第4話 カミのみぞ知る
「え?」
放課後、戦略演習室に集まった15人は、公爵令嬢みずから渡してくれる紙束に戦慄した。
「メリディアーニ様が手渡してくださるなんて」
トビーはカチコチに固まって「ありがとうございます」とお辞儀をする。
こっちでも、渡されている。
「はい。あちらと同じモノですからね」
「かたじけない。恐れ多くもメロディアス様と同じ教室になど」
ジョンは、言葉遣いまで怪しくなってる。トビーの幼馴染みだ。
もう一人、渡してくれるメイド姿。
「ありがとうございます。(うっ、さすが伯爵家のメイドさん、すっごく可愛いじゃん。公爵令嬢と違って、こっちならワンチャンありかも)
「お嬢様方と同じ資料。あ、条件も同じですよ」
とっさに計算してるビリーに、ミィルはニコリともせずに言った。
「え?」
「お嬢様方と違って、ワタクシ、ショウ様の専属メイドでございますので」
ニッコリ。
笑顔を意訳すると「高位貴族の専属メイドだから、当然、お手つきなの!。伯爵令息のお手つきに手を出せるとでも思ってるわけ? 手を出せないって条件なら、お二人と同じなんだよ、この
とでも言う感じである。
王都でも手広く商売をしているタンジェント家の三男のビリーは、美人メイドの辛辣な冷たい笑顔に震撼したのだ。
『高位貴族家のメイドって美人だけど、超こえぇ~』
しかし、ビリーと幼馴染みのケントは、実家がフーデ屋という事務用品の関係を扱っている商会だけに、ミィルに目を奪われるよりも、渡された「紙」そのものに度肝を抜かれていたのである。
「なんてこった! この紙! すごい。こんなに薄くて、しっかりとした高品質。おまけに、いただいた紙は、どれも全く同じじゃないか!」
規格が揃っている、なんてレベルじゃなかった。これだけ「同じ紙」を揃えるとしたら、数百枚から選び抜いてもできるかどうかというレベル。普通に考えれば不可能だ。しかも、全て、真っ白な紙。
『カーマイン家って、どっちかというと目立たない伯爵家だったけど、こんな凄いモノを
ケントは、この紙を見ただけでも、この集まりに出た甲斐があったと思うほどだ。いや、ひょっとしたら王立学園に入学したのは、この伯爵家の令息に会っただけでも、十分にお釣りの来ることだったのかもと、ニコニコである。
もちろん、集まった男子は、メリッサとメロディーを間近で見られただけでも、きっと今日は興奮して寝られないはずだ。
なお、メリッサからメモ用紙を受け取り、ニオイを嗅いでいる男がいた。
当然、そいつは「メリディアーニ様のニオイがついた紙、もらっちゃった。テヘッ」と、それだけで一週間はご飯が食べられそうだと、幸せだったのである。
この危ないオトコはサムという貧乏男爵家の長男であった。
とにもかくにも、ショウは恋人である二人と専属メイドに手伝ってもらって、会を始めたのである。
なお、手伝いについては、女性軍三人から「ショウ様のご活躍を間近で見たいです」と説得された結果である。
さすがミィル。既に「奥方様」候補への取り込みは万全である。メリッサ達からしても、常にお側に使えているミィルが味方してくれるのは何かと都合が良い。早くも万全の包囲網が整いつつあることを知らないショウにとっては幸せなことかもしれない。
「じゃ、戦略研の第一回を始めまーす」
パチパチパチ
「あ、ちなみに、戦略演習研究会っていうのは、もう学園にあるんだ。だから、ウチは正式名称が戦略研なので間違えないでね」
「え! でも、『戦略演習研究会』の略称が「戦略研」じゃないの?」
さっきの危ないオトコ、サムが怖ず怖ずと声を上げた。
「大丈夫。あちらは略称。ウチは、正式名称が「戦略研」ってだけだからw 先生達も認めてくれちゃったもんね」
ドヤ顔で言ってのける伯爵家令息に、全員が目をパチクリである。
ふふふ。
企業にもあるんだよね。正式な呼び名以外に短縮形があったのに、その名前が他の会社に商標登録されちゃってたってヤツ。
ちなみに、顧問のカクナール先生は「押しかけ顧問」である。
「あれ? 先生って戦略演習研究会の顧問だったのでは?」
トビーが素朴な質問をした。
「あっちはつまら…… あ~ 集まらないことが多いようなのでな。こちらの方が有意義なサークルであると判断した」
ザワザワザワ
あっちは、部長がゴンドラ第三王子殿下のはずだけど、いーのかなー?
侯爵家の令息も、あっちに、確かいたよね?
そのざわめきに向かって、オレは自信を持って言いきった。
「安心したまえ。ちゃんと学園の許可は取ってある。それに、いざとなったら、手紙もあるし」
実は、シュメルガー家から手紙が届いたんだよ。ま、王都の中だから、その気になれば、公爵家からは早馬で20分もあれば着くもんね。
今は、その中身は言わなくても良いだろう。それに、メロディに言わせるとスコット家からも、おそらく同じような手紙がとどくはずだと言ってる。
う~ん。
たかだか、学園のサークル活動に、宰相と法務大臣から「応援する。好きなようにしろ」ってな手紙が届いちゃうのってすごいよね。
実は、この集まりは「戦略演習」に備えて作ったサークルだ。
会員1号はトビーだった。トビーは顔が広いらしくって、騎士爵クラスの友達をいっぱい釣…… 連れてきてくれたよ。
なるほど。騎士爵のお家は、自分で何とかしないとヤバい家が多いもんね。その意味では、なんとしても良い成績を取るため必死なんだよ。
「戦略演習で、ボロ勝ちする方法、教えます」
って聞いた瞬間、みんなが争って来たみたい。そりゃ、男爵家や騎士爵家だと、家庭教師を雇える家も、あんまりないものね。
やった!
集まった子達は勝つ方法を覚えられるし、オレの方は優秀な騎士爵家の倅や商家の息子と顔つなぎができる。
まさにwinwin
そして、第一回の研究会である。
テキストは、さっき部屋で出しておいた。
・・・・・・・・・・・
「出でよ、リサイクル図書『将棋入門』!」
びよょよ~ん。
「お、出た、出た。やっぱりリサイクル品はゴミ扱いってことでOKみたいだな」
図書館で本棚からパージされると、来館者に「ご自由にお持ちください」でリサイクルに出されるじゃん? 一度見て覚えてたんだよね。
よ~し、これを遣う。
「コマ組みの基本」ってやつを教えるよ。一から自分で考えるよりも、本に従っちゃった方がお手軽だもんね。
こっちの世界には著作権侵害ってのは成立しないw
ホントはコピー機があればテキストを配っちゃうんだけど、残念ながら「ゴミになったコピー機」って見たことがないんだ。だから、オレがコイツを見ながら解説していく。みんなにはメモを取ってもらえば良いって考えたわけ。
幸い、黒板に貼る「コマ」は、ちゃんと用意されていた。授業でも使うからね。
メモできるように、さっき、あの紙を来た人全員へのプレゼントにしたわけさ。こちらの紙の値段で言えば、30枚で
商人なら珍しくないけど、庶民だと、生涯、見たことがないって人もいる
しかも、こんな良質な紙を揃えようとしたら、デナリウスどころか
オレンジ家はすごく豊かだからね! 商人のみなさん、いっぱい集まってね!
これも宣伝だよ。
ちなみに元は大学にあった「リサイクルペーパー」だ。印刷室にあったゴミ。
こいつは、おトクだよ~
なにしろMPを「1」しか消費しないのに、数千枚出てくるんだから。
ほら、印刷ミスしたヤツが山のように積んであるじゃん? 裏紙を使えって言われてるのに誰も使わなくて、結局、古紙回収に出されちゃうヤツ。
ああいう紙のうち「ほぼ白紙」ってのは意外とあるんだよ。
そういう紙を山のように用意したわけ。今日の参加者にはとりあえず30枚ずつだけど、これからもバンバン渡すからね。
既にウチの領では、この紙を王都への定められた書類以外、あらゆる公文書に使ってる。
大きさと厚さ(薄さ)が揃った紙を使うと、お役所仕事も能率が上がるからね、って言うか、今までのやり方が非効率すぎたんだけどさ。
普通の紙があるってことが、行政や勉強にどれだけパワーを与えるのか、意外と見落とすんだよね~
ちなみに、こっちの世界だと紙は質が悪いのにムチャンコ高い。しかも職人仕事だから大きさは「だいたい」揃ってるってレベルな上に、厚さがバラバラなんだよ。
ひどい場合は、一枚の紙の厚さが右と左で違うから。
こんなので行政文章を作っちゃうと、資料検索だって不可能レベルだ。
ただ「綺麗な揃った規格の紙」を使うようになっただけで、オレンジ領の行政能率は格段に上がったはずだ。
そして「白い紙」がふんだんに使えるっていうのは、勉強にも研究にもすごく大事なんだよ。
だから、子ども達の勉強用と栽培記録用に恩賜実験農場の方にも大量に届けてあるよ。まだ、農場の人達は文字が書けないけど、とりあえず、数字だけは覚えてもらってるから、栽培記録だけは何とかなる。
「落とし物BOX」を前世から呼び寄せて、領館と農場には大量のボールペンも付けてあるよ。
まあ、王立学園の生徒には無料で筆記用具が支給されるから、メモ用の紙だけ渡せば良いはずさ。
心配しないでくれよ。前世の文字が大量に載っているモノは「ミッシングリンク」とか「Oパーツ」扱いになりかねないので、そういうのはお抱え商人のブロンクスに任せてある。
「これを原料にさせていただけるなら、最高の紙になります!」
最近ちょっと痩せたみたいだけど、ダイエット中なのかな?
ま、そっちはお任せだ。もちろん原料が一枚でも流出したら……
この世界に人権など無いのだよ。ふふふ。
あ、使える紙の選別には孤児達を使うように命じた。くれぐれも、換気には注意させるようにも言ってある。けっこう紙ボコリがすごいからね。
チビちゃん達にも、これで力仕事以外の仕事が生まれたわけだ。なお、昼食を、食べさせるのを義務付けた。
え? コストがかかる?
ふふふ。
貴族に商人は逆らえないんだぜ。
この世界に人権などないことは、くれぐれも言い聞かせておこう。
ともあれ、集まってくれた15人には感謝だよ!
・・・・・・・・・・・
「さて、初日は、コマ組みの基本からやる。5月の大会では、全員が3勝はしよう! そのために覚えてもらうことがいっぱいあるよ」
「はい!」
みんなは一斉にペンを取った。
うん、ヤル気満々だね。
え? カクナール先生、なんで一番前の席でメモまで取ろうとしているんですか!
慌てるオレのことを、メリッサとメロディー、それにミィルが、実に楽しそうに見つめていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
将棋って、基本的なコマ組みを覚えると
小学生レベル相手だとたいてい負けなくなります。
印刷機が使えないのは痛いですが、白い紙が使えると、それだけでも良いんです。書類仕事って、ほとにイヤですけど、書類が作れないとヤバい業務もいっぱいあります。ホントは「何も書いてないノート」のゴミを、どこかで見ていると良かったんですよねぇ~
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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