第3話 シュメルガー家令嬢
話はデビュタントの初日に戻る。
手土産は専属メイドのミィルに持たせて、シュメルガー家とスコット家の控え室を訪問した。こういう時の順番は、ものすご~く大事。貴族は「家格」をものすごく重視するからね。
当然、3公爵家筆頭であり、父は王国宰相のシュメルガー家令嬢のメリディアーニ様からだ。
代々、妻や側室が美女揃いだったこともあるのか、高位貴族の女性は程度の差はあれ美少女に生まれ美女に育つ。
うちのクリスもリーゼも、絶品の美少女だぜ!
家格は王室とも遜色ないシュメルガー家令嬢であるメリディアーニ様も例外ではなかった。
すこぶるつきの美少女。それも
前世なら「北欧系」って思える感じの金髪でスラッとした体形だ。青い瞳に合わせた巨大なサファイアを埋め込んだブローチがアクセント。
全てが細い。
腕も、身体も、首も、ほっそ。
おそらくドレスに隠れた脚も細いに違いない。この世界には存在しないが「エルフ」を想像すれば近いだろう。
しかもラノベに出てくるエルフのように「薄い身体」じゃないんだ。魅力的なところは思いっきり膨らんでいる。
『ダークエロフだね』
いや、肌は白いんだけど、プロポーションがヤバい。ドレスの下にはパッドが入っているにしても(!)、このメリハリは前世のこの年齢の女の子ではありえないよ。やっぱり、このあたりの早熟さは、異世界ならではだよね。
デビュタントの装いには
これは子女にお金を掛けられない下級貴族に配慮したマナーとされているので、明文化されてない分、厳しく守らないと、その後の社交界で後ろ指を指されることになるわけだ。それは公爵家令嬢であっても同じ。むしろ高位貴族の子どもほど、周りの視線は厳しいものだ。
でもさ、実際問題、こっちは格差社会なんだよ。差を付けないと意味がない。
マナーを守りつつも、金のかけ方が違う。
たとえば、今流行のドレスは腕も、背中も、そして首元から
これは最近「発明」された手法らしい。
なぜならボタンの種類については規制がないからだ。
実際、海沿いの貴族達なら、自領で採れるサンゴを使った見事なボタンを使うし、翡翠が採れるなら翡翠を使って贅をこらすのが当たり前。これは自領の特産品を宣伝する意味があるんだよ。
大公爵家のドレスの場合、ボタンは全て宝石となっていた。
これは装飾品ではないですよ、ボタンですからね!ってわけだ。なんかズルい気がするけど、そんなものらしい。
そして縁取りに金糸銀糸をふんだんに、でも上品な印象を壊さないような絶妙なバランスを取ったデザインは「さすが」って感じだよ。うん、あれは模様ではなくて、あくまでも「縁取り」だってことになってる。
おそらく、ドレスの裾の内側には、ダンスのターンでフワッと外側が浮かぶたびにチラッと見える内側には、恐ろしく高価な細工となる精密な刺繍が施されているはずだ。
表面には刺繍をしてないし、スカートの中なんて覗く方が悪いと、言い張れるシカケというか、何というか。デザイナーのやるコトってホントあこぎだよなと思うよ。
え? 男のオレがなんでそんなに詳しいのかって?
そりゃあ、妹のクリスが来年、デビュタントだもん。家族の専らの関心は、ドレスをどれだけ素晴らしいものにするかってことになるじゃん。
ちなみに、派手なドレスの敵は「静電気」なんだ。シルクは静電気を帯びにくいけど、それだって限界はある。何枚も重ねれば繊維がこすれて静電気を産みだすから、せっかくの「ふわり」が纏わり付いてしまうからね。
我が家の秘密兵器「静電気防止スプレー」は、既に準備万全だ。
可愛い妹のためにできることはやらないとだよ。
まあ、貧乏伯爵家がどれだけ頑張っても、大公爵家のご令嬢に掛けられる金額はケタが違って当然だ。
この一着で、
部屋に一歩入ると、既に待ち構えているかのように中央に立つメリディアーニ様に向かって侍女が声を上げた。
「オレンジ・ストラトス伯爵家 御嫡男 ショウ・ライアン=カーマイン様がいらっしゃいました」
フルネームなのは、この世界の仕様だ。
ちなみに、長男の場合だけ「嫡男」って形に格上げして言ってくれるのがマナー。
そして、こうやって来訪者の「人物情報」を言葉に出すのは高位貴族に仕える家臣の嗜みでもある。
主人に対して「来たのはこういう人ですよ~」ってことを思い出してもらえるようにってことになってる。
ま、往々にして初めて聞く場合が多いんだけどね。
「お招きいただき光栄至極にございます」
入り口で口上を述べると、侍女が「こちらへ」と促してきた。
この場合、侍女の言われた通りに動くのが正解だ…… けど、近いよ! 近い!
マジ? いくらなんでもって思ったけど、握手ができるほどの距離だ!
「ショウ様。シャンプーとコンディショナーを贈ってくださったのね。なんと素晴らしい方なのでしょう」
ほのかに薫る匂いは、オレの贈った「フルーツの香り」だ。うんうん。もう、手放せないよね~
オレは侍女に向かって「メリディアーニ様におかれましては、ご機嫌麗しいご様子。重畳にございます」と言ってから頭を下げた。
恋人とか親しい友人であるなら別だが、ダンスの時以外は、高貴な女性へ発言する時に「侍女に語るのを横で聞いてしまった」と言う形を取るモノなんだ。
すぐにメリディアーニ様が発言した。
「直答を許しますわ。あんなに素敵なプレゼントは初めてです」
え? マジっすか!
「ありがとうございます」
ありがたいけど、こういう美少女に近距離で話すのは、さすがに慣れてない。
「ね? 私、すごく気に入ったの」
気に入ったという発言を高位貴族がするのは「もっと欲しい」と言うのと同じこと。弱みを見せるのと同じだから、女性が殿方にする発言としてタブーに近い。
当然、メリディアーニ様お付きの侍女達は、一斉に目を丸くした。
ん? 驚いてる? そっか。ここまで大胆な発言をしたんで驚いているんだね。
うん。ヤバいよね、こんな、おねだり宣言なんて。
「お気に召していただき、ありがとうございます。
「まあ! やはり、あれはショウ様がお作りになったのですね。本当に素敵。今後は、私と特別な関係になってくださるかしら」
まさかの名前呼び!
しかも令嬢の細い腕が伸びて、オレの左の二の腕をガチッと掴んできたよ。え? 恋人でもないのにボディタッチなんて、この世界のマナー的にアリだっけ?
ヤバッ、怜悧な美少女が食いつく勢いだよ。
わぁ、近くで見ると、なおさら美少女。
首元からスラッとしているデコルテラインと言い、パッチリした目と言い、完璧じゃん。
しかも単純な「美人」ってだけじゃないんだよ。
小さい頃から知性も、教養も、それに所作やダンス、化粧に至るまで、公爵家が金に飽かせて最高の教師を付けて磨き抜かれてきた美少女だ。
あっちの世界なら「妖精のような美少女」くらいのキャプションをつけてグラビアものだ。
そんなメリディアーニ様がオレの顔から30センチのところにいてのボディタッチだよ? ドキマギするのも当然だろ。わぁ、吐息まで甘いよ。どうしたらいい?
掴んだ手を外すために触るわけにもいかないし。
だってさ、こっちの世界は男女の距離は遠いんだ。ダンスの時以外は「手を伸ばせば届く距離」で話していいのは恋人同士だけ。
そうだなぁ。今のこの状態って、前世の感覚としては「恋人つなぎで手をつないでる」って感じに近いと思ってくれ。
家格でも美貌でも才能でも「王妃候補筆頭」と呼ばれている、初めて会った美少女に、この距離感を取られるのはヤバい。
さすがに見かねたのだろう。横から、侍女が「お嬢様」と控えめな声が掛かってハッとしたみたいに手を引いた。
助かった~ いくら美少女相手でも、この距離はヤバ過ぎだ。惚れちゃったらどうしてくれるんだよ。貧乏伯爵家の跡取りが、公爵様令嬢、しかも王妃候補筆頭に恋しちゃったら、絶対に実らない片思いに決まってるじゃん!
その時だった。
メリディアーニ様は怜悧だった頬を真っ赤に染めながら、白い手袋を外してから、その手を差し出したんだ。
「メリッサとお呼びください」
「え?」
美しい手が差し出されてる。
度肝を抜かれた。
パーティーで貴婦人の手にキスをすることは珍しいことではない。ちょっとキザだけど、その女性さえ許せば挨拶として「手にキスすること」は禁止されているわけでもなんでもないんだ。
でも、それは手袋の上からが前提なんだよ。
しかも、今「メリッサと呼べ」という愛称呼びまで許されてしまった。
このシチュって……
すご~く、たとえが難しいけど、前世で似たシチュを強引に持ち出すなら、彼女の部屋で二人っきり。下着もなしにTシャツ一枚の姿で「抱きしめて」って言ってきたインパクトに等しかった。
しかも、このシチュでは男性側に拒絶もためらいも許されない。相手に恥をかかせることになるからだ。
大公爵家のご令嬢に恥をかかせて恨みを買ってしまえば、我が家なんて即破滅だよ。
ここで、何もしないという選択肢だけは、ありえなかった。
慌てて右膝を床につけてひざまずくと、差し出されたメリディアーニ様の右手を取って恭しくキスをしたんだ。
「あっ」
いや、これ、騎士の挨拶ですよね? なんで、そんなエチエチな声を出すの?
「ショウ様?」
いや、いくらなんでも、前世のカレカノじゃないんだから、ここで名前呼びはないっしょと思いつつ、作法も忘れて顔を上げてしまったんだ。
そこには、今オレがキスした手を赤い唇にそっと近づけて、微笑みむメリディアーニ様。
「今後とも、よしなに願います」
そう言いながら、オレのキスした部分に唇をつけたんだ。
オレは知らなかったんだよ。
伯爵家の子女教育は、実は、今日のような事態を教えてくれなかった。
手袋をわざわざ外して、手を差し出すこと。
自分を名前呼びするように伝えること。
そして、騎士の名を呼びながら、キスされた手に己の唇をつけること。
オレだけが、コトの重大さを知らなかった。
回りの侍女達が、ほぅ~っと吐いたため息がピンク色に染まっていることは、当然だったんだ。
だって、それは古い仕来りで「恋人同士であることを宣言するための作法」だったのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
いくら、シャンプーとコンディショナーが優れていても
最初から、このデレデレぶりはありえないですよね?
そして、最後の意味ありげな「引き」。
この裏側にある、秘密を含めて、明日まで待てませんよね!
できれば、フォローしてじっくりと続きをお楽しみください。
それと★★★評価していただけると、作者は大喜びです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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