第3話  戦略演習Ⅰ

 早速授業が始まった。2年間で全てを修得させるため、意外と忙しいんだよ。


 マジな話をすると、男子と女子では半分くらいの授業が別々となるのも理由があるんだ。


 戦術論や戦略論、武術等の「軍事」に関わる授業が盛りだくさんなのが男子。


 文学とか、美学(美術じゃないよ!)、音楽に、護身術といった「教養」寄りになるのが女子。


 共通なのは語学と数学、それに歴史や経済、地理に関する授業だ。


 基本的に男子にとっては「エリート養成」と「士官学校」の要素があると思ってくれ。


 高位貴族は国を動かす人材として、優秀な下級貴族と庶民は軍を背負う人材として育てたいっていう目的がある。

 

 特に士官学校としての役割は大事だ。


 サスティナブル王国が戦争に巻き込まれるとしたら貴族と、庶民の中からの選ばれた下士官が大量に必要になるからね。

 

 だから、高位貴族はトップを取る必要は無い。


 むしろ、勉強ばかりする当主はバカにされがちになる。貴族はソフィスティケートされた態度おすましさんが理想だからだ。


 ただし、いくつかの科目だけは別。将来は国の重鎮になるワケなので、バカと言われると不味い。


 そんなわけで、男子生徒の一つの山は「戦略演習」だと言われてるんだ。


 貴族達は、子どもの頃から家庭教師をつけられてこれを叩き込まれてる。逆に、子どもの頃に見たことがない庶民だと、どれほど優秀な一年生でも最も苦手となる科目になりやすい。


 本日は、その1時間目だった。


「諸君、戦略演習は大事な学問である。遊んでいる余裕などないぞ? 各自、予習はしてきたことと思う。兵は百の理屈よりも一戦をもって尊しとなすぞ」


 出席を取ったカクナール教官は、騎士団出身で国軍参謀を務めたこともある優秀な人だ。膝を故障しなければ、今ごろ近衛師団の役職に就いていたという噂があるほど。


 現役を退いたとは言え、その実戦感覚と頭脳は王立学園有数と言われているんだよ。


 そのカクナール教官は、いきなり「演習」を命じたんだ。


「本日は、小手調べだ。とりあえず、隣の席とヤッてみろ。廊下側から奇数列と偶数列の対戦とする。総員、3分以内にコマを並べよ!」


 生徒達は一斉に「ハイ」と返事をして向き合った。


 机を向け合うと、真ん中で盤面が合体するようにできている演習用の机だ。30名15組の対戦が始まった。


「「お願いします」」

   

 オレの相手は騎士爵の息子であるトビーだった。赤っ茶けた髪とソバカスのあるイタズラ少年ぽい子。


 手早くコマを並べる。


「今回は振り駒は無しだ。奇数列が先手だ。始め!」


「よし、ボクからだな。先手、1六歩」

 

 トビーは、ノータイムで初手を指すと砂時計をひっくり返す。


 ……


 聞いたことがあるかい? 「歩のない将棋は負け将棋」とか言う言葉。あるいは「王手飛車取り」みたいな言葉。


 将棋。


 この世界の戦略演習ってのは、前世の「将棋」なんだよ。


 「玉将」「王将」がなくて「王」って書いてあることだけは違うけど、ルールも、コマの動かし方もそのまんま。


 いや~ 前世の記憶を取り戻してから、初めてやった時はビックリしたなぁ。


 オレって、前世の時、若いときは奨励会プロコースにまで進んだジイちゃんに、さんざん仕込まれてたんだよ。オレ自身は正式な段位は取ったことは無いけど「初段くらいだろう」って言われてた。


 え? どのくらい強いのかって? 難しいことはさておき「きちんと勉強したことのない人には負けないレベル」って感じかな。中学高校と、将棋部のヤツも含めて負けたことはないよ。


 大学は歴史研究会だったから、学祭で将棋部のヤツとやったけど、一勝一敗だった。これは「将棋部の普通のヤツには勝てるけど、強いヤツが出てくると勝てない」って感じだと思ってくれ。

 

 そして、今日が初めての授業だった。


 もちろん、オレの不安はゼロ。


 伯爵家だから、ウチでも戦略演習の専門家を家庭教師として雇っているんだよ。その先生に「王立学園入学前の最終演習ですぞ」と戦わされたんだ。


 その先生と何度も戦ってわかったんだけど、この世界の将棋には「囲い陣形」の概念が無かったんだよね。それどころか、一番端の「歩」から、一つずつ進めていくのがセオリーという、わけのわからなさ。


 どうやら「戦場では歩兵を最初に動かすのがセオリー」って辺りから来てるらしい。


 そんなアホな。


 試しに、先生を相手に美濃囲い基本陣形をして角道を開けたら、もう大丈夫。あっと言う間に相手が前に出した「歩」をかっさらえて、ほぼ決まった。


 以後、家庭教師の先生相手に一方的な展開だった。なんと58手で終了。


 ボロ勝ちといえるレベルだ。


 先生は戦略演習の専門家として騎士団でも教えたことのある人。その先生をして「この戦い方には目から鱗が落ちました」と言わせたんだから、まあ、負けることはないだろう。


 ちなみに、素人将棋が伯仲すると150手前後必要だと言われてる。


 トビー君が天才でもない限り、負けることは考えられないんだよ。


 オレは、今回も後手の「3二飛」と振り飛車からの美濃囲いを選択。


 この世界の常識外れのやり方だけに、オレが砂時計をひっくり返した時も「え?」と固まってるトビー君だった。


 以後、ゲシュタルト崩壊でもしたみたいに、オレのコマの動きを一切見ないで、おそらく、子どもの頃から教わった通りに「全ての歩を全部、一コマ進める」って言う、わけの分からないことしかできなかった。


 なんと39手で、どうにもならなくなっちゃった。


 ボロ勝ちw


 なんか「コマの動かし方を覚え始めた小学生」を相手に大人が本気でやったみたい感じで、ちょっと後味が悪かった。


「なんだよ! こんなの戦略演習じゃないじゃん!」


 トビー君は激オコだ。


 詰んでしまった「王」のコマを中央に放り投げかけて、あやうく、踏みとどまった。そうよだよね。コマだけど「王」を投げ捨てたらダメだもんね。貴族的にヤバい。それは、絶対にヤッてはイケないマナーだよ。


 その意味でトビー君は、よくぞ思いとどまった。


 ボロ負けした羞恥と怒りで真っ赤になった顔を、なんと、数回深呼吸で納めたよ。


 え? なんか、君、マジで偉いな。ウチの領に来ない?


 って言うのは、まだ気が早いよね。


 トビー君が、これだけムキになったのには訳がある。この世界で「将棋は将来の軍略の能力を測れる」っていうがあるんだよね。


 だから、王立学園でも、ことのほか重視しているんだ。


 五月にトーナメント戦があって、そこでは1,2年生の男子が全員出場する義務がある。


 優勝すると評価を受けるけど、高位貴族にとって大事なのは、ボロ負けしないことと1回戦負けをしないことになってる。


 これは大事なコトなんだ。ボロ負けしないこと。大事なコトだから、二回言ったゾ。


 とまあ、そういう事情なので、家柄に忖度しないのがモットーの王立学園でも、トーナメントでの「当たりやすい相手」っていうのがある。


 高位貴族の子弟の初戦は必ず庶民枠の一年生と対戦するってのが、大人の事情ってヤツだ。


 ということで、騎士家の息子であるトビー君としては、ボロ負けしたのは不名誉だけど、相手が伯爵家の息子ってことで、辛うじてメンツを保った。


 そんな不思議なバランスがあったんだよ。


「まあ、あんまりカッカしないでね。落ち着い「面白いやり方だな」へ?」


 カクナール教官が、いつの間にか横にいたんだ。どうやら、あっと言う間に訪れた終盤戦を見ていたらしい。


「見たこともない形だ。歩兵で前線を押し上げてないのに乱戦に持ちこむというのは問題があるのではないかね?」

「そうなんです、先生。ショウ様はいきなり重装兵飛車を動かすは、近衛師団金と銀を動かすは、あげくは、恐れ多くも王を序盤で動かされました!」

「何?」


 序盤戦を見ていなかったカクナール教官は、あからさまに不審なモノを見る目でオレを見た。

 

 しかたない。ちょっと言い訳しておこう。


「戦は、歩兵を出す前に陣形を作る必要があると考えました。相手に襲われる可能性がある場合、玉体にはあらかじめ安全な場所にお移りいただくのも、実戦ではよくあることかと」

「なるほど。確かに、同陣形なら守りを固めるという選択肢はあるが……」


 今ひとつ納得できない顔で、首を捻るカクナール教官だ。


「しばらく、このやり方でやらせてもらって、戦略演習に負けるようでしたら、基本に立ち戻りたいと思います」

「うむ。奇襲よりも基本を覚えるのが本当だということは理解しているようだな。よかろう。しばらく好きなようにヤッてみなさい」


 どうやら、騎士団出身だけに「自分の判断」に重きを置く思考をする先生らしい。


 これで、オレの負けはなくなったなと、ひと安心していたら、そこに嫌な音響を伴った声ダミ声が聞こえてきたんだ。


「おい! 身分が下のモノが相手だからってインチキをして勝ったな!」


 いきなり文句を言ってきたのは、侯爵家のミガッテ君だ。


「これはこれは。わたくしはインチキなど、決してしてないつもりですが」

「普通にやって、こんなに早く終わるわけないだろ! インチキだ! 身分を笠に着て、相手に降参を迫ったに違いない!」


 いや、この速さで終われたってことは、お前がそれをやったんだろ? 


 お前の相手って騎士爵の子どもじゃん。あ~ぁ。あの不満そうな顔は、まさに「侯爵家に刃向かうのか」くらいは言ったんだろ?


 ともかく、このままにしておくワケにもいかないよね。


「では、ミガッテ様が私と戦略演習を行ってみますか? そうすればインチキなどではないとすぐにお分かりいただけるかと」

「な、なんだと。オレは、その、あ、えっと、もう一勝負終わったばかりだし。先生に勝手なマネはできな「面白い! ぜひともやってみなさい。私が許可します。幸い、どこの対戦を見ても中盤には入っていません。二人が戦う時間は十分にありますよ」え、それは、その」


 ミガッテ君が渋ってるのを無視して、オレは勝手にコマを並べ始めた。


「では、始めましょうか。ミガッテ様」


 ニッコリしてみせると、さすがに、ここで逃げるなんてプライドが許さなかったんだろう。渋々、座ってコマを並べ始めたんだ。


「今回は初めから見させてもらうよ。そうだな。ここはショウ君が先手で勝負してみなさい」

「はい。では、お願いします」


 ペコリと頭を下げてから、砂時計をリセット。


「先手、始めます。7八飛」


 素早く砂時計をひっくり返す。


 カクナール教官は「なんと、初手で重装兵飛車を動かすだと! それも自陣内で! 驚きの初動だな」と上ずった声。


 いえ、美濃囲いの定石です。


「くっ、そんなわけの分からない手を! 9四歩」


 ポンと砂時計をひっくり返してくる。


「4八王様」

 

 ポン


 再び「あり得ぬ。ここで、恐れ多くも、玉体が動かれる?」と唸るカクナール教官だ。


「そんな掟破りの動かし方ばかり! 8四歩」


 ポン


 えっと、以後、やっぱり、ミガッテ君は、こっちの動きを全く見ないから、美濃囲いが完成したら、ほぼ、攻撃し放題。


 小学生を相手にするよりも簡単なお仕事。


 51手で「詰み」を宣言。


「こんな戦略演習があってたまるか、卑怯者!」


 自分の陣地で詰められたコマをグッと握って盤面に叩きつけた。


 グシャッと跳ね返るコマの中から、オレは素早く、かつ冷静に「王」を選んでキャッチ。へへへ。レベルアップのおかげで動体視力も俊敏性も上がってるからね。


 手の中の「王」を、そっと盤面に置いたんだ。


「あっ」


 もちろん、ミガッテ君も自分の愚かな行動に気が付いたらしい。


「こ、これは、お、お前が、勝手に!」


 震えてる。そりゃねぇ、貴族が…… しかも高位貴族の息子が「王様」の象徴を叩きつけちゃったんだもんね。


 不味いよね~


「え? 勝手に? 私、何かしましたか? ミガッテ様が、恐れ多くも王様のコマを叩きつけただけのように見えましたが?」

「ち、違う! 違うんだ! 卑怯な振る舞いをした盤面に恐れ多くも王様を置いておくなんてコトが!」


 さすがに、それは言い訳にならないでしょ。


「……あっ」


 気が付くと、シーンと静まりかえった教室で、全員が、こっちを見ていたんだ。


「く、くっ、こ、今回だけは、見逃してやるぅう!」


 バッと教室を飛び出していくミガッテ君の背中を、あきらめたような目で追いながら、カクナール教官は「10点減点」と呟いて、何事かをメモしていたんだ。


 その後、オレはこっそりとカクナール教官に呼び出されて「対戦を」と頼まれた。


 もちろん教官を78手で撃破。


 以後、A評価と引き換えに、美濃囲いを教えることになったんだ。


 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


作者より

将棋が全くわからない方は、あまり面白くなかったかもしれません。ごめんなさい。

こちらに「7八飛」みたいな読み方の図面がありますので、気になりましたらごらんください。

https://book.mynavi.jp/shogi/detail/id=77758


美濃囲いをするときコマの動きはこちら

https://www.shogi-rule.com/kakoi_mino/


雰囲気だけ掴んでいただければ十分です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



 

  

 

  


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