第6話 メロディー

 入り口の前のいかつい護衛。(王宮内だから、もち素手だけど)

 

 その横には人待ち顔の侍女が一人。


 ラッキー


 ミィルに目配せすると、す、す、すっとあちらに近寄って「オレンジ「お待ちしておりました!」え?」

 

 目一杯の笑顔を見せた侍女さんに、ミィルも立ちすくんだ。


「カーマインの方ですね!」

「はい。オレンジ家が長男、ショ「どうぞ、中へ。お嬢様もお待ちです」え?」


 なんだこれは? しかも、家門名ではなく、姓で呼ぶだと?


 これじゃ、貴族同士の訪問と言うよりも、親戚が来た時みたいだよね。 っていうか、なに、この超フレンドリーな感じ。


 それでもミィルは頑張った。なんとかスキを見て、チーフ・メイド(一人だけ制服に帽子を被ってる)に手土産を差し出したんだよ。


「こちらは、ご令嬢宛でございます。お役目よろしくお願いいたします」


 これは、渡したものが食べ物である時の決まり言葉。要するに「毒味してね」をボカして言ってるわけだ。


 その瞬間、あろうことか、チーフメイドがガッチリと小柄なミィルをハグしたんだ。


 むぐぅ~


 めり込んでる!


 卵形クッションに頭が埋もれてる感じ。ヤバッ、息できるのか、あれ?


「承りました。これ、宝石の類いじゃございませんね?」


 まさか? そういうものだったの? 宝石を持ってこないと非常識だった?


「大変、けっこうな贈り物を。お嬢様も、大変お喜びになるかと思います」


 あ、違うんだ? 宝石でなくても良いっぽい。それは良かったけど、なんか、ここ危ない宗教施設かなんか?


 全員の嬉しそうな笑顔がハンパないんだけど、大丈夫なの、これ?

 

 次の瞬間、パッと侍女軍団に取り囲まれた。

 

「お嬢様! ショウ様がいらっしゃいました!」


 え? え? え?


 取り次ぎの人って、普通、家門名から言うんじゃないの?


「さ、さ、こちらでございます!」


 一斉に腕に背中に取り憑いてきた侍女軍団の笑顔が、なんだか「獲物を狙う猛獣」みたいな感じがして逆に怖いんだけど。


「お嬢様がお待ちです。ええ、先ほどから、ずっと、ショウ様だけをお待ちになっていらっしゃいますので」


 入り際、チーフメイドが「以後、立ち入り禁止よ。王族と言えども、身体を張って止めなさい」と護衛に言ったのが聞こえたんだけど。


 あの~ 王族を止めろって。


 護衛さんに? そりゃ無茶振りでは?


 あらら、厳つい護衛さんの左目にタテ線入っちゃってるよ。


 それにしてもスコット家の控え室って、ずいぶんと雰囲気が違うよなぁ。さっき行ったシュメルガー家だって、たかだか「伯爵家の息子」相手に破格なまでに好意的だったけど、ここはレベルが違うって感じだよ。


 みんな笑顔で出迎え……っていうか、これって拘束されてね?


 絶対に帰らせるもんかってオーラが出まくってます。なんで?


 しかもだよ、どうやらミィルの渡した手土産は、すぐに確かめられたらしくって、お嬢様に実物を見せながらの耳打ち。


 そこで、お嬢様がオレをチラッと見て真っ赤になっちゃったのは、なぜなんだろ?


 侍女に囲まれて、並べた椅子の片側に座らされたんだけど、この横って、誰か来るわけ…… ってやっぱり、だよね。


「お嬢様、後はよろしくお願いいたします。ショウ様も、どうぞ御心のままにお振るまいくださいますよう」


 チーフメイドが挨拶したらゾロゾロと出て行ってしまった。


 マジ? ねぇ、これ、ヤバいよ。年頃の男の子と二人っきりとかないから!


 ウワサになっちゃいますよ? 


 王子との結婚に問題が出ちゃいますよー


 そんな言葉を出せるはずもなく。いきなり二人っきりのシチュエーションにされてしまった。


 頬を染めながら、メロディアス様がオレの横にピッタリ座ったんだ。


 ヤバッ。


 サラサラと流れる漆黒のストレートヘアからはラベンダーの香りがふわり。


 あ、やっぱり、オレのプレゼントは使ってくれてるんだねって、でも、この大きめの控え室に、誰もいなくなっちゃったんだけど……


「えっと、オレが言うのもヘンだけど、メロディアス様の家の方って大丈夫なの?」


 あ、ヤバいヤバい。口調が……

 

 貴族モード復活!


「少々、明るい侍女達でございますね」

「はい。父も承知しておりますので」

「あ、そ、左様でございますか」


 あれ? 口調がヘンだ。これじゃ古文じゃん。えっと、思い出せ、オレ、貴族っぽいしゃべり方、えっと、えっと。


「先ほどのお土産、ありがとうございました。感激です!」

「いえ。あの、お疲れだろうし、こういう時、女性は食べられないって聞いていたものですから。あれは滋養があるって言われておりまして、どうぞ、良かったら帰りの馬車でお召し上がりください」

「まぁ。それは楽しみだわ」


 令嬢は、パーティー前は、どれだけ親しい相手でも渡されたモノを口にしてはいけないんだ。例え父親からのものであってもだ。


 まあ、コルセットで思いっきり締め付けてるらしいから、食欲どころじゃないのかも。


 実際、黒髪に合わせたかのように紫水晶アメジスト黒翡翠くろひすいのボタンが多用されたドレスは、細いシルエットをさらに際立たせてる。


 おそらく、腰近くまで伸びた黒髪をメインに生かすことを考えたんだろう、流れる髪をシルエットに実に美味く生えるように計算し尽くされてる。


 隙間なく並べられた椅子だ。


 座ると、キュッと膨らんだ胸元が目に入っちゃって、一気に心拍数が上がっちゃうのは当たり前。


「あの~ ショウ様って、本当にお優しい方なんですね」

「いえ。あ、えっと、妹がいるもので。できれば、こんな風に優しい人がいてくれたら良いなー なんて」

「まあ! ご兄妹仲がおよろしくていらっしゃるんですね」

「えぇ。妹たちとは、仲が良いと思います」

「あら、妹さんは何人いらっしゃるのかしら?」

「二人なんです」


 家族についての話なんて、別に普通だと思うだろ? でも、さ、女の子と二人っきりだぜ? しかもパーティードレス姿で、二の腕が触れ合う距離に座っているんだ。


 これでドキドキしないなんて、ボクらの歳ではありえないよ!


 って言うか、中の人は「大学生」の記憶があるとは言っても、こっちの女の子は西洋風に発達が早いの! いろいろと! 


 しかも、胸部装甲は、メリッサちゃんと同等か、それ以上だ。


 どれだけ気を付けても、時として、くにゅ、や、プニュが、あたる。って、なんか、もう「この子わざとやってない?」ってレベルだよ。


 オレの理性! 仕事しろ! もう限界が見えてきちゃってるって。


 とにかく、脳の機能を「理性」に全振りしちゃったから、終いには何を話しているんだか、よく分からなくなっちゃってさ。いつの間にか、うちで茶会を開いてみたいとか、その時は自分がお茶を振る舞いたいって言い始めたんだ。


 わけわかんないよ。どーして、わざわざ、貧乏伯爵家のうちなんかで茶会を開きたいの? じゃないんだからさ。


 だけど、黒い瞳で「ダメですか?」みたいに、クリクリクリーンと見上げられて、ダメって言える? 無理だよね。


 思わず「どうぞ」って言ったら、一気に目にパーッとハイライトが入って「ホントですね! ホントに! ウソって言ったら、絶対に許さないですよ!」って、リキが入っちゃってる。


 えっと、うちでお茶を入れるのが、なんでそんなに嬉しいんだろ?


「少々お待ちくださいね?」

「あ、うん、もちろん」


 目の前のテーブルにのったミニチャイムをチリーンと振ったんだ。


 きっちり5秒後に、ぞろぞろと侍従達が入って来た。最後に、うちのミィルまで招かれて入って来たんだ。


 え? 何が始まるの?


「ショウ様? どうぞ、よしなに」


 立ち上がったメロディアス様は、優雅にカーテシーを見せた後、侍女達に向かって言ったんだ。


「今、ショウ様のお屋敷でお茶会を開く許可をいただいたの! 私がお茶を入れて良いって言ってくださったわ!」


 キャァー! 


 それは黄色い悲鳴だった。前世だったらアイドルの類いが目の前にいるときに出すヤツ。


 そして口々に「お嬢様、おめでとうございますう」と祝福の嵐。


 え? え? お茶を入れるのって、そんなに嬉しいことなの?


 チラッと見えたミィルの顔が青ざめていたってことは、これって、絶対になんかやらかしたってことだよね?


 オタついてるオレの前で、メロディアス様も手袋を外してるよ!


「以後、メロディーと、お呼びください」 


 これ、知ってるヤツだ! 


 オレは慌てて椅子から降りるようにして、右膝をつける形で跪いた。


 やっぱり差し出されてきた手。


 もちろん、口づけをしない選択肢はない。


「ショウ様」


 もう、わかってる。顔を上げると、頬を赤く染めたメロディーは、オレの口づけた場所に唇をつけたんだ。


「今後ともよしなに、、お願いいたします」


 頭を下げる主人とオレに向けて、侍女達は涙ぐみながら拍手していたんだ。




 そして「その他大勢用控え室」に向かう途中、ミィルに袖を引っ張られた。


 柱の陰だ。


 オレよりも5つ年上のミィルは、たまにメイドから「お姉ちゃん」に変身する時がある。 


「ショウ様」

「やっぱり、なんかやらかしちゃってた?」


 怖い顔をした、お姉ちゃんは、コクンと頷く。


「やらかしたって言うか…… 邸でお茶会を開けるのは、その家の人間か、家族となる予定の者だけって、ご存じですよね?」

「マジ?」

「お茶会を開くだけなら、場所を貸しただけって言い張れる可能性はありますけど、そこでお茶を入れるってなったら、それって、とっても親しい間柄だってなりますよね?」

「わぁ~ ヤバいね。それじゃ、まるで恋人みたいなものじゃん…… あ、えっと、オレは、それを認めちゃった?」


 コクン


「それと」

「まだあるの?」

「最後に、騎士のキスをなさいましたよね? しかも、直接のキスを」

「あれって、まさか、特別な意味が?」

「やっぱりご存じなかったのですね」


 その時のオレの顔からは、ざーっと音を立てるようにして血の気が引いていたはずだ。


「古い仕来りです。あれは、その…… 恋人宣言的な? あの感じだと、スコット家のみなさんも、ご存じだったみたいですね、もちろん、スコット家のお嬢様も」


 オレはその時「シュメルガー家でもやっちゃった」とは、言えなかったんだよ。だって、知らなかったんだもん!


「とりあえず、しばらく、しらばくれているしかないですね。デビュタントの3日間は儀式だらけですから、その間に、身分差を理由にして、しばらく黙っていよう的なお手紙を書いては、と思います」


 そうなんだよ。今日から3日間、泊まり込みなんだ。身分に応じて身の回りの世話をする侍女などを付けて良い場合もあって、公爵クラスは事実上無制限。上位貴族の最底辺である伯爵は、1人だけ認められるっていうのがルールだ。


 これは、差別と言うよりも必要性から来るものらしい。上位貴族ほど、来客の応対や、贈答品のやりとりなど、いろいろな仕事が発生してしまうわけで、そのために必要だっていうのが公式見解だ。


 そして、お付きの者というのは、ミィルのように「参謀」の役目を果たしてくれるっていうのは常にあることなんだ。


 パーティーが間もなく始まる。


 オレは、その短い時間を使ってミィルと相談したんだよ。


 ただ、話せば話すほど、ヤバい事態だった。


 最後は、さすがのミィルが、はぁ〜 とため息を吐くほどだったったわけ。


 だから、オレのデビュタントは、ひたすら、オロオロとし続ける3日間だったというワケなんだよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

大失敗っていうか、普通は上位貴族とのつながりを求めるのがデビュタントの意味です。でも、公爵家の娘と身分違いの恋人になれば、次々と「ヤバいこと」が起きるのは明らかです。必死にもみ消そうとしたショウと、そうはさせまいとした公爵家の見えない戦いでした。

もちろん、ショウ君は完敗するわけですが……


公爵御三家の二つがこうなると、一つしたの娘を持つガーネット家の動きが気になりますよね~


明日は土曜日ですが、更新の予定です。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







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