距離を出して、自転車で行けば何時間だ、くらい誰でもわかる。


 あれは日本の高度な小学校教育のおかげなんだよ。


 この世界では「地図を読む」というのは高級な知識だ。そして「軍人や(旅をする)商人にとっては必須の知識」なんだよね。


 まあ、地図そのものも、そんじょそこらにはないんだけど、王立学園では、さりげなく教室に貼っておいてくれてる。


 、誰でも見ておけるってこと。地図の重要性をちゃんとわかっているかってことを先生は問題にしたのだろう。


 もちろん、メリッサとメロディーも地図は読めるだけの教育は受けているよ。本来なら、どっちが答えてもいいんだけど、二人とも現在、ダウン中なので。

 

「この後は船だ。さっきよりはだいぶマシになるぞ。ただし、救命具を忘れずに着けておけよ」

「はい」


 休憩を終えたオレ達に渡されたのは、木製のちょ~ダサイ、浮き輪みたいなヤツだ。これを身体に縛り付けるんだって。どんな宴会芸なんだよってレベル。


 とはいえ、万が一、船から落ちた時に浮くものって、木くらいしかないものね。前世のライフジャケットを取り寄せたいけど、生憎「ゴミになったライフジャケット」なんてみたことなかったし。

 

 ただメリッサとメロディーが浮き輪スタイルになったら、メチャメチャ可愛いんでビックリ。美少女は何をやっても、可愛いんだなぁ。


 学年主任のブラウザ先生気むずかし屋が、怒鳴るようにして最終の注意だよ。


「本日は、幸いなことに順風だ。おそらく夕方には到着するだろう。乗船中、絶対に救命具を外さないこと。外したものの命は保証せんし、助けもしない。わかったな!」

「「「「「「はい」」」」」」


 念を押すのは訳がある。


 先生方を含めて、学園関係者で泳げる人間は、ほぼいないはずなんだ。船員だって、泳げる人の方が特殊らしい。


 そりゃそうだよ。「プールで泳ぐ」っていうのは特別な教育だからね。


 子どもの頃から水辺で過ごした人以外、簡単に習えるものじゃないんだよ。


 公爵家のご令嬢方も、その例外ではないわけだ。


 30人ずつ乗れる船が桟橋に横付けされていた。前世なら、帆の着いた小型漁船って感じだけど、この世界では「大型船」なんだよ。


「こ、怖いです」

「もしも落ちちゃったら」

「二人とも大丈夫だよ。この浮き…… 救命具があれば、必ず顔は浮いているんで安心して助けを待ってね」

「でも、先生方は助けないと」


 メロディーは、深刻な顔だ。あ~ 真面目な子だからなぁ、先生方の言葉をまともに受け止めてしまうんだろうなぁ。


「大丈夫。もしも、落ちちゃっても、必ずオレが助けるから」

「ショウ様!」

 

 ギュッと手を握りしめてきたメロディーだ。


 そして、それを遠くから見て、ミガッテ君が「チッッ」と言っているのには気付かなかったんだ。


 次々に乗り込み始めた時だった。オレはまず、メリッサの手を取った。


 こういう場合、正式に結婚してから夫が順番を決めるまでは、ほぼ自動的に優先順位が決まるんだ。


 もちろん、メリッサを乗せた後で、もう一度戻ってきてエスコートをする。


 ところが、残されたメロディーを見て挑戦者バカが現れた。


「メロディアス様、よろしければ、私が手を」


 ミガッテ君が登場した。


「ありがとう。でも、けっこうです。ショウ様がエスコートしてくださるので」

「でも、あのヤカラは、メリディアーニ様を」

「はい。ふたりともエスコートしてくださるので」


 ニッコリ。


 こういう時の美少女の笑顔は、まさに刃だよね。


 すごすごと引き下がったミガッテ君は激オコ。でも、まさか公爵令嬢に怒りをぶつけるわけにもいかない。


 プンスコしながら、船に乗り込もうとしたときに、ちょうど、オレがメロディーのところに戻ろうとしてたんだ。


 えっと、普通は桟橋から船に「橋」が渡されていて、そこを歩けば良いんだよ?


 ただ、みんなが乗っている邪魔にならないように、桟橋へと飛び移ったんだ。トンと着地したところをメロディーが「素敵です!」って褒めてくれた。


 いや~ こう言う風に褒められると、なんか嬉しいよね。たった1メートルもないんだし、船の縁の方が位置も高い。半ば飛び降りる感じだったから、このくらいなら跳べて当然なんだけどさ。


 その瞬間、ミガッテ君が何を考えたのかはわからない。


 ただ、オレへの対抗心だったのは確かだ。


 飛び移ろうとして、救命具が邪魔だと思ったんだろうなぁ。いきなり、ロープを解いたかと思ったら、まず、そいつを船に投げ込んで、勢いをつけて飛び移ろうとしたんだ。


 いや、船の縁の方が高いんだから、それ無謀だよ? ギリ飛び移れるかなってドキドキだ。


 悪いことに、このシーンを学年主任のブラウザ先生が、偶然、見ていたんだ。


 こういう時ってさ、大事な時に声が掛かるとダメなんだよね。


 よりにもよって踏み切ろうとした、その瞬間に「コラ~!」と怒鳴っちゃったんだよ。


「わっ、わっ、わっ」


 わかる? 飛ぼうと思った瞬間に踏みとどまろうとするとどうなるか。


 止まれず、飛べずだ。


 そして少年の下に床も、船もなくなった……


 ドボーンっと、派手に水音を立てて落ちた。


「馬鹿者! だから、止めろと言っただろう!」


 血相を変えてブラウザ先生が怒鳴ってるけど、いや、怒鳴っても事態は変わらないじゃん。って言うか、明らかに、声を掛けるタイミングが悪いと思うぞ?

 

「あぶ、た、す、ぶほっ、た、ごぼっ」


 あ~ やっぱり、泳げないよね~


 えっと、これって、オレにも何割か責任あるかな? 

 

 パッと見回すと船員が竹竿を伸ばして「掴まれ」って言ってるんだけど、本人は、それどころじゃないらしい。あんまり近づけて、今度は竹竿で頭を叩く形になったりして。


 しかも、暴れているから、このままだと桟橋から離れて、川の流れに巻き込まれてしまうのが目の前だ。


 弱り目に祟り目かよ。確か韓国の諺だっけ? 溺れている犬はもっと叩けとかいうやつ。


 なんてことを言ってる場合じゃないか。


 ともかく、誰かが掴まらせてやらないと、マジで死んじゃうよね。っていうか、やっぱり泳げる人はいなさそうだ。


 オレは黙って救命具を外して、靴と上着を脱いだんだ。


「え! ショウ様、どうなさるんですか!」

「ちょっと、行ってくるよ」

「そんな! ショウ様、ショウさまあぁああ!」


 先に救命具を、できる限りミガッテ君の近くに放り投げてから、オレもそのまま飛び込んだ。


 なんか、悲鳴やら、怒鳴り声やらが聞こえた気がしたけど、ともかくやるべきことはやらねば。


 まず救命具を掴まえて、片手クロールでミガッテ君のところ。


 こういう時、近づきすぎるとオレにしがみついてきちゃうからね。救命具を盾にするみたいにして近づいたんだ。


「あぶぅ、たす、え*#$%#」

「掴まれ、これに! チッ、無理か」


 パニックを起こしているミガッテ君は、掴まることすら考えられないらしい。


 グッと片手を浮き輪に通すと、ミガッテ君の身体をガッチリと掴まえたんだ。とたんにタコみたいにへばりついてきた。これだと、こっちも泳げないじゃん。


 でも、これは予想の範囲内。

 

 しっかりオレに掴まらせてから、片手に浮き輪の紐を掴んだまま、ワザと水中に沈んだんだ。


 水の中に引きずり込む形だ。これをされると、救助される側は本能的に手を離して水面に戻ろうとする。


 手が離れた瞬間、スルッと後ろに回り込んで、引き寄せた浮き輪を、ヒョイッと被せた。


 ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ


 どうやら水を吸い込んだみたいだけど、浮き輪に身体を通してしまえば、とりあえずは大丈夫だろう。


 ちょっとだけ流されたけど、さすがに船着き場だけに、流れ自体は大したことはないんだ。


 ミガッテ君の救命具を両手で押しながら、バタ足で戻るオレに向かって、大歓声が上がっていたのに、ようやく気付いたんだ。


 あれ? ヤバッ、オレ、ヒーロー?

 

 みんなに褒めてもらえたのは良かったけど、メロディーとメリッサに泣かれてしまったのは、ちょっと計算外。


 学年主任のブラウザ先生に、ムチャクチャ叱られたのは、もっと計算外でした。


 おめえがいけねーんだよ!

 

 反省しないのが主人公の特権です。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

基本的に「騎士」って鎧を着けるので浮かないんですよね。だから「水泳の訓練」ってしなかったみたいです。子どもの頃、プールが無かったために「船の仕事をしていても泳げない人」が大勢いるのは、現代の世界でもマジであることです。

日本みたいに、ほぼ全員が「少しは泳げる」って言う国は、案外少ないみたいです。

主人公は前世の記憶があるから泳げる!

これも知識チートみたいな感じですね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



  


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