第2話 シャンプー&コンディショナー
12歳の誕生日に「ラノベが好きな歴史ヲタの文系大学卒、コンビニでバイトしていたなぁ」という記憶が蘇った。
真っ先に考えたのは「この世界には魔法とかスキルってモノはないはずだよな?」ってこと。
もちろん「ステータスボード」なんてモノが見えるなんてことも聞いたことがなかった。おそらく、この社会の常識として、この種のモノは存在しない。
だから、これは異常現象だということを即座に理解した。
まあ、それは良いだろう。
問題は、この「SDGs」ってスキルだ。始めはマジで「ゴミみたいなスキル」かと思ったんだ。実際、ただひたすら「ゴミ」が出てくるだけ。絶望したさ。
だけど、ちょっと待ってくれ。ラノベではこういうのって、使いまくるとレベルが上がるのは定番だよね。
そして「使えないネタスキルほど、1つレベルが上がっただけで超優秀なスキルになる」ってのは定番中の定番だって知っていたんだよね。
そうとなったら来る日も来る日も,MPが切れるまでゴミを取り寄せ続けるしかないじゃん!
最初は悲惨だったよ~ みんなが寝静まった後に、自室で試したのが悪かった。
何が出てきたのかは言わないけど、夜通し床を掃除し続けるハメになったってことだけは声を大にしておこう。あの時は、丸一日窓を開けっぱなしにして外出して、帰ってきたら何とか収まってくれた感じだった。
ランダムに「ゴミ」が出てくるって意味を思い知ったオレは、その後は裏庭の物陰を使うようにしたんだ。
いや~ 出てくる、出てくる、ひたすら「ゴミ」。
空き缶の塊が出てくるなんて良い方だった。ガッカリはするけど、あんなの庭の端に転がしておけば臭わないもん。放置で十分。
放置しちゃイケないものってあるじゃん? まさかそれを使用人に片付けさせるわけにもいかないから、穴を掘って埋めるとか、燃やすとか。
そうそう、ちゃんと花を手向けたりもした。
もう、思い出したくもないようなものが、次々と出てきて、何度、いじけたことか分からないほどだ。
初めて「このスキルって使える!」って実感できたのは、確か一週間が経ったときだった。
ジャムかなんかを入れていたらしい空き瓶を5〜60個詰め込んだオレンジ色のカゴが出てきた。
おそらく「ビンのリサイクルボックス」だろう。
見た瞬間「ヤッた!」って確信したよ。
この世界では「透明なガラス」ってだけでも価値がある。そもそも「ガラス」が貴重品だしね。
だから「密閉できるスクリューのミゾが付いているガラスの入れ物」なんて考えるだけでも恐ろしいほどの価値がある。何個かは、ホンモノの蓋が付いてた。らっきょうと海苔の佃煮、それになめ茸に高級ジャムが入ってたみたいだね。
中身こそ空だったけど、ふたはキッチリと閉まったカタチで付いてるのがゴロゴロあった。
こんなもの、こっちの世界のどこを探しても存在しないよ。
オレ専属のメイドであるミィルに頼んでピッカピカにしてもらった。ちなみに、使いかけの食器用洗剤も手に入れたんで、使ってもらった。
手に優しくて、油汚れスッキリだね!
ミィルには「お駄賃として、好きなビンを一個あげる」って言ったら、身体を震わせて「王宮にもないような貴重なものを受け取れません!」と叫ぶんで、仕方がないから、小
庶民の食費で言えば労働者一家5人の食費で1ヶ月分くらいかな?
ま、貴族感覚で言えば安いものさ。
さっそく御用商人を呼んだ。小太りのブロンクスは、目を丸くしてたね。
「素晴らしい! これなら、王家への献上品にも使えましょう」
マジかよ。
ビンが入ってたオレンジ色のプラ箱ごと、ほくほく顔で買い取っていったよ。ちなみに、お値段は
その百分の一の価値しかない
それほどのお宝が「ゴミ」から生まれたのは嬉しかったね。
もう、それからは熱中した。毎日、MP切れを起こし続けてフラフラになった結果、3ヶ月でスキルレベルが上がった。
スキルSDGs・レベル2。
それは「見たことのあるゴミを指定して呼び寄せられる」という素晴らしいスキルだった。
「あれからだよなぁ。このスキルのヤバさを実感できたのは」
へクストンの後ろを歩きながら、思わず心の中で呟いてた。
「そもそも、この世界にスキルなんて概念はない上に、こいつはヤバいほど優秀だったんだよなぁ。ムリヤリ使いまくってスキルレベルを2に上げておいて良かったぜ」
あの夏の暑い日に、ひたすら裏庭を掘って埋めてを繰り返した自分を大いに褒めて上げたいよ。
ちょうど執務室へと着いた。
「お館様、若様がお戻りになりました」
「入れ」
へクストンは「失礼いたします」と言って扉を開けるとオレの顔を見た。
ウンと一つ頷いて、入り口で黙って一礼してから執務室に入る。
ちなみに、案内の者がいないときは自分で「失礼します」って言って入るのが
このあたりは、伯爵家の長男として厳しく躾けられてきたから、考えなくても自然と動けるんだよね。
「お帰りなさい、ショウ。パーティーは楽しかったかしら?」
「ただいま戻りました。はい。とても充実しておりました」
さりげないけど、愛情の溢れる様子は、オレのことを心配して待っていてくれたってことがハッキリしてる。
すみません。息子であるオレは、イロイロとやらかしてしまいました、なんてことを実直な父上に言えるわけがない。
オレは殊勝な態度でソファに座ったままの優しい母上に笑顔で挨拶する。楽しかったと嘘もつけないけど「充実」していたのは確かだからね。
「お帰り。疲れただろうが話しておくことがある。まあ、座りなさい」
いつになく「お館様」もニコニコだった。
「失礼します」
「固くなるな。今はウチの話だ」
「はい。ありがとうございます」
お館様が「ウチ」と言ったら、それは家族として話すぞという宣言だ。ここからは父と子として、気楽に話しても良い。
母さんが何かを言いたそうにしたけど、まず口を開いたのは父さんだった。
「シュメルガー家とスコット家から手紙が届いているぞ。礼状だ」
「え? ずいぶんと早いですね」
「持っていったプレゼントはあーもんどちょこだったな?」
「ははは。ご令嬢にお目にかかった時、領地に帰ったらシャンプーとコンディショナーのセットも、また、お贈りする約束もしました」
それ以上のことは、とてもじゃないけど言えないよ。
「どっちも、よほど気に入ったと見えるぞ。ほら、これを見てみろ」
渡されたのは両家からの礼状だった。え? やばっ、この署名って、公爵家のご当主様の直筆じゃん。
たかだか伯爵家からの、しかもご令嬢へのプレゼントに「御三家の当主からの直筆署名入り礼状」が届けられるのは異例のことだ。
『やっぱり、あれはバレてるよね。暗殺、とか大丈夫だって思いたいけど』
母さんは、楽しそうに言った。
「そりゃねぇ、あれをプレゼントされちゃったら、そうもなるわよねぇ。お二人ともシャンプーとコンディショナーを使っちゃってるんでしょ? もう、ご令嬢方は二度と、あれ無しではいられないわよ。罪なことね~」
この世界にも「石けん」はあるし、特殊な湖の泥から作られるリンスめいたものもある。でもね、それと「日本のシャンプー&コンディショナー」とを比べろというのは無理なこと。
どちらかというとおっとり型で優しい母親も貴族の正妻だ。プレゼントの威力と効果を容易に理解できているんだろう。いや、女性だけに、この破壊力を父よりも理解しているかもしれない。
ちなみに、コンビニに置いてある日用品類は、使用期限が残り3分の1になると原則として廃棄扱いになる。つまり「ゴミ」だ。バイト中に「もったいね~」って、何度思ったことか。
コンビニのバイトが長かったオレだ。置いてある大半の商品は廃棄したことがあるんだよね。つまり「実際にゴミになったのを見ている」ってこと。
これがどういうことかわかるよね?
事実上、コンビニに置かれたあらゆるものを、この世界に取り寄せられるってことだ!
ヤバ過ぎ。
あとは入れ物を王都の一流の職人に作らせてしまえば「王宮にもない超高級ヘアケア製品」の誕生ってわけだ。
「ね、あーもんどちょこれーとは良いとして、贈ったシャンプーとコンディショナーって私達が使ってるのと全く同じモノなのかしら?」
母さんの目がキラリンと光ったよ。ヤバッ、これ「同じだったら許さないわよ」的な?
でも、大丈夫。その程度には気を使える人間なのだ!
「大雑把に言えば同じ種類ですが香りは違うものです。なお、シュメルガー家とスコット家も、それぞれ香りは変えてあります」
先週、王都に着いて、真っ先に贈ったのがシャンプーとコンディショナーだった。使い方を教え込んだオレの
ま、最初は無反応だったのは当然のこと。
数日経つと、山のような返礼の品とご令嬢ご本人からの
うっしっし。
おそらく、メイドか誰かに試させて様子を見てから、慌てて自分も使ったんだろう。
この世界の女性に、日本のシャンプーとコンディショナーのセットは、あまりにも魅力がありすぎるのはわかりきってたよ。
だからこそ、デビュタントの前日に「ご評価いただいたのは身に余る光栄」とか言って追加を贈っておいたんだ。
効き目はバッチシ。
両家から「デビュタントの日に我が家の控え室に来てほしい」という内容の、荘重な手紙がとどいたもんね。
もちろん、こんな機会を逃せるはずもない。あーもんどちょこれーとを手土産に会いに行った
クリスもリーゼも美少女だと思ったけど、世の中、上には上がいるもんだって実感させられたね。
二人とも綺麗だったよなぁ……
控え室に行ったときのことを、束の間思いだしたんだ。思えば、あれが大間違いだったんだよね。
現在のステータス
・・・・・・・・・・・
【ショウ・ライアン=カーマイン】
オレンジ・ストラトス伯爵家 長男
レベル 4
HP 24
MP 16
スキル SDGs(レベル2)
★☆☆☆☆ ゴミをMPと引き換えにランダムで呼び寄せられる
★★☆☆☆ 見たことのあるゴミを指定して呼び寄せられる←今、ここ
★★★☆☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
★★★★☆ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
★★★★★ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・・・・・・・・・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
貴族社会と庶民では物価が違います。現代のイギリスのパブなんかでも、1階は庶民、2階が貴族用、という暗黙の了解があるそうで、全く同じビールに対して、2階の客(貴族)は黙って倍倍以上の値段を払います。こっちの世界では、庶民の収入は少ないですけど物価は安いのでなんとか暮らしていけます。高位貴族の家(伯爵家も含む)で働いている人の給料は「庶民としては高いけど、貴族から見ると格安」なレベルが基本です。
コンビニやスーパーでは、賞味期限とか使用期限が切れる前に「廃棄品」として扱います。また、お弁当類は消費期限を1分でも過ぎたらレジが自動的に通らなくなるようなっています。すなわち「ゴミ」です。
なお、この世界に「食物アレルギー」は存在しないことを確かめてあります。
現在の大手コンビニは「見切り品」として値段を下げて販売することを認めるようになりました。以前は、ひたすら「廃棄」のみで、主人公はその頃にバイトしています。
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