第8話 戦闘狂め!


 チョコレートケーキとフルーツサンドに満足したのか、それとも、単純にオレの顔を見に来たのか。


 目的は不明だけど、エルメス様は思った以上に上機嫌で会話を切り上げて、立ち上がったんだ。


 もちろん、公爵様のような高貴な方をで帰らせるバカ貴族などいない。

 

 父上は、上質な装飾を施した、前世で言えばクッキーの缶ほどの大きさの木箱を差し出したんだ。


 ちなみに、木箱だけで大銀貨大デナリウス一枚。庶民なら、一家4人で2~3年は楽に暮らせる金額だ。


 はスキルで出したからタダだけど、ね。


「公爵閣下、当家にご光臨たまわった栄誉に感謝をいたしまして献上させていただきます。どうぞ、こちらをお納めくださいませ」


 ガーネット家の家令に「お役目よろしく」と渡せば、恭しく受け取ってくれた。


 この人の態度は主人の心を暗示してくれてるんで、公爵様は「満足」だと受け止めていいってことだ。


 どうやら、今回の来訪は無事に済むらしい。


 ホッとした。


「うむ。しかし、家に帰ったら説明をせねばならないが?」


 チラッとオレの顔を見てきた。


「倅からご説明させていただきます」

「ほう」

 

 興味津々と行った表情を隠さない。

 直答の許可は既にもらっているし、きっと期待されているのだろう。


「申し上げます。こちらの箱に詰めましたるは、よりも、さらに貴重だと言われておりますと申す木の実をチョコに包んだものにございます。申し訳なくも、ご献上の機会が遅れましたことを鑑み、ガーネット家への献上が間違いなく本国初のものとなることを申し添えさせていただきます」


 要するに、大手メーカーのマカダミアナッツチョコ。230円。


 ウソは言ってないよ?


 だってサスティナブル王国の貴族家に献上された初めてだもん。まあ、リーゼは、これが大好物で、毎日のように3粒を食べてるけど。


「さらに、せっかくの機会なれば、も二粒だけでございますが納めてございますので、アテナイエー様も話題に欠けることはないかと存じます」


 本日分のMPは使い切ってる。リーゼの分は公爵様に献上しちゃったけど、明日、別に出してあげれば良いよね?


 現に、エルメス公爵は大いに満足そうに、なんどもうんうんと顔を振っている。


「これだけの手土産を渡された以上、ガーネット家としても、それなりに応えねばならんな」

「めっそうもございません。ご当主自らのご来訪をいただき、誠に光栄で」


 公爵様の目がキラリンと光ったよ!


  あ、これ、ヤバいヤツだ……


「こうなれば勝負じゃ! 我が娘と勝負をさせてやろう!」


 真っ直ぐにオレを見てる。


「は?」


 いや、それが失礼な態度だってわかるよ? でも、なんで「チョコを献上されて、満足したから娘と勝負しろ」ってな発想になるわけ?


 アンビリバボー


「こういう時は勝負するに限るのだ! 明日は娘を連れて来ようぞ。して、勝負せよ。そちの方が歳は一つ上であるが、娘には幼い頃からガーネット家の武術を全て叩き込んでおるから心配いらん」


 いや、心配しますって。だって、ガーネット家の娘って言ったら、オレが知っているくらい有名なんだよ。


「あ、あの、しかしながら」

 

 何とか逃れたいんだけど、脳筋相手に何を言ったらいいのか分からない。父上、そこでボーッと見てないで何とか言ってくださいよ!


「なあに、オンナだからと遠慮はいらんぞ。その辺の近衛騎士団員程度なら、瞬殺できるだけの、紛うことなき天才だからの」

 

 知ってます。

 

 公爵様は、近衛騎士団の副団長(名義上、第一王子が団長となる)の権限を利用して、若手を片っ端から家に呼んでる。それは事実。


 名目は「慰労」だよ?


 確かに、隊舎では出されないような美味しいものをたっぷりと出されて、お土産までくれるらしい。


 ただし、誰一人として自分の脚で帰ったものがいないと評判だ。


 最後の最後に「娘に稽古を付けてやってくれ」と頼まれるからだ。


 ムチャクチャに強いらしい。


 まあ、もちろん公爵様の愛娘に本気で打ち込めるわけはないから、話を半分に聞くとしよう。それでもなおムチャクチャ強いってのがわかる。


 だって、本気で打ち込めなくても、優秀な若手の騎士団員なら、ほどほどに相手をすれば良い。わざと何カ所かを「これは参った、さすが、お嬢様はお強い」っておだてておけばいいんだもん。


 しかし、実際には「動けなくなるほどの怪我」をしている。つまり、そういう演技ができないくらい強いってことだ。


 今年11歳になる子が、だよ?


『あの、細い子が、マジでヤバいレベルなんだもんなぁ』


 公爵家同士のバランスを取るという事情があって、デビュタントで踊った相手だ。動きの一つひとつが洗練されていてキレがあった。運動神経としなやかな筋肉でできた精密な動きの印象が強かった。


「あの子が、剣を握ったら、絶対に怖いよね」

  

 それは、もう、オレなんかが絶対に相手をしちゃいけないレベルのはずだ。

 

 でも、公爵様は、得意顔で「勝負じゃあぁ~」と叫んでるんだ。


 そして、一同を見渡して託宣した。


「もちろん単なる模擬戦ではないぞ? そちをオレンジ家の代表として認めるのだからな。娘との模擬戦に応じた勇気に応えるためにも、これは『家と家との勝負』としよう。娘が勝てば、我が家がオレンジ家に勝ったわけだ。勝者が敗者を庇護するのは当然のこと。以後、我が家を頼られよ!」


 え? それって「親貴族宣言」ってやつ? でも、いきなりこのシチュでを変えるのは不味くない? カインザー家が絶対怒るよね?

 

 しかも、バネッサとの婚約の目がゼロになってしまうという…… マジで涙目になっちまうよ。


 ダメだ、それだけはダメ。毎晩、フワフワのあれでパフパフしてもらう夢が、こんなことでくじけ…… ん、んっ、あ、個人の問題じゃなくて、こんなことで親貴族を変えたら、我が家の名誉の問題になってしまうってことなんだよ!


 困ったな。


「心配するな。ソチの将来についても、きちんと配慮をするぞ。将来は近衛騎士の道も選べるようにいたそう。伯爵家からなら努力次第で幹部の一員にもなろうぞ?」


 そりゃそーなんですけどね。オレ自身は、近衛騎士なんてなりたくも無いわけで。


 オレの渋い表情をさすがに見かねたのか、公爵様が、なだめるような声で続けたんだ。


「それに、もしも、お前が勝てば」


 ん? なんでそこでニヤリなの? どうせ、勝てるわけないって思ってるから?


「我が家の可愛いアテナむすめを無条件でお前にやる。なぁに、嫁にしろとはいわんぞ。くれてやる以上、側妃でも愛人でも慰み者でもソチの所有物として好きなようにせい! 我は一切、文句を言わんからな」

「ええええ!」


 なんだよ、コイツ。


 いくら格差社会でも、言ってることがメチャメチャじゃん。しかも、絶対にオレが勝てないと思って、娘をベットして賭けてきやがった。


「負けても我が家の庇護が手に入り、勝てば、うちの娘が手に入る。これなら公平と言うものだ。いやぁ我ながら実に公平な勝負を持ちかけたものよ」


 ガーネット家の武術を全て叩き込んだと豪語するような娘に、オレが勝てるわけないだろ! こんなの、ほとんどインチキじゃん!


 メジャーのピッチャーが出てきて、リトルリーグの8番打者と勝負するのが「公平だ」って言ってるようなもんだよ。


 しかし、それを指摘できるような人間は、ここにはいなかったんだ。


「そうと決まれば、明日じゃ。また、会おうぞ。鐘が鳴る前(9時)に、娘を連れてくるからのぉ~」


 上機嫌で馬車に乗り込む公爵を見送って、我が家はほとんど「お葬式」だ。


 こういう時は、すぐにカインザー家に相談するのが筋だけど、デビュタントの子どもがいないため、当主のバリトン様は、既に国元に戻っている途中のはず。どうやって連絡しても、明日の朝には間に合わない。


 ヤバい。


 家的にもヤバいけど、オレ個人としてもヤバい。勝ち負け以前に「模擬戦」がヤバ過ぎなんだよ。


 だってさ、この世界の「対人」って、ホントに危険なんだよ。「娘に稽古を付けた騎士達」が誰一人自分の脚で帰れなかったってウワサを思い出してほしい。


 ラノベで「模擬戦」って言うと木剣を使うとか、たまに、真剣でやり合ってたりするじゃん?


 あれって、剣道も知らない人が書いてるんだよ。


 「ヒール」がある設定だから良い? 


 いや、それ無理だから。木剣とか言っても、要するに、鍛え上げた力を使ってで殴るわけだ。骨だって一発で折れし、下手をしなくても死ぬよ。


 前世の剣道は「竹刀」を使ってるけど、あれだって、有段者がまともに「面」を打ち込んだら、防具の上からでも気絶することがあるからね?


 まして、木刀だったら死ぬから。マジで即死あり。死人を蘇らせる魔法が使えりゃいいかもしれないけど、こちらの世界には「ヒール」も「ポーション」も存在しない。


 って、ことで、こっちの世界の剣術で対人練習をするときは厳重な防具を着けて行うことがあるんだ。何だったら、ちょっとした戦闘ならできるんじゃね的なレベルの重装備になる。


 さもないと、死ぬ。


 それって、鎖帷子くさりかたびらこそ着けないけど、正規の重さは10キロ以上になるんだよ。


 面当ての付いたカブトに、胴、腰回りを守る「垂れ」、すね当て。ほぼ全てが鉄製だ。実戦用と違うのは「矢」を無視できる分だけ、通風と軽量化のためにあっちこちに穴が空いている点だろう。


「対人戦なんて無理ぃ」


 こればっかりは、スキルではどうにもならない。しかも、相手は「戦闘狂」一家の武術の粋を叩き込まれた、天才レベルの娘だ。


「まあ、レベルが上がってる分だけ、スペックは上がってるのが救いっていやぁ、救いか」


「ステータスボード、オープン」


 空中に現れたパネルに表示されてる。



・・・・・・・・・・・


【ショウ・ライアン=カーマイン】

オレンジ・ストラトス伯爵家 長男

レベル 4

HP 24 

MP 16

スキル SDGs(レベル2) 

【称号】無自覚たらしの勇者


★☆☆☆☆ ゴミをMPと引き換えにランダムで呼び寄せられる


★★☆☆☆ 見たことのあるゴミを指定して呼び寄せられる←今、ここ


★★★☆☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


★★★★☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


★★★★★ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


・・・・・・・・・・・ 


 うーん。


 レベルが一つ上がるたびに、自分の力が強くなった気がしてるから。スピードも、体力自体も上がってるはずだ。


 これなら何とかなるかなぁ……


 その時、オレは見つけてしまったんだ。ステータスボードの表示のを。


 こんな表示、なかったよね?


 【称号】無自覚たらしの勇者←なにこれ?


 こんなの無かったじゃん! 


 デビュタントの件だろうとは思うけど、でも「称号」が勝手に付けられるって、どういうシステムなんだよって思う。


 しかも「たらし」とか。


 あぁああ! このシステムを作ったヤツ! 年齢=彼女無しだった前世のオレに謝れ!



 ぜー ぜー ぜー



 そんなこんなで、色々と作戦を立てていたら、さすがに3日間の疲れが溜まってたんだろう。いつしか机に向かったまま寝付いてしまった。


 でも、夜中に目を覚ましたら、しっかりと着替えてベッドに入ってたんだよね。


「きっとミィル達のおかげか。優しい子達だな」


 その時、ハッと気が付いた。


 マジ?


 パンツまで着替えさせられてるんですけど。


 まあ、いっつも、側仕えのメイド達には風呂で洗ってもらってるんだ。今さらオレのを見られたからって、今さらだよな。うん、そうだよ。そう思うことにしよう! 貴族は、下々に見られても恥ずかしくないんだ! 恥ずかしくなんて、な、い……


 ともかく、そう思い込んで寝ることにしたんだけど、まさか、翌朝、心底驚かされることになるとは思ってなかったんだ。


 


 朝の鐘が鳴り響く中、御三家の当主と愛娘達が、我が家の庭にズラッと揃っていたんだ。


 これは事件だよ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

公爵家の動向はお互いが常に監視しています。「抜け駆け禁止」はオヤクソク。

エルメスがオレンジ家を訪れたことは、その日のうちにご注進が届き、朝一番でオレンジ家当主宛に厳しい質問が届きました。

当然、ウソを吐くことはできません。


いろんな意味で「勝負」です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇










 






 

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