第4話 メリッサ

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 作者から名前を覚えるのが苦手な方へ。

 大丈夫です。今話はメリッサとノーマン以外はモブなので、忘れても何の問題もありません 笑

 どうしても登場人物が多くなるため、今後、再登場した時には、さりげなくわかるように書きますので、細かい名前はガンガン読み飛ばしてください。

 それでは、お楽しみください。

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 時は少し遡る。デビュタントの前だ。


 御三家の筆頭、シュメルガー公爵家の王都邸。メリディアーニの部屋に家令のジョンがやってきた。


「オレンジ・ストラトス伯爵家からの贈答品につき、お嬢様にお伝えしたいことが」


 家族や、ごく親しい者からは「メリッサ」と呼ばれるメリディアーニだが、当然ながら家令と言えども名前を呼ぶことなどありえないこと。


 仕える者にとって「お嬢様」はただ一人なのだ。なお、長男は「若様」と呼び、次男・次女以降の子ども達は父親が呼び方を決めることになっている。したがって、どこの貴族家でも「お嬢様」も「若様」もただ一人である。


「あら? 何かしら?」


 大公爵家の令嬢ともなれば、贈り物は日常茶飯事だ。名前と品物の一覧は、毎晩渡されるが、格下というか、伯爵の中でも王都での活躍を聞かない家からのプレゼントについて、わざわざ「伝える」事があるのは珍しい。


「このようなものが贈られて参りました」

「なあに、これ?」

 

 細長い角形のビンと、円筒形のビンが盆に載せられている。


「はい。伯爵領で開発されたシャンプーと、コロイドコンディショナーの特別製だそうです」

「え? これが?」


 思わず伸ばした手をさりげなく遮ったのは、まだ安全確認ができてないからだ。仕える者にとって、お嬢様の安全は第一なのだ。念には念を入れるのが当然だった。


「オレンジ家のご長男の側付メイドが持参し、当方のメイドに使い方を伝えて帰ったとのことですが、その側付メイドの髪が、見たこともないほどにサラサラであったとのことで、ご報告と試用の許可をいただきに参りました」


 メリッサはピーンときた。


 長年、公爵家に仕えてくれた「超」を三つくらい付けてもまだ足りないくらい優秀な家令だ。大事な情報を落とすわけがない。


 ジョンが言う以上、これには意味がある。


「すぐに試して。報告は最優先よ。それと、確認できたら私も試すからお風呂の用意もしておいてちょうだい」

「かしこまりました」


 それから二時間後。


 メリッサは、父であるノーマンの前にいた。「サラサラヘア」となった黄金の髪を頻りに見せびらかす仕草をしながらだ。


 その上機嫌な仕草は、家族ですら数えるほどしか見たことがない。


「お父さま、このシャンプーと、それとコロイドの特別製で『コンディショナー』と言うんです。これだけのものを作れるオレンジ家の今後は素晴らしいものとなると思います。すぐに、シュメルガー家の派閥に囲い込むべきです。どんな手を使ってでも!」


 メリッサは興奮の面持ち。対して、父のノーマンは渋い顔だ。


「しかし、オレンジ領のはアップル領…… すなわちカインザー侯爵家だぞ? 大っぴらに手を出すわけにもいかない」


 幼い頃から「天才」だった娘は、時々おねだりをする。


 それも宝石や服と言った、普通の女の子がするおねだりは一度もない。最初に聞くと「え?」ということばかりなのだが、せがまれて許すと、必ず自家の発展につながってきた。


 そんなメリッサの才能を一番よくわかっているのは、当主であるノーマンだった。


 長男のアレックスも優秀だが、メリッサの才能は段違いだ。もしもメリッサが男だったら間違いなく後継ぎに指定して、十年もしたら家督を譲って宰相として国政に専念することだってできたはずだ。


 女にしておくのは惜しい存在。それが娘だった。


 逆に、今の王家にはロクな王子がいない。だからこそ、王妃となるレベルの教育は受けさせていても「王家の嫁」にするのを、のらりくらりと引き延ばしてきた。


 現王の人柄は良いが、それだけの人でしかない。特に王子への態度は「甘い父親」のそれでしかなく、継承問題については御三家の当主からの忠言は度重なっている。

 

 本来、この国のためにはメリッサが王妃となることが一番良い。これだけの能力、才能があれば現在の王国のあり方すら変えてしまうかもしれないと本気で思えるのだ。


 ところが、いくら宰相であっても、娘にいらぬ苦労はさせたくないのが親というもの。特に、今の王は「ただ、王子達の婚約者が欲しい」という気持ちだけが先行しているとしか思えない。いらぬ苦労をすると分かっているところに娘を差し出す気持ちになれないのである。


 ただし、娘は「本物中の本物」だと思える。王国の魔神とまで言われる優秀な宰相・ノーマンをして、そんな期待をさせるほどの娘が、これだけ明解に意見を述べるのも珍しかった。


 望みを叶えたいのは山々だ。しかしノーマンをもってしても派閥の問題は調整が難しかった。


 特にカインザー侯爵家は王の忠臣であることは間違いなく、そこに敵対的な行為を仕掛けるのはためらわれたのだ。


 宿敵アマンダ王国も仇敵ガバイヤ王国も、何やら不気味な策動をしている今、仲間割れをしているときではない。


「お父さまでも難しいですか?」

「時期が悪くてな。すまん。それこそ、あちらの息子とお前との婚約でも決まれば話は別だがなぁ」


 本当に好き合ってあるとでも言うなら別だか、これでは見え見えの政略結婚にしか思われないだろう。


 筆頭公爵家の長女が、今のところパッとしてない伯爵家の長男に嫁ぐとしたら「その意味は何か」という、いらぬ憶測を呼ぶ。それでは不味いのだ。


「お前の話ではオレンジ家は伸びるのだろ? そういう家を青田刈りして囲い込めば、その後のわだかまりをほぐす方法がなくなりかねない。むしろ、オレンジ家が伸びれば伸びるほど、後々、我が一門との亀裂が広がりかねんぞ」


 才能豊かな娘だが、こういう派閥に関わるところは、まだまだ疎いのは惜しかった。


「何か方法はないのでしょうか? 今すぐ引き込めなくても、せめて、特別なつながりを持っておくべきです」

「う~ん。そうは言ってもなぁ。あの家のお嬢様は、お前の一つ下だし、アレクも、ベイクも婚約者がいるから、分家から誰かを見繕って婚約させる手もあるが…… とりあえず、オレンジ家の様子をもう一度確かめるべきだろうな」


 婚約によってつながりを強化するのは貴族の常套手段だが、分家の誰かに押しつけるにしても、それなりの理由付けが必要だった。


「わかりました」

 

 これ以上何も言わなくても「父」ならば、影の者を使ってでも徹底的に調べてくれるはずだ。その後で話せばいい。メリッサは、父親の能力も信じていたのだ。


・・・・・・・・・・・


 それから一週間。デビュタントを翌日に控えた夕方、メリッサは執務室に呼ばれた。


「あら、お祖父様。お久しゅうございます」


 珍しかった。王都の別邸で優雅に隠居生活をしている先代様だ。


 前国王の義弟でもあり、今なお老公と呼ばれ、孫の前でこそバカジイジになるが、今なお、王宮には数々の「弟子」がおり、公爵家においても重要な決定事項に隠然たる影響力があると言われている。


「おぅ、おぅ、メリー ますます美しゅうなってきたのぉ。どんな婿を取るのか楽しみにしておったぞ。このままでは死んでも死にきれんからのぉ」


 チリチリッと、メリッサの後頭部がきな臭さを感じた。


『「楽しみにしておった?」って過去形よね? じゃあ、私の婚姻先が決まったということかしら』 


「あら。嫌ですわ。まだまだお元気でいらっしゃるのに」


 頭の中の計算をおくびにもださず、少女らしい笑顔を見せている。


「メリディアーニ。そこに座りなさい」

「はい。お父さま」


 愛称ではなく、名前呼びということは、家が関わる特別な話だろう。


『それに、我が家の決定権を持つ顔ぶれが勢揃いじゃない』


 母のモティーフィーヌがいるのはまだしも、筆頭側妃であるデュバリーまで顔を揃えていたのには驚いた。次期当主候補である兄のアレクもいた。


 公爵家の決定権になにかしらの影響力を持つ持っている五人が揃っている。


 一体何が起きるの? やはり、結婚相手のことよね?


「君のこの後について結論が出た」

「はい。いかがいたしましょうか?」


 父親が「当主」の厳格な顔をして、居ずまいを正した。


とも相談の上、シュメルガー家当主、ノーマン・クラヴト=ステンレスとして、長女であるメリディアーニに命ずる」

「はい!」


 背筋が伸びた。この伝え方は、シュメルガー家としての絶対的な決定事項。反論を一切許さない「命令」なのだ。


『とうとう、あの王子バカの誰かとの婚約? やだなぁ。それならいっそ平民と駆け落ちとか…… って、相手もいないのにどうするのよ。あぁ~ もう、とにかく結論を聞いてから考えるしかないか』


 一体何を言われるのか。メリッサは息を呑む。


「オレンジ・ストラトス伯爵家長男、ショウ・ライアン=カーマインとお前とを婚約させることにした」

「えええ!」

「ただし、我々から持ちかけるのは時期が不味い。よって、王立学園卒業までに恋仲となり向こうから婚約を持ちかけられるように全力を尽くすようにせよ。


 それは究極の殿方を落とす手段。「同衾ハニトラを許す」と言う意味だ。令嬢として「座学」は学んでいるが、デートすらしたことが無い自分に、そんなことができるのだろうか?


 声にこそ出さないが、メリッサは、心の中で「ひとりムンク」状態だったのである。 


 家令のジョンから、メリッサの側仕え一同に内々で通達されたのは、その日の夜である。


『お嬢様とオレンジ・ストラトス伯爵家長男、ショウ・ライアン=カーマインとの恋路をいっさい邪魔してはならない』


 下手をすれば、サスティナブル王国を揺るがすような決定は、こうして下されたのである。


 メリッサは、人を家格だけで判断する愚かさを持ち合わせてない。


 一方で、公爵家令嬢の価値を十分に理解できるだけの教育も受けている。


 伯爵家でも、どちらかというとパッとしない家の長男と結びつけようと考える意味がわからなかった。


「でも、いったいなんで? 会ったこともない人よ? まあ、逆に嫌ってわけじゃないけど、でも…… あ! ひょっとしたら、王子との婚約が何か関係してるのかしら? う~ん、でも理屈がぜんぜん、わからないわ。確かにつながりを作るべきだとは言ったけど、だからと言って、私が結婚するの? あのシャンプーにそれだけの価値があるのかしら? あぁ! こういう時って、余分な知識って、むしろ邪魔になるのよね」


 なぜ、こんなにも父親が前のめりになったのか。才媛・メリッサにも全くわからなかった。


 それは、メリッサだけに知らせなかったからだ。この部屋にいる全員が見せられていたものを……


 それはオレンジ家の本邸の裏に「捨てられていた」鉄の塊だ。


 一つひとつはひどく薄い鉄で作られた、たくさんの小さな筒状の何か。それを途轍もない力で圧縮して箱形にしてあった。


 謎の物体。


 影の者が偶然見つけた。さすがに筆頭公爵家の影である。その物体の価値をすぐさま理解したのだ。


 爾後、金に糸目を付けずに大至急で運んできたものがこれだ。


 目の前に運ばれてきた塊の意味がわからぬ愚か者など、公爵家にはいなかったのである。



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作者より

 ランダムで呼び出した「空き缶の塊」が出てきたのは第2話です。スチール缶のリサイクルに使う缶プレスと呼ばれる直方体のものです。これを作り出すためには「缶」がまず必要で、それを潰すための近代工場の「プレス機」が必要です。カンヅメの概念のない社会で、この円筒形のスチールは、まさに謎物体。まして、それをカチカチの四角に固める技術は実現不可能。これと、謎なほど品質の良いシャンプーとコンディショナーの技術を結びつけて「不思議な力だ」と見抜いた公爵家。さすがですよね。なんとしても取り込むべしと考えたのでしょう。


 なお、この世界で「側妃」は「〇〇婦人」と呼ばれています。


 王立学園の説明は、そのうちありますが、この世界の貴族の子弟が必ず入学することになっている学校です。


 短くするつもりが、ついつい4100字超えとか…… 

 本日の更新分は実に1万4千字。


 明日は、スコット家令嬢のメロディーの話です。

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