第5話 西へ東へ
名前を覚えてない侍従は「お客様です」と小さな声を出した。
まだ、10歳にもなってない侍従は、ロウヒー侯爵領の確か騎士爵の息子だ。母親の縁で、こうして、可愛らしい侍従は定期的に送り込まれてくる。
もちろん、常日頃「自分が即位した暁には「公爵家」の名前が入れ替わるだろう」という独り言をロウヒー家は、ワクワクして聞いているのである。
そのロウヒー家からの貢ぎ物は、キラキラする金髪であった。
『そろそろ、食べ頃かな?』
チラッと考えたが、それよりも約束の客を優先させねばならない。
「わかった。茶はいらん。
「かしこまりました」
やっぱり、やるべきことを後回しはいかんとゲール第一王子は思い直す。やりたいことをやりたいようにするからこそ「王」なのだから。
そのために必要な権力は早く握ってしまうしかない。この客との話がうまく行くなら、前祝いといこう、と思いついて、ニヤリと侍従を見た。
「ついでにな。今晩、湯浴みをしておけ」
「か、かしこまりました」
もちろん、先輩方から意味は聞いているだろう。足下をフラつかせながら下がる侍従を見てニヤリとするゲールだ。
『今晩は楽しくなるぞ。さて、吉報を持ってきてくれよ』
中二階と呼ばれる部屋はどの応接室からも渡れない。唯一、図書室を通る道にだけ上り階段が設けられているのだ。
昔は、図書室の本を閲覧するために使われていたらしい。
『つまり図書室に人を入れないようにすれば、誰も立ち聞き不可能ってわけだ』
人払いを命じた以上、盗み聞きは不可能である。
中二階には、どこにでもいそうな商人風の男が一人だけいた。あまりにも平凡な身なりゆえに、市場を歩けば、似た男を3分おきに見つけられそうだ。
だが、それこそが最大の擬態だ。こういう時に怪しげな黒マントやら仮面やらを付ければ、見た人間は、必ず覚えているもの。しかし、どこにでもいる商人が何か怪しげなものを売りつけに来たのだろうと思えば、誰も気にするわけが無い。
ごくごく平凡な身なりこそが、最大の隠れ蓑になるのを男はよく知っていたのである。
「よくぞ参った。して返事は?」
「は。恐れ多くも、サスティナブル王国の「あ、いい、いい、そういうのはいいから、すぐ用件だ」
儀礼の挨拶をするのは、マナーと言うよりも常識の一部だ。様式美を守りつつ、そこに使われる修辞や事物によって、使者の能力を見せるという意味も持つ。
それを断るというのは、使者の力量なんて関心が無いという
だが、使者としても、今回の件を詰めることは絶対的に必要なことだった。
内心の激怒を抑えるくらいは貴族の才覚。
商品の並んだ棚をニコニコと見つめる商人としか思えない表情を作りながら「こちらを」と書状を差し出した。
一通り目を通すと、書状を本人に差し戻す。
「よしよし。なるほどな。では、順調なようで何よりだ。オレの条件は同じ。来年までに、オレが近衛を握れるようにしてみろ。さすれば、3年以内に、貴国の願いが叶うように、オレが取り計らおう」
「と、申しますと、いよいよですかな?」
「そんなことは、お前達は知らんで良い。あくまでも、オレが冠をつけるのが最優先なんだからな」
「そこについては何度も交渉して参りましたとおり、我々にも保証が欲しいわけです」
何度言っても、どこまで妥協しても、ゲール第一王子は理解しないのか、それとも「理解してないフリ」をしているのか.堂々巡りだ。
商人風の男は、内面の苛立ちを隠しながら、辛抱強い態度で粘ってきたのだ。
「それは、お前達次第だと言ってるだろう? 近衛を握れなくちゃ、このプランはできない。たとえお前達が、ガバイヤ王国と結んでいてもダメなんだぞ?」
ギクッとした様子を商人は一切顔に出さなかった。しかし、まさか、自分たちアマンダ王国が考えているガバイヤ王国との共謀が、まして、この王子ごときに察知されているとは思わなかったのだ。
しかし、ゲールからしたら「ありえないこと」のたとえ話として出しただけで、それ以上の意味などなかった。もちろん、そんなことが本当に起きているかどうか、考えたこともないのだ。
ゆえに、サラッと言ってのけた後は、今、自分が口にした言葉など忘れた顔になるのは自然なこと。しかし、商人風の男からしたら、これは「強烈な脅し」としか受け止められない。
極秘の情報を握っているサスティナブル王国の王子。さすがだ、と言うことになる。
「何を仰っているのか、わかりかねますが、年末までにそれなりの結果をお目にかけられます。代わりに?」
「わかったわかった。とりあえず、王立学園への留学生と教師の枠を二つ作ったぞ。それで文句はあるまい?」
商人風の男は、恭しくお辞儀をしたあと「王から、言付かって参りました」と小袋を差し出した。
「こちらはキャッツ・アイと申す宝石でございます。最近、我が国でも手に入れまして。商人が、大変苦労したものにございます」
「ほ~ オレの知らない宝石というのもあるんだな」
「はい。北方の騎馬民族が砂漠地帯でのみ発見できるのだとか」
「ってことは、いつものようにすれば良いのだな?」
「御意」
この小袋を、そのまま王都のとある商会に持っていけば、即座に「
形式上、商人から手に入れた珍しい宝石を、王子の才覚でめぼしい商人に売り払う。
ここに何らの違法性もない。
小国の国家予算に匹敵する金を、王子は合法的に手にすることができるのだ。
「よしよし。初めからこういうものを持ってくれば、オレも言葉が違うのだがね」
「恐れ入ります。他の商品につきましては主に辺境地で発見されたものを預けておりますので」
「ふむ」
それらは、全てダミーである。異国の地から商人が運んだ「珍しいもの」を王子が手に入れたという話は絶対的に必要だからだ。
王子は、懐に入れておいた小袋を、商人が持ってきた雑多な品々の間から偶然を装って発見することになるのだ。
発見した王子の手柄であり、そんな貴重なものを発見できなかった商人が間抜け。
それだけの話として王都では理解されるはずだったのだ。
話が終わると、そそくさと引き上げた商人風の男は、繁華街を通り抜ける。5分も歩けば、どこにでもいる商人にしか見えない。
やがて、男が某商会の裏口から入り込んだところは、誰も目撃できなかったのである。
・・・・・・・・・・・
リンデロンは息子からの手紙を熟読した。
『ブラスも頑張っているようだが、そろそろ限界か。やっぱり一騒動は避けられないと読むべきだろうな。楽観は禁物。常に最悪に備えるべきだ』
長男のブラスコッティを西側辺境に派遣して1年になる。中小の地生え貴族達と腰をすえて交渉してきた。
現地では、大兵力の派遣を求めているが、それをすれば、アマンダ国との武力対決が避けられそうになかった。
治安の不安を訴える領主達は、みな、アマンダ国の暗躍を訴えているからだ。
『そもそも、あんな遺跡が見つかってしまうからだ。えーい、なぜ、知らんぷりできなかったんだと、八つ当たりもしたくなるな』
発見された遺跡が、アマンダ国の国境と絡む重要な遺跡である可能性がハッキリしてくるにつれて、にわかに「我が国固有の領土だ」と主張し始めたのが10年前だ。
少しずつ少しずつ、アマンダ王国からの手が忍び寄ってくるのを止められないままだった。
『この際、アマンダの力を削ぐためにも、大規模な兵力派遣して国土の半分も占領してしまうべきか? それとも、現地での治安強化を地道にするかだが』
長男は「もう限界です」という悲鳴のような手紙を送ってきている。これで2通目だ。現地には現地なりの苦労はあるにしても、簡単に決断できることではない。
『よりにもよって東側のガバイヤ王国も、世継ぎ騒動で揺れている最中だからな』
何よりも、自国の世継ぎが定まってないのも大きい。
『国王の健康に不安が無いことくらいが、せめてもだが…… あ、いや、もっと素晴らしい「せめても」があったぞ』
ニヤリとした。
娘の婚約者予定のショウ君が、戦略演習のカクナール教官に非公式ながら大勝したという知らせが入ったのだ。
『ショウ君らしい、誰も考えつかない戦法だったらしいしな。このまま育ってくれ、麒麟児よ…… それにしても、はやくエルメスのヤツもウンと言いやがれ! まったく、これだから脳筋は』
ふむっと一つため息を吐いたリンデロンは、また一口、紅茶を飲むと、沈思黙考の世界に入ったのである。
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作者より
第一王子は、王位継承権1位ですが「女性に興味が無い」という点で立太子の礼(正式な王位の継承者となる儀式)が認められていません。大変ご不満なご様子です。
ちなみにお母さんは第1側妃でロウヒー家(ミガッテ君の家です)から迎えたミントス妃です。現ロウヒー家家長の妹に当たります。
今回「ギリ」になってしまってすみません
しかも、動乱編の伏線を張らせていただきました。
リンデロン様は、メロディーに引き続き「リズム(妹)」はいらないか?」と聞こうと思っているようです。
みなさま★★★評価へのご協力にとっても感謝しています。
本当にありがとうございます。
お手を煩わせていただいたおかげで、アクセス数も急造しています。
作者のやる気は爆上がりです!
応援してくださるみなさまに作者は大感激しております。
★★★評価、ほんとうにありがとう!
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