第42話

 私は夢を見ていた。


 そこは私が眠っていた湖ではなくて、全く知らない場所だった。そこは沢山の露店が出ていて、とても多くの人で賑わっていた。


(……人が多くてとっても楽しそうだな……)


 私はそう思いながら露店の様子を見に歩こうとしたのだけど、何故か足が全く動かなかった。もちろん声も出せなかったんだけど、でも何故か手だけは動かせた。


 試しに私は近くにいた人に触れようとして手を近づけてみた。でもその人に触れる事は出来ず、私の手はその人の体からすり抜けてしまった。


 それに、その人は私の存在にも気が付いていないようだった。いやその人だけでなく……他の人達も私の存在には気が付いていないようだった。


(……なんだか……不思議な夢だな……)


 私はそう思いつつも、体が動かせなくてやる事も無いので、辺りをぼーっと眺める事にした。 すると……


(……あれ?)


 すると、そんな賑わっている場所のすみっコで……小さな女の子が1人でうずくまって泣いていた。


「ふぇ……お兄ちゃん……ひっく……ぐすっ……」


 私は泣いているその女の子を助けてあげたかったけど……でも動く事も出来ない今の私にはどうする事も出来なかった。泣いているその女の子を心配して、ただ眺める事しか私には出来なかった。


 でもしばらくすると、若い男の人がその泣いている女の子の方へと走って近づいてきた。女の子はその男の人に気が付くと、すぐに駆け寄って泣きながらがっしりと抱きついていた。


「うわぁぁん! お兄ちゃぁぁん!」


 どうやらその女の子のお兄さんのようだった。私は女の子の無事を見届ける事が出来てホッとした。


 お兄さんは優しそうな顔をしながら女の子を慰めてあげていた。しばらくすると女の子は泣き止んで笑った表情を浮かべはじめた。それを見てお兄さんも一緒に笑いだし、そのまま兄妹は手を繋いで前へと歩きだした。


 私はその姿を見て安堵した。あぁ、良かったなと。その兄妹の笑顔を見て、私もつられて笑顔になった。 そして私はその2人の歩いていく後ろ姿をじっと見守っていた。


「……なぁ……」


 でも突然……その兄妹は足を止めた。そしてお兄さんの方が何かを喋り始めた。お兄さんは妹に向けて喋りかけているのかなと私は思ったんだけど……でも違った。それは……。


「妹はさ……とっても優しい子なんだ。俺との約束は守るし、仕事や家事も手伝ってくれる。悪い事なんてしないし、他所の人に迷惑をかける事も絶対にしない。本当に優しい子なんだ」


 それはまるで……私に喋りかけているようだった。でもそんなはずは無い。だって私はここにいる誰にも見えてないはずだったから。


「でもさ……だからこそ、妹はあまり人を頼ろうとはしないんだ。あぁ、いや……それは人を信じてないとかそういう後ろ向きな理由じゃないんだよ?」


(……えっ!?)


 私はビックリとしてしまった。何故ならそのお兄さんは……後ろを振り返って私の顔を見てきたから。


「ただ妹はさ、誰かに迷惑をかけたくないだけなんだ。それにほら、妹は結構内気で恥ずかしがり屋な性格だからさ、はは。」


 それはまるで……ではなくて、本当にお兄さんは私に喋りかけていたんだ。という事はどうやらお兄さんには私の姿が見えてるという事らしい。


「今まで妹の事は俺がずっと守ってきた。妹が頼ってくれる数少ない人間が俺だったからさ。でも……俺はもういない。もう助けてあげる事は……二度と出来ないんだ」


 そう言うお兄さんの顔はとても悲しそうだった。私は何か言いたかったけど、当然何も言えなかった。お兄さんもそれは分かっているらしく、そのまま喋り続けてきた。


「俺も剣士の端くれだからさ……なんとなくわかるよ。君はかなり強いんだろう? それに妹の事を大事に思ってくれている心の優しさも伝わってくるよ。だからさ……」


 そこまで言ってお兄さんは一息をついた。そしてお兄さんは優しい笑みを浮かべて私にこう言った。


「だからソフィを……いや、ソフィアを頼んだよ」


 そのお兄さんの言葉を聞いたその瞬間……私は目が覚めた。


◇◇◇◇


 私は目を覚ますとすぐに異変に気がついた。


(ソフィアがいない!?)


 つい先ほどまでソフィアは私の膝の上で寝ていたはずなのに……ソフィアがそこからいなくなっていた。それに私がソフィアに貸していたローブも、いつの間にか私の背中にかけられていた。


(ど、何処にいるの……!?)


 私は辺りを見回してみたのだけど、近くに人がいるような気配は全く感じなかった。


(も、もしかして……アイシャに見つかった……?)


 私は最悪の事態を想像した。いやでも……もしそうだとしたら私が生きているわけが無いからそれは無いはずだ。


(じゃあどうして……って、あれ?)


 その時、私はローブに少し違和感を感じた。ポケットの中に何かが入っているようだった。私は不思議に思いつつもポケットの中に手を入れ、中に入っている物を取り出してみた。するとそれは……。


(……えっ!? こ、これって……!?)


 ポケットの中からは“赤い首飾り”が出てきた。私はその赤い首飾りを知っていた。だってそれは……。


(ソフィアの首飾りだ……)


 それはソフィアがとても大切にしていた赤色の首飾りだった。生前の私は、ソフィアがこの赤い首飾りを身に着けている所を何度も見ていた。そしてソフィアにとってこの赤色の首飾りは一生の宝物だということも私に教えてくれていた。


(もしかして……あの子!?)


 先ほどの夢とソフィアの宝物であるこの赤い首飾りを見て……私は全てを察した。あの子は自分の意思で黙ってここから離れたんだ。


 だってソフィアは命を狙われていたから……だからきっと私に迷惑をかけないように、1人で出て行ってしまったんだ。


―― ソフィアは誰よりも優しい子だから。


 そうだ、ソフィアのお兄さんもそう言っていたじゃないか。だからソフィアは私の命を守るためにここから離れたんだよ……。


(いやでも……あの足じゃあ、そこまで遠くには行けないはず……!)


 私は背中にかけられていたローブをすぐに羽織って、そのまま急いで湖から飛び出した。

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