彼女は花が石になると言う

 いつもより出発の時間が遅れて慌てて家を出ると、ちょうど家の前にしゃがんでいる級友の姿があった。

「タマコちゃん」

 何をしているのかと思えば、彼女の家のポーチの柵越しに鉢植えを眺めていたようだ。

「おはようめぐる」

「かわいいね」

 覗いてみるとそれは花の植物で、大きめな五枚の花弁は雪のような白の奥にインクが溜まったような模様が美しい。

 冬に咲くヘレボルス。クリスマスローズだ。

「学校行かないの?」

「行くけど」

 行くけど、と言いながらまた鉢に顔を戻して、のんびり観察している。

「行きたくない?」

「それ言うと学校はすきじゃないしね。誰とおしゃべりするわけでもないから」

 先生ともクラスのみんなともろくに会話をしないで本ばかり読んでいるタマコが、何かを楽しみに学校へ通うのか。それはわたしに分かるはずもなく。

「まあ、ぼくがこんなんだからそりゃ先生だって怒るわけだけど」

 彼女は眠たそうな声で悩んでいるふりをする。

「…………花。この花さ」

「ん?」

「お父さんが買ってきて植えたんだけど」

 あの優しそうな父親ね。時間がないけど立ち上がる気もないのだろうか。

「元気に咲いてよかったね」

 スカートを整えながらタマコの隣にしゃがみ込んで、花を近くで観察した。きっとこまめに手入れされているのだろう、花は花なりに健康に育っている。

「え? そうだね。そのうち枯れちゃうかと思ったけどちゃんとできてるみたい」間をあけて、わたしの視線に気付いたタマコは補足して言った。「……家族そろって不器用だから、せっかく植えてもうっかり枯らしちゃうかと思ったの」

「へえ……」

 花はなんの疑問もなくここに根を張って咲いていて。

 わたしはそれに微笑みかけた。

「この花びらもそのうち宝石になるよ」

 抱えていた膝から腕を伸ばして猫のように伸びをすると、ずっとぼんやり花に向けていた視線をふとわたしに寄越して。

「先に行っていいよ、めぐる。退屈でしょ」

 あ、やっぱり時間が迫っていることはわかってるのか。ちょっと呆れて、でもわたしはもう少しここにいたくてしゃがんだまま言う。

「宝石ってどんな宝石?」

「さあ。クリスマスローズの宝石?」

 はて、やっぱり彼女のイメージは掴めない。

「やっぱつまんないでしょ」

 タマコは興味を無くしたようにわたしからまた目を逸らす。

「……まだわかんないけど」わたしはタマコを真似して、膝に腕を投げ出して彼女を覗き込む。

「ワニの歯を抜いてくるよりありえるかもね」

「……あはははっ」

 タマコは種が弾けるように愉快そうな声を立てて笑った。

「タマコちゃん、ほんとに学校行くの?」

「学校? サボっちゃおうかな」

 タマコはさっきまで濁してきたのを忘れたかのようにからりと言う。

「学校って勉強するためにいくものでしょう。それを理由もなくすっぽかしていいの?」

「めぐるは勉強のために毎日学校通ってんの?」

「…………」

それを指摘されると唸るしかできない。タマコは沈黙に論破を確信したのか満足そうに微笑んだ。

「どこか行こうかな。このまま帰ったら間違いなく怒られる」

「おでかけかな?」

 ひょいと立ち上がるタマコを見上げて訪ねると、その顔はもう何かを決めているようだった。

「そうだなあ。いい機会だし……」

 考え込むみたいにそれらしく腕を組み、顎に手をやる。

 そして無垢そうな笑顔でわたしを見下ろして、言った。

「魔女の家に行ってみようか」

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