第16話 バット

「スキル・SDGs! 出でよ、釣り具セット!」


 びよょよ~ん。


 出た、出た。


 高校生の夏休みに友達と神津島に行った。アニメの主人公と同じ船に乗ったんだって興奮はあったけど、目的は一応、釣りだった。(船内の明日葉シュウマイは美味しかったよ)


 当時、魚釣りにハマってる友達がいて、半ば「連れて行かれた」感が強かったけど、民宿のご飯は美味しかったし聖地も見られた。それだけでも満足だったんだ。


 問題が起きたのは、聖地となっている前浜から左の岩場へ行った時だった。地元の人には「ツマリ」って言われてる場所だけど、当たれば20キロクラスのカンパチとか、10キロオーバーのヒラメまで釣れるって話で、大物用の仕掛けを抱えて意気揚々と岩場を歩いて30分。


 慣れないことはするもんじゃ無い。


 見事に岩場から転落した。幸い怪我はちょっとだったけど。友達から借りたサオは見事にへし折れた。


 泣く泣く、折れたサオを持って民宿に帰ったのが苦い記憶だ。


 その苦い記憶を出現させたわけだ。


・・・・・・・・・・・



「コイツをどう使うかは、任せる」


 オレの付け目は100メートルのナイロン製の道糸が巻かれたリール。オレの前にいるのは、領内イチの釣り名人だった。


「コイツを使ってみろ」


 エドのそばを流れる一番の大河はライン川の支流であるエルライン川。そこにいる魚が美味いという話を聞いたんだ。特に「ヌシ」と呼ばれる巨大な魚が美味だと言われていた。


 豊かな漁業資源を狙うなら、普通は「漁網」かワナとなるところ。


 なぜかエルライン川での「仕掛け網」は、昔から禁止されている。伝統というのは領主でも簡単に変えられないし変えて良いものではないからね。


 オレにできるのは、釣り名人に現代の釣り具を提供することだ。特に、こっちの世界では良質な釣り糸が存在しないんだ。だから、一定以上の大きさの魚は釣り上げようとすると糸が切れてしまう。


 つまり、ヌシと呼ばれるほどの巨大魚は、それだけで釣れなくなるってことだ。


 その点、20キロのカンパチ狙いをしたシカケなら、その限界はほぼ無い。

 

「コイツのシカケはわかるか?」


 オレの言葉を聞いているのかいないのか。男は、折れた釣り竿のシカケを一心不乱に見極めようとしている。


 ほら、さすがに領主の息子って地位を出して「釣ってこい」っていうのは気が引けたんだよ。いかにもバカ息子って感じだろ?

 

 だから領内の釣り名人を探すところまでは頼んだ。こういう時に情報機関をムダに使うのは、お貴族様の特権だ。 さしあたって領内は平和だし、ヒマだろ?


 意外と近くにいたんで、家をこっそり抜け出して会いに来たのが今ってこと。

 

 エルライン川イチの釣りバカといわれる男、バッカンは、既に初老に入っていた。川沿いにゴチャゴチャと小さな家が建ち並んだ漁師町に住んでいると聞いて、ここにやって来たんだ。


 バッカンが赤銅色に日焼けしているのは「1年365日の内、366日釣りをしている」と言われているあかしのようなモノ。


 未知の釣り具に、バッカンがどう反応するのかは不安だったけど、一目見て狂喜しているのがわかる。もう、さっきから、オレの言葉なんて耳に入らないほどに夢中だ。


 やっぱり、釣りバカは、釣り道具なら瞬時に理解できるんだろう。リクツはいらないらしい。


「半ば透明でこの強さ。これだけ強ければサメだって釣れるぞ! その上、ハリがこんなに精密なんてな。それに、なにより、このリールとか言う仕組みはすごい。なるほど、こうするとリリース、こうすると引き寄せられる。う~ん。まさに、神のシカケじゃな」

「これで、ヌシを釣れるか?」

「これだけのものを渡されて、釣れなかったら名折れと言うものじゃ」


 既に「二度と手放さないぞ」という目をしたバッカンに、釣れたヌシと引き換えに、このシカケをまるごと渡すといったら渡りに船。


 よし、やった。これでうまい魚が喰える。


 と言っても川魚だから「刺身」は無理。醤油もないしね。クセのない白身は素直にバター焼きにすると相性が良いらしくて、フォークが止まらなくなること請け合いって話だ。


 それにしても、はずのヌシの味を、どうして知ってるのかは謎だけど。


 数日で、うまい魚が喰えるのかぁと大満足して引き上げようとした。漁師町の外れに来た時に、いきなり通せんぼが始まった。


「なあ、ちょっと金を貸してくれねーかな?」

「いーとこのお坊ちゃんが、も付けずに、こんなところを歩いちゃいけねーよ」

「オレ達が、それを教えてやるんだ。ま、授業料のようなもんだな」

「金もそうだが、その高そうな服もよこしな」

「オレは、その靴が欲しいな」


 デカいヤツがボスって感じで、小汚い男達がオレの前を塞いだんだ。さささっと後ろに二人が現れて逃げ道を塞ぐやり方も「慣れてる」って感じだ。


 まあ、常習犯だろうな。ザッと見渡して十人ちょいってところ。


「あ~ 一応警告してやる。強盗傷害未遂として対応するが、それでも良いか?」


 男達はオレの言った意味がわからなかったらしい。あるいは強がりだと思ったのかもな。


 大爆笑をした。


 ボスのような男が小馬鹿にしたように言った。


「ごーとーしょーがい? いやあ、ちげぇーよ。オレ達はお前みたいなボンボンに、わからせてやるだけだ。その駄賃だからよ」


 既にいちばん手前の3人と、後ろを塞いだ男はナイフをチラつかせている。


 弓を持ってる男はいないみたいだけど、最悪、このナイフを投げつけられると怪我をしそうだって、チラリと思った。


 正直言って剣でも持ち出してくれた方が対応は楽なんだけどな。


 連中がジリジリと近寄るのを見つめながら腰に差したものを静かに抜いた。


「けけけ! こいつ、剣も持ってねぇ。単なる棒っきれかよ!」


 いくら大人数で取り囲んではいても、この連中は訓練を受けているわけでもない。相手が「剣を持っている」というだけで警戒していたんだろう。抜き放ったのが「棒」だとわかると、とたんに力が抜けたのがわかる。


 金属でできているくらいはわかるだろうけど「刃物じゃない」ということは、連中にとっては重要みたいだった。安心したんだろう。


「棒くらいなら、オレらだって持ってんだぜ、坊や」


 前衛の男が小馬鹿にしたように言うと、ボスの男は「あ~ そうだぞ。まあ、オレらのみごとなは、女にしか使わねーけどなー」とギャハハとバカ笑い。


「坊やも、来世では、おんな ぶほっ」


 ニヤニヤ笑いの、しゃべり掛けの顔がひしゃげた。


 右手に持った「棒」で振り払ったんだ。ちなみに、草野球をしていた時、オレは左打ちだったんだよね。まさに、その感じ。


 この手応えなら「ライト線にツーベース」だろう。


「クソッ、いきなり殴るとか、卑きょ、ぶへっ!」


 喋ってる、次の男の顔に、正面から片手突きを入れた。


 自分でヤッておいて、こんなことを言うのはアレだけど、グシャッと潰れる感触はキモい。うゎあぁ。


「こいつ、いきなり殴りやがって、なんて乱ぼ、ぐへっ」


 前衛の右の男を、両手で握った棒で「左中間への流し打ち」みたいにしてなぎ払う。


「クソッ、この餓鬼、抵抗しやがる」


 倒れた仲間を心配する様子もなく、下がって遠巻きにする連中だ。


「しかも、喋ってるところを狙うとか、わわっ」


 ぶぅ~んと振り回してみせると、連中はさらに下がって、お互いに目で「お前がイケよ」と言い合っている。


「いや、どー考えても、人を襲っておいて、長々と喋る方が悪いよね?」

「このやろー 屁理屈とをこねやがって」


「グギャッ!」


 今度はを、振り返りざま後ろに踏み込んで左手一本で真上から頭をひっぱたいた。


「てめぇ、こんなことをして、わかってんだろうな」


 空元気のつもりなのか、ボスがさっきよりもデカい声。


「人を襲っておいて、よく言うな。それに、お前こそ、。全員、死刑だぞ?」

「はぁ? お前は少しはやるようだが、この人数を相手に、逃げられるつもりなのか」


 それに答える必要など無い。だって「逃げる」つもりなんてゼロだもん。


 ただ、威嚇のために、素振りのようにして野球のスイングを、二度、三度と繰り返した。


 金属製で長さもある割に、ものすごく軽い。その分だけ振るスピードはムチャクチャ速くなる。


 ブン、ブンと風を切る音が連中を青ざめさせて、こっちを攻撃するのをためらった。


「よし、終わりだ」


 もう十分だよ。


「なんだとぉ、ぐへっ」


 次の瞬間、ボスの腹から槍が突き出ていた。2秒と掛からず、あっちこちから現れた騎士団員や私服姿の「何か」に全員が切り伏せられていた。一目で致命傷とわかるっていうか、さっきオレが殴ったヤツにも、トドメを刺してるよ。念の入ったことだ。


「遅くなって申し訳ありません」


 オレの前で恐縮して跪いた大柄な男。


「団長自ら来たのか。今日は休みのはずだぞ」

「危険なことになり、この失態は「よい」はっ」

「元々、忍びだったし、オレが勝手に抜け出したんだからね」

「いえ。もっと早く駆けつけることもできましたれば。誠に失態」

「どうせ、オレの力を考えたんだろ? 即座の危険性はないと読んで、それよりも、オレが人質にされる危険性や、やつらの殲滅せんめつだとか、いろいろな可能性考えたんだろ? だから即座に割って入るよりも、一網打尽にするために取り囲むのを優先したはずだ」


 黙って頭を下げたのは、そういうことなんだろう。


「コイツらの一族も一人残らず、探し出します。さほど時間は掛からぬかと」

「それも、いいや。相手がオレだってわかって狙ったんじゃ無さそうだし」

「しかし」

「それに、収穫があったからね」


 実は、ちょっと狙ったんだよ。こういう所なら悪い奴が出てくるんじゃないかってね。


 だから大収穫って言っていい。


『使えるなぁ、金属バットって』


 手の中にあるのは、野球少年だった頃に使った懐かしいもの。


 超々ジュラルミン製の「少年野球用のバット」だ。


 70センチもあって430グラムしかない。振り回すための重量バランスも最高だ。


 ちなみに、こっち世界の標準的な「剣」は80センチちょっとで2キロ以上もある。


 剣同士の打ち合いならともかく、防具も着けてない賊を相手に瞬間的な速度を出すなら、これ以上のモノなんてないんだよ。


 バットを片手で振り回すだけで、人間を壊すなんて簡単だ。 


「オレの立場で持ち歩くなら、軽さと使い勝手を考えると、断然コレだよね」


 何しろ、どれほどこっそり抜け出しても絶対にが付いてる。それを怠るほど「伯爵家の暗部」は間抜けじゃないんだよ。


 今回は「バットは使えるバトルプルーフということ」がわかったのが、ヌシの件よりも大収穫だったよ。


 あ、もちろん、それとは知らなくても「ご領主様のご家族に危害を加えようとした」って罪は重い。どのみち強盗なんて全員死刑だから、この場にいる全員が切り捨てられるのは仕方がない。


 悪人に情けはいらないよね?


  まあ、貴族に手を出したら一族の根切りみなごろしが本来なんだけど、それは中止させたよ。それで十分でしょ。


 前世のように「人権」なんて言葉のない世界だし。


 後始末は任せて、オレはエドワードを左にして意気揚々と引き上げたんだ。



・・・・・・・・・・・



 3月の終わりのこと。


「お納めください」


 ブロンクス自らが納品に来た。


「一応、刃は付いておりますが」


 奥歯にものが挟まった感じだ。


「あ、良いよ。わかってる。実戦向きじゃないんだろ?」

「何分、重さがないために」

「それで十分だよ」


 こちらで使う標準的なデザインの剣に、装飾だけは「貴族向け」にしてある。ちなみに柄には1カラットのジルコニアをはめ込んだ。


 あ、ジルコニアっていうのは「模造ダイヤモンド」って言われるくらいで、性質はダイヤとそっくりで、1カラットが200円くらいで作れる。色も赤、橙、青、緑、ピンク、琥珀と染められるから、女児のヘア飾りにピッタリなんだよね。一時期は大流行で、コンビニに大量に置かれたんだよ。


 すぐに飽きられちゃって、ゴミになったけど。


 というわけで、取り寄せた赤いジルコニアだ。知らなければ硬度もあるからダイヤ以外には思えないんだよね。


 愛用する剣のツカがで、そこに、こっちの世界のがハマってるって言えば、見る人が見ればわかるはず。


 懇意にしている御三家の恋人達だ。


 それにしても、大公爵家の娘の象徴が200円で買えちゃう件。


 まあ、設え見た目に関しては、見事に「貴族用」だ。


 けれどもブロンクスが、なんでモノ言いたげなのかというと、材料が例の「少年野球のバット」を鋳直したもので、超々ジュラルミン製だからって点にある。


 超軽いんだよ。軽すぎる。


 超々ジュラルミンは、比重が鉄の半分だ。


 硬さは鉄よりも断然こっち。比重が半分ってことは、同じサイズにしたら重さが半分になるってこと。


 でも、それは利点だけど欠点でもある。


 「剣」になると軽ければいいというモノではないんだよ。特に鎧相手に戦うときは「巨大ハンマー」みたいなのでひっぱたいた方がよほど効果的。


『だから実用性はないんだけどね』


 剣同士の斬り合いでも、重さがないと相手の斬撃で弾き飛ばされてしまう可能性が高いんだ。


「だけど、オレの使い方なら、これの方がいいんだ」


 だって、常にガードがいるから、相手に致命傷を負わせる必要は無い。正面から戦う場面は計算しなくていいから、しばらく時間稼ぎで振り回せば十分。


 この間の経験で「バットは有効」って証明もできたからね。


 ただ、あの後も「バット」を使おうって考えたんだけど、それだと「棍棒を持っている蛮族みたいです」ってミィルに反対された。


 ミィルの良いところは、オレがヘンなモノを持ち出してきても「どこから」とか「なぜ」を持ち出さないこと。それに口が硬い。


 だから、あれこれ工夫をするときは、たいていミィルに相談しているんだよね。


 そして、実戦のことはわからなくても「ご主人様が、どうしたら、カッコよく見えるか」ってことに重大な関心を持ってるわけだ。


 オレとしては、その意見を参考にして「剣の形をしたバット」のつもりで作らせたのがこれってわけ。


 超超ジュラルミン製の剣(のようなもの)


 見映えのために飾りを付けた分だけ重くなったけど、サヤも入れて1キロなら上出来だろう。軽さと硬さという面では断トツ。超超ジュラルミンは飛行機の材料なんかにも使われるくらい軽くて硬い金属だからね。


 超超ジュラルミンは、やっぱり便利さ。


「あぁ、これが量産できたらなぁ」

 

 そもそもが、大電力がないと作れないの合金だから、この世界では絶対に作れない。だけど、前世では機動隊が元々「盾」として使うくらい、軽くて硬いことは有効なんだよ。


 ライフル銃の弾は止められないけど、この世界の弓矢なら完璧に防げるだろう。


「これを騎士の馬上盾にしてあげれば、絶対に使えるよね」


 戦場ならともかく、普段の騎士は意外と軽装備だ。腹と胸に軽鎧くらいは着けるけど、脚を狙われるとヤバいんだよね。


 だから、常に持ち歩ける馬上盾にしてあげたいんだけど、どう工夫しても、一枚の盾にバット5個分くらいは必要になる。


 これを全員に行き渡らせるためにはちょっと時間が掛かりそうだった。


 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

年末年始も頑張って執筆を続けます。

年明けとともに「王立学園編」に突入すべく全力で行きます。


まだ★★★を入れてない読者の方。どうぞ、応援のために、最終ページの一番下にあるボタンで、よろしくご協力ください。

ファンタジーカテの50位以内進出が念願です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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