第7話 ヘルメス来襲

 


 サスティナブル王国の貴族達は、シュメルガー家・スコット家・ガーネット家の公爵三家を「御三家」と呼んでいる。


 もちろん、王国貴族の頂点に立つ家門だ。当主に甘さなど一カケラもない。厳格で冷徹、しかも、それぞれの家の特性を生かした分野で有能なことでも知られている。


 ただ、しかし、である。


「御三家共に当代は娘にめちゃくちゃ甘い」という情報は貴族の間で常識だった。


 そもそも公爵よりもワンランク格下の侯爵五家の最下位に位置する「カインザー家」が、我が家の親貴族であるのは、ずっと泣き所だった。


 親貴族っていうのは、ヤクザの大親分みたいなもので、貴族同士にトラブルがあると「おやぶ~ん」って頼るわけだ。そうすると「親貴族」同士がなんらかの仲裁に乗り出すってことで、当然、親貴族の力が強い方が有利。


 そう、親貴族の立場が影響するんだ。


 我が家がパッとしないのは、これなんだよ。おやぶ~んて泣きつくと、最終的に、相手の親分の方が格上になっちゃうんだよね。


 うちは、カインザー家の分家からできた家だし、あちらが王都に行く時は、通り道にあたる場所を領地にしている都合上、相当に関係が密だ。


 ちなみに、あちらの末娘のバネッサちゃんはオレよりも二歳上。あの一族は胸が大きいことが遺伝的な法則だ。今もではあるけど、将来は、もっと期待を持てて……


 あ~ えっへんw


 オレはそのバネッサと婚約しててもおかしくなかった。実際に話はあったらしい。もともと領地は隣で仲が良い。何かと会う場面もあったのだから、本来は何の問題もないはずだからね。


 彼女は美人だし気立も良い。オレとも、いわば「幼馴染」として仲が良いし、妹たちも慕ってる。結婚相手として理想なんだよ。


 でも、王家からの横やりがあって、いまだに、婚約についての具体的な話が進んでないんだよ。


 クソッ、王家なんだから、ウチみたいなに絡んでないで、サッサと御三家の誰かと婚約しちまえよって思うんだけどさ。


 そうしたら、あの巨大なフワフワを、毎晩…… ぐふふ。あ、いや、そ、そんな不純なこと考えてないからね?


 と、とにかく、だ。


 貴族の世界の常識を破って、いまさら親分を変えるのは無理。だから「せめて公爵家に名前を覚えてもらおう」って作戦を考えたわけ。


 しかし公爵のような最上位貴族に対して、闇雲に贈り物をしても「おべっか」として軽蔑されかねない。もちろん、それなりの「すごいもの」をたくさん贈り続ければ評価は上がるんだろうけど、貧乏伯爵家には不可能。


 だが、ここで狙い目があった。


 当主は娘に甘かったよね?


 しかも、その裏側の事情に「王子達の資質」が取り沙汰されているせいで、王室雀ゴシップ好きたちも、今ひとつ、さえずることができないでいる。


 だからこそ考えたんだよ。


 「娘」へのプレゼント作戦だ。


 デビュタント前のが「可愛い女の子にプレゼントしてま~す」って形なら、辛うじて見逃してもらえるだろうってわけだ。


 前世で言えば「部活の可愛いマネージャーさんにハンドクリームを贈りました〜」的な?


 周りからは白い目で見られず、本人には実用的で喜ばれそうなもの。


 これなら、大丈夫なはずだ!


 あ、ちなみにウチの侍女達には、水仕事用の◯ベアをあげてから、オレの人気は爆上がり中。部屋に飾ってある花なんか、1日に3回も取り替えてくれるほどだよ。


 ともかく「実用品は喜ばれる」が大事なんだ。


 娘からの印象が良くなれば、ジンワリと親に伝わるだろ? それを狙ったのが今回の「シャンプー&コンディショナー」作戦ってわけだ。


 そんな背景があったから、ご当主からの直筆署名入り礼状は、想定の一番上のモノではあるけど予定外ではない。


 父さんも母さんもニッコニコが止まるわけがなかった。


「それで、内容は?」

「ぶっちゃけ、両家とも『気に入った。直接、話がしたい』だってさ。たぶん近々、呼び出されることになるな」


 少しばかり悪そうな笑みを見せたんだ。


「どうやら、作戦は成功しそうですね」


 良かった~


 「娘をキズモノにしたな! どうしてくれる!」じゃなかった。


 密かに胸を撫で下ろした。アーモンドチョコレートが、そんなに気に入ったのなら、いくらでも贈るぜ。もう、それで済むなら安いもんだよって、思えちゃうよね。


 デビュタントで何があったかを知らない分だけ(言えるわけがないよ! 父さんは絶対に気絶するからね)父さんも母さんもオレの緊迫した心配など少しも気付かない。


 極めて上機嫌で温かな雰囲気が醸し出されていた。


 よし、これなら「おねだり」の一つくらいは通るぞ。かねてから考えていたことをお願いするなら、今しか無い!


「ここまで、計画通りですね」

「そうだな。お前の言っていた通りになりそうだ。あとはガーネット家にも同じように贈り物をしておけば、完璧か」

「はい。それは今日中に。ところでお父さ「コンコンコン」」

「どうした?」


 へクストンが、恐る恐るドアを開けた。異例のことだ。


「お話中、失礼いたします」


 へクストンの顔色が良くない。そもそも、家族の談話中に速報を入れるのだから「よほどのこと」が起きたに決まっている。


 すっすっすっ


 走っていないのに、全力疾走並みのスピードで音もなく近づいたへクストン。あれって、れっきとした特殊技能スキルじゃないのかな? 


 銀の盆に載せて一通の書状を渡したんだ。


「ん?」


 普段遣っている「手紙置き」ではなくて「銀の盆」に載せて書状を渡したと言うことは、公爵家以上の家格からの手紙だ。


 ハラリと広げて父さんが目を落とすと「ヤバい」と一言呟いた。顔色が変わっていた。


「大至急、来客の用意だ。ガーネット家のが、いらっしゃる!」


 ええええ!


 3公爵家の一角の当主自らが、当日の先触れだけで、しかもこんな時間にやって来るのは、異例中の異例。


 その瞬間から、我が家は大騒動になったんだ。



  

 ガーネット家の紋章である「羽を広げる大鷲」の入った馬車が大勢の護衛兵士を引き連れて、うちの邸に入ってきたのは、それから1時間も経ってなかった。


 騎士だけでも50人近い。街中の騎士には必ず従士が2人ずつつくから、これだけでも一大戦力だよ。


 たかだか、王都の中を移動するだけで、小さな伯爵家くらいなら瞬殺できるほどの戦力って。さすが御三家の一角だよ。


 ん? 伯爵家を瞬殺?


 まさかだよね?


 でも、今回のスピード感は、普通ではなかった。


 前世のスピード感で言えば「これから行きます」のメールを見た瞬間に、ピンポーンと玄関が鳴るレベルだよ。


 ありえね~


 もちろん、応接室まで案内をしたのは、父自らだ。


 本来、公爵のような方をお招きできるような格式のある部屋ではないが、ない袖は振れないのだ。


 ガーネット家は、代々、軍を統括する立場だ。そのため、とにかく脳筋の家系。どれほど遅くなったパーティーの翌日でも、夜明け前から一族がランニングでスタートするというのは有名な話。


 これもウワサだが「考えるよりも、まず動け」が、家訓となっているらしい。


 ウワサ通り、公爵はコートを着ていてもわかるほどに、全身が筋肉の塊のような男だった。燃えるように赤い髪と、意志の強さを体現するサファイアの瞳のイケオヤジだ。


「突然、すまなかったな」


 公爵の声は、思っていたよりも穏やかだった。


「ヘルメス様、めっそうもございません。ど、どうぞ、こちらへ」


 公爵家当主が、吹けば飛ぶような伯爵に対して頭を下げそうになったのだ。慌てるのも当然だ。普通なら、こちらがへいこらする立場なのだ。


 たった3階級であっても、伯爵と公爵では天と地の開き。階級社会はダテじゃない。


 手を取るように応接室に案内して、すかさず、我が家の最上級のお茶と、チョコレートケーキをお出しする。


 もちろんコンビニで「ゴミ」になったもの。ただし、賞味期限を1分だけ過ぎてしまったヤツなんだけどね。


 スキルレベル2「見たことのあるゴミを指定して呼び寄せられる」ってやつだ。


 確かに、オレは、バイトの時に、このチョコレートケーキを見たことがあったんだ。あの時は「たった1分、過ぎただけでゴミかよ。まだ美味いのに」と、もったいないなって気持ちがあった。


 まあ、ケーキを出したのは、半ば建前だ。贅沢に慣れたヘルメス様が伯爵家で出された菓子に関心を示すわけが……


 え? 目が爛々と輝いてるんですけど。


「これは、ひょっとして、最近、貴家が贈り物にしている…… シュメルガー家とスコット家に贈った『ちょこれーと』とかいうものかね?」


 サファイアの瞳が、睨みつけるように凝視。なんか、ヤバい? 戦闘オーラが出てない?


「はい。ちょこれーとを確かに使っております。それだけではなく」

「ふむ?」

「今までのケーキは甘すぎると息子が申しまして工夫してございます。公爵様にぜひとも、召し上がっていただきたいと、何とか間に合わせたものでございますれば、王都では、今、これしか手に入らないと存じます」


 すげぇ。父上、半ば口から出任せで、よく、ペラペラ喋れるよなぁ。まあ、ウソではないけどね。食べられるのは我が家だけなのは確かなんだし。


 貴族はプライドとかメンツをとっても大切にする。


 あきらかに、アーモンドチョコレートを、まだ贈ってこないことに苛立ったはずだけど、それを見越した父上の「一番」攻撃は、有効だったらしい。


「ともかく、いただくとしようか」


 側付のメイドが毒味しようとしたのを手で制した。


「正直者のガルフが、この状況でめったなものを出すわけがなかろう」

 

 もちろん、銀のフォークを使って一口。


「うっ」

 

 目を丸くしたまま、フリーズしたヘルメス様を全員が凝視。


 チラッと横を見ると、あ、父上が、顔色を無くしてるぅw 少し腰が浮いているのは、すかさずDOGEZA体勢になる準備だろう。


 さすが「最底辺上位貴族」だ。やるコトにソツがないw あ、オレも後ろでDOGEZAすべき?


 しかし、不味かったのではなかったらしい。むしろ逆のようだ。


 最初の一切れをゴクリと飲み込んで、今度は一心不乱に、一気に食べてしまってから「あっ」と公爵様が、自分の振る舞いに気付いたらしい。


 もちろん、誰一人「見てなかった」ことになる。


 当然だ。


 貴族が食べ物に夢中になってしまったなんて、誰かに見られたら一生の汚点となるのだから。


 誰も見てないって状況を作り出さねば。


 父上からの目配せ。え~ MPは残りが1なんすけど!


 でも、ここで断れるわけがない。


『スキル・ゴミ、いでよ「フルーツサンド!」』


 後ろを向いた瞬間、掌に出したのは、クリームとフルーツが絶妙のバランスでパンに挟まれているという、デザートなのか、食事なのか実に微妙なものだ。


「公爵様、、申し訳ございません。こちらをご試食いただけないでしょうか?」


 すかさずへクストンが受け取って、皿にセッティング。え? いつの間に、それ用意したの?


 謎すぎる……


 ともかく、こうして、フルーツサンドをセットしてしまえば、その瞬間に「チョコレートケーキはなかった」ことになるわけだ。


 もちろん、公爵様にお茶だけを出したなんてのは、すっごい粗相になるけど、この場合は、暗黙の了解でOKなんだよね。


「毒味を」


 さすがに、今度は「手順」を守るつもりらしい。


 お付きのメイドが、フォークとナイフで一口毒味するのを止めなかった。


 メイドの顔が固まったけど、味について、何かを言うのは禁じられている(なんらかの異常を感じたら言うのは普通のこと)ので「よろしいかと」と身を引いた。


 エルメス様は、上品に、しかし、急いで一口食べると「うぅうむ」と悶えて、緊迫の時間。


 えっと、この緊迫感を何回繰り返すつもり?


「うむ。素晴らしいな。滑らかで、新鮮なクリームもそうだが、このパン自体も素晴らしい。ここまでのきめ細かさを持った、真っ白さで、しかも、この柔らかさ。我が家の職人でも、そう毎回出せるものではないぞ」


 なんか、料理マンガの芸術家さんみたいな感じになっちゃってるけど、食べる勢いは止まってないよ。


 とにもかくにも、公爵様はフルーツサンドもたいそうお気に召したらしい。


「おっほん」


 いや、を台詞で言う人が、ホントにいたんだ!


 居ずまいを正した公爵様は「これも、ご子息が誂えられた作ったのかね?」と尋ねたんだ。


「はい。倅は昔から、色々と工夫するのが大好きでございまして。ご挨拶をさせていただいても?」

「よかろう。デビュタントもすませたのだ。れっきとした伯爵家の一員だ。君がショウ君だったな? オレンジ家の麒麟児だと聞いている。直答を許す」

「ハッ」


 目配せに応じて立ち上がると、応接ソファから二歩離れて立つ。右腕を胸の前に水平に、左手を腰の後ろにする。


 正規のポーズだ。


「ありがたく」

 

 一礼してから、口上を続けた。


「賢明なる御前にて口上の機会を賜りましたことに、大いなる感謝を捧げます。そして、サスティナブル王国の大空で、天高く羽ばたき、平和と繁栄をもたらすへ心よりの敬意を申し述べさせていただきます」

「ほう~ 娘にも見習わせたい。立派な挨拶だな」

 

 公爵は上機嫌で独り言。よし、いける。


「このたびは、大いなるご恩寵を賜り、あまつさえ、本家の粗餐そえんをご饗応させていただけること、恐悦至極に存じます」


「あ~」


 ヘルメス様は、口をポカンと開けた後、慌てて現世に戻ってきて、父上に「卿の教育の賜かね?」と尋ねた。


「息子は、色々と学んでいるようでございます」

「そうか」


 まだ、目をパチクリしながら、それでも射貫くような目がオレに向けられた。


「ところで、デビュタントは、いろいろと楽しんだようだね」

「おかげさまで、充実したものとすることができました」

「ふむ。充実とな?」


 あごに手をやった公爵様は、ほんのわずかに口角を上げた後で「君は、剣も使えると聞いたのだが」と、真っ直ぐに聞いてきたんだ。


 うわぁ~ 武闘派オヤジのこの台詞。


 ヤな予感しかしね~


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者から

この土日で「ヒロイン登場編」から「内政チート編」へと入れると良いなと思っています。


次の更新は、本日の夕方になります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

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