第17話 カレット


 賊を相手にした日まで遡る。

 

 あの晩、久しぶりにレベルが上がった。


 ちなみに、レベルが上がると頭の中でピンポロポポーンって感じの非常に間抜けな音がするんだけど、この間抜けな感じも「仕様」ってやつなんだろうか?


 その間抜けな音響も、周りの人間には聞こえてないみたいなのがちょっと気になるっていうか、どういう基準でレベルが上がるのかすらわからない。


 頑張って、毎日MPを消化はしてるんだけど、スキルレベルはなかなか上がらない。


『ひょっとしたら、ひたすらMPを使えば良いって感じの単純さじゃないのかも』


 ともかく、前世でのゲームならネットで攻略情報を読めば一発だけど、いろいろと試すしかないよね。


 今のステータスは、こんな感じだ。



・・・・・・・・・・・

【ショウ・ライアン=カーマイン】

オレンジ・ストラトス伯爵家 長男

レベル  8(NEW!)

HP 100(NEW!) 

MP 256(NEW!)

スキル SDGs(レベル2) 

【称号】無自覚たらしの勇者・バットマン危機一髪(NEW!)


★☆☆☆☆ ゴミをMPと引き換えにランダムで呼び寄せられる

★★☆☆☆ 見たことのあるゴミを指定して呼び寄せられる←今、ここ

★★★☆☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★★★★☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★★★★★ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

・・・・・・・・・・・


 

 なんか、また余計な称号が付いてきたよ。


 う~ん。


 このステータスボードは「ネタ」くさいのが気になってるけど、MPが増えたのは素直に喜ぼう。


 あ、情報部員がバッカンへのプレゼントを調べたのか「あの釣り道具がほしいです」っていう要望がでた。


 レベルUP記念に釣り具セットを5つほどくれてやった。


 情報を集める仕事だけに釣りが好き? 大物を釣れよ。


 まあ、突っ込まないけどさ。座布団一枚、持ってっちゃって~ って声が聞こえてきそうだ。


 声が聞こえるって言えば、ヘンな声が聞こえてるんだよね。


 レベルが上がったためなのか「できるよ」という声が耳の奥で囁いてくるんだ。


 何ができるかって? 耳の奥響く声は、こんな風に言ってる。


「思い出せ。もっともっと知ってるだろ? もっと大きなものを思い出せ」


 そんな感じの声だった。


 そこで思いついたことがあったんで、ブロンクスに言って倉庫を用意させた。エルライン川沿いに並んで建てられた既存の倉庫を二つほど買った。


 ちな、エルライン川ってのは、この国1番の大河「ライン川」の支流にあたる大きな川だ。


 トラックも貨車もない、この世界では水運は有力な運送手段なんだよ。


 だから河岸に倉庫なんて唸るほど存在するんだ。


 資金はたっぷりと作ってある。「0.1カラットのジルコニア」を3個売ったからね。輝きも素晴らしいけど、カットも斬新で鮮烈って高評価。おかげで、倉庫を買ってもなお、手元に中金貨6枚分の資金が残ってる。


 買った倉庫なんだけど、こっちの技術だと普通の二階建ての家を二回り大きくした程度が標準だ。それ以上の大きな倉庫も作れないことはないけど途端にコストがハネ上がるし、仕舞ってある物を管理するのが面倒になるからね。


 隣り合った倉庫を買って、二つの壁を繋いで壁をぶち抜いた。さらに窓も潰した1階の壁を外から囲って補強した。ドアもいったん封鎖した。


 つまり「二階建ての建物をまるまる二軒分使った大きな箱」状態。


 二階までの外階段と、のぞき窓を付けた。

 

 ここまでを三日で仕上げたんだから、お見事。


「お言いつけの通りにいたしました」

「よし。よし。だいたいOKみたいだな」


 灯りのない倉庫の中は、昼なお暗い影を飲み込んでる。


 ちなみに、改造費用は小金貨アウレウス1枚となった。むしろ元の購入代よりも金が掛かってるのが泣かせる。補強材料に鉄板を大量に使ったのが響いたらしい。


「3日後に倉庫の中身を見に来い。それまでは他言無用だ。ちょっと、オレは点検してから降りる。先にお前は帰れ」

「かしこまりました」


 注文主が建物の具合を調べるのだから、あまり不思議はないだろう。


 ブロンクスが外階段を降りきったところを見計らって唱えた。


「出でよ。透明カレット!」


 その瞬間、今までと違って【YES/NO】の選択肢が現れたんだ。


 説明書きには「その操作にはMPが20必要です。実行しますか?」とある。もちろん、YES。


 びよょよよよ~ん。


 ん? 今までよりも「よ」が2コ多いぞ?


 建物がミシッと軋んだ。成功したらしい。


 2階の半ばまで満たしたのは「カレット」。しかもオレが指定したのは「透明」ってことになっている。


 カレットっていうのは細かく砕かれたガラスのことだ。そのまま溶かして再生ガラスの原料にしたり、高熱処理で道路の舗装材料にしたりする。


 小学校4年生の社会科見学に行っておいて良かった。この「カレット」を東京の新木場にあった「ガラス再生工場」で確かに見たんだよ。


「これで、透明な窓ガラスが作れる!」

 

 こちらの世界にもガラスは一応存在する。しかし、原料の精選が不十分だし製造行程で混ざる不純物のせいで「透明な窓ガラス」っていうのは存在しなかったんだよね。いつか「透明なガラスビン」が驚かれたのも、そのためだ。


 しかし、元から透明なガラスを原料にすれば、この世界にはないレベルののできあがりだ。しかも既存のガラスを溶かして別の形にするだけなら、こっちの職人達は年中やっていること。


 いずれは、溶融したすずを使ったフロート法みたいに均質なガラス板を大量に作ってみたいけど、無い袖は振れない。まだ無理な話だ。


 でも、原料さえ用意できれば、この世界の標準的なガラス窓くらい、職人達はちゃんと作る技術があるんだよ。少なく見積もっても、これだけのカレットがあれば標準的な窓ガラスなら五千枚以上は作れる。


「これだけの原料でガラスを作れば、ウチはちょっとした産地になるよ」


 わずかに差した冬の日差しに、ガラスがキラリと反射する。その煌めきは、まるで明日のオレンジ領の輝きに見えていたんだ。

 

 言いつけを律儀に守って3日後に宝の山を発見したブロンクスは狂喜した。ただ、いくらかげっそりしていたのは否めない。膨大な仕事が発生するんだから。


 ジルコニアで作った資金の一部はこれに投入する。窓ガラスは作ったそばから売れまくるのはわかってるから、後は「どれだけ量産できるか」が勝負ってわけ。


 ちなみに、これ以外に街道建設にも着手してる。こいつは、博物館パンフの中にあった「ローマ式街道」の断面図を元に作らせてる。


 道路造りは金食い虫だ。砂時計の砂が落ちるように小金貨が消えていくけど、道がデコボコのままだとガラスを運ぶのにも不便だからね。王都までにはシュメルガー家の領地も通るんで、資料を渡して道路建設の交渉もした。


 半額をウチが持つことを条件に、シュメルガー家の領都「ニコ」までの道路を建設することに合意が取れた。ホントは、そこから王都までの道が大事なんだけど、公爵家の内部事情にまで口は挟めないから、今のところは仕方ない。


 ともかく、ニコまでの道を作ってから考えようってことで造成スタート。


 ガラス造りで出る利益も投入するよ!


 それと、道路造りに「砕石」が不可欠だ。中学生の時に神保町で見かけた「古いビルの取り壊し現場」を取り寄せたよ。たっぷりとコンクリートの破片があったもんね。


 そういうのを道を繋げる予定の場所に、3箇所ほど「置いて」みた。


 こっちはMPが50も持ってかれた。一度にMPを喪うと腰が抜けたようになって立てなくなるっていうのも、初めて体験した。


「こちらの鉄材も利用してよろしいのでしょうか?」

「売り払ってしまえ」


 廃ビルの剥き出しになったH型鋼材は、こっちの世界では見たこともないほどに頑丈な建材だ。ムチャクチャ高値になった。


 コイツも売って、道路の建設費の一部だよ。


 ともかく、人が足りないんでかき集める。孤児達にも声を掛けたら、やらないわけがない。結果的に孤児院にいるのは上が10歳くらいまでになった。おかげで運営費が大幅に下がったらしい。


 おまけに、働き始めた子達は孤児院に残る下の子達のために仕送りをするケースが激増した。チビちゃん達が、その恩恵を受けたのは後から知った話だ。


 後々「オレンジ領の孤児達は、他の領の貧農の子ども達より遙かに体格が良い」って言わるようになったのも、この辺りが原因だろう。


 それに、子ども時代に優しくされていれば、将来も治安の負担になる大人になりにくくなるのは事実なんだよ。最悪なのは、子ども時代にすさんだ生活を送って裏の世界に入ってしまうってことだからね。 


 ブロンクスを初め、領内の商人達には大号令を掛けた。


「必要な職人がいるなら募集しろ。特にガラス職人を揃えるんだ。それと下働きの子ども達を積極的に雇わせろ。条件は腹一杯食わせて、ちゃんと給金を払うっていう、あたりまえのことだ。それに雇った子どもが一人前になったら、その親方には報奨金を渡せ。そうすれば育成も気にするだろう」

「はっ。承りましてございます。育成までの考えが行き届かない職人には、このガラス材料を渡さないことにいたします。腕に自信がある職人にとって、これを使えないことは何よりも辛いでしょうから」

「そうだな。あ、念のために言っておくが、もしも、ひどい扱いを受けた子どもがいたら、わかってるな?」


 何度も言うけど、お貴族様の意向の前では、この世界に人権なんてないからね。


 ニヤリ。


「はっ! 必ずきちんと監督いたします」


 もちろん、ブロンクスや他の商人もわかってる。


 それであっても、ガラスに関しては一大産業を興す都合上、放りっぱなしにするわけにはいかないもわかってる。


 足りない。人が足りないよぉ~


 人材募集は王都でも常に出しているけど、急速に増える仕事に追いついていかないんだ。騎士クラスや親類から二男、三男を呼び出して、それでも足りないから

結婚を急がないひと~ って条件で優秀な女性もかき集めた。


 ちなみに、思いつきで出したこの条件が、のちのち大ヒット。


 え? なんでだって?


 そりゃ、本来、ロクな仕事も回ってこない二男、三男なんて婚約者がなかなか決まらない方が多いんだよ。


 一方で、集まってきた女性陣も独身が多いわけだ。


 必然的に、貧しい家の独身男性達は仕事を求めてウチに集まり、仕事を持ってる独身男性が多いってことで、女性もまたここに集まってくる。


 そうなると、どうなるか?


 仕事と相手に恵まれれば、人は自然とするべきことをするものさ。


 うん、うん。結果は当然、わかるよ。ベビーブーム、到来だ。


 ずっと後のコトになったけど、我が領で王国初となる「保育園」を作ったのは必然だったのかもね。


 でも、そうやって人口が増えるにしても、人材を育てるのは一朝一夕にはすまないし、伯爵レベルの領地では、元々、余ってる人材なんてほとんどいない。


 そこで思いついたのが、しばらくに頼ろうって作戦だ。

 

「今すぐ使える人材がいないなら、借りてくるしかないよね。伸び盛りの企業に派遣さんは付きものでしょ」


 貸~し~て って頼んだら、御三家が争うように人を貸してくれた。


「なんか、ガラスビンがお気に召したようだし、スコット家のみなさんには、ガラス産業をまるっとお願いしちゃおう」


 スコット家から派遣されてきた人達のリーダーを呼び出したら三人来た。


 太っちょと、ひょろヤセと、ちょっとカッコイイ青年。


 版権の関係で名前は出せないけど、壮大なフォースが感じられそうな? ジェダイを感じるねぇ。

 

 ん? いや、打ちミスだよ。「時代」だからね。


 アール氏と、シース氏、それに青年はソラさんっていうらしい。


 オレは慇懃に挨拶をした。


「わざわざのご入来ありがとうございます」


 ソラさんは若いけど、王立学園を首席で卒業している上にリンデロン様の姉の息子でもある。つまりは公爵様の甥っ子だ。


 貴族的な格で言うと「伯爵本人である父よりは下だけど、オレよりも遙かにステータスが上の人」って立場だ。そういう人に丸投げできるのは、ちょー嬉しいよ。


 ソラさんも丁寧に応対してくれた。


「リンデロン様から伺っております。できるかぎりの、ご協力をいたしましょう」


 それであっても、いきなり「透明なガラス」のプロジェクトを任されたと知ってビックリしたらしい。


 じゃ、後よろしくって、丸投げ。


 丸投げされた三人は途方に暮れた顔をした。だけど、わかっているんだよ。スコット家はガラスに並々ならぬ関心を寄せてる。そしてリンデロン様は、どうも、娘と恋仲になったオレンジ家の長男を気に入ってる。


 となれば、貴族社会のことも、この世界のことも「年齢なりにしかわからない」オレが口を挟むよりも、お任せが一番良いに決まってる。


「リンデロン様がどのように仰っているか、存じております。ですから、細かいことを申し上げるよりも、全面的にお任せしようと思います。あ、ただ一つだけ。孤児達をよろしくお願いします。あの子達が可哀想な扱いを受けたら、いろいろと考えなくちゃいけないので」


 笑顔で頼んだら、ソラ氏は「もちろんだとも。心配しなくて良い」と言ってくださった。


 よし! 丸投げ完成!


 


 

 後は、目下の最大の問題に取り組むだけだよ。





 バネッサちゃんのご機嫌をなんとかせねば。 汗



 


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

年末年始も頑張って執筆を続けます。

年明けとともに「王立学園編」に突入すべく全力で行きます。


まだ★★★を入れてない読者の方。どうぞ、応援のために、最終ページの一番下にあるボタンで、よろしくご協力ください。

ファンタジーカテの50位以内進出が念願です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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